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Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02


2017年は、1957年12月17日に真和志市と那覇市が合併してから60年目の節目にあたります。節目の年を記念して、真和志地域の成り立ち・変遷、歴史・文化等について紹介します。現在の那覇市域は、かつては、那覇市、首里市、小禄村、真和志市の3市1村の行政地域に分かれていました。これらの地域が、1954年9月に首里市・小禄村が那覇市に編入合併をして、「新那覇市」となりました。この時、真和志市は那覇市との合併を見送ったので、「真和志は後回し(まわし)」といわれたものでした。今回の企画展では、当時、沖縄県第二の都市であり、現在では数多くの那覇市民が暮らしているかつての真和志地域の歴史を紹介します。(那覇市歴史博物館)


1904年2月6日、南風原朝光、父朝佐(球陽丸船員) 母(屋我)オトの次男として真和志村字安里に生れる。兄に南風原朝保。南風原家は元は首里大中で、本籍は那覇市松山町2丁目3番地。
1911年4月、南風原朝光、安里尋常高等小学校入学
1915年、南風原朝光、那覇市高橋町2丁目の国吉の貸家に転居。この時の友人に儀保松男がいた。
1917年春、南風原朝光、、崇元寺町1丁目名渡山方に転居。冬、崇元寺町2丁目山里方に転居。
1918年 南風原朝光、嘉手納の沖縄県立第二中学校に入学(1919年4月 退学)台北の兄朝保のところに引取られる。
1919年4月、南風原朝光、県立第二中学校退学。台北で医院を開業せる兄朝保のところへ引き取らる
この頃、南風原一家は真和志村字天久の母オトの弟屋我良行所有の家に転居。
1920年  春、兄の知人で彫刻家の横江嘉純宅に寄寓
1922年  小石川の明正塾に有銘興昭、大嶺詮雄が居たのでよく訪問する。
1923年  5月、有銘興昭の紹介で、青山学院近くの桑田医院に薬局生として住み込む。9月、関東大震災に会う
1924年  夏、有銘興昭、阿波根朝松らと築地小劇場、歌舞伎座などを見てあるく
1926年  日本美術学校入学
1929年  日本美術学校卒業。夏帰省し東京美術学校在学の名度山愛順と、那覇の円山号で「二人展」。東中野の大城皓也の下宿を訪ね、宿泊す。

1940年  豊島区椎名町に居住。


新城栄徳宛の古波蔵さん書簡
1990年、私は沖縄県立図書館で新聞を見ていた。1921年6月の『沖縄日日新聞』でそこに池味幸一という教師が「最後に綴方の自由選題に付いて白楊君に与ふ」を書き児童の成績として尋常6年の古波蔵氏の綴方が取り上げられていた。早速その新聞コピーを古波蔵氏におくった。氏の来信に「ご厚意のおかげで、小生が安里尋常高等小学校(当時は女子師範学校附属小学校)の尋常6年だったころの綴方に出会うことができて、なんとも懐かしい気持ちになっております」と記され末尾で「めったに手紙を書かず、不義理をしてしまうこともよくあるような小生が手紙としては比較的長い文章をさしあげるのは小学校6年だったころの自分に合わせて下さった貴殿への感謝と受取って下さると、幸せです」とある。古波蔵氏の手紙は、他に国吉真哲翁の遺族にあてた手紙のコピーもあるが、これは古波蔵氏の青春時代をよく表している。


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Posted by: ryubun02
 「くろねこの短語」2017年11月29日ー笑っちゃうほどの絶妙のタイミングで北朝鮮がミサイル発射。しかも、昨日の夜、ペテン総理は何ヶ月ぶりかで公邸に宿泊というから、分かりやすいったらありゃあしない。(略)立憲民主の川内君の質問に答えて、「公共随契すべてが1194件。そのうち売り払い前提の定期借地とする特例処理を行った事例は本件のみ」(財務省 太田充理財局長)「ご指摘の延納の特約を付して売却した事例、これは本件のみでございます」(財務省 太田充理財局長)「平成25年度から28年度までの間、公共随契によって売却した件数は972件。そのうち非公表にしたものというのは本件のみ」(財務省 太田充理財局長)だとさ。
 スゲーなあ! 「1194分の1」「1214分の1」、そして「972分の1」の「特別措置」なんだよ。ようするに、森友学園に異例中の異例の「特約」付けて国有地を売却したってことなんだね。これだけの「特約」付けるからにはそれなりの理由が必要なわけで、そりゃあペテン総理とその私人の嫁の影がチラホラするのは疑いようがない。なんてったって、ペテン総理の私人の嫁は、当時、森友学園が開校予定だった小学校の名誉校長だったんだからね。裁判だったら、かなり確度の高い状況証拠ってところだ。(略)それはともかく、この質疑中にもペテン総理は時折、薄笑いしてるんだね。その態度は何だ!・・・ってついTVに向かって叫びたくなるのであった。

「くろねこの短語」2017年11月28日ー予想通りとはいうものの、自民と公明の国会質問はひどいもんだ。共産党のとっちゃん坊や・小池君が「あれはインタビューだ」って皮肉っていたが、ていうよりただのお追従だろう。「安倍政権で格差は縮まった」(田村憲久・自民党)だの、「地球儀を俯瞰する外交のおかげで、安倍首相がいるなら話をさせてくれという状況が生まれている」(新藤義孝・自民党)だの、「首相を見直した。いかに教育に熱心かよくわかった」(石田祝稔・公明党)だの、聞いてるこっちが恥ずかしくなってくる。そんなヨイショが延々3時間半ですからね。やってられませんよ。(略)
 『総理から国会の運営については指示があったというのは全くの誤報です。国会のことは国会でお任せしたいと前置きをしたうえで、私の説明に一定のご理解を受けた』と述べているわけであります」「つまり、萩生田氏が私に説明をし、私は聞いていたというわけであります」のっけからかましてくれました。なんと「ファクトを申し上げます」だと。おいおい、ぼったくりバーのチーママ・小池君じゃあるまいし、「ファクト」はねえだろう。ていうか、こんな横文字使うことでよりいっそう答弁の胡散臭さが強調されることがわかってないんだね。(略)それにつけても、ようやく国会が始まったというのに、新聞・TVはいまだに相撲取りの喧嘩一色。これじゃあ森友・加計疑獄の幕引きに手を貸していると批判されても文句は言えまい。いつになったら眼を覚ますんだ、ったく!

「くろねこの短語」2017年11月27日ーいやあ、驚いた。何がって、昨夕のテレビ朝日『スーパーJチャンネル』だ。トップから10分以上も相撲取りの喧嘩のニュースを垂れ流すんだもの視聴者を舐めるのもいいかげんしろ、ってなもんです。「学芸員はがん」の山本幸三君の「あんな黒いの」発言だってあるだろうし、もっと言えば辺野古新基地建設反対派に国際平和賞というビッグニュースだってあったんだよね。さすがペテン総理のお友だちが番組審議会委員長を務める局だけのことはある。

 「くろねこの短語」2017年11月26日ー(前略)多くのヘイトってのは、こういう無意識によるものがイッチャン始末が悪い。なんてったって、本人にすれば「それのどこが悪い」ってのが本心ですからね。確信犯なら喧嘩のしようもあるが、こういう輩には言うだけ無駄という徒労感があるんだね。
 にしても、これが大臣まで務めた国会議員ですよ。「子供4人産んだら表彰」の元祖タレント議員、「宮中晩餐会に同性パートナー出席反対」のイチゴっ鼻、そして今回の「あんな黒いの」と続く一連の自民党議員の差別発言ってのは、とてもじゃないけど見逃せるものではない。
 神谷とかいう輩が現金配って歩いてたのが問題になっているが、それでも公職選挙法違反で逮捕されないんだから、差別発言くらいじゃちょいと口が滑ったで終わりなのもむべなるかななんだね。つまり、永田町は治外法権ってことだ。なんて恐ろしい時代になったものかとドラ猫に愚痴ってみる日曜の朝であった。

「くろねこの短語」2017年11月25日ー(前略)性根が腐ってるとくれば、ひょっとこ麻生もそのひとりだ。森友学園疑獄では財務大臣のくせしてさんざん無責任な立場を貫き通していたのは記憶に新しいところだ。そのひょっとこ麻生が、森友学園の小学校が「安倍晋三記念小学校」と当初呼ばれていたのは「朝日新聞が煽った」からだとdisっている。
 これは、森友学園の小学校設置趣意書に「安倍晋三記念小学校」の記載が見当たらないという報告を根拠にしているんだね。でも、情報公開された設置趣意書は黒塗りばかりで、記載されていたかどうかはさだかではないのが実際のところなんだね。なによりも、ペテン総理の私人の嫁がこう言っている。「先生(籠池元理事長)からは、安倍晋三記念小学校にしたいと当初は言っていただいていた」「もし名前をつけていただけるのであれば、総理大臣を辞めてからにしていただきたい」
 さらに、ペテン総理本人も、国会で「小学校を作りたいんで、安倍晋三小学校にしたいという話がございました」(2月17日衆議院予算委員会にて)って答弁している。自民党の補完勢力議員や会報紙の産経がどんな印象操作をしようと、当事者のペテン夫妻がハッキリと「安倍晋三記念小学校」って口にしてるんだから、おい、どうするよ、ってなもんです。
 森友学園への低価格による国有地売却の経緯を「不適切」と断じた会計検査院の調査結果が出たとたんに、こうしたアドバルーンが上げられるというのは、いかに森友学園疑獄がヤバイ案件かってことだ。籠池夫妻の不当拘留が続いているのもその構図があればこそなんだね

 2017年11月23日 沖縄大学同窓会館「おきなわに『自治の風』をーおきなわ住民自治研究所設立総会」宮本憲一「記念講演/沖縄の地方自治とその歴史と未来」
〇『沖縄タイムス』2016年9月2日 沖縄県外の有識者でつくる「普天間・辺野古問題を考える会」(代表・宮本憲一①大阪市立大名誉教授)は9日、東村高江周辺のヘリパッド建設などを強行する政府に対し、抗議声明を発表する。ノーベル文学賞作家の大江健三郎さんら計71人(8月31日現在)の有識者が声明に賛同しており、名護市辺野古の新基地建設と高江のヘリパッド建設に対し「沖縄の人権・自治・環境・平和を侵害する不法な強権発動を直ちに中止せよ」と訴え同会は9日に東京の参院議員会館で記者会見を開き、声明を発表する。事務局を担当する寺西俊一一橋大学名誉教授は本紙の取材に「安倍政権は、民主主義に基づく法治国家にあるまじき、極めて無法な強権的対応を強めている。本土から声を上げ、さらに賛同の輪を広げたい」と話した。同会は昨年4月にも、辺野古新基地建設の作業中止を求め、安倍晋三首相宛てに緊急声明と8千人を超える署名を提出している
①宮本 憲一(みやもと けんいち、1930年2月19日 - )は、日本の経済学者。元滋賀大学学長、大阪市立大学名誉教授、滋賀大学名誉教授。専門は財政学、環境経済学。経済学博士(京都大学)(1972年)。
〇1980年6月『青い海』94号 「沖縄問題研究センター(上江洲久理事長)設立総会/宮本憲一大阪市大教授が記念特別公演『基地がある限り、自治はない』と語り、財政学の立場から、沖縄の現状を分析しました。」

 「くろねこの短語」2017年11月23日ーどうやら、籠池夫妻の保釈請求は却下されたようだ。逮捕されてから3ケ月だよ。それも接見禁止だなんて、国連の拷問禁止委員会が「人質司法」と指摘するわけだ。そう言えば、国連で「日本は中世のようだ」と人質司法を批判された時に、上田とかいう外務省人権人道担当大使が「shut up!(黙れ)」と出席者を怒鳴りつけるという恥ずかしい事件があった。そんなんだもの、籠池夫妻の不当拘留が罷り通るわけです。
 でもって、籠池夫妻が逮捕される発端となった森友学園疑獄は、会計検査院が正式に「不適切な取引」があったと報告した。不正があったかどうかまでは突っ込まない灰色の判定で、これをガス抜きとする見方もあるようなんだが、少なくともペテン総理一派は「適正に処理してきた」と言い募っていたんだから、それについての説明責任はあるってことだ。国会の質問時間を5:9にしたってのは、おそらくそうした説明責任を最小限度に押えるための策略のひとつなのだろう。

 「くろねこの短語」2017年11月22日ー(前略)でもって、籠池夫妻は森友学園疑獄のスケープゴートとして逮捕され、いまだに接見禁止付きの不当拘留が続いていることを忘れてはいけない。これこそ典型的な代用監獄で、人質司法もここに極まれりってことなんだね。そんな中、籠池夫妻が保釈申請をした。果たして裁判所の判断やいかに・・・相撲取りによる傷害事件の数百倍も意味のあるニュースなんだから、新聞・TVはちったあ仕事しろ! 
ところで、山口ノリマキがこのところネットTVで復帰してるんだが、そうはさせてたまるかってんで、超党派による「『詩織さん事件』を追及する議連」が、逮捕状失効停止について警察庁と法務省からヒアリングをした。警察庁は「よくある話」と逃げをうったようだが、だったらこれまでにそんなケースが何件あったのか報告しろって詰め寄ったってね。森友も加計もノリマキも、ビシバシ追求することだ。敵は一般大衆労働者諸君の「忘れっぽさ」を利用しようとしているんだから、追求する側はとにかく手を緩めることなく、新たな情報を流し続けること。新聞・TVがアテにならなくったって、いまの時代は情報拡散の手段はいくらでもあるんだからね。

 「くろねこの短語」2017年11月22日ー(前略)でもって、籠池夫妻は森友学園疑獄のスケープゴートとして逮捕され、いまだに接見禁止付きの不当拘留が続いていることを忘れてはいけない。これこそ典型的な代用監獄で、人質司法もここに極まれりってことなんだね。そんな中、籠池夫妻が保釈申請をした。果たして裁判所の判断やいかに・・・相撲取りによる傷害事件の数百倍も意味のあるニュースなんだから、新聞・TVはちったあ仕事しろ! 
ところで、山口ノリマキがこのところネットTVで復帰してるんだが、そうはさせてたまるかってんで、超党派による「『詩織さん事件』を追及する議連」が、逮捕状失効停止について警察庁と法務省からヒアリングをした。警察庁は「よくある話」と逃げをうったようだが、だったらこれまでにそんなケースが何件あったのか報告しろって詰め寄ったってね。森友も加計もノリマキも、ビシバシ追求することだ。敵は一般大衆労働者諸君の「忘れっぽさ」を利用しようとしているんだから、追求する側はとにかく手を緩めることなく、新たな情報を流し続けること。新聞・TVがアテにならなくったって、いまの時代は情報拡散の手段はいくらでもあるんだからね。

 「くろねこの短語」2017年11月20日ー(前略)ところで、性懲りもないとはこのことか。沖縄でまたしてもアメリカ兵の酒気帯び運転で市民が事故死。相撲取りの傷害事件の乱痴気騒ぎが嘘のように、ほとんど三面記事のようにしか報道しない新聞・TVにはほとほと呆れます。

日本共産党沖縄県委員会事務所前でアメリカ軍海兵隊員による死亡事故、少し先には共産党事務所の数倍大きな建物、公明党を支える創価学会の会館があり、こじんまりしたパーフェクトリバティー教団沖縄教会を経ての、その先には創価会館の数倍大きい琉球新報本社がある。/アメリカ軍基地容認の諸悪の元凶・自公が沖縄にまだ存在している。かつ、現実には自民党候補者が堂々と名護市長選挙で立候補、それを良しとするオキナワ県民が居るということだ。アベ自公政権による辺野古核基地工事も粛々と進んでいる。
 ネットで飛び交っているものに「菅 義偉官房長官の息子(三男)さんが、大成建設にいる。辺野古の基地は大成建設が工事している。新国立競技場A案は大成建設。だから粛々と工事を進めるわけね。」
 
『しんぶん赤旗』11月19日「在日米軍事件・事故21万件」/『しんぶん赤旗』11月21日「飲酒死亡事故 沖縄知事が米軍に抗議」
 『沖縄タイムス』11月20日ー19日午前5時25分ごろ、那覇市の国道58号泊交差点で、南向けに飲酒運転で直進してきた米軍2トントラックと、対向車線から右折しようとした那覇市宇栄原の会社員の男性(61)の軽トラックが衝突し、男性は搬送先の病院で死亡した。那覇署は同日、米軍トラックを運転していた在沖米海兵隊牧港補給地区所属の上等兵の男を容疑者(21)を自動車運転処罰法違反(過失運転致死)と道交法違反(酒気帯び運転)の疑いで逮捕した。

 
自民党の勉強会の講師役でアイアムソーリ首相と親しい作家の百田尚樹氏が、アベ政権に批判的な沖縄の地元紙について「沖縄の二つの新聞社は絶対つぶさなあかん」などと発言して話題になったが、地元紙は最近は触れていない。


 『しんぶん赤旗』11月17日/『しんぶん赤旗』日曜版  11月19日号 スクープ 鶴保庸介・前沖縄担当相に重大疑惑 辺野古の米軍新基地工事に参入を狙った業者が激白。「大臣室で7回面会」、鶴保氏の後援会長に1千万超の資金も。選挙支援や飲食接待を受けた鶴保氏は便宜を図り…。大臣室での2ショットやLINEのやりとりも公開。


2017-11-9『しんぶん赤旗』「辺野古過剰警備で税金を浪費」「『パラダイス文書』世界に衝撃」


 

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Posted by: ryubun02


2017年11月1日~12月23日 立命館大学国際平和ミュージアム1階 中野記念ホール「儀間比呂志版画展ー沖縄への思いー」

2017年11月 立命館大学国際平和ミュージアム 図録『儀間比呂志版画展』新城栄徳「儀間比呂志と関西」

2017年11月 立命館大学国際平和ミュージアム 図録『儀間比呂志版画展』豊見山愛「いま、儀間比呂志の絵と向き合うことの意味」


1956年5月12日~14日 第一相互銀行(3階)「儀間比呂志 個人展」〇私は現代の沖縄に生きる人間像への創造を続けています。現代人の苦悩不安あらゆる困難なる時代にたくましく生きるオキナワのすがたは私に大きな感動をあたへます。出品作『生きる』『待つ』『あんまー』等はその一連のこころみですが造形的な処理に未だ難点を残して居りますし思想と造形を如何に立体的に構式するかが今後の私の課題なのです。

1956年5月16日『沖縄タイムス』新川明「沖縄画壇の収穫ー(儀間比呂志個展評)」


1963年6月11日~13日 沖縄タイムスホール「第4回 儀間比呂志作品展」

立命館大学は西園寺公望を「学祖」としている。

1936年12月19日「秘蔵珍品 骨董品物語」〇西園寺公書小幅ー漁家在江口 潮水入柴扉/行客欲投宿 主人猶未歸/竹深村路遠 月出釣船稀/遥見尋砂岸 春風動草衣


2013年11月 金子豊・編『松山王子 尚順 全文集』榕樹書林
 1935年12月『琉球新報』ー「尚順男爵は貴族院時代、西園寺公望公の書を得たいと切望し公の甥高千穂男爵を介して公に申し出たが容易に望みを達しなかった。丁度其の頃大正4年、公が須磨に隠れて居られたことがあった。公は儒者の書が好きで京都の鳩居堂主人、熊谷氏が公の処に出入りしていたが、尚順男爵はこの鳩居堂と懇意であったので、或る時、尚順男爵は詩を鳩居堂に託し折があったら公へ御覧に入れるよう依頼しておいた。公は此の詩を御覧になりそれ程熱心かと云われて小幅を書いてくださった」。尚順と西園寺公との縁はこれで終わらない。尚順の次男尚誠の長女悦子(白光真宏会第二代会長、ワールドピースプレヤーソサエティ代表、公益財団法人五井平和財団会長)は1974年(昭和49年)10月18日、西園寺不二男次男の西園寺裕夫との結婚に伴い、西園寺昌美となる。


新川明氏、儀間さん/福地さん、墨絵画家の金城美智子さん、儀間さん



儀間さん、平良次子さん/儀間さん、新垣安雄氏





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儀間さんと、野原さん/新川明氏、石野朝季氏(右)

1960年1月『オキナワグラフ』「僕は特派員ー石野朝季(琉球新報東京総局記者)、植木清直(琉球放送東京支社)、宮城直温(沖縄テレビ放送東京支社編成部)、遠山一平(琉球新報関西支局記者)、新川明(沖縄タイムス関西支社記者)、島袋俊一(沖縄タイムス鹿児島支局記者)、新田卓磨(琉球新報福岡支局記者)

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「沖縄文庫」/ 左が新城栄徳、平良幸春氏(日展会友)
会場内の沖縄文庫で沖縄本を販売する新城栄徳。いつも岡本太郎の太陽の塔を見ながら、民博はまだできていない。/このときの陶器コーナーではシーサー造りの名人・島常賀翁と、陶芸家で駆け出しの平良幸春氏とは一緒に陶芸の用具や釉薬などの材料の店、常賀翁のシーサー造りを2カ月以上観てきた。常賀翁の三線模合仲間の宮城美能留(宮城 稔)沖縄歌舞団団長の宿泊先のホテルに、一緒に見舞いに行った。



『青い海』1974年5月号「大沖縄展3/23~6/2」

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1952年7月21日『球陽新報』「1周年記念祝賀行事ー第三部 島晴美先生」/1974年ーエキスポランド「大沖縄展」案内パンフ(表紙の踊りは島晴美さんの娘)


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2013年11月2日~12月8日 沖縄県立博物館・美術館「京都 清水寺展」

平良知二文化の杜代表挨拶/安里進3代目館長挨拶


右から安里進館長、宮城竹寅氏、森清範貫主、根立研介氏、町田宗浩氏、平良知二文化の杜代表/右から宮城篤正氏、上江洲均氏、粟国恭子さん


清水寺貫主・森清範師によるご揮毫

右ー2013年11月3日ー末吉麦門冬の孫。石垣米子さん

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2017年4月3日~7月17日 高麗美術館「上田正昭と高麗美術館」 

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『日本のなかの朝鮮文化』朝鮮文化社(鄭 詔文)


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1973年3月ー『琉球の文化』第3号□広告に朝鮮文化社がある。
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1974年ー『東アジアの古代文化』大和書房/1966年3月ー鄭貴文『民族の歌』東方社
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1974年ー『東アジアの古代文化』大和書房

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上田正昭さんが沖縄に来られたとき写真に収まってもらった。ご本人の著書は1971年末からの付き合いである。

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→「京都古書研究会ブログ・京都古書研究会には、「京古本や往来」という機関誌がありました。
100号持ちまして、休刊となっております。現在は2008年より、新機関紙「出帆」がでております。」

京都の「古書展」

 『文藝春秋』1988年6月 多田道太郎「猛獣使い・桑原武夫の死 『蒼白きインテリ』が大嫌いだった先生」

 桑原武夫文庫/郷里敦賀市の敦賀市立図書館の館内には、桑原の胸像が建てられている。京都市右京中央図書館には「桑原武夫コーナー」が設けられ、生前に使用していた机や椅子、直筆のノートが展示されている。旧蔵書のうち、特に学術的価値の高いものは生前に京都大学に寄贈され、人文科学研究所図書室に「桑原武夫文庫」(1047冊)が設けられている。没後、京都市国際交流会館開設(1989年)に合わせ、1988年に蔵書約1万冊(古典名著の全集類、フランス語の哲学書籍などを含む)が京都市に寄贈された。国際交流会館には生前の書斎を再現した記念室が設けられ、旧蔵書は一般公開されていた。2008年、右京中央図書館の開設に伴い、桑原の記念室は同館に移されることとなったが、旧蔵書は京都市図書館全体の蔵書との重複が多いとして正式な登録がなされず、また保管スペースがないとして別の図書館の倉庫に移された上、2015年に廃棄処分された(遺族にも相談はなかった)。2017年にこのことが判明、廃棄を承認した担当部長の処分とともに公表された。→ウィキ

 桑原武夫1904-1988 昭和時代のフランス文学者,評論家。明治37年5月10日生まれ。桑原隲蔵(じつぞう)の次男。アランやスタンダールの研究・翻訳,俳句第二芸術論で知られる。昭和23年京大人文科学研究所教授。のち所長として「ルソー研究」「フランス革命の研究」などの共同研究を推進。33年チョゴリザ遠征隊長をつとめるなど,多方面で活躍。54年文化功労者。62年文化勲章。昭和63年4月10日死去。83歳。福井県出身。京都帝大卒。著作に「文学入門」「人間素描」など。【格言など】私は「これ一筋」というのが嫌い →コトバンク

 「くろねこの短語」2017年4月28日ー北朝鮮危機ほったらかしでGWは外遊三昧の政治屋集団&共謀罪でジャーナリスト・メディア関係者が記者会見。後は行動あるのみ。街に出ろ、ジャーナリスト諸君!仏文学者の桑原武夫の遺族が京都市に寄贈した蔵書1万冊が、なんとまあ廃棄されていたってね。廃棄に至った過程で、誰も止めなかったってのは、いかにこの国が文化財に対して無頓着かってことだ。おそらく、蔵書の中には書き込みなんかもあっただろうし、それこそ文化遺産として貴重なもんだったろうになあ。古書にちょいと携わる身としては、やんぬるかなな悲報ではある。

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1982年5月 沖縄の雑誌『青い海』113号 末次智「おもろさうしを読む㊶『あきみよのとまり』考」


2017年3月 末次智『世礼国男と沖縄学の時代ー琉球古典の探究者たち』森話社/1922年2月 世礼国男詩集『阿旦のかげ』曙光詩社

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末次 智資料(左に見えるのが世禮國男著作リスト)
SUETSUGU Satoshi
京都精華大学人文学部教授。 総合人文学科 日本・アジア文化コース 専門分野 琉球国文化 経歴・業績
立命館大学大学院文学研究科日本文学専攻博士後期課程単位取得。奄美・沖縄の文化、とくに琉球王国の文化専攻。著書に『琉球の王権と神話』、『琉球宮廷歌謡論』、論文に「Cocco論序説、あるいは、ウタの始まり」、「身体の楽譜」等。最近は、ヒトの「身体」と世界観に関心がある。

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2017年11月10日『沖縄の軌跡』第174号 編集発行人・島袋和幸(葛飾区四ツ木4-18-10 携帯090-4920-6952)


2017年11月4日ー『琉球新報』『沖縄タイムス』

島袋和幸氏〔検見川事件現場〕/安田浩一氏〔虐殺事件の今日的問題〕

写真左よりー安田浩一氏、平良肇氏、島袋和幸氏、長嶺福信氏
2017年11月3日13:00 なは市民活動支援センター第三会議室「〔検見川事件を語る会〕学習会」


『サンデー毎日』2017ー9-24 安田浩一「小池都知事は虐殺の事実を否定するのか!」

2017年10月 朝日新聞出版『一冊の本』安田浩一「沖縄の右派と〔プロ市民〕7 人々を虐殺に向かわた回路」
安田 浩一(やすだ こういち、1964年(昭和39年)9月28日 - )は日本のジャーナリスト。日本労働組合総評議会(総評)系の機関誌『労働情報』編集委員。静岡県出身。千葉県在住。慶應義塾大学経済学部卒業。伊豆半島の温泉地帯に生まれた。日本経済新聞など様々な新聞社、出版社の記者を経て『週刊宝石』の記者だった1999年(平成11年)前後に、同誌にて創価学会の批判記事を書いていた。『サンデー毎日』時代は名誉毀損で訴えられ、証言台に立った。→ウィキ
2014年9月 佐野眞一『あんぽん 孫正義伝』小学館文庫 解説・安田浩一


 1959年6月30日午前10時40分頃に、アメリカ空軍のノースアメリカンF100Dジェット戦闘機が操縦不能となり、パイロットのジョンシュミット大尉は空中で脱出、機体は民家35棟をなぎ倒した後、石川市にある宮森小学校(現うるま市立宮森小学校)のトタン屋根校舎に衝突、さらに隣のコンクリート校舎を直撃し、炎上した。事故による火災は1時間後に鎮火したが、死者17人(小学生11人、一般住民6人)、重軽傷者210人、校舎3棟を始め民家27棟、公民館1棟が全焼、校舎2棟と民家8棟が半焼する大惨事となった。→ウィキ

宮森小学校の中庭には、犠牲となった児童らを慰霊する「仲良し地蔵」が設置されており、毎年6月30日に児童らによる追悼式が行われている。


11-5 名嘉幸照氏と金城実氏(後ろ向き)/名嘉幸照氏と金城実氏
【琉球新報電子版】2016-1-14
沖縄の魅力を県内外にPRする県の「美ら島沖縄大使」に、原発メンテナンス業者、東北エンタープライズ会長の名嘉幸照さん(74)が就任した。安慶田光男副知事が14日、県庁で認証状を交付した。
 名嘉さんは伊是名村出身で、福島県いわき市に在住している。原発技術者として、福島第1原発の運転開始直後から業務に携わってきた。福島沖縄県人会の前会長(現在顧問)、WUB東京会員として、福島と沖縄をつなぐ交流事業に関わり、東日本大震災後には福島から沖縄に避難した人たちとの交流や情報交換を行っている。名嘉さんは「基地問題などで苦しむ沖縄と原発問題を抱える福島には多くの共通点と共感がある。両県がこれまで以上に交流を深められるよう尽力したい」と抱負を語った。


残波岬公園にある残波大獅子(金城実作)の前で/11-6 出版舎 Muɡenで、島袋和幸氏と上間常道氏

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2017年10月31日~11月6日 リウボウ7階美術サロン「松島朝義 琉球陶藝展」


写真ー松島朝義氏 2013年12月21日 ジュンク堂「ポスト『島ぐるみ闘争』」

まつしま・ちょうぎ
 沖縄生まれ。1973年中央大学法学部卒業。74年作陶を開始。79年第2回現代沖縄陶芸展銅賞受賞。85年第7回沖縄県工芸公募展最優秀賞受賞。90年第21回現代沖縄陶芸展無鑑査認定。98年第45回日本伝統工芸展入選。2000年第20回西日本陶芸美術展大賞受賞。07年第41回沖縄タイムス芸術選賞大賞受賞など受賞歴多数。03年日本工芸会正会員に認定。
まつしま・ようこ
 那覇市生まれ。大学入学時に上京し、在学中にモデルとしての活動をスタート。ファッション誌「non-no」の専属モデルを経て、女性誌や化粧品カタログなどで活躍。8年前から伯母に豆腐ようの作り方を習い、2015年「豆腐よう松島」として独立。県内外で豆腐ようを販売している。 →『レキオ』2017年03月30日[No.1666]号「父娘日和 51」陶芸家 松島 朝義さん モデル、豆腐よう生産者 松島 よう子さん



ギャラリー象 ☎098-867-7936 FAX098-862-8548
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左ー写真、左が佐々木公子さん、名嘉幸照氏

2017年10月28日 『沖縄の軌跡』173号 編集発行人・島袋和幸(葛飾区四ツ木4-18-10 携帯090-4920-6952


2017年9月10日 『沖縄の軌跡』172号 編集発行人・島袋和幸(葛飾区四ツ木4-18-10 携帯090-4920-6952)


2016年7月21日『沖縄タイムス』島袋和幸「検見川事件の真相 関東大震災~沖縄県民の虐殺」
東京/島袋和幸(葛飾区四ツ木4-18-10 携帯090-4920-6952)

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 『琉球新報』11月2日ー沖縄県の那覇市おもろまちに開館して10周年を迎えた沖縄県立博物館・美術館(田名真之館長)の記念イベントが1日、同館で開催された。特別展「海の沖縄」「彷徨の海」の開会式が開かれたほか、記念式典では同館の愛称「OkiMu(おきみゅー)」と、マスコットキャラクター「おきみゅーちゃん」が公表された。関係者らは文化や芸術の振興をけん引してきた功績を振り返り、今後の発展を誓った。(略)同館によると10年間の総来館者数は約450万人。田名館長は「アジアへ広く目を向けた展示会を展開したい」と語った。