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Category: 04-書の森
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島袋百恵

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出版舎Mugen 那覇市牧志1-4-31-2F ℡&fax098-863-2562 



2012年8月11日午後6時半~「おおしろ建・詩集出版祝賀会」八汐荘(℡ 098-867-1191)                                   会費 本代込4,000円/会費のみ3,000円  お問合せ 090-9788-1414(高良勉)
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本展に特別協力しているのが国立民族学博物館。

1970年1月、梅棹忠夫氏らが中心となって『季刊人類学』が発刊された。私も早速購入したが、これらの出版活動が1974年6月の「国立民族学博物館」設立につながる。開館当初は私も月に一度は通い、『季刊民族学』、『月刊みんぱく』などを購入した。月刊みんぱく85年1月号には手塚治虫がエッセー「アマゾンの日系一世たち」を書いている。
3月14日大阪万博開催

梅棹忠夫「万博の準備段階で、岡本太郎さんから『太陽の塔の下に、世界の民族資料を展示したい』と提案がありました。太郎さんはパリ大学で民族学を勉強していた。泉靖一とわたしは『日本万国博覧会世界民族資料調査団』を組織しました」            

岡本太郎「万国博のチャンスに世界中から民族資料を集めた。将来、博物館が出来るとき一つの核になるように、泉靖一、梅棹忠夫両教授に頼んで、蒐集団を組織した。泉さんはすでにない。が梅棹さんはじめ、さまざまの分野の専門家たちがその後もねばり強い努力を続けて、ついに民族学博物館の実現にこぎつけた。世界と無限の交流をする場所。ここでは研究者も一般のピープルも人間存在の意味の、なまなましい暗示を受けるだろう。日本文化にとってうれしいことだ。」 

琵琶湖は関西の「水がめ」だが、また関西の人間の将来も左右する命の源でもある。ネット検索すると「ブログ 琵琶湖疏水の散歩道」が出てきた。たまたま「穴太」の地名を引用させてもらったが、運営されている方は80歳。しかもネット上で記事が少ない話題を発信するといわれる。まさに若者の発想である。最近はテレビでも島田紳助の親友・橋下大阪知事の批判を始めているが何のことはない。ネット上ではすでにある事無いこと言いたい放題、匿名(若者)で批判が展開され賑やかだ。若者は古い価値観を押し付けられることには反発する。今や世界で、若者がネットで、アラブでは民主化、ニューヨークで資本主義の在り方を問うデモを繰り広げている時代である。

ネットに関連して、1988年7月『みんぱく』に梅棹忠夫館長と奥野卓司の対談がある。奥野氏が「1970年代にアメリカではパソコンと言えば反体制文化と結びついていたね、ドロップアウトしたままになった人達もたくさんいる」と述べている。これは、反体制は自由や解放への道であると同時に逃避や閉塞の道でもある。ということでもある。


今の若者は一部では「オタク」と自称する。オタクとほぼ同義語として「マニア」というのがある。特定のモノに拘り社会的評価を全く気にしない人は嘗てマニアと呼ばれた。マニアにも様々な人がいる。特定のモノを収集するものを、コレクションマニア(収集家・コレクター)、美術品マニア・カーマニアといったような様々なモノを収集する人もいる。これがモノにかかわらず私みたいに「情報」に指向した収集も存在する。オタクは1980年代からアニメ、SFファンの間で使われたという。それ以前は似た言葉として「ネクラ」があった。また「オタク市場向け商品」が商売として成り立っているために、ニッチ(隙間市場)な分野も色々に生まれている。彼らの持つ知識を呼称して「オタク趣味」といっている。ネットでオタクの部屋の画像を見る。パソコンとフィギュア、ポスター、コミックと、清潔感があって整理整頓も行き届いていた。





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護憲の理由
「押しつけられた憲法は、改めるべし」という議論の流行したことがある。しかし日本国民の立場からみれば、現憲法が占領軍から押しつけられたように、明治憲法も国民が選挙したのではない官僚政府から押しつけられたものである。(略)国民生活に浸透した政治的伝統は、それがあきらかに破滅的な結果(たとえば15年戦争)に到るものでないかぎり、みだりに改変を計るべきものではない。

今日の世界には、このまま放置すれば人類の将来を脅かすだろう大きな問題がいくつかある。たとえば環境破壊・人口爆発・南北格差・民族主義紛争など。どの問題の解決にも国際的協力の必要なことはいうまでもない。と同時に、どの問題も軍事力によっては解決されない。(略)

改憲は議会の発議による。周知のようにワイロ・ウラ金・脱税・利権で国民の政治不信が戦後の頂点に達した今このときは、議会が改憲を発議するのに適当な時期であろうか。当面の急務は、おそらく改憲ではなくて、積年の腐敗の体系を、少なくともいくらか実質的に浄化することであろう。(1993年3月24日『朝日新聞』)

加藤周一 かとう-しゅういち
1919-2008 昭和後期-平成時代の評論家。
大正8年9月19日生まれ。東京帝大医学部在学中から,押韻定型詩の文学運動「マチネ・ポエティク」に参加。昭和22年福永武彦,中村真一郎と「1946―文学的考察」を発表する。26年医学留学生として渡仏し,西欧文化を体験。33年医業を廃し,以後,カナダ,ドイツ,アメリカ,日本などの大学で日本の文学や美術を講じつつ,文学,美術,政治などの評論活動をおこなう。55年「日本文学史序説」で大仏次郎賞。63年東京都立中央図書館長。平成4年立命館大学国際平和ミュージアム館長。6年朝日賞。平成20年12月5日死去。89歳。東京出身。著作はほかに評論「雑種文化」,自伝的回想録「羊の歌」,小説「運命」など。(→コトバンク)
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東京の島袋和幸氏から『日本エスペラント運動史』がおくられてきた。島袋氏は豊川善曄も調べていたから、同書の人名索引には豊川の名前も載っている。

ザメンホフ【Lazaro Ludoviko Zamenhof】
1859‐1917
今日もっとも広く使用されている人工語・国際語エスペラントの創始者。ユダヤ系ポーランド人でワルシャワの眼科医。ペンネームを〈ドクトーロ・エスペラントDro Esperanto〉といい,これより人工語の名前がエスペラントと呼ばれるようになった。ザメンホフは生涯をエスペラントの普及に尽くし,旧約聖書,アンデルセンの童話などをはじめ,多くの文学作品をエスペラントに翻訳した。また,国際的に中立な言語のほかに,すべての宗教に共通である道徳原理の総和ともいうべき中立的な宗教を人類が採用すれば,人間間の関係はよくなるに違いないとする〈ホマラニスモ〉という学説も提唱した。(→コトバンク)



1917年12月ー伊波普猷らが主催したエスペラント研究会の記念写真。中央のヒゲをたくわえているのが伊波、その右が比嘉春潮

1918年1月29日ー日本エスペラント協会は四ツ谷見附の三河屋で理事幹事会を開催し、年々の収入不足に対応するための会費値上げの提案をこの年は見送り、会費(年1円20銭)は前金で納入してもらうことに決めた。また、黒板幹事長の提案で理事を評議員と改称して地方からも選ぶこととし、さらに幹事を改選し、幹事長・黒板、幹事・小坂、浅井を選任した。評議員に、伊波普猷(那覇)、速水真曹(横浜)、千布利雄(神戸)、大石和三郎、高橋邦太郎(広島)、高楠順次郎、田川大吉郎、中村精男、黒板勝美、安孫子貞次郎、斯波貞吉、志村保一の12名が選ばれた。

地方支部は、東京(後藤敬三)、横浜(速水真曹)、横須賀(小林茂吉)、金沢(吉川友吉)、大阪(山口末次郎)、堺(坂上佐兵衛)、広島(高橋邦太郎)、沖縄(比嘉春潮)、台湾(蘇壁輝)が活動し、協会の会員数は8月で286名に回復した。広島の高橋邦太郎は10月に静岡に転居し、静岡支部を設立した。

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1996年5月8日 有限会社2020年『シルバーエイジ』編集室で右が糸数和雄氏
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P.8・9に安里三叉路(1970年)に琉映本館や琉映パチンコが見える。20に海洋博のため合同墓地を移動(本部浜元部落1973)、21に石油基地建設のためこわされた墓の内部(平安座1970)、36に毒ガス撤去デモの集まり(具志川1971)には沖縄人民党の瀬長亀次郎、日本共産党の東中光雄(1924年7月23日(88歳) 出生地 奈良県奈良市 出身校 同志社大学 現職 弁護士)らが見える。57には共通語を使いましょう(伊平屋1972)が印象に残る。

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2012年7月10日『沖縄の軌跡』86号「画家・浦崎永錫」 島袋和幸 〒124-0011 葛飾区四ツ木4-18-10 携帯090-4920-6952
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左は1963年発行の『芸能マガジン』/1957年4月『芸能タイムス』創刊号/編集発行人・渡嘉敷唯夫



写真左から渡嘉敷唯夫氏、新城栄徳、安里盛昭氏