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1941年1月 『月刊文化沖縄』「口絵写真」



右下 ①西銘生一・カメラ「甘藷の花、今を盛り」


迎春之辞ー茲に聖戦下第五年の皇紀二千六百一年新春を迎へ、謹んで戦線皇軍将士の武運愈愈長久ならんことを祈願する。併せて銃後國民各位に迎春の辞を申し述べると共に、新体制下に世界新秩序の建設に入るに当たって、國民の双肩にかかる責任の重且つ大なるを思ひ、各位の御自愛を切望して止まぬ。本誌関係者一同も時局の重大性を洞察し、肇國の大精神に立脚して、一君萬民忠孝一本の皇国国体の精華を、大いに顕現し、愛読者諸兄姉の御期待に副ふべく粉骨砕身を誓ふ。

言ふ迄もなく我國は、皇國の使命貫徹の重大非常時局に直面している。吾々一同も駑馬に鞭ち、新体制下の真摯敢闘の第一歩を踏み出さんとするにあたり、臣道奉公の大業に邁進すべく、郷土文化の使命を遂行する為め、新たなる発足を誓へるに依り、本年も昨年に倍し、何分の御指導と絶大なる御支援を賜らんことを懇願して止まない次第である。年頭に際して、聊か微意を述べ迎春の辞となす。

目次・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6
天孫民族と琉球種族・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・亀谷哲 6-9 
今日一日之事(故安田善次郎座右銘)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9
蛙鳴蝉噪「13日、日本文壇の大御所 菊池寛氏が渕上本県知事の依頼により台湾に於ける『文芸銃後運動講演会』へ臨む途次、那覇市公会堂で一夕講演した。その演題の『時局と武士道精神』
の中で、佐賀『葉隠』を引用し、深遠なる日本精神を吾々県民に向かって呼びかけたことは、大いに我が意を得たもので菊池寛氏に深厚の敬意を表す。今日の如く緊張せる非常時の民衆教育には、なまぬるいことではとても駄目だ。人の肺腑に喰ひ入るやうな『葉隠』の鉄血教育こそ絶対に必要なのだ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・本山裕児 10
●空の護りは郷土の使命。●護れ興亜の兵の家。●不動の精神 困苦に堪えよ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10
大人としてのー菊池寛・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山中賛平 11(14) 
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新体制と武士道・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・柴田米三 12-14
不発弾 或る会話「大阪も労働者」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12-13
照明弾 開洋会館・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・馬歯居士 14
人物透影像(1)早川元新知事・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15
琉球の年中行事 1月「二十日正月」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15
琉球歴史読本 第五章 英祖王時代(5)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・石川文一 16-17
国民藝術としての映画・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・北川鉄夫 18-19
琉球の伝説集 琉球入墨由来記・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・又吉盛二 20-22
◎樹てよ武勲 ◎簡素の中の美しさ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・21
道について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山城正忠 22
日本精神の本質・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・丸山幹治 23-25
人事動静「伊江朝助男『沖縄新報』社長に推され帰県中の処、1月12日浮島丸で帰京」(宛先は東京支社へ)・・・・・・・・・・・・・・・・・25
随想 仕事をする態度・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・風見」章子 26
新体制と農山漁村の娯楽・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・馬上太郎 27
東京支社御挨拶・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・前澤末彌 27
琉球の劇 組踊・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・28
文化映画評「蛇皮線の國(國光映画)」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・登川尚佐 28
年をとること・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山田五十鈴 29
名所旧跡 和解森 その3・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・30
琉球の年中行事 2月・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・30
◆盡せ総力遂げよ聖戦 ◆護れ大空我等の責務 ◆最後の勝利は銃後の貯金・・・・・・・・・・・30
文化沖縄抄「西園寺公望公爵薨去/11月29、海軍協会沖縄支部発会式(平和館)/大政翼賛j会支部役員発表/県下三新聞合同/『沖縄新報』創刊披露(那覇市公会堂)・・31
連載長編小説 琉球の復讐王(第3回)・・・・・・・・・・・・・・・・・石川文一/金城安太郎・絵 32-35
二人集 井澤湫「海荒けて妖しく光る雲の夙く海面の涯へ群がり流るる」、緒方静子「黒髪はなげくならずや重げなる柴をかづきて山くだるをとめ」・・・35
沖縄健児此処に在り 大和男児と散った 知花清一 本県徴兵令実地最初の海兵 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35 
編輯の辯




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①西銘生一



大城道子さんから『赤ん坊たちの<記憶>ー1943年~1945年に生まれて』発行・牧歌舎(兵庫県)を恵まれたが、中に西銘生一家族の消息が触れられている。
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特輯グラビア「壷の創作」「琉球は招く」「ある点描」カメラ 外山貞男

目次・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
沖縄の文化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・杜聖林雄 6-7
琉球歴史読本 第二章 為朝時代(1)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・石川文一 8-10
蛙鳴蝉噪「あれは日劇の『琉球舞踊』で、決して沖縄の『琉球舞踊』ではない/藤田嗣治に作らせた『現代日本』といふ映画がある。ここで私は藤田嗣治は高名な画伯だが映画監督じゃないと云へる。実際出来上がった作品は、矢張りそうだった。』・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・本山裕児 11
蠧簡抄(塩屋スケッチ)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山城正忠 12-14
愛惜の沖縄・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・前澤末彌 14
あの頃の話 上の芝居 下の芝居 競争時代(語る人・平良良勝)・・・・・・・・・・・・・・大城朝貞 15-17
郷土芸術化傳 平敷屋朝敏・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16
沖縄で最初に死刑になった男(与那原生まれタマヰー新垣船頭)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・又吉盛二 18-21
新聞の新聞 世相に反響する新聞界の展望・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・杜聖林雄 19
世相談議 喫茶店の巻・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・21
読切現代小説 二つの世界・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・本山裕児/挿絵・金城安太郎 22-27
文化沖縄抄「文化映画/琉球の風物/琉球の民芸」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27
沖縄の狂歌について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・恩河しげる 28
苔の下・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・平敷屋朝敏作・島袋全発註・金城安太郎絵 29-32
編輯の辯ー用紙の問題、セルパン7月号に「沖縄印象二三」と題して、本年朝日賞を貰った小磯良平画伯と相前後に来島した竹中郁氏の記事中、新聞雑誌の新刊行は今後一切不許可」
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1941年4月 『月刊文化沖縄』「口絵写真」




□1、臣道の実践に挺身す/2、大東亜共栄圏の建設に協力す/3、翼賛政治体制の建設に協力す/4、翼賛経済体制の建設に協力す/5、文化新体制の建設に協力す/6、生活新体制の建設に協力す
目次・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5 
颱風と沖縄県民性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・米國三郎 6-9
近著紹介『蘭印の人形芝居』(松原晩香著)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9
トピック・ニュース「太古琉球列島 支那と陸続き」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9
移民沖縄として『話聴教育を起こせ!』(1)・・・・・・・・・・・・・・・・・・亀谷哲 10-12
制作随感「個展作品・那覇小景、壺屋風景」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大嶺政寛 13

阿麻和利と人盗人・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山田有幹 14-16
空手物語・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・松涛 冨名腰義珍 16-19
近著紹介『沖縄人海外発展史』安里延(県海外協会)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19
随筆 豌豆の花・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・新崎盛珍 20-21
帰省雑感(1)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・我謝秀裕 21-23
たよりー私は『南島』の編集中、南島叢書の『宮古史傳』の校正中・・・・・・・・・・・・・・須藤利一 22
生活改善上 献酬を廃止せよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・渡口精鴻 23
屋根獅子・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・宮良當壮
蛙鳴蝉噪「琉球郷土玩具/沖縄県人」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・本山裕児 24
ニュース・月報 大政翼賛会 文化・経済委員 顔触れ決定す・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25-26
琉球植物雑感(1)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・多和田眞淳 26-27
和歌 井澤湫「秋の夜に無声映画を見つつおもふ古にし活弁はたのしかりしを・・」 緒方静子「べにざくら緋桃ときそひうら若きひなの娘とあらそいて咲く・・」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27
名所旧跡 「観音堂」その4・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・28
トピック・ニュース「國を挙げて南進へ南進へと邁進する今日、南進日本の拠点に 拓南訓練所 金武と糸満に3月から」・・29
琉球4月の行事「虫払/砂糖屋御願」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・29
文化沖縄抄「當山久三翁伝記/大臣賞を山城宗隆君授与/男師創立60周年記念式/東恩納寛惇『南蛮行』/盟邦ドイツの琉球研究/久留島武彦先生講話会/我如古伍長の銅像、沖縄人の海外発展史」・・・・・・・・・・・30
最新県外在住沖縄県人住所録(2)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・31
編輯の辯ー又、映画製作に関する用件で上京することになり、近日上京、去る1月上京の際の山本監督の「馬」の撮影を見学した際の記念撮影が送って来た。子役のホープ、デコちゃん事 高峰秀子、竹久千恵子の諸嬢のモンペィ姿も興亜早春にふさわしい姿であり藤原鶏太君の明朗の姿も亦、愉快であるが、本号は記事輻輳の為割愛する。先般来県された漫画家宮尾しげを画伯の原稿を戴くお約束であったが本号には間に合わず次号に譲ることにした。皇軍慰問隊に参加帰京後、3月情報局に岡本一平、北澤楽天、下川凹天、堤寒三の諸画伯と新進漫画家50余名を動員して全国へ”笑の爆弾”をふりまくことになった。(前澤末彌)・・32
横浜「北山会」便り・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32

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昭和15年10月19日『琉球新報』「生めよ殖やせ國の寳」


昭和15年11月17日『琉球新報』

昭和15年11月21日『琉球新報』

たいせいよくさんかい【大政翼賛会】
日中戦争および太平洋戦争期の官製国民統合団体。日中戦争の長期化にともない,権力による国民の画一的組織化と戦争体制への動員が緊急の課題となり,第2次近衛文麿内閣は1940年7月26日〈基本国策要綱〉を閣議で決定し,〈国防国家体制〉樹立の方針を確定した。そして新体制運動の結果,全政党が解散し,10月12日大政翼賛会が結成された。翼賛会は〈国防国家体制〉の政治的中心組織として位置づけられ,〈大政翼賛の臣道実践〉をスローガンに大政翼賛運動を推進した。→コトバンク

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「昭和のなは」復元模型が那覇市歴史博物館で展示されている。

左に山形屋が見える





1933(昭和8)年12月23日ー皇太子誕生

沖縄の新聞「皇太子明仁殿下には御健やかに御成長遊ばされ宮中三殿初の御参加も終えさせられたが、宮内省では、皇太子殿下御誕生御三カ月目の三月二十七日に御撮影遊ばされた御写真を御貸下げになった(略)この御写真こそは國民の皇太子殿下を拝し奉る最初の御姿で、いとも畏き極みである」

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父昭和天皇、母香淳皇后。母方皇后の祖に島津忠義が居る。

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↑2014年6月21日『沖縄タイムス』「戦の足音6 愛国と死 刷り込まれる/教科書是正要求重なる国」

↓2014年6月22日NHK Eテレ「日曜美術館 東松照明ー沖縄に恋した写真家の謎を追って」




2014年6月24日『沖縄タイムス』』「戦の足音9 五輪、国威発楊の道具に 2020年大会二の舞危惧ー1936年夏のことだ。受験勉強のために上京していた写真家の山田實さん(95)は、4年後の五輪開催が決まり、沸き返っていた帝都を思い出す・・」/NHkテレビも新聞も沖縄戦の「御霊」に」対し「犠牲者」呼ばわりを繰り返している。カジノ沖縄知事や、安倍首相 (1954年9月生まれ)が棒読みで「負担軽減」とか実際の行動と逆のわけの分からぬ空虚な発言、それと、新聞記者の問いかけにも答えずサッサと会場を後にしたアメリカ白人大使(1957年11月生まれ)らが印象的な「異例の日」だった。参列者は「戦争を知らない政治家が国政を担い、心配だ」。会場入り口で金属探知機を待っている間に正午になってしまった参列者は「きょうくらいはこんなに厳重にしなくてもいいのに。主役は偉い人なのかね」とボヤク。それでも4600人が参列している。
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2014年6月21日 星氏から『うらそえ文藝』第19号を恵まれた。中に星氏の「文学探訪ー末吉麦門冬が残した課題」が載っている。また星氏と仲程昌徳氏の対談「短歌・俳句の文化と沖縄の現状を語る」がある。その第二部のほうの「集団自決問題」は星氏の独演会の様相を帯びて仲程氏を悩ませていた。これは編集委員会と相当揉めていたようで編集後記でも双方が触れている。「集団自決問題」は純朴な民間人が変に戦陣訓(せんじんくん1941年1月8日に陸軍大臣東條英機が示達した訓令・陸訓一号)を示され、このなかの「生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず」という一節が有名で玉砕や自決など軍人・民間人の死亡の一因ともなった。沖縄戦は多くの皇軍の参謀や隊長が結構自決もせず捕虜になり生き残り「生き恥」を晒している現実を踏まえて「集団自決問題」は考えるのが建設的だ。


新城栄徳、星雅彦氏

『うらそえ文藝』第19号「座談会・沖縄マンガの現在」と大城冝武「沖縄マンガノート」も載っている。現代は右派、左派を問わず「屁理屈」的な情報に惑わされ「誰が敵」かが分かりにくい時代であるが目に見え視覚的に訴えると「誰が敵」か分かりやすくなる。そういう書籍が生き残る時代である。これからの『うらそえ文藝』は文藝雑誌ではあるが視覚部分(写真)の拡大を期待したい。
また来間泰男「2時間で読める沖縄の歴史」のむすびで「明によって作り上げられた『琉球王国』は、明との朝貢貿易の拠点となった。しかし、それは日本・室町幕府との『勘合貿易』が成立すると、その役割を減じていった。『琉球王国』がある間、ずっと『大交易時代』であったかのような、県民に広く、かつ深く根ざしている誤解は、速やかに解かねばならない。」と説く。

6月発行の『うるまネシア』第18号に太平ヤマ「公同会運動についてのノート」が載っている。公同会運動の再考の機運として「1991年、新城栄徳は、1895年の『公同会運動』に関する新聞記事を発掘し、『この運動は、大田朝敷に代表される当時の琉球新報同人と、国民新聞、大阪朝日新聞などの通信員だった佐々木笑受郎の情報戦争の側面も持っていたのではないか』とコメントを述べた。その後新城は、『うらそえ文藝』第5号に『公同会運動』を書いている。」、また「島ぐるみ」に執拗に絡むsettlerサヨクとして「・・森宣雄は、『地のなかの革命』で戦後沖縄の『島ぐるみ』運動を刈り取っているほか、直近の『沖縄タイムス』で、琉球人にはわからない日本語を駆使して仲井真知事を擁護している人物でもある(これについては照屋みどりが批判している。)」と記している。

本日の『沖縄タイムス』論壇に医師の吉田朝啓さんの「政治家のみなさんへ 恒久平和が国是の国に」が載っている。「鬼にもなり、仏にもなる戦場で、醜悪さまざまな人間模様が展開され、その地獄の余韻がまだ払拭されないまま、軍事基地の重圧にうめいている沖縄に、またぞろ"諸島防衛〟の御旗を掲げて、迷彩服を駐屯させようとすえう政治家の皆さん」、あなたたちの子弟を、真っ先に戦場に送る勇気はお持ちか。」「ケラマブルーに輝く国定公園、サンゴに彩られた大浦湾、癒しともてなしの観光地、ヘルシーアイランドとして立ち上がろうとしている、うるまの島々に、禍々しい戦の基地を強化しようとする愚をやめて、万国津梁・恒久平和を願った琉球王国のかつての国是を生かしてくれませんか。政治家の皆さん。」と上医の発想で書かれている。→中国唐書「上医は国を医し、中医は人を医し、下医は病を医す」

明日は全戦没者の霊を慰める日だと言う。辺野古新基地にしがみ付く安倍政権やアメリカ黒人大統領、仲井真カジノチジらの手で行われる史上最悪の誤魔化し「慰霊の日」になりそうだ。御霊(ヒロシマ、ナガサキを含む)とやらは相変わらずアメリカの「核の傘」に頼っているヤマトの現状をどう見ているのだろうか。

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情脈叢書/短歌雑誌「情脈」発行所 情脈社 鳥取市中町44・・・・・・・表紙裏

特輯口絵写真「守礼門」・・・・・カメラ/外山貞男・・・・・・・・・・・(1)
特輯口絵写真・秋色「円覚寺」「仏桑花」「屋門」「琉球美人」・・カメラ/梅里政・外山貞男・・(2)(3)(4)






右「那覇市の宣伝写真」外山貞男作

目次
来るべき世界経済戦と東亜民族の覚悟・・・新城朝功 6ー8
沖縄県人の植民地的性格・・・・・・・・・・・・・・・永丘智太郎  8
蛙鳴蝉噪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・本山裕児 9
琉球歴史読本 第2章 為朝時代(2)・・・・・・・・・・石川文一 10-12
名所旧跡 安里八幡ーその1- ・・・・・・・・・・・12
琉球の爬虫(とがけ)両生類(かへる)・・・・・・・當眞嗣元 13-15
琉球10月の行事・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 15
琉球人物史伝ー俊傑・謝花昇・・・・・・・・・・・16-17
女らしさ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・高山廣子 18
読んで伺う感ずる? 文化映画「琉球の民藝評」・・・・・・・・・田邊耕一郎 19
「外山貞男入社」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19
映画小説『沖縄の姿』審査座談会ー山城正忠、島袋源一郎、諸見里朝清、志喜屋孝信、渡邊地政憑、仲泊良夫、與儀清三、馬上太郎・・・・・・・・・・・・・20-21

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1937年9月 『沖縄県人事録』沖縄朝日新聞社「馬上太郎」

シナリオライターになるには・・・? ・・・・・・・・・・21
南山の一本柱勇兼備の古英雄 國吉之比屋の事とも・・・・・・・・・東江長太郎 22-24
口碑伝説 鬼餅と大里鬼・・・・・・・・・・・・・・・・・・24-25

文化沖縄抄/南島の舞姫日劇出演/日伯文化座談会/那覇農園で帰省学生による文化座談会/那覇市公会堂で琉球新報、朝日、日報主催で「反英県民大会」・・・・・・・・・・・・・・26   
『苔の下』・・・・・・・・・・平敷屋朝敏作 島袋全発註   27-31
最近・二つの問題ー『民藝の扱ひ方』杉山平助/『方言問題統一』の一節 柳田國男・・・・・ 31

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同時期開催/6月3日~8日 西村貞雄主催「復元のあゆみー琉球王朝造形文化の独自性を求めてー」


2014年6月15日『沖縄タイムス』那覇】那覇市が若狭の波之上臨港道路沿いの若狭緑地に建設を進めている高さ15メートルの「龍柱」2本の設置工事について、久高将光副市長は「ゲート的なデザインのシンボルモニュメントを設置することで、観光都市としての那覇市の魅力の向上につながる」と述べ、12月末までに完成する予定を示した。9日にあった市議会6月定例会の代表質問で、前田千尋氏(共産)に答弁した。 (略)久高副市長は「若狭の海岸部から国際通りを経て首里に至るルートを都市のシンボル軸のゲートに位置づけ、歴史文化の展開軸として環境整備を図る」と述べた。


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1975年5月『八重山ー東京・八重山郷友会創立50周年』に鎌倉芳太郎が「わが心のふるさと」と題し「さて、ひるがえって復帰後の沖縄をみるに、やれ開発だ、海洋博だと”数値”の支配する世の中になってしまった。資本主義の、利潤追求、カネ目当ての社会になっている。『田園まさに荒れなんとす』である。そこでわたくしは再び叫ばざるを得ない『自然にかえれ』『伝統を再認識せよ』と。産業を考えるにしても、沖縄の自然と伝統を無視しては考えられない。わたくしが地場産業の伝統工芸を強調するのもこのためである。地場産業とは、人間が住んでいるところの自然に則した産業のことである。」と記している。

昨今の沖縄産業にふれたのが『月刊琉球』№14の仲村渠克「時評 新『琉球司令官』降臨」である。「名護市・南風原町・うるま市のジャスコは、いずれもサトウキビ畑の広がる農業地に姿を表した。農地転用に厳しい制限があることを考えれば」、よほど地元自治体がバックアップしたことがわかる。大型スーパーを呼び込み、振興を図る手法が沖縄でも蔓延しているが、その町並みは、全国どこにでもあるような景だ。牛丼・ファストフード・カジュアルウエア・スポーツ用品・靴・家電・紳士服。おなじみの看板・ロゴだらけ。南国沖縄の風情もない。(略)『ジャスコ栄えて、街滅ぶ』という言葉が日本各地でささやかれているー。」と沖縄の現状は鎌倉さんの方向の逆をめざしているようだ。


2014年6月15日 『月刊琉球』№14 Ryukyu企画 宜野湾市嘉数4-17-16

2011年10月5日ー10時半、近鉄永和駅から奈良に行く。新大宮駅で手前にイトーヨーカードーが見えてきた。このスパーの関西進出は1986年の堺店が始まりである。当時はイトーヨーカードーの関西進出予定の土地をダイエーが押さえていたという話もあった。堺店は2011年に閉店し阿倍野再開発地域に進出するようである。最近はイオンが目につく。沖縄でも1999年に沖縄ジャスコ(2011年にイオン琉球)として設立され現在は那覇、南風原、具志川に大規模店舗がある。イオンの岡田社長の弟が民主党の岡田克也である。ダイエーも沖縄から撤退し、那覇店の跡はジュンク堂が入っている。
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6月14日沖縄県立博物館・美術館 講堂「麗しき琉球の記憶ー鎌倉芳太郎が発見した美」シンポジウム
■「麗しき琉球の記憶-鎌倉芳太郎が発見した“美”-」関連催事 シンポジウム 美術館
第1部 「“琉球芸術”への今日的視座」
パネリスト:
渡久地 健氏(琉球大学 准教授) 平良 啓氏(株式会社国建 取締役) 粟国 恭子氏(沖縄県立芸術大学附属研究所共同研究員) 岡本 亜紀氏(浦添市美術館 学芸員)

第2部 パネルディスカッション『「鎌倉資料」が現在の沖縄に物語ること』


写真右から平良啓氏(国建 取締役)、粟国恭子さん(沖縄県立芸術大学附属研究所共同研究員)、渡久地健氏(琉球大学法文学部)、岡本亜紀さん(浦添美術館)



写真左から平良啓氏(国建 取締役)、岡本亜紀さん(浦添美術館)、粟国恭子さん(沖縄県立芸術大学附属研究所共同研究員)、倉成多郎氏(壺屋焼物博物館)

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1955年6月15日『琉球新報』島袋全章「原田館長と私」

1955年9月 島袋全章「沖縄法制史の権威ー奥野彦六郎を偲ぶー」→1994年3月『沖縄文化』通巻79・80号



奥野彦六郎から島袋全章宛ハガキ

奥野彦六郎(1895年9月12日~1955年8月30日)

1925年~1928年 那覇地方裁判所判事。
1937年~1941年 南洋庁法院長としてポナベ島に勤務。


玉城尚秀から奥野彦六郎宛ハガキ



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1950年4月 『おきなわ』創刊号
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1950年11月 仲井間宗裕『沖縄と人物』同刊行会「金井喜久子」
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1954年7月 金井喜久子『琉球の民謡』音楽之友社

川平朝建/金井喜久子
1944年3月20日午後6時「金井喜久子交響作品発表会 並びに琉球古典音楽と舞踊の夕」日比谷公会堂
1951年4月ー川平朝建『琉球歌謡集』
1951年7月ー川平朝建「最新那覇市地図」
1954年7月3日ー『沖縄新聞』川平朝建「辻街の追懐」①

1956年11月14日ー『琉球新報』「死亡広告ー川平朝建、療養中の処11月11日12時20分死去致しました。告別式は首里博物館入口自宅に於いて相営みます。  妻 川平イシヲ/母 川平オミト/長男 川平朝雄/次男 川平朝□/長女 友寄道子/孫 下地春男/孫 下地春次/妹 多嘉良カナ/妹 金井喜久子/親戚代表 川平朝敏/伊江朝幹/川平朝申/金井げん四郎/来間泰一/友人代表 当間清弘/小牧薫」

昭和59年4月ー金井喜久子『愛のトゥバルマーある歌姫の物語』
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1984年2月 崎濱秀明『蔡温全集』本邦書籍
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2004年12月13日『琉球新報』崎浜秀明さん死去 沖縄法制史研究の第一人者
沖縄法制史研究の第一人者として、関係史料の収集などに尽力した崎浜秀明(さきはま・しゅうめい)氏が12日午前10時4分、脳卒中のため、東京都中野区南台5ノ23ノ19ノ自宅で死去した。92歳。国頭村出身。告別式は、17日午前11時から正午まで、杉並区梅里1ノ2ノ27、堀ノ内斎場で。喪主は長男秀一(ひでかず)氏。
崎浜氏は1912年生まれ。日大、中央大学などで法制史を学び、沖縄法制史研究の第一人者として研究に情熱を注いだ。一方で、法制史関係史料の収集と刊行にも傾注し、今日の沖縄法制史研究の基礎を築いた。沖縄文化協会顧問、沖縄国際大学南島文化研究所特別研究員なども務めた。92年には琉球新報社の東恩納寛惇賞を受賞した。


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1972年9月 沖縄の雑誌『青い海』16号 山城善三「暴風と沖縄の県民性」 

1937年6月『沖縄教育』米国三郎(顔写真)「ストライキ組を語る」

1953年3月 雑誌『おきなわ』与那国善三「1954年 沖縄の動き(上)」


山城善三
沖縄タイムス発行『沖縄年鑑1967』から「観光・戦跡」が掲載されている。それに「観光事業のはじまり」がある。沖縄の観光事業にはじまりについてくわしい記録はないが、修学旅行が最初だといわれている。□1893年(明治26)の9月、沖縄師範学校の生徒が本土の社会、文化、歴史などを勉強するため初めて九州旅行している。その翌年1894年(明治27)2月に那覇市の主催で那覇で「九州沖縄連合共進会」が開かれ、3月には「沖縄県教育品展覧会」も催され、九州各地や東京方面から多数の参加者が来島している。(以下略)『沖縄年鑑』1970年版には「観光ー観光協会の発足」が載っている。
1954年1月9日 社団法人「沖縄観光協会」設立(事務局・那覇市役所勧業課内)

1953年1月ー与那国善三『最新沖縄歴史年表』
1954年1月に社団法人「沖縄観光協会」が設立された。2月に那覇市役所勧業課内に事務局を置いた。57年4月、事務局を琉球政府工交局内に移転。59年は那覇市楚辺の与那国(山城)善三宅に事務局、会長は大田政作で副会長ー儀間光裕、親泊政博、専務兼事務局長ー山城善三、監事ー白石武八郎、大城嘉盛となっている。ほかに顧問6人、理事22人、評議員26人、参与が14人居る。

1988年12月20日『那覇市史だより』第34号
□故山城善三氏資料の寄贈について/故山城善三氏資料寄贈目録(文化振興課受贈の分)
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2014年6月15日14時~16時 沖縄県立博物館・美術館3階講堂 吉浜忍(沖縄国際大学 教授)「戦後69年目に考える沖縄戦ー沖縄戦住民記録・日本軍史料から何がわかるかー」

1977年4月 沖縄の雑誌『青い海』 №62 「33年目の沖縄戦と集団自決」

慶良間チージ(シュガーローフ)は日本軍の首里防衛の要衝。そこでアメリカ軍第6海兵師団と激しい攻防戦が69年前の今日始まり1週間に及んだ。

沖縄戦激戦地ー慶良間チージ(シュガーローフ)

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那覇市旧跡・歴史的地名表示板「慶良間チージ(シュガーローフ)」那覇市おもろまち1-6 安里配水池 展望所内
□日本軍側は、シュガーローフを含めた3つの丘からなる巧みな防御陣地を構築し、海兵隊を撃退しつづけ、丘は戦闘が行われた1週間で11回も持ち主を変えた。この戦いで海兵隊側は、2,662名の戦死傷者と、1,289名の戦闘疲労患者を出したとされる。日本側の損害については、この戦闘に限った統計がないため明らかではない。

『未来』2010年5月号に後田多敦氏が「いまも続く『シュガーローフの戦い』」を書いている。これは最近単行本になっている。末尾で「天気のいい日に慶良間チージに立ち、遠くを見ると鮮やかな海と空が浮かび上がる。近くの雑然とした街からは、さまざまなざわめきが聞こえてくる。現在の慶良間チージの争奪戦で戦っているのは銃を持った兵士ではない。自覚的な人も少数かもしれない。その多くは住人や買い物客、ビジネスマンであり、旅人などの普通の人たちである。そして、結果として沖縄全体の人びとが各自の来歴のなかで『シュガーローフの戦い』に巻き込まれていく。やがて、沖縄人は追いやられ、その丘は『すりばち丘』あるいは『シュガーローフ』と呼ばれてしまうのか。しかし、それでも慶良間チージは、慶良間チージであるべきであろう。」と、シュガーローフの戦いはいまも続くとしている。
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沖縄最初の混声合唱団『玉声会』の小湾の尚家別荘での公演記念写真ー前列右から①尚順男爵、尚昌侯爵、○、嵩原家扶、2列目右端が徳田安周の母の仲吉初枝、左端の少年は金武良章 大正4年



①尚順

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1983年12月 金武良章『御冠夜話』若夏社

動画→「創作舞踊「いちゅび小」 金武良章作 踊り・大湾三瑠 」

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□1947年ー沖縄美術家協会/沖縄民主主義文化連盟(瀬長亀次郎、屋部憲、池宮城秀意、名渡山愛順、仲村渠)/沖縄文芸家協会 (山城正忠、仲泊良夫、仲村渠、國吉眞哲ら)
1947年7月ー沖縄美術家協会結成
1947年8月ーギャラリー設置


沖縄美術家協会会則



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1949年7月2日、3日ー沖縄タイムス社コンセット社屋「沖縄美術展覧会(沖展)」






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同時期開催/6月3日~8日 西村貞雄主催「復元のあゆみー琉球王朝造形文化の独自性を求めてー」



写真左から仲間好彦氏、西村貞雄氏、金城棟永氏、翁長自修氏、金城規克氏


写真左が画家の新垣安雄氏、詩人の高良勉氏


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石川和男氏、松島弘明氏

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かつての京都沖縄青年会同志・中根修氏







右が当真嗣一氏(『沖縄のグスクめぐり』当真嗣一監修、2001年、むぎ社)と西村貞雄氏



□2013年7月12日『週刊金曜日』島田健弘「頻発するメディア幹部と安倍首相の会食・会談ー記者の筆がにぶらないわけがない」で示されるようにネットでは「NHKマスゴミ」「ネトウヨ 百田尚樹」「ワタミ ブラック」などが飛び交っている。その中で「嫌中・嫌韓」は「在日人脈と安倍」とも絡んで目立っている。こういったものは匿名なので信頼性に疑問があるが「マンガ」「タレントグラビア」と同様に読み捨てのものと考えてよい。2014年5月『琉球新報』「岐路の憲法ーかすみゆく未来図」に雑誌が「嫌中・嫌韓」特集が目立ってきたという。その中で「タブーに切り込む」が売りの月刊『宝島』が世の雑誌の嫌韓特集に遅れ馳せながら昨年メーン特集で「嫌韓」を組み売り上げを伸ばしているという。ますます新聞雑誌が消える未来図がたち現れてくる。


□1995年12月『宝島』与那原恵「ルポ 沖縄米兵少女暴行事件ーひめゆりの物語はもういらない」
○かつて沖縄でも琉球独立論が唱えられ、多くの沖縄人が共鳴したことがあった。(略)歴史家らしく高良倉吉は、かつての琉球王国の時代、王府の役人は今よりずっとしたたかだった、と言うー。

『文芸春秋』2004.10 与那原恵「『乙女の花園』が自公連立の絆に。なぜだータカラジェンヌと創価学会」
○「清く、正しく、美しく」。宝塚歌劇団の創設者、小林一三の掲げた理念だ。そこには、リアルな男とセックスは存在を許されない。女性客たちは、かなわなかった理想の恋愛を舞台に投影し、つかのまの夢を見る。だが、虚構を演じるのは生身の女性たちである。(略)世間がどんなに俗悪だと非難しようと、彼女たちは耳を貸さない。むしろ批判されればされるほど燃え、結束力が高まるという点で、学会員と宝塚ファンはうり二つである。



■第15回沖縄県産本フェア 2013年10月1日(火)~17日(木)リウボウブックセンターリブロ(デパートリウボウ7階)年に一度の沖縄県産本のお祭りも今年で15回目。「十五の秋、本の十月」をキャッチフレーズに、1500種類の県産本が大集合!会場では最新版「県産本目録2013」を無料進呈します。参加版元:県内出版社約20社 問い合わせ:ボーダーインク(電話098-835-2777)、リウボウブックセンターリブロ(電話098-867-1725)●10月6日(日)18時30分~20時30分
トークセッション「なぜノンフィクションライターは〝沖縄〟を目指すのか」 数多くのノンフィクション作品の舞台となる沖縄。それぞれの分野で数多くの取材を重ね、作品を発表してきた三人に語り合っていただきます。出演者=与那原恵、渡瀬夏彦、藤井誠二


鎌倉芳太郎が出会った沖縄人たち 琉球芸術調査を行った鎌倉が出会った沖縄人の姿と、鎌倉の生涯を語る講演会
●日時=2014年1月18日(土)午後2時~午後4時●場所=沖縄県立博物館・美術館(那覇市おもろまち)●講師=与那原恵(ノンフィクション作家『首里城への坂道』著者)●入場料=無料
●問い合わせ先=首里城公園友の会 電話098-886-2020

2014年3月 首里城公園友の会『首里城研究』№16 与那原恵「鎌倉芳太郎が出会った沖縄人たち」

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同時期開催/6月3日~8日 西村貞雄主催「復元のあゆみー琉球王朝造形文化の独自性を求めてー」

2014年6月5日『琉球新報』





2014年6月5日ー写真左から伊佐眞一氏①、西村貞雄氏、亀島靖氏



2014年6月6日

『滋賀報知新聞』琉球・沖縄 復帰37年の集い平成21年5月25日(月) =近現代史学ぶ=
◇甲賀・湖南市
 琉球・沖縄「復帰37年」のつどいがさきごろ、湖南市中央一丁目の中央まちづくりセンターで開かれ、約三十人が参加した。いちゃり場・沖縄(湖南市平松、沖縄県人会内)の主催。平和祈念と琉球・沖縄史などをテーマに、沖縄本土復帰記念日(昭和四十七年五月十五日)の前後に催されているもの。開会のあいさつで事務局が「五月十五日は、沖縄の人々が日本人になったり、琉球人になったりして、いろんな思いを描く時期」と話した後、終戦直後の沖縄を描いた映画「マブイ(沖縄地方で魂を意味する)」が上映され、今もなお日米間で揺れる沖縄の現実が参加者の胸に迫った。これに続いて、沖縄近現代史を研究する①伊佐眞一氏(琉球大学大学院勤務)が講演し、明治国家に組み込まれた琉球処分(明治十二年)について、県外者が行政機構を占めたことや土地・租税制度の大きな転換により「地元の人が経済的、行政的勢力を持ち得なくなった」と指摘した。また、当時の県政改善運動を進めた中心人物として、謝花昇(じゃばな・のぼる)を挙げて「生きている内に(志を)達成しなかったが、大事な仕事の先駆けをした」と紹介した。



1990年4月17日『沖縄タイムス』/1989年7月25日『琉球新報』

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○朝日新聞5月25日ー日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長は25日、読売テレビの番組で、沖縄で米軍司令官に「風俗業の活用」を勧めた発言について「アメリカ軍とアメリカ国民にはきちんとおわびと、発言の撤回は27日、しっかりしなければいけない」と述べた。橋下氏は27日、日本外国特派員協会で記者会見し、一連の発言について説明する予定だ。 また、橋下氏は番組で「アメリカだってイギリスだって、現地の民間業者のそういう女性を利用していたのは間違いない。ドイツだってフランスだって慰安所方式をとっていた。第2次世界大戦以後も、朝鮮戦争でも慰安所というものはあった。軍と女性の利用というのは絶対、タブー視しちゃいけない。ここに目を背けてしまったら未来につながらない」と持論を重ねて主張。「だから僕は日本の自衛隊はすごいと思う。日本の自衛隊はこういうこと(軍と女性の利用)の話は出てこない。日本以外は各軍がまだ同じようなことを繰り返している」と続けた。 →橋下徹大阪市長は、島田紳助によってテレビ界で売り出した。島田はタレント橋下の恩人である。

後藤忠政『憚りながら』(宝島社文庫2011)
2013年1月12日ージュンク堂那覇店で後藤忠政『憚りながら』(宝島社文庫2011)を買ってきた。山口組最高幹部と親しい島田紳助について「島田紳助とかいうお笑い芸人が、自分が司会やってる番組(日本テレビ系『行列のできる法律相談所』)を使って、カンボジアに学校を建てるんだと言ってたじゃないか。あれほど、見ていて気分が悪くなる番組もなかったな。(略)押しつけがましい、見てるこちらが恥ずかしくなるような「善意」を、公共の電波を使ってタレ流すテレビ局も、テレビ局だ。」とある。本書には親交のあった櫻井義晃、竹井博友、野村秋介との出会いにもふれている。
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後藤組関連資料

 野村秋介1935年~1993年 東京出身の新右翼活動家、思想家。
若年の頃は出口辰夫(通称モロッコの辰・後に暴力団稲川会四天王の一人となる)の舎弟。五・一五事件の三上卓との邂逅を経て右翼開眼。戦後新右翼の代表的な論客として知られた。1963年、自民党の政治家・河野一郎邸を焼き討ちし、懲役12年の実刑判決。出所後の1977年には経団連本部を襲撃、懲役6年の判決を受け再び服役した。「ヤルタ・ポツダム体制打倒」と「日米安保条約破棄」を軸に、反権力の右翼としての思想を強く主張した。その批判対象は政界・財界からマスコミにも向けられた。ただ本人は左右を超越した「民族主義者」を自認し「右翼」と呼ばれる事を嫌っていたとも言われる。彼は右翼ながら、「在日」朝鮮、韓国人を慮っていた。1983年、衆議院総選挙東京2区から新井将敬が出馬するも、同選挙区石原慎太郎候補の秘書により、『北朝鮮から帰化』という中傷シールが選挙ポスターに貼られる。-所謂黒シール事件,その際野村秋介が、石原慎太郎候補事務所に猛抗議に行った。持ち前の義侠心からであった。1992年、参議院選挙に際して「風の会」を組織し比例区から候補者を擁立した。『週刊朝日』誌に「ブラック・アングル」という風刺イラストを連載していた漫画家山藤章二が、これを「虱の党」と揶揄した作品を発表した事をとらえ、朝日新聞に対する抗議の姿勢を強めた。翌年の1993年10月20日、朝日新聞東京本社に乱入、社長ら首脳と話し合いの後「天皇(すめらみこと)弥栄」と三度言い残し、拳銃自殺。(はてなキーワード)


1997年10月『噂の真相』永江朗③「与那原恵」
○与那原は『別冊宝島』が生んだもっとも優れたルポライターである。(略)彼女は区立図書館に勤めていた。勤めながらコピーライター養成講座や編集者養成講座などに通っていた。ライターになる見通しもないまま退職したとき、声をかけたのが講師の一人で『別冊宝島』の編集長だった石井慎二④だ。『やってみないかと言われた仕事がいきなり右翼の取材で。そのとき②野村秋介さんにも会ったんですよ』(略)しかし、今の彼女はいわゆる左翼型の運動には冷ややかだ。運動やっている側からは、「吉田司とともにアタマにくる人物」とのありがたい罵倒も受けているとか。

③永江朗ー1958年北海道生まれ。
1981年文学部哲学科卒。(株)ニューアート西武に入社し西武百貨店系洋書店「アール・ヴィヴァン」に勤務。1988年同社を退社。1989 ~90年雑誌『宝島』および『別冊宝島』編集部在籍。2008~13年早稲田大学教授(任期付)。2013年より近畿大学非常勤講師。日本文藝家協会理事。「菊地君の本屋 ヴィレッジヴァンガード物語」「インタビュー術!」「不良のための読書術」「書いて稼ぐ技術」「本を味方につける本 自分が変わる読書術」「おじさんの哲学」など、著書多数。

④石井慎二ー東京都出身。旧姓・鈴木慎二として東京都立九段高等学校に学び、新聞部にあたる出版委員会で活動、さらに早稲田大学でも新聞会で活動する。JICC出版局(後の宝島社)の編集者となり、1974年の『宝島』出版権の買収の際には、蓮見清一の腹心として晶文社に赴き、電撃買収をとりまとめた[6]。JICC出版局では、1976年に『別冊宝島』を創刊。「読むムック」として発想されたこのシリーズは、新たなジャンルを開拓した取り組みとして評価された。1987年に季刊雑誌『田舎暮らしの本』を創刊し、編集長を務めていたころには、茨城県で有機農業による米作にも取り組んでいた。JICC出版局取締役を経て、1998年に洋泉社社長となり、 2010年に食道癌で死去するまでその職にあった。→ウィキペディア





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□本稿は1927年(昭和2)3月発行の『アトリエ』第4巻第3号の同氏(1899~1945)論文から転載したもので、新城栄徳氏から資料の提供を受けた。
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1960年1月『オキナワグラフ』


2014年6月2日『琉球新報』
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同時期開催/6月3日~8日 西村貞雄主催「復元のあゆみー琉球王朝造形文化の独自性を求めてー」
西村貞雄ー1942年  沖縄県南城市佐敷生まれ
       1967年  琉球大学文理学部美術工芸科卒業
       1970年  東京藝術大学大学院修了/沖展彫刻部会員  
       1971年  東京国立文化財研究所保存科学部修理技術研究室 研究補佐員
       1976年  沖縄キリスト教短期大学 専任講師
       1978年  琉球大学教育学部美術工芸専任講師
       1984年  沖縄県文化財保護審議会第一専門部会委員
       1985年  首里城正殿基本設計予備設計委員会 
       1986年  首里城正殿基本設計及び実地設計委員会委員

       1987年  二科会会員

     



西村貞雄氏、平良知二氏、平良昭隆氏、宮城篤正氏


末吉安允氏と西村貞雄氏

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同時期開催/6月3日~8日 西村貞雄主催「復元のあゆみー琉球王朝造形文化の独自性を求めてー」



沖縄県那覇市にある拝所(うがんじゅ)の石門。首里城の守礼門と歓会門の中間にあり、石門と後方の山地を総称して園比屋武御岳という。石門は永正16年(1519)に建立。昭和8年(1933)国宝に指定されたが、沖縄戦の戦禍を被り大破した。戦後、修復され、昭和47年(1972)重要文化財。平成12年(2000)「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の一つとして世界遺産(文化遺産)に登録された。→g辞書
戦後最初は山田真山により修復されたが、後に西村貞雄によって修復された。








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