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Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02


2017年は、1957年12月17日に真和志市と那覇市が合併してから60年目の節目にあたります。節目の年を記念して、真和志地域の成り立ち・変遷、歴史・文化等について紹介します。現在の那覇市域は、かつては、那覇市、首里市、小禄村、真和志市の3市1村の行政地域に分かれていました。これらの地域が、1954年9月に首里市・小禄村が那覇市に編入合併をして、「新那覇市」となりました。この時、真和志市は那覇市との合併を見送ったので、「真和志は後回し(まわし)」といわれたものでした。今回の企画展では、当時、沖縄県第二の都市であり、現在では数多くの那覇市民が暮らしているかつての真和志地域の歴史を紹介します。(那覇市歴史博物館)


1904年2月6日、南風原朝光、父朝佐(球陽丸船員) 母(屋我)オトの次男として真和志村字安里に生れる。兄に南風原朝保。南風原家は元は首里大中で、本籍は那覇市松山町2丁目3番地。
1911年4月、南風原朝光、安里尋常高等小学校入学
1915年、南風原朝光、那覇市高橋町2丁目の国吉の貸家に転居。この時の友人に儀保松男がいた。
1917年春、南風原朝光、、崇元寺町1丁目名渡山方に転居。冬、崇元寺町2丁目山里方に転居。
1918年 南風原朝光、嘉手納の沖縄県立第二中学校に入学(1919年4月 退学)台北の兄朝保のところに引取られる。
1919年4月、南風原朝光、県立第二中学校退学。台北で医院を開業せる兄朝保のところへ引き取らる
この頃、南風原一家は真和志村字天久の母オトの弟屋我良行所有の家に転居。
1920年  春、兄の知人で彫刻家の横江嘉純宅に寄寓
1922年  小石川の明正塾に有銘興昭、大嶺詮雄が居たのでよく訪問する。
1923年  5月、有銘興昭の紹介で、青山学院近くの桑田医院に薬局生として住み込む。9月、関東大震災に会う
1924年  夏、有銘興昭、阿波根朝松らと築地小劇場、歌舞伎座などを見てあるく
1926年  日本美術学校入学
1929年  日本美術学校卒業。夏帰省し東京美術学校在学の名度山愛順と、那覇の円山号で「二人展」。東中野の大城皓也の下宿を訪ね、宿泊す。

1940年  豊島区椎名町に居住。


新城栄徳宛の古波蔵さん書簡
1990年、私は沖縄県立図書館で新聞を見ていた。1921年6月の『沖縄日日新聞』でそこに池味幸一という教師が「最後に綴方の自由選題に付いて白楊君に与ふ」を書き児童の成績として尋常6年の古波蔵氏の綴方が取り上げられていた。早速その新聞コピーを古波蔵氏におくった。氏の来信に「ご厚意のおかげで、小生が安里尋常高等小学校(当時は女子師範学校附属小学校)の尋常6年だったころの綴方に出会うことができて、なんとも懐かしい気持ちになっております」と記され末尾で「めったに手紙を書かず、不義理をしてしまうこともよくあるような小生が手紙としては比較的長い文章をさしあげるのは小学校6年だったころの自分に合わせて下さった貴殿への感謝と受取って下さると、幸せです」とある。古波蔵氏の手紙は、他に国吉真哲翁の遺族にあてた手紙のコピーもあるが、これは古波蔵氏の青春時代をよく表している。


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2017年11月1日~12月23日 立命館大学国際平和ミュージアム1階 中野記念ホール「儀間比呂志版画展ー沖縄への思いー」

2017年11月 立命館大学国際平和ミュージアム 図録『儀間比呂志版画展』新城栄徳「儀間比呂志と関西」

2017年11月 立命館大学国際平和ミュージアム 図録『儀間比呂志版画展』豊見山愛「いま、儀間比呂志の絵と向き合うことの意味」

立命館大学は西園寺公望を「学祖」としている。

1936年12月19日「秘蔵珍品 骨董品物語」〇西園寺公書小幅ー漁家在江口 潮水入柴扉/行客欲投宿 主人猶未歸/竹深村路遠 月出釣船稀/遥見尋砂岸 春風動草衣


2013年11月 金子豊・編『松山王子 尚順 全文集』榕樹書林
 1935年12月『琉球新報』ー「尚順男爵は貴族院時代、西園寺公望公の書を得たいと切望し公の甥高千穂男爵を介して公に申し出たが容易に望みを達しなかった。丁度其の頃大正4年、公が須磨に隠れて居られたことがあった。公は儒者の書が好きで京都の鳩居堂主人、熊谷氏が公の処に出入りしていたが、尚順男爵はこの鳩居堂と懇意であったので、或る時、尚順男爵は詩を鳩居堂に託し折があったら公へ御覧に入れるよう依頼しておいた。公は此の詩を御覧になりそれ程熱心かと云われて小幅を書いてくださった」。尚順と西園寺公との縁はこれで終わらない。尚順の次男尚誠の長女悦子(白光真宏会第二代会長、ワールドピースプレヤーソサエティ代表、公益財団法人五井平和財団会長)は1974年(昭和49年)10月18日、西園寺不二男次男の西園寺裕夫との結婚に伴い、西園寺昌美となる。


新川明氏、儀間さん/福地さん、墨絵画家の金城美智子さん、儀間さん


儀間さん、平良次子さん/儀間さん、新垣安雄氏





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儀間さんと、野原さん/新川明氏、石野朝季氏(右)

1960年1月『オキナワグラフ』「僕は特派員ー石野朝季(琉球新報東京総局記者)、植木清直(琉球放送東京支社)、宮城直温(沖縄テレビ放送東京支社編成部)、遠山一平(琉球新報関西支局記者)、新川明(沖縄タイムス関西支社記者)、島袋俊一(沖縄タイムス鹿児島支局記者)、新田卓磨(琉球新報福岡支局記者)

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「沖縄文庫」/ 左が新城栄徳、平良幸春氏(日展会友)
会場内の沖縄文庫で沖縄本を販売する新城栄徳。いつも岡本太郎の太陽の塔を見ながら、民博はまだできていない。/このときの陶器コーナーではシーサー造りの名人・島常賀翁と、陶芸家で駆け出しの平良幸春氏とは一緒に陶芸の用具や釉薬などの材料の店、常賀翁のシーサー造りを2カ月以上観てきた。常賀翁の三線模合仲間の宮城美能留(宮城 稔)沖縄歌舞団団長の宿泊先のホテルに、一緒に見舞いに行った。



『青い海』1974年5月号「大沖縄展3/23~6/2」

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1952年7月21日『球陽新報』「1周年記念祝賀行事ー第三部 島晴美先生」/1974年ーエキスポランド「大沖縄展」案内パンフ(表紙の踊りは島晴美さんの娘)


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2013年11月2日~12月8日 沖縄県立博物館・美術館「京都 清水寺展」

平良知二文化の杜代表挨拶/安里進3代目館長挨拶


右から安里進館長、宮城竹寅氏、森清範貫主、根立研介氏、町田宗浩氏、平良知二文化の杜代表/右から宮城篤正氏、上江洲均氏、粟国恭子さん


清水寺貫主・森清範師によるご揮毫

右ー2013年11月3日ー末吉麦門冬の孫。石垣米子さん

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1982年5月 沖縄の雑誌『青い海』113号 末次智「おもろさうしを読む㊶『あきみよのとまり』考」


2017年3月 末次智『世礼国男と沖縄学の時代ー琉球古典の探究者たち』森話社/1922年2月 世礼国男詩集『阿旦のかげ』曙光詩社

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末次 智資料(左に見えるのが世禮國男著作リスト)
SUETSUGU Satoshi
京都精華大学人文学部教授。 総合人文学科 日本・アジア文化コース 専門分野 琉球国文化 経歴・業績
立命館大学大学院文学研究科日本文学専攻博士後期課程単位取得。奄美・沖縄の文化、とくに琉球王国の文化専攻。著書に『琉球の王権と神話』、『琉球宮廷歌謡論』、論文に「Cocco論序説、あるいは、ウタの始まり」、「身体の楽譜」等。最近は、ヒトの「身体」と世界観に関心がある。

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2017年11月10日『沖縄の軌跡』第174号 編集発行人・島袋和幸(葛飾区四ツ木4-18-10 携帯090-4920-6952)


2017年11月4日ー『琉球新報』『沖縄タイムス』

島袋和幸氏〔検見川事件現場〕/安田浩一氏〔虐殺事件の今日的問題〕

写真左よりー安田浩一氏、平良肇氏、島袋和幸氏、長嶺福信氏
2017年11月3日13:00 なは市民活動支援センター第三会議室「〔検見川事件を語る会〕学習会」


『サンデー毎日』2017ー9-24 安田浩一「小池都知事は虐殺の事実を否定するのか!」

2017年10月 朝日新聞出版『一冊の本』安田浩一「沖縄の右派と〔プロ市民〕7 人々を虐殺に向かわた回路」
安田 浩一(やすだ こういち、1964年(昭和39年)9月28日 - )は日本のジャーナリスト。日本労働組合総評議会(総評)系の機関誌『労働情報』編集委員。静岡県出身。千葉県在住。慶應義塾大学経済学部卒業。伊豆半島の温泉地帯に生まれた。日本経済新聞など様々な新聞社、出版社の記者を経て『週刊宝石』の記者だった1999年(平成11年)前後に、同誌にて創価学会の批判記事を書いていた。『サンデー毎日』時代は名誉毀損で訴えられ、証言台に立った。→ウィキ
2014年9月 佐野眞一『あんぽん 孫正義伝』小学館文庫 解説・安田浩一


 1959年6月30日午前10時40分頃に、アメリカ空軍のノースアメリカンF100Dジェット戦闘機が操縦不能となり、パイロットのジョンシュミット大尉は空中で脱出、機体は民家35棟をなぎ倒した後、石川市にある宮森小学校(現うるま市立宮森小学校)のトタン屋根校舎に衝突、さらに隣のコンクリート校舎を直撃し、炎上した。事故による火災は1時間後に鎮火したが、死者17人(小学生11人、一般住民6人)、重軽傷者210人、校舎3棟を始め民家27棟、公民館1棟が全焼、校舎2棟と民家8棟が半焼する大惨事となった。→ウィキ

宮森小学校の中庭には、犠牲となった児童らを慰霊する「仲良し地蔵」が設置されており、毎年6月30日に児童らによる追悼式が行われている。


11-5 名嘉幸照氏と金城実氏(後ろ向き)/名嘉幸照氏と金城実氏
【琉球新報電子版】2016-1-14
沖縄の魅力を県内外にPRする県の「美ら島沖縄大使」に、原発メンテナンス業者、東北エンタープライズ会長の名嘉幸照さん(74)が就任した。安慶田光男副知事が14日、県庁で認証状を交付した。
 名嘉さんは伊是名村出身で、福島県いわき市に在住している。原発技術者として、福島第1原発の運転開始直後から業務に携わってきた。福島沖縄県人会の前会長(現在顧問)、WUB東京会員として、福島と沖縄をつなぐ交流事業に関わり、東日本大震災後には福島から沖縄に避難した人たちとの交流や情報交換を行っている。名嘉さんは「基地問題などで苦しむ沖縄と原発問題を抱える福島には多くの共通点と共感がある。両県がこれまで以上に交流を深められるよう尽力したい」と抱負を語った。


残波岬公園にある残波大獅子(金城実作)の前で/11-6 出版舎 Muɡenで、島袋和幸氏と上間常道氏

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左ー写真、左が佐々木公子さん、名嘉幸照氏

2017年10月28日 『沖縄の軌跡』173号 編集発行人・島袋和幸(葛飾区四ツ木4-18-10 携帯090-4920-6952


2017年9月10日 『沖縄の軌跡』172号 編集発行人・島袋和幸(葛飾区四ツ木4-18-10 携帯090-4920-6952)


2016年7月21日『沖縄タイムス』島袋和幸「検見川事件の真相 関東大震災~沖縄県民の虐殺」
東京/島袋和幸(葛飾区四ツ木4-18-10 携帯090-4920-6952)

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Posted by: ryubun02

 『琉球新報』11月2日ー沖縄県の那覇市おもろまちに開館して10周年を迎えた沖縄県立博物館・美術館(田名真之館長)の記念イベントが1日、同館で開催された。特別展「海の沖縄」「彷徨の海」の開会式が開かれたほか、記念式典では同館の愛称「OkiMu(おきみゅー)」と、マスコットキャラクター「おきみゅーちゃん」が公表された。関係者らは文化や芸術の振興をけん引してきた功績を振り返り、今後の発展を誓った。(略)同館によると10年間の総来館者数は約450万人。田名館長は「アジアへ広く目を向けた展示会を展開したい」と語った。