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Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
 斎藤陽子(Walnut, California)12-12日ー師走の華金は忘年会などでお忙しいことと思いますが、忘年会の無いアメリカでは年末を祝う、平日の昼食会などがささやかに有ります。日本では1985年に男女雇用均等法が制定され、だいぶ時間も経ちますが女性の社会進出は幾らか目立つようにはなりましたが、育児と両立での社会進出は、まだまだ険しいものがあるようですが、アメリカの大手企業幹部への女性進出は目覚しいものがあります。今年もショッピング・モールの5階吹き抜けから2階までに垂れ下げられた、巨大なクリスマスの飾り付けと、毎年野外に飾られる30㍍の巨大なクリスマスツリーはGM社のキャディラックがスポンサー提供でお目見えしています。

このキャデラックを製造しているGM社(General Motors Co,)、1908年に設立されアメリカの自動車の歴史とともに歩んできて、世界最大の自動車メーカーとしてアメリカの自動車文化のリーダーでもありましたが、2009年に連邦破産法11章(俗に言うチャプター・エレブン)を申請し、国有化されました。2013年には返済努力の甲斐あって、それまで米国財務省が保有していたGM株を買い戻し、国有化から脱却した経緯があります。再び新たに出発したGM社は2013年の12月10日に、この会社の最高経営責任者(CEO)に、女性のメアリー・パーラー氏(Mary T. Barra)が、役員全員一致で決まり、CEOに2014年1月15日に就任することになり、米国大手自動車会社の社長に初めて女性に決まったことはアメリカで大きな話題になりました。
メアリー・パーラ氏が最高経営責任者社長になって、話題の輪が大きくなった要因は、なんとGM社に18歳の時に職工として入社し、その間このGM社の教育制度を利用し勉学に励み、社内の多くの管理部門を経験し、33年目にしてCEOの席に就いたという、異色の経歴の持ち主なのが、一層の話題を誘っているようです。同社は、2014年1月に新CEOに就任したメアリー・バーラ氏の基本報酬について、「160万ドル(約1億6700万円)」と公表しています。この160万ドルは基本報酬であり、メアリー・バーラ新CEOには、業績に応じた追加的な報酬も支払われるとのことです。GMによると、その額は最大で280万ドル(約2億9200万円)、基本報酬と合わせて、2014年の年俸は合計で最大440万ドル(約4億5900万円)になるといいます。さらに、メアリー・バーラ新CEOには、長期的な業績を反映した報酬も支払われる予定とのことです。
メアリー・バーラ氏は現在57歳、GMに入社後、生産やエンジニアリング部門などを渡り歩き、商品開発部門のトップを経て、CEOまで登り詰めた生え抜きとして知られています。アメリカ大手企業のペプシコ社、ロッキード・マーティン社、ヒューレット・パッカード社、IBM社など21社の最高経営責任(CEO)は女性が占めていますが、GM社のメアリー・パーラ氏は、米国大手企業の22人目の女性CEOと言われています。さて日本でも男女雇用均等法が施行されて久しいですが、日本の大手企業での、女性のCEO進出は何人いますでしょうか。

 斎藤陽子(Walnut, California)12-10日ー師走の時間の経つのは早いもので、もう10日過ぎてしまいました。雨続きのロスアンゼルスも久しぶりに秋晴れになりましたが、外界の庭などはたっぷりと水を含んで、まだ濡れていて、猫は散歩に出たい様ですが、あいにく猫には外出の靴が無く、室内で恨めしそうに外を眺めています。
 トックリキワタはカリフォルニアの日系人には「南洋桜」とも呼ばれ、9月に咲くこの花の盛りには、桜がわりに眺めてふる里日本を思い出しています。原産は南米ブラジル、パラグワイ、アルゼンチンと言われていますが、温かい南カリフォルニアの気温にも合うようで、こちらでは街路樹によく使われています。カリフォルニアの街路樹のトックリキワタは9月中旬にピンクの花が開花し、12月には15センチほどの大きな実をつけています。1月にはこの実が割れて中から綿様の種をつけた毛が出て、空中を舞い交いますが、この木はパンヤ科の木と言われる通り、実がはじけて実の中から出る毛をパンヤと言っています。今では縫いぐるみやクッションの中身には化学合成綿が使用されていますが、65年ほど前の私が幼い時は合成綿の代わりにトックリキワタの実の中身のパンヤが使用されていたものです。

 トックリキワタと名前が付くように、この木の幹は徳利の様な形をしているからと言われますが、乾燥しているカリフォルニアではこの木は徳利状ではなく、細くスマートな幹をしています。キワタの実の中身をモズが来て盛んについばんでいましたが、食用についばんでいるのか、多分巣作り用についばんでいるか、沢山のモズが飛び交って来ていました。園芸店では別名トボロチ、パラボラッチョとも呼ばれています。

 斎藤陽子(Walnut, California)12-7日ー78年前の12月8日も日曜日だったと言います。きょう12月8日も日曜日を迎えるアメリカ在住の日本人には、今日がまことに居心地の悪い「ユウツな一日」となるのです。案の定、車のラジオやテレビの報道番組では「日本が背後から不意打ちでハワイ・オワフ島のパールハーバー(真珠湾)を1941年の78年前の今日、宣戦布告無しのだまし討ちをした日だ!」と報じています。日本海軍機動部隊の300機を超える航空機が、パールハーバーに停泊していた米国太平洋艦隊を奇襲攻撃し、米国側は死亡者約2400人、負傷者1200人を出し、これが後に泥沼のような様相になる太平洋戦争へと、なだれ込んでいった日なのです。
 日本国内からのニュースを見ていると、太平洋戦争開始の真珠湾攻撃の報道が日本では余り見かけ無い最近の傾向は、どういうことなのか不思議な現象でもありますが、日本人には太平洋戦争の開戦攻撃は、遠い記憶の彼方に忘れ去られたのでしょうか。それとも加害者側は忘れやすく、被害者側は絶対に忘れないという法則も有りますが、日本が犯した過ちには触れない風潮なのでしょうか。反対に長崎、広島の被害者側としての日本は毎年アッピールしていますが、加害者の側の米国では長崎、広島は語られないのと同じ原理なのでしょう。
 この太平洋戦争の開戦となった真珠湾攻撃から2週間後の、歴史の渦が巻いている混沌とした時代の、1941年12月24日の開戦時の子として生まれた私ですが、戦争に突入して間もない日に、我が子を産んだ親の気持ちはどんなものだったのかと興味が有り、明治生まれの母に聞いたことがありますが、母からは当時の国策は「産めよ増やせよ」を奨励していたから、愛国の母として喜ばれたものだとの答えが返ってきて、歴史の恐ろしさを感じたものです。
 78年前の今日を境に、沢山の人々は肉親や兄弟、恋人との悲しい別れを体験し、これまでと変わった人生を歩み初めた歴史を思うと、やりきれないものがあります。平和な今日を築いてくれたのも犠牲になった方々のお陰と、祈る気持ちで心を込めめて真珠湾開戦日の今日を迎えますが、最近の日本は「いつかきた道」の傾向を戦時中に生まれた者として感じますが、そういう危惧が本物にならないことだけを祈るのみです。

写真はハワイ真珠湾攻撃時の爆撃写真とハワイ・パールハーバー海上の戦艦アリゾナ記念館の写真です。

 斎藤陽子(Walnut, California)12-6日 今週末の土曜、日曜もLAは雨との予報です。日本では野生動物によって、自分が可愛がっているペットの猫などが、殺されると言うことは余り聞きませんが、カリフォルニアでは良くあることで、これまでわが家の愛猫2匹もがコヨーテの犠牲になっております。このところカリフォルニアではコヨーテが増え、その勢力が拡大し、ハリウッドの住宅地を徘徊したり、サンフランシスコの街中で頻繁に出没しています。コヨーテはイヌ科の動物で、かつて北米大陸の西側3分の2の地域だけに生息していましたが、20世紀に入ってそのエリアを劇的に広がったと言われています。
 現在の生息域は1950年代と比べて40%も拡大しており、北はアラスカ州から、南は中米パナマにまで達しています。北米に生息する肉食動物での中ではコヨーテは最も勢いを強めて増えています。ここまで増えた要因は幾つかあり、コヨーテの天敵であるオオカミが、毛皮の乱獲目的で絶滅寸前まで減っていることもあります。またこれまではコヨーテの毛皮も利用していましたが、コヨーテの毛皮の販売規制が成立し、コヨーテ捕獲ができなくなったことも一因です。またエサが豊富な郊外の住宅地が増えたことで、進化の中で獲得した天性の粘り強さを使い生き延びて、数が増えた要因だと言われています。米国内で1年間に駆除されるコヨーテの数は40万匹以上と言われ、そのうち8万匹は米国連邦政府によって駆除されています。コヨーテは「米国で最も迫害されている野生動物」という見方もできるのですが、それでも実際にコヨーテの個体数は増えているという現実は驚くべきことです。
 コヨーテはイヌとの間に繁殖能力のあり、雑種を作ることが可能で、交雑で生まれたコヨーテはコイドッグ (Coydog) と呼ばれていて、このコイドッグはコヨーテよりも家畜などを襲う習性が強くなり、問題視されています。30年前にカリフォルニア州立大学農学部に勤めていた時に、交通事故に遭って死亡したコヨーテの冷凍死体の寄生虫をリサーチしたことがありますが、その表皮に棲むダニやノミの数に驚いたものですが、これらの寄生虫は狂犬病の媒体の役割りをするので、野生動物が増えることは大きな問題でもあります。月夜の晩はコヨーテの集団が、遠吠えをして眠れない夜もあります。


斎藤陽子(Walnut, California)12-5日 クリスマスの飾り付けと言えば「松ぼっくり」の出番です。
クリスマスの飾り付けを演出してくれる、欠くことのできない「松ボックリ」または「まつかさ」は専門用語では「球果(きゅうか)」と言うようです。
写真のカゴに飾られているのが普通の大きさの松ボックリ、前方の大きなのはジャイアンツ・セコイア・パインコーンと言う名の松ボックリで、普通の物と比べると大きさは30センチ程はあり、松笠の中でも最大級です。


カリフォルニア・セコイヤ松は樹齢2500年の巨大松の木で、「まつかさ」の名はジャイアンツ・セコイア・パインコーンと呼ばれています。セコイヤ松は100メートルは越し、この巨大松は木の根元の幹がくり抜かれて、車が通っている絵葉書などを見たこともあるかと思います。この巨大「松ぼっくり」の俗名はウイドーメーカー(widow maker)とも土地の人には呼ばれていて、この松笠が落下して当たると、ウイドーメーカー「後家作り」「未亡人製造」という言葉が付くほど、危険きわまる物体でもあるようです。
ジャイアンツ・セコイヤ・パインコーンと呼ばれる松かさを作る、カリフォルニア・セコイヤ公園の樹齢2500年のセコイヤ松も有名ですが、もう一つのカラベラス・ビックツリー州立公園にあった、直径10メートルの巨木は1880年代にヨセミテ国立公園の同様の樹木と競合するために、独自のトンネルが設けられ、カリフォルニア北部の最大の観光スポットの一つで有名だった巨大松の木で、根元がくり抜かれたトンネルは車がドライブスルーができました。
最近は歩行者のみが抜けられるという規制がかけられていた巨大松の木でしたが、3年前の正月3日の大雨で、倒壊したとニュースで報じています。
観光客に人気のあった北カリフォルニアの名所がひとつ消えてしまいました。
アメリカには忘年会は有りませんが、日本は師走に入って最初の華金、忘年会も多いことと思いますが、どちら様も素敵な週末をお過ごしください。

斎藤陽子(Walnut, California)12-4日 明け方の気温は3℃と寒い朝の南カリフォルニアの水曜日ですが、日中は13℃ほどになるとのことです。
 例年ですと主人が頑張って飾り付けてくれる電動式のゲート(外門)の、直径1㍍50㌢のクリスマス・リースも、今年は11月末の感謝祭から、9ヵ月ぶりの雨が降り続きで、わが家の門の飾りつけはまだ飾れず、サンタが来る体制が整ってません。9ヵ月ぶりの雨は1日中シトシト雨で木々も喜んでいます。
 日本からのニュースによると、年末には流行語大賞なるものがあり、今年の流行語大賞は「One Team」「タピる」や「# Ku Too」などと言われています。
この賞は1年の間に発生したさまざまな「ことば」のなかで、軽妙に世相を衝いた表現とニュアンスをもって、広く大衆の目・口・耳をにぎわせた新語・流行語を選ぶとともに、その「ことば」に深くかかわった人物・団体を毎年顕彰する大賞とのことです。
 今年の流行言葉と言われても、自国の言葉でありながら、海外にいると初めて聞く奇妙な日本語造語言葉であり、自分の母国の文化に付いてゆけない事が時々あります。まさに言葉は生きていると言われますが、特に若者の言葉は、独走して手の届かない方向を走って行っているのは、海外に住んでいるからでもなく、歳のせいもあるのでしょうか。流行語大賞と言われても、何だかよその国の文化に触れているような、複雑な気分で年を越すようです。せっかく流行語大賞があるのなら、海外居住者にも理解できて、もっと人の心を高揚させてくれて、印象に残る言葉が生まれないか期待したいものです。

斎藤陽子(Walnut, California)12-2日 連休明けのきょう月曜日は【サイバーマンデー Cyber Monday】。アメリカ合衆国で感謝祭の次の月曜日を指し、この日はオンラインショップで、ホリデーシーズンのセールの開始日です。2010年代半ば頃からオンラインでの購買が盛んになり始め、各社が大々的なキャンペーンを実施しています。きょうのFacebookでは00% Off の商品広告も多く、インターネットを使ってECサイトにアクセスして買い物をする人々が増えていると言います。感謝祭の休暇中には実店舗での買い物に外出したりした人々が、帰省して人々は家庭やオフィスに戻って、オンラインでショッピングすると言われています。

 南カリフォルニアのショッピング・センターもクリスマス色になり、ショッピングセンター内に飾られている、高さは30メートルもあるクリスマス・ツリー、おそらくロスアンゼルスでは最大の大きさの様で、さすがのアメリカ人もその大きさに驚いています。このツリーひとシーズンのための設置代金および運営費が、なんと1500万円もかかると言われています。提供はキャデラック自動車会社と小さく表示しています。
忘年会の無いアメリカですが、各企業は社員への慰労を兼ねて普段のお昼はクリスマス・ランチなどを催しますので、レストランはどこも予約で埋まっています。12月に入ると、わが街 Walnut市の郵便局には、子ども達の夢を受け付ける、毎年恒例のサンタクロース宛ての、郵便手紙を受け付けるポストがお目見えしました。

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Posted by: ryubun02
 斎藤陽子(Walnut, California)11-25 寒くなると我が家の温州ミカンもいい色に仕上がり、日曜日の今日は半分収穫し、残りは感謝祭前日に収穫します。


 オレンジ王国のカリフォルニアでは、夜と昼の気温の寒暖の差が激しいので温州ミカンも一段と糖度を増し、相性がいい土地柄です。日本でも今ミカンの最盛季節で、和歌山や愛媛の出荷前のミカン生産者は張り切っている時期ですが、ミカンが美味しく仕上がった今頃に、イノシシの出没によるミカン畑の被害が年々多くなり、日本の生産者は悲鳴を上げているようです。
  
 ここカリフォルニアのわが庭のミカンも、綺麗に色づき手でもぎ取り易い大きさになり、そろそろ収穫をしようと思っているところに、子豚ほどの大きさの、夜行性のフクロネズミ(Opossum オポッサム)が出没し、収穫前のミカンを夜中に食べられてしまいます。これまでに、丹精込めて接ぎ木で大きくした日本の桃の木に出来た、食べ頃の水蜜桃を食べられたり、見事な巨峰を食べられたりと、被害で腹を立てたことは数えきれません。この動物は日本にはいない動物で、北米、南米に生息しフクロネズミとネズミの名がついていますが、見た目がネズミに似ているので、このような名が付いたようですが、子豚ほどの大きさでカンガルー類の一種で有袋類です。
 お腹に育児嚢を持っていて12日から14日の妊娠期間で子供を産み、その後このお腹の袋でカンガルーのように子供を育てます。大きさは子豚ほどになり、夜間出没し木に登りミカンや桃等を持ってゆく雑食性の動物で、白亜期から居る動物とも言われています。我が家の車庫にも子豚ほどのオポッサム(フクロネズミ)が入り込み、追い出そうとしたら眠った振りをしていましたが、棒でつついたら歯をむき出して睨まれました。英語圏で「狸寝入りをする」と言う言葉に、「Play Possum」という言葉があるくらいです。農業者が腹を立てる日本のイノシシ同様、カリフォルニアではオポッサムは農業生産者の敵です。オポッサムの被害が少ない内に、ミカンの収穫したいと思います。温州ミカンのサツマ・タンジェリンは今年も美味しく仕上がりました、自然の恵みに感謝です。
〇30年前に大学の農学部に勤めた頃、農学部で植える果樹を手当たり次第私の庭にも植えたら、今では収拾付かない程いろいろできるようになってしまいました。

 〇温州みかんがアメリカに渡った経緯、Satsumaと呼ばれるようになった経緯には諸説あるようですが、明治時代に日本に駐在していたアメリカ高官が九州を訪れた際にこのミカンを食べていたく気に入り、奥さんの実家があるフロリダに苗木を送ったのが始まりという説があります。そこから一気にアラバマ、ルイジアナ、テキサスまで広まり、それまで別の果物を栽培していた地域がSatsumaの栽培を始め、特に栽培に成功した街が地名をSatsumaに変えたんだそうです。→アメリカ駐在in NJ+フィラデルフィア郊外+アトランタ郊外4
 〇世界最大の産地である中国浙江省の寧波市・奉化市・寧海市、他にアラバマ州、スペインやトルコ、クロアチア、韓国の済州島、ペルーなどでも栽培されている。 →ウィキ

斎藤 陽子(Walnut, California)11月26日
 週明けの月曜日は完璧なカリフォルニア晴れですが、夜の気温はだいぶ冷え込んで8℃ほど、日中は20℃の気温です。
今週の木曜日(28日)はアメリカはサンクスギビング・デー Thanksgiving Day(感謝祭)です。(木、金と週末合わせて4日間は嬉しい連休です。)

写真はカリフォルニア州立大学農学部のナツメヤシが、沢山の実をつけて最盛期です。
 ナツメヤシの実は日本でも販売されていると思いますが、デーツ(Date)と呼ばれ、干し柿よりも糖度が有り、中東、北アフリカでは主要食品として、乾燥地帯で栽培されています。ナツメヤシはペルシャ湾沿いが原産地で、ここ南カリフォルニアの気温も乾燥していて、ナツメヤシには相性がいいようで、ロスアンゼルスから東に180キロほど行った、砂漠地帯のインペリアル・バレーの名産でもあります。このナツメヤシの木は100年から200年もの寿命があると言われて、イスラム圏ではラマダン(絶食して祈りを捧げる行事)の期間中の日没後に、最初に食べるのがこのデーツとのことです。デーツは古代エジプト時代から栽培されてたと記録があると言われていて、モロッコでは糖度が多いので、水を加えて発酵させ(マヒアMahia)酒と言う醸造酒が有ると言われています。
 デーツはビタミンCも豊富で繊維成分も多く、アメリカの年寄りには便通にも良いと健康食品として人気があります。デーツの木のナツメヤシは、中東や北アフリカが原産ですが、南カリフォルニアやアリゾナあたりは中東などと似て、暖かく乾燥した気温なので、今ではこのデーツは南カリフォニアやアリゾナがアメリカの主要生産地となり、もちっとした新鮮なものを売っております。

写真左上のデーツ1,5キロ入で700円ほどで売っており、高い木の上からの収穫の苦労を思うと、あまりの安さに感謝して頂いております。

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Posted by: ryubun02
 【立憲フォーラム通信:1618】 海は、一漁協のものだけではない 海はつながっている 沖縄の持つ世界的自然遺産とその活用沖縄の可能性つぶす国の埋立強行は国際社会もこれは許さないだろう。国連は地球環境反故に反する日本政府安倍首相演説を拒否した。ローマ教皇は 日本訪問の旅で核兵器継続や軍拡はテロだと明確に反対した。
 安倍日本は国際社会からも批判されているのだ。長期政権を自慢するが、その「裸の王様」ぶり 国の花 美しい桜に泥を塗ってしまった私物化政治
日本国民にも、もう見えているはずだが・・・

 「くろねこの短語」2019年11月30日ー(前略)でもって、「審議拒否」って煽ってたメディアは、野党が早々に国会審議に応じる構えを見せたので、肩透かしを食らっちまいました。しかし、おかしなもんですね。「桜を見る会」疑惑ってのは、ペテン政権が抱える多岐に渡った問題を含んでいて、たとえば初老の小学生・ペテン総理の政治資金規正法&公職選挙法違反の疑い、反社会勢力と政治家のズブズブ関係、さらにはマルチ商法の広告塔など、どれひとつとっても検察マターになっても不思議でないほど重要なものだってのに、野党の審議拒否は批判的に報じるだけで、ペテン総理が予算委員会を開かずに逃げ回っていることにはまったく触れることがない。「推移を見守る」とか「批判が高まっている」とか、評論家みたいな報道してないで、いまこそ「国会に出てこい、チキン野郎」とペテン総理に迫ってみやがれ。

 「くろねこの短語」2019年11月29日ーそろそろかな、と思ってたら、やっぱり飛んできました。何がって、北のミサイルのことだ。初老の小学生・ペテン総理は、国会には出てこないくせに、記者の前にシャシャリ出てきて、「我が国のみならず国際社会への深刻な挑戦だ。国民の生命・財産を守り抜くため、警戒監視等に全力を挙げていく」だとさ。いつだっけ、北からミサイルが飛んできた時に、ユトリでゴルフしてたのは。それにしても、毎度のことながらタイミングのいいことで。
 そんなことより、「桜を見る会」だ。反社会勢力との関係が浮上してからというもの、顔も頭も貧相な官房長官・ガースが矢面に立たされて、さすがに「あんなウマシカのために何で俺が」ってのが顔に出ちゃってます。だから、記者を相手の言い訳も、とてもじゃないけど聞くに堪えないほど非常識なものになっていて、先日も「『反社会的勢力』は様々な場面で使われ、定義は一義的に定まっているわけではない」とアホ抜かして世間をアッと言わせてくれたばかりだ。 
 でもって、昨日もやってくれました。廃棄したとされている「桜を見る会」の招待者名簿については、「電子データは復元できるんじゃないの」という極めて自然な疑問があるんだが、なんとこの男は「復元できないと事務方から聞いている」だとさ。それが事実なら、その役人を連れてきて、なぜ復元できないのか説明してみやがれ、ってなもんです。とにかく、役人ってものは前例主義が骨の髄まで沁みこんでいるもので、個人の判断でデータまでも廃棄するなんてネバーありません。つまり、役人にデータ廃棄を命令した誰かがいるわけで、そろそろ内部告発なんてのがあってもいい頃だと思うんだが、それくらい覇気のある役人っていないものなのかねえ。ま、ないものねだりなのはわかっちゃいるのだけれど・・・。

 共同11-29 深刻さを増す地球温暖化に対処するため9月に米ニューヨークの国連本部で開かれた「気候行動サミット」で、日本政府が安倍晋三首相の演説を要望したが国連側から断られていたことが28日、分かった。二酸化炭素(CO2)の排出が特に多い石炭火力発電の推進方針が支障になったという。主催したグテレス国連事務総長は開催に先立ち「美しい演説ではなく具体的な計画」を用意するよう求めていた。


「LITERA」11-29 左・中曽根元首相の“手記”が収録されている『終りなき海軍』(文化放送開発センター)/右・中曽根元首相が慰安所を設置させたことを示す資料

 海鳴りの島から11-28 ランプウェイ台船は3隻が土砂を満載していた。1隻にガット船2隻分、10トンダンプカーで300台分ほどの土砂が積み込まれている。2隻なら600台分だ。これが毎日キャンプ・シュワブのゲートから入るのを想像してほしい。海から運ばれているから目立たないだけで、毎日大量の土砂が運ばれ、海に投入されているのだ。


2019年11月27日 沖縄県立図書館「特集①沖展図録」沖縄タイムス社の吉田伸氏

 「くろねこの短語」2019年11月27日ー「桜を見る会」の名簿を廃棄した際に使用されたシュレッダーが、どうにかこうにか公開された。結果、「800枚の紙、34秒で細断」という高性能で、「稼働中で廃棄が遅れた」なんて言い訳が通用しないことがバレちゃいました。でもって、つじつま合わせに四苦八苦の内閣府は、なんと「職員は資料請求を知らなかった」「ホチキスを取ったりファイルから出したりいろいろある」てなことを言い出しとります。しかしまあ、ここまで珍なる言い訳しなくちゃならない官僚ってのも哀れなものです。
 さらに、昨日のエントリーでも書いたように、「桜を見る会」の招待状に同封されていた受付票には「招待者の属性区分」、つまり誰が招待したかわかる通し番号が付されていたんだが、どうやら「60」というのが「首相、長官等」に振り分けられたもので、マルチ商法のジャパンライフ会長の受付票にはまさしくこの番号が印字されていましたとさ。これじゃあ、名簿はそうすんなりと公開できませんね。ていうか、相当にヤバイ人物もいただろうから、廃棄してたってことにするしかなかったってことだ。その証拠に、顔も頭も貧相な官房長官・ガースは、反社会勢力について「結果的には入ったのだろう」とシレっと白状してますからね。
 それにしても、まるで他人事なんなだよね、ガースの発言は。これって、「桜を見る会」疑惑とはまた別次元の「政治家と反社会勢力」とう新たな疑惑が浮かび上がったってことなんだよね。シャパンライフ会長が招待されていたことについて、「どこからどうやって紛れ込んだのか不思議でしようがない」(衛藤晟一消費者行政担当相)なんておためごかし答弁も飛び出しているけど、ようするに「首相、長官等」枠でいかがわしい人物が招待されていたのは明らかで、その中に反社会勢力もいたってことだ。これだけで、内閣総辞職でしょう。芸人が闇営業で反社勢力と関わっただけで謹慎処分どころか、芸人生命だって絶たれかねないんだからね。自民党は頑なに集中審議を拒否しているけど、つまりは自民党そのものが反社会勢力ってことなんじゃないのか。「桜を見る会」疑惑は、初老の小学生・ペテン総理の政治資金規正法&公職選挙法違反と「自民党と反社会勢力」の深い関係に問題は絞られてきた、そんな気が霧雨がそぼ降る水曜の朝である。

 『東京新聞』11月26日ーローマ教皇(法王)フランシスコは二十五日、首相官邸で開かれた懇談会で演説し「広島と長崎に投下された原爆の破壊が二度と繰り返されないように必要なあらゆる仲介を推し進めてください」と核廃絶に向けた取り組みを求めた。日本政府は米国の「核の傘」に依存する安全保障政策を変えない姿勢を示した。(略)教皇は、世界中の経済格差の拡大や日本を含む少子高齢化の進行を巡っては「各国、各民族の文明は経済力ではなく、困窮する人にどれだけ心を砕いているか、そして出生率の高さと命を育む能力があるかによって測られる」と警鐘を鳴らした。

 「くろねこの短語」2019年11月26日ー週明けのテレビは、少女誘拐事件とGSOMIAの話題で持ち切り。「桜を見る会」疑惑はほとんどなかったことにというわかりやすさなんだが、そんな中にあっても共産党の田村智子議員の追及の手は緩まない。昨日の国会では、なんとマルチ商法のジャパンライフ会長が「桜を見る会」に参加していたことを指摘。さらに、初老の小学生・ペテン総理と官房長官などによる推薦枠も、それぞれ1000人とガースは説明していたのが大嘘ってことがバレちゃいました。その数は3400人にもなるんだとか。
 これに対して、内閣審議官は「名簿がないから、官房長官が事務方から聞き取りしてまとめた概数」と言い訳している。でも、共産・田村議員は、「受付票の番号の最初の二桁(60)が招待者の属性を示す」って指摘してるんだね。そこを調査すれば実数が判明するってわけだ。内閣審議官は「答弁は控える」って逃げちゃったけど、共産・田村議員の調査能力には惜しみない拍手を送りたい。それを報道しないメディアには、罵声を送りたい。

『毎日新聞』11月25日ー立憲民主党などの野党議員は25日、内閣府を訪れ、「桜を見る会」を巡る疑惑の解明に向け、招待者名簿を処理したとされるシュレッダーを視察しようとした。だが、職員は「アポイントがない」などと拒否。共産党の小池晃書記局長は「隠蔽(いんぺい)体質極まれりだ。内閣府は伏魔殿か」と批判した。

2019-11-23 安倍政権、安倍氏や菅官房らが、内閣府に対して「黒塗りで名簿提出するように指示している」と言う状態は、「結局のところ、安倍氏ら/安倍政権は、野党議員や、国民に知られると不味い事を行っている!」と言う事を意味している。問題がなければ、「わざわざ墨塗りにする必要はない」。


2019年11月22日19時~ジュンク堂書店 那覇店【イベント情報】首里城復興支援チャリティートークイベント「首里城から琉球の歴史を学ぶ」 会場:ジュンク堂書店那覇店B1Fイベント会場 トーク出演:古塚達朗さん(郷土史家・元那覇市歴史博物館館長)聞き手:宮城一春さん(編集者・沖縄出版協会) 

 「くろねこの短語」2019年11月22日ー「桜を見る会」に半グレなどの反社勢力が参加してたんじゃないかという噂があったんだが、どうやら事実だったようで、顔も頭も貧相な官房長官・ガースとのツーショットなんかも出てきたってね。吉本の芸人は反社勢力とつるんで断罪されたんだから、そのデンでいけばガースは議員辞職になってもおかしくないと思う、冷たい雨がそぼ降る金曜の朝である。
 ところで、英語民間試験で教育ビジネスの利権を漁るベネッセが、なんと大学入試に関わる業務受注を宣伝材料に使って営業してたってね。文科省は「是正するよう伝えた」って呑気なこと言ってるようだが、即刻契約破棄するのが筋ってもんだろう。大学共通テストの漏洩を防ぐためにベネッセは担当者に住民票を提出させて、家族などに受験生がいないか確認するなんて話もあるが、そもそも大学入試業務受注を営業ツールに使うような企業に入試の公平性を丸投げすることが暴挙なんであって、すべてをゼロベースに戻して議論しないと、この国の教育はボロボロになりますよ。

 海鳴りの島から11-13 口ばかり達者なヤマトゥの知識人には、ほとほとうんざりさせられる。ヤマトゥだけではない、ウチナーも似たようなものか。首里城再建運動が辺野古新基地建設の現実から目をそらし、現場から逃避する格好の口実にならないか。沖縄マスコミの首里城キャンペーンからして注意しないといけない。11-26 沖縄のマスコミは首里城の再建に関心がいき、辺野古新基地建設の現状はツイッターレベルの報道しかしない。しかし、それは今に始まったことではなく、高江の時はもっとひどかった。

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  新聞、テレビでは連日「猛火に耐えた大龍柱、焼け跡に希望」と報じられている。日本列島は竜の落とし子の形をイメージする人が多い故か。『琉球新報』11月1日には、県指定無形文化財保持者で、首里城復元にも携わった漆芸作家の前田孝允(こういん)さん(82)と、首里城正殿を復元する際の基本・実施設計委員を務めた琉球大名誉教授の西村貞雄さん(76)の紹介。西村さんは首里城が焼失した前日の10月30日、小中高校の元美術教諭ら50人を首里城へ案内。場内を見回りながら、復元に関わった龍柱や首里城の特徴について6時間に渡って説明したばかりだった。テレビで焼け落ちる様子を見てショックを受けた」と声を落とした。「全て記録に残している。予算があればできるし、後は気持ちの問題。また復元させるので県民も応援してほしい」と力を込めた。

2019年11月12日『琉球新報』西村貞雄「焼失から再建へ 首里城火災」

 『八重山毎日新聞』2019年11月16日<不連続線>今から116年前まで、宮古・八重山には琉球王府時代に課せられた人頭税があった。15歳から50歳まで年齢、性別に応じた頭割りの税。男性は穀物、女性は織物を納めなければならない。その税制は各地に悲劇をもたらした▼与那国島久部良にある岩盤の割れ目、クブラバリ。年に1度、妊婦を集め、岩の裂け目を跳ばせ、間引きしたと伝えられている。さらに島のほぼ中央にあるトゥング田跡。課税対象の男性を非常招集し、決められた時間内に田の中に入れなかった人が殺されたという(略)▼石垣市では2002年、人頭税廃止100周年記念事業が行われた。「私たちの先人はその不合理で過酷な税制のもとで苦境にあえいでいた」と先人の労苦と人頭税廃止の意義を後世に伝える記念碑が市立八重山博物館敷地内に建つ▼首里城はかつて、先島にとって圧政の象徴であった。そういう歴史も内包していることを踏まえつつ、早期再建を望みたい。

 『しんぶん赤旗』2019年ー11月14日正殿などが焼失した首里城(那覇市)は、太平洋戦争末期の沖縄戦で、米軍の攻撃によって灰燼(かいじん)に帰してしまった過去があります。地下に沖縄守備軍の第32軍司令部壕(ごう)がおかれたためです。当時、「鉄血勤皇師範隊」に召集されていた日本共産党元衆院議員の古堅実吉(ふるげん・さねよし)さん(90)は、首里城の破壊を目の当たりにした一人です。/〇那覇市首里城の地下に、「第32軍司令部壕」があります。司令部壕は、首里城の地下を南北に横断するように掘られており、全長1キ口から2キロの壕に、1000人以上の兵士がいたといいます。6か所の入口があったとされていますが、今も残っているのは南側の1か所だけです。なお、内部は壁が崩れるなど危険なため、公開されていません。壕のなかは、今もわき水が流れ、日々浸食が進んでいて、岩盤が大きく崩落しているところもあります。沖縄県は、司令部壕の保存や公開を検討していますが、数十億円の費用がかかるとみられ、計画は今も進んでいません→NHK沖縄放送局/首里城の園比屋武御嶽石門近くにある司令部壕の第1坑道入り口付近には説明板が設置されているが、県は2012年に説明板設置検討委員会がまとめた説明文から「慰安婦」の文言と日本軍による住民虐殺に関する記述を削除した。委員らが記述復活を求める声が上がるなど、曲折を経ている。→琉球新報



→「特定非営利活動法人 地質情報整備活用機構(GUPI)」
『琉球新報』1992年7月13日「首里城地下の沖縄戦 32軍司令部壕 第25回ー〈第5砲兵壕/工業学生の9割犠牲に/将校のそばには慰安婦」

 「琉球朝日放送」11月11日、東京で開かれた全国知事会。その冒頭で飯泉嘉門全国知事会長が、首里城火災について、全国知事会として国に早期復元に取り組むよう求める決議を呼びかけました。11月に入った。前日、首里城が炎上するという衝撃的な出来事があった。しかし、辺野古では今日も新基地建設の埋め立て工事が強行されている。→目取真俊ブログ「11月に入った。前日、首里城が炎上するという衝撃的な出来事があった。しかし、辺野古では今日も新基地建設の埋め立て工事が強行されている」も、核基地もない平和なウチナー「みるく世」をつくる上でも、膨大な税金を喰い、かつ自然破壊の辺野古新基地強行は寸時も忘れてはならないだろう。/「時事」首相は「必要な予算を確保した上で、オールジャパンで国土強靱化をパワーアップしていく」と強調。その上で「国家百年の大計として、災害に屈しない強さとしなやかさを備えた国土をつくっていきたい」と述べ、防災対策の抜本強化に取り組む考えを示した。→そう、トランプにも屈しないで!!。防災関連産業を、中小企業中心に起こし内需拡大だ。大企業では利権が絡む。そのためにも消費税は廃止だろう。

 渡久地 政司(愛知県 豊田市)11月9日ー 首里城の敷地、建物、所蔵物の所有者は多分国だと思いますが管理者は、国直轄なのか、それとも管理権を国から沖縄県に移譲・委託・移管等々どのようになされているのか。今回の火災では、管理責任が問われるはずです。電気配線ならば、どのような点検、管理されていたのかなど。また、火災保険にはいっていたのかどうか。再建される建物を建設する主体はどこなのか。国ならば、地方自治体が国に建設費を支払うことは法律で禁止されています。沖縄県がどの部分を担うのか、明確にしないで、募金活動をすることはどうかと思います。

『沖縄タイムス』11月11日ー首里城火災を受け、沖縄県や那覇市には県内外から多くの寄付金が集まっている。正殿など焼失した建物部分は国の所有で、再建などの大規模な修繕費は国が負担する取り決めだ。那覇市は寄付金の県への移譲を検討。県は知事直轄組織で使途を検討する方針で、謝花喜一郎副知事は「文化財等は県で取り組まなければならない」と述べるなど、文化財の修復や収集などに取り組む姿勢を見せている。

 龍脈ー地中を流れる気のルートのこと。大地の気は山の尾根伝いに流れると考えられており、その流れが龍のように見えることから「龍脈」と呼ばれる。風水では、この「龍脈」の気が噴き出すポイントである「龍穴」に住むと、一族は永きに渡って繁栄できると考えられている。 →コトバンク
 鎌倉芳太郎は那覇の若狭についてその著『沖縄文化の遺宝』の中で古事集を引いて「思うに若狭(北陸)はその地勢、畿内に接して摂津と表裏し、小浜①は日本海の港津として難波の津に比扁する位置にあり、古来日本海における外国貿易の起点となっていたが、15世紀の初頭以来南蛮船も着船し、この地の代官も書をもって朝鮮国と通交しており、小浜から出て東シナ海に向かい、琉球に新しく出来た那覇港に、貿易物資生産のための若狭の居留地が造成されてとする推定も可能」という。①小浜市には【オバマを勝手に応援する会】がある。


 こんぶが旅した”こんぶロードー鎌倉中期以降になると、昆布の交易船が北海道の松前と本州の間を、盛んに行き交うようになりました。昆布が庶民の口に入るようになったのは、そのころからです。海上交通がさかんになった江戸時代には、北前船を使い、下関から瀬戸内海を通る西廻り航路で、直接、商業の中心地である「天下の台所」大阪まで運ばれるようになりました。昆布を運んだ航路の総称を「こんぶロード」と言います。こんぶロードは江戸、九州、琉球王国(沖縄県)、清(中国)へとのびていきました。特に、琉球王国は薩摩藩(鹿児島県)と清とのこんぶ貿易の中継地として、重要な役割を果たしました。→こんぶネット


『福井新聞』11月7日ー激しく燃え上がる首里城の正殿=10月31日午前3時50分ごろ、沖縄県那覇市(近隣住民撮影)◇株式会社福井新聞社ー本社所在地〒910-8552福井県福井市大和田二丁目801番地 https://www.fukuishimbun.co.jp/11月1日ー沖縄戦災復興の象徴とされた首里城復元工事の中心を担ったのは、福井県の宮大工たちだった。職人の技が惜しみなく注がれた首里城が全焼した10月31日、正殿の屋根が焼け落ちるテレビ映像を目の当たりにした宮大工は「あまりにもショック」と肩を落とした。復元に携わったのは藤田社寺建設(福井県永平寺町)。越前大仏の建設に台湾ヒノキを使用していたことから、同じ木材での復元を目指す正殿工事の要として白羽の矢が立った。1992年の完成まで、10人を超す精鋭が3年以上現地に滞在。現地の宮大工と汗を流した。

越前大仏は、福井県勝山市の臨済宗妙心寺派の寺院、大師山清大寺にある大仏/元となった九龍壁は、中国の国宝第一号に指定された由緒あるもので、中国政府の許可をとり作成/回廊に使われているのは樹齢1500年を超える台湾桧。その数なんと152本。→Dearふくい

☆若狭湾は原発銀座(17基の原発があり、今なにかと話題の高速増殖炉”もんじゅ〟もある)であるが、オキナワは台風銀座。またオキナワは超クルマ社会でクルマで溢れ返って停滞だらけ。北京の大気汚染は笑えない。なおかつ米軍・自衛隊の基地銀座(使い古されているが『基地の中にオキナワがある』というのもある)でもある。狭い与那国や、宮古、八重山にも自衛隊は島を守る(皇軍は守らなかったどころか、投降し捕虜になったのも多い)という美名のもとに、新たに「基地」をつくろうとしている。安保下では自衛隊基地には当然のように米軍機もやってくるので第2第3の普天間基地となるのは目に見えている。自衛隊基地をつくるのであれば、米軍と小指、ではなく手を切って自前の自衛隊にしてもらいたい。まぁ無理か。
 若狭湾の先端に突き出た常神半島の民家の裏庭にある、およそ樹齢1,300年の大ソテツ。国指定天然記念物です。日本海側で最も北にあり、大きく古いものはとても珍しいといわれています。根元から樹高4.5〜6.5mの支幹5本と、樹高1.5〜3.0mの支幹8本に分かれ、その全幹の周囲は5.2mあります→常神の大そてつ 国指定天然記念物

1991年7月 日本旅文庫『琵琶湖・若狭湾』昭文社


久能山東照宮- 国宝 拝殿・本殿 〈静岡県静岡市〉 /朝鮮ソテツと鼓楼(ころう) →行って見たい神社とお寺


斎藤 陽子(Walnut, California)2019-11-24 10年物のソテツです、こちらは乾燥しているので水やりが欠かせません。


2016年1月8日 若狭の龍柱
  安田浩一2018-11-3「沖縄の龍柱は、沖縄のものです」若狭の「龍柱」のデザイン日本列島は龍の形をを担当したのは、沖縄美術界の大家として知られる琉球大学名誉教授の西村貞雄さんだ。「私も『中国の手先』などと直接に面罵されたこともあります。一部で龍柱の意味がまったく理解されていないのが本当に残念です」そう言って、西村さんは悔しそうな表情を見せた。「沖縄の龍柱は、沖縄のものですよ。だいたい、中国各地に存在する龍柱とは形状からして違います」たとえば、中国特有の「龍柱」は、那覇市内の中国式庭園「福州園」に足を運べば目にすることができる。(略)中国式「龍柱」は、龍が柱に巻き付いた形状となっているのに対し、沖縄の「龍柱」は、龍の胴体そのものが柱となっている。そう、デザイン的にはまったくの別物なのだ。

福州園は中国福建省福州市(ふっけんしょう・ふくしゅうし)と那覇市の友好都市締結10周年と、那覇市市制70周年を記念して、1992年に完成しました。園内は中国の雄大な自然と福州の名勝をイメージして造られている。
 「私はアジア各国を回って龍柱を見てきましたが、中国の影響を受けつつも、それぞれの国がそれぞれの龍柱を持っている。爪の数にしても同様です。属国の龍柱は5本爪であってはならないというのが通説ですが、私から言わせれば、これも怪しい。モンゴルには3本爪、4本爪、5本爪の三種の龍柱がありましたし、韓国には6本爪の龍柱がありました。私が若狭の龍柱を4本爪にしたのは、単に沖縄の伝統的な龍柱が4本爪だったからにすぎません。歴史どおりに、伝統に基づいてデザインしただけです。そこには中国への忠誠だの、そんな意図が含まれているはずがない。仮に批判を受けいれて5本爪にしたら、それは歴史を無視した、きわめて政治的なデザインとなってしまうではないですか」西村さんによれば、若狭の龍柱には、沖縄の歴史と未来への思いが込められているという。
 「一対の龍は向き合っているのではなく、海の方角を向いています。つまり、尾の部分は首里城までつながっているという想定です」西村さんは、これを「龍脈」と呼んでいる。龍のからだは首里城から国際通りの地中をくぐり、海岸線で地中から垂直に飛び出る、といったイメージだ。首里城は沖縄の源流であり、国際通りは戦後復興の象徴である。そして若狭の港は外に開ける海の玄関だ。つまり、この「龍脈」は沖縄の歴史を意味する展開軸、導線なのだ。「龍の頭が海を向いているのは、その先の未来を見ているからなのです。水平線の先にあるニライカナイ(理想郷)ですよ」「龍脈」は過去と未来を結ぶ。中国とも侵略とも関係ない。龍の目玉はニライカナイの海を望む。



2019年9月 琉球新報編集局『琉球新報が挑んだファクトチェック・フェイク監視』高文研

写真左よりー安田浩一氏、平良肇氏、島袋和幸氏、長嶺福信氏
2017年11月3日13:00 なは市民活動支援センター第三会議室「〔検見川事件を語る会〕学習会」

2017年10月 朝日新聞出版『一冊の本』安田浩一「沖縄の右派と〔プロ市民〕7 人々を虐殺に向かわた回路」
安田 浩一(やすだ こういち、1964年(昭和39年)9月28日 - )は日本のジャーナリスト。日本労働組合総評議会(総評)系の機関誌『労働情報』編集委員。静岡県出身。千葉県在住。慶應義塾大学経済学部卒業。伊豆半島の温泉地帯に生まれた。日本経済新聞など様々な新聞社、出版社の記者を経て『週刊宝石』の記者だった1999年(平成11年)前後に、同誌にて創価学会の批判記事を書いていた。『サンデー毎日』時代は名誉毀損で訴えられ、証言台に立った。→ウィキ2014年9月 佐野眞一『あんぽん 孫正義伝』小学館文庫 解説・安田浩一


御菓子御殿 国際通り松尾店ー私が奥原崇典氏(首里城の瓦を手掛けた。1950年-2014年3月12日)を最後に見たのがこの柱の龍を仕上げているときである。

2014年5月20日~6月22日 沖縄県立博物館・美術館「麗しき琉球の記憶ー鎌倉芳太郎が発見した美」
同時期開催/6月3日~8日 西村貞雄主催「復元のあゆみー琉球王朝造形文化の独自性を求めてー」


石川和男氏、松島弘明氏

1991年4月19日『レキオ』


末吉安允氏(末吉麦門冬の甥)と西村貞雄氏〇11月5日の沖縄タイムス文化欄に、大城立裕さんが焼けた首里城について「当時の持ち主であった首里市は、取り壊しにかかったが、識者の末吉麦門冬の注進で、建築家の伊東忠太が文部省(当時)に掛け合って温存され、2年後に国宝に指定された」と書いておられるが、結果論としては合っているが、具体的な経緯は別にある。

平良昭隆氏、平良知二氏、新城栄徳、宮城篤正氏

2019年11月12日『沖縄タイムス』宮城篤正「視点 焼けた首里城」

2014年6月5日ー左から伊佐眞一氏、西村貞雄氏、亀島靖氏

1991年1月 伊佐眞一『アール・ブール 人と時代』伊佐牧子〇編集後記に下の新聞記事の解説













新城栄徳、西村貞雄さん






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2003年8月23日『沖縄タイムス』新城栄徳「うちなー書の森 人の網ー楽しみの一つ、『小学館の雑誌』」

1975年8月『小学館五十年史年表』

1953年1月『琉球新報』「安村書店は東京神田神保町に出張所」

     
1955年11月『少年クラブ』大日本雄弁会講談社
     
1959年1月『小学四年生』小学館

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1962年3月ー『オキナワグラフ』安村書店(安村善太郎・経営)
○父が定期的に那覇から粟国に送ってくれた小学館の少年雑誌は父・母の従兄弟の安村(安里)書店から買ったもの。

『まんだらけ』 ⑩ー1995年9月 ⑮1996年12月 『まんだらけZENBU』 №6ー2000年


1963年4月 『ボーイズ ライフ』創刊号「図解特集・ロケット・ミサイルのすべて」 小学館


 粟国の仲里正雄先輩のところで季刊『しま』№243を貰った。仲里氏に5冊送られてきたからであった。以前、氏が『日本の島ガイド SHIMADASU シマダス』を那覇の書店で置いてなく、直接日本離島センターに電話して三木剛志という人が出て親切に応対してくれて入手できたようだ。この三木氏が仲里氏と手紙のやり取りで粟国に興味を持ち、それに仲里氏が当然ながら協力したこともあって本誌の粟国取材がなった。グラビア「あわのくにの祈りと叡智」で粟国の祭事ヤガンウユミが紹介され、末尾で「多くの拝所が現存し、ヤガンウユミ以外にも数他の神事がのこされた粟国島。生きるために先人たちが重ねてきた労苦、神々や祖先を畏れ敬う気持ちを叡智として次世代に伝えつつ、独自の自然・文化資産の価値を高め、さまざまな体験プログラムを創出してゆけば、南西諸島に冠たる交流の島となるにちがいない」と結んでいる。

  

1953年12月 全国離島振興協議会広報誌『しま』
離島振興法が成立した年の昭和28年12月に全国離島振興協議会の機関誌として創刊。第72号(同48年2月発行)から(財)日本離島センター財団広報誌として継続刊行。昭和49年8月、私は東京晴海にある(財)日本離島センターを訪ねた。『しま』を購入したが、1号2号はボロボロだったのでいただいた。近くにある晴海桟橋は初めて東京の地を踏んだところである。第1号の編集後記に、誌名についても、大いに悩まされた。日本の島・島と生活・離島振興・島民・島人など、幾つも幾つも名案やら迷案やらがとび出す始末であった。最後に「しま」はどうだろうかといったのは長崎県企画室の松本氏であった。簡明で、しかも強烈な印象を受けるというみんなの賛成で採用されることになった。かつて柳田国男氏などが主宰された「嶋」という雑誌があるので本誌の方は、同じ発音でも平仮名を採用した。柳田氏のお考えの一部でも、本誌によって発展させることができれば、望外のしあわせといえよう、とある。『しま』100号には大城立裕「沖縄離島への思い」が載っている。







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 1920年12月、新旧あらゆる傾向の社会主義者30人が発起人となって神田の青年会館で「日本社会主義同盟」の創立大会が開かれた。沖縄でもこれに即応、翌年の21年1月に沖縄支部準備委員として宮城不泣、泉正重、東恩納寛敷、浦崎康華が推された。1月3日、泉宅で伊是名朝義、玻名城長好(後の山里)、辺野喜英長、渡久地政憑、長嶺紀成、上与那原朝敏、浦崎康華、宮城不泣、城間康昌、東恩納寛敷、泉正重が集まる。糸満グループの城田徳隆・徳明兄弟、座安盛徳、比嘉栄は連絡不十分で欠席、山田有幹は5月の市制準備で忙しく、比嘉春潮は出張で、比嘉良児は参加できなかった。若い福村安謙、国吉真哲、神山宗勲、山田義文、屋良猛、名護良英らはシンパサイザーとして組織外に置いた

1924年、日本帝国では初めての単行本、アプトン・シンクレア『事実物語ー赤黒白』が神山宗勲の抄訳で刊行。神山は1898年、那覇上之蔵生まれ。1914年8月、『文章世界』に詩「夏の月」を発表。1915年上京し美術学校に学ぶ。1919年帰郷し新聞社につとめる。1921年、沖縄最初の社会主義団体「庶民会」にオブザーバとして参加。1922年に再上京。→琉文21「神山宗勲」

アプトン・シンクレア著の日本語版

東京/1924年8月ー神山宗勲 訳アプトン・シンクレア『赤・黒・白』聚芳閣
 本書に「この地球上に一度戦といふものが勃発するや、新聞記者といふ、新聞業者の手下どもは、輿論の大渦巻のうへに、その目をさらすのである。そしてその昔いくら慎重な態度をもつて、公平無私にその実状をみてきたといふ、アメリカの新聞でも、戦争の大波にのみこまれると、もう以前のやうな真実な態度を、こつそりとすててしまふのである。例えば『ニウヨオク・タイムス』のやうにだ」とある。かなり手厳しい表現である。
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神山宗勲作品ー1927年12月『解放』「闘争」/1928年1月『解放』「先ず把握せよ!」

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写真上ー1923年9月 中央・神山宗勲、右・静江、後列左・弟・宗顕、写真下ー1966年。1928年

1930年3月1日 茅原崋山『内観』第120号「三つの問題=琉球教員会に於ける講演の一節=」〇経済的に貧弱なる琉球は、経済的に貧弱なる日本の縮図であるといふ。私が実際に来て見れば、成程その通りである。(略)琉球の問題は、猶日本に於けるが如く、政治問題ではなくして経済問題である。政治の琉球としては、分裂するのが、自然の勢であるが、経済の琉球としては、コオペレーション即ち共同労作が、必然の理である。コオペレーションが沖縄県人の標語であらねばならぬ。(以下略)

□今帰仁の幸地新政は『北米沖縄人史』に「孤島北山の一角に、新理想主義に燃え、読書会を組織し、そして中央の茅原崋山と呼応した十余名の青年グループがあった」と大正初期のヤンバル青年の雰囲気を伝えている。1914年6月の『沖縄毎日新聞』には「萬朝報記者茅原崋山氏は沖縄は未だ普く王化に服せず従って現代沖縄人の革命的思想を懐ける事を述べて朝鮮、台湾の植民地統治の困難(略)」とある。/私は1988年に崋山の孫で工学院大学の茅原健氏に崋山が來沖したときの『内観』のコピーを送ってもらった。それには琉球にて詠めるとして「櫻花咲ける一月の川の邊に蛍飛び居り沖縄の島」の歌がある。

茅原華山 かやはら-かざん
1870-1952 明治-昭和時代の評論家。
明治3年8月3日生まれ。改進党系の「東北日報」記者のあと,自由党系新聞の記者をつとめ,明治37年万朝報(よろずちょうほう)に入社。大正2年石田友治と「第三帝国」を創刊,民本主義をとなえた。9年個人雑誌「内観」を発刊。昭和27年8月4日死去。82歳。東京出身。本名は廉太郎。著作に「動中静観」など。(→コトバンク)

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大里喜誠

1966年12月『今日の琉球』大里喜誠「米国への剣道修業旅行ー盛んな米国の剣道熱」
1975年10月『琉球新報』大里喜誠「『童景集』出版のころ」
1977年3月25日『沖縄タイムス』大里喜誠「ベトナム人の著した幻の『琉球血涙新書』」
1978年4月20日『琉球新報』大里喜誠「『童景集』『羽地仕置』出版の思い出」
1984年4月14日『沖縄タイムス』大里喜誠「富川」盛武の功績」

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左ー新城栄徳宛の大里喜誠氏ハガキ/1991年6月3日『琉球新報』大里喜誠「岡倉天心と沖縄」
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2017年 渡口萬年筆店


2千円札発行記念撮影(首里城公園)後列左から3人目が渡口彦邦さん、湖城英知氏、稲嶺恵一氏。/2019年11月5日ー渡口万年筆店に遊びに行くと、山内弥生さんが居られた。山内さんは恩納村出身(豊見城毛氏系)、中国遼寧省大連市・大連アテンドエンプロイメントエージェンシーのゼネラルマネジャー。日本本社を渡口万年ビルに置いている。

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1月1日  『沖縄毎日新聞』獏夢道人(末吉安恭)「古手帖(1)」
○古手帖ー冬篭り独り凡に侍つかかつて渋茶に咽を濕し乍暮るる●の早きを惜しみフト垢擦れた古手帖の眼につくままに抽き出して彼処此処拾ひ読みをして見ると僕も随分物数奇であったと見えて能くもこんな色んな物を書き取ったもんだ。此等はいづれ雑書類を繙読してその当時は少なくとも興味を以てしたもんだから今から見ると余りドットしないけれど紙屑買に渡す気でこう原稿紙の四角い物に入れて見ようといふ気になる。右は蜀山人の仮名世説にある大平の逸民の状態はこんなものであった。この超波①は作家として左程●い物ではなかったろうが兎に角、蕪村七部集②にも出ている「五車反古」に載っているのは下の四句だ、早乙女や先づひいやりと庭の先/祇園会や胡瓜花さく所まで/我屋根をはつれてゆかし天川・・・
①清水超波 しみず-ちょうは
1702-1740 江戸時代中期の俳人。
元禄(げんろく)15年生まれ。江戸の人。味噌(みそ)商だったが,家業をきらい,桑岡貞佐(ていさ)の門人となる。のち点者となり,独歩庵超波を名のった。元文5年7月27日死去。39歳。通称は長兵衛。初号は長巴。編著に「紙蚕(かみかいこ)」「落葉合(おちばあわせ)」など。→コトバンク
②蕪村七部集ぶそんしちぶしゅう
江戸時代後期の俳諧撰集。菊屋太兵衛らの編。文化5 (1808) 年刊。与謝蕪村関係の代表的俳書『其雪影』『明烏』『一夜四歌仙』『花鳥編』『続一夜四歌仙』『桃李 (ももすもも) 』『続明烏』『五車反古』の8部を収めたもの。

1月7日  『沖縄毎日新聞』安元碧海「沖縄の人物地理」 



1月10日 『沖縄毎日新聞』獏夢道人(末吉安恭)「古手帖ー緑雨の『おぼへ帳』に・・・」   

1939年8月 斎藤緑雨『あられ酒』岩波文庫/1991年7月 斎藤緑雨(編・中野三敏)『緑雨警語』冨山房百科文庫

 
1957年12月 昭和女子大学近代文学研究室『近代文学研究叢書7』「尾崎紅葉 落合直文 齋藤緑雨 原抱一庵 小泉八雲」昭和女子大学光葉会




1923年12月  『沖縄教育』末吉麦門冬「俳句ひかへ帳ー言葉の穿鑿」
俳句に出づる故事、物名、人名や地名には随分読む人を困らすのがある。私もそれに困った一人なので、そういう句に出会す時は、必ず手ひかへに留めて置いた。而して読書の際偶その出所を発見したり、解釈を得たりする時は、又別のひかへ帳に立てて置いた。それが積もって漸く一つの物に纏ったので、我と同じからん人の為めにと本誌に投した次第である。・・・公達に狐化けたり宵の春  蕪村ー狐が化けると云うことは普通に誰も知っていることだが、これも支那から来た話ではなかろうか。西陽雑爼①に「野狐一名は紫夜、尾を撃って火を出す、将に怪を為さんとするや必ず髑髏を戴いて、堕せすんば則ち化して人となる」と。又、五雑爼②に「狐千歳にして始めて天と通ず、魅を為さす。其の人を魅する者は多く人の精気を取りて以て内丹を成せばなり。然らば則ち其の婦人を魅せざるは何ぞや。曰く狐は陰類也、陽を得れば乃ち成る故に牡狐と雖必ず之れを女に托して以て男子を惑はす也。然れども大害を為さす、故に北方の人は之れを習はす」と。
 支那では男に化けぬことになっているが日本ではこの句にあるように美男に化けて女を惑はすやうなこともあると信じられているやうだ。蕪村には狐の句が多い。「春の夜や狐の誘ふ上童」「狐火やいづこ河内の麦畑」「狐火や五助畑の麦の雨」「石を打つ狐守る夜のきぬた哉」「小狐の何にむせけん小荻原」「蘭夕、狐のくれし奇楠を烓かむ」等がある。彼が狐に興味をもっていたことが其の句の多いので知られる。此の句は敦盛卿のやうな美しい公達に狐が化けたと云ふので、それがいかにも春の宵のあやしき心持に調和した美をなすのである。かうした美しい怪物のあらはれるのも春の宵でなければならぬやうな気がする。狐忠信の舞台も春であるからこそ榮えるのである。
①名の「酉陽」は、湖南省にある小酉山の麓に、書1,000巻を秘蔵した穴が存在するという伝承に則っている。内容は、神仙や仏菩薩、人鬼より、怪奇な事件や事物、風俗、さらには動植物に及ぶ諸事万般にわたって、異事を記しており、中国の小説あるいは随筆中においてその広範さは一、二を争う。魯迅の愛読書であり、南方熊楠が、プリニウスの『博物誌』と名を比した書としても知られる。→ウィキペディア
②中国,明の随筆。謝肇せい (しゃちょうせい) の著。 16巻。全体を天,地,人,物,事の5部に分け,広く自然現象,社会現象の全般にわたって,その見聞,意見を記したもの。その観点は合理的な傾向をもち,当時の社会の矛盾を鋭く描く部分もあり,貴重な資料となっている。テキストの伝世に関しては、不明な点が多く、後集10巻の中には、明代の遺文を蒐集した部分が少なからず含まれるとされる。→コトバンク

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Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
 「くろねこの短語」2019年11月15日ー(前略)さらに、安倍晋三後援会の収支報告書には「前夜祭」の記載がないことも報じたようで、これが事実なら政治資金規正法や公職選挙法に触れる可能性が出てくるから、ペテン総理にとっては万事休す。東京新聞社説は「この件で法令違反に問われるようなら、首相にはその座にとどまる資格があるのか。桜を見る会の中止で幕引きは許されない。疑惑解明の始まりにすぎない」と書いているが、とこまでマスコミが気合を入れて追求する覚悟があるか。けだし見ものではあります。
 ところで、事実上の日米FTAであるところの日米貿易協定承認案が、19日の衆議院本会議で採決されるってね。与野党の国対委員長会談で、日程合意したんだとさ。おいおい、採決の前にどれだけ審議したんだ。ていうか、ペテン総理は予算委員会をさぼりまくって、まともな説明は何もしていないだろうに、なんで野党は採決にゴーサインを出せるんだ。「桜を見る会」問題は、この採決を隠すためのスピンだという噂もネッでは流れている。それはちょいと的外れだと思うけど、これはこれ、それはそれだ。このままだと、日本の農業は壊滅状態になりますよ。食糧はすべてアメリカから買えという戦後スキームが、これで完成するってか・・・くそっ!!
〇時事、COM11月13日ー自民、立憲民主、国民民主3党の国対委員長は13日、国会内で会談し、日米貿易協定承認案を19日の衆院本会議で採決する日程で合意した。与党の賛成多数で可決、参院に送付される。与党は当初、週内の衆院通過を目指したが、円満な国会運営を重視し、野党に一定の配慮を示した。→「愛知ママの会」ーTPPより不利益と囁かれている、日米FTAを19日に衆院で通過させるんだそうです😱えーーー?!立憲、国民も採決に合意したの?😓/11月15日ー日米FTA交渉が桜を見る会に隠れているという話がありますが、野党がこの審議に応じたら最後は必ず強行採決されます。審議に応じないことが重要で、審議したらいくら抵抗しても無理なのは野党も分かっているはず。桜を見る会の糾弾を徹底して、日米交渉の審議日程合意を破棄すべきだと思います。

 「くろねこの短語」2019年11月14日ー「桜を見る会」が来年は中止ってんだが、これってドロボーが「もうやりません。だからなかったことに」って言ってるのと同じで、ようするに臭いものには蓋しただけなんだね。やってしまったことの後始末をどうつけるのか、つまりは責任の所在はどこにあるのか。そこをしっかりと検証するまでは、この問題は終わらない。そもそも、初老の小学生・ペテン総理は「支持者のとりまとめには関与していない」って答弁してたのに、安倍事務所が「桜を見る会」の案内状を送ってたんだから、虚偽答弁の疑いだってある。顔も頭も貧相な官房長官・ガースも、当初は「全く問題ない」って言い放っていたんだから、それを突然中止にした説明責任ってのが当然あるんだね。
 ガースは「長年慣行で行っているものは見直すとの考え方だ」ってコメントしているようだけど、「桜を見る会」の私物化はけっして長年の慣行なんかではなくて、ペテン政権ならではの驕りがそうさせたんだよね。共産党の志位君が「これからのメディアの報道姿勢が試される」とツイートしているけど、まさにおっしゃる通り。「来年は中止」の一言ですべてをウヤムヤにさせないために、いまこそジャーナリズムとしての誇りと矜持を見せてみやがれ、ってなもんです。

 『朝日新聞』11月14日ー東京都千代田区のJR東京駅・丸の内駅前広場で14日夜、大嘗祭(だいじょうさい)に反対する集会があった。主催者の男性はマイクを持ち「たった一晩の儀式のために27億円もの税金を使い、巨大な神殿が建てられた」と訴えた。

 【琉球新報電子版】11月14日ー【辺野古問題取材班】米軍普天間飛行場移設に伴う名護市辺野古の新基地建設で沖縄防衛局は14日午前、海上埋め立て工事を続けた。海上から辺野古崎東側の「K8」護岸に積み上げられた土砂をショベルカーがダンプカーに積み変える作業や、「K4」護岸でクレーン車が砕石を移動させる作業が確認できた。

「くろねこの短語」2019年11月13日ー「語るに落ちる」とはこのことか。土建政治の自民党幹事長・二階君が、「桜を見る会」に初老の小学生・ペテン総理の地元支持者が大量に招待されていることを問われて、こんなコメントしやがりました。「議員が選挙区の皆さんに配慮するのは当然のことだ」「(招待客枠の割り当ては)あったって別にいい。何か問題があるか」税金を使って支持者を「お・も・て・な・し」することの是非が問われているのに開き直りやがって、なんて野郎だ。つまり、「公金による買収」を認めているわけで、単に暴言として済まされる話ではありません。
 で、「桜を見る会」が私物化されているカラクリがどんどん暴露されているんだが、ペテン総理の事務所では、なんと参加募集の案内を出していたってね。そもそも、「桜を見る会」ってのは、「各界の功労者をねぎらう」ためのもので、参加者は招待されこそすれ、募集されるもんじゃない。この1点でアウトだろう。「桜を見る会」では飲食が供されるから、後援会に募集をかけていたってことは、明らかに公職選挙法違反で、内閣総辞職に値する。かつて、ドリル小渕が、観劇ツアーでクビになったけど、公金を使っての供応となれば、それよりも数段悪質だ。「桜を見る会」問題は、ひょっとするとペテン政権崩壊に繋がるアリの一穴になるかも・・・って妄想も楽しい水曜の朝である。

 「くろねこの短語」2019年11月12日ー(前略)・青木理氏、安倍首相の国会でのヤジに「あえて言えばネトウヨ的。非常に低劣」こういう論陣を真っ先にはらなくちゃいけないのが、社会の木鐸たる新聞であるはずなのだ。本来なら、1面トップでもいいくらいのペテン総理の発言なんだからね。で、この野次を飛ばされたのが元TBSキャスターで舌足らずの杉尾君なんだが、この質疑の中で極めて重要な事実を指摘している。こんな具合です。「まさか一国の総理大臣のあなたが個々のニュースや報道内容をめぐって、現場のデスクやキャップに電話で直接注文をつける、こんなことしてないですよね」「このニュースを流せ、この論調はおかしい、どうして報道しなかったんだ、こういう電話をしています。はっきり申し上げておきます」
 ほとんどのメディアがこの発言をスルーしているんだが、「共産党」という野次同様に、ていうかそれ以上にこちらの方が問題が多いはずなんだね。なんてったって、報道内容に総理大臣が介入してるってんだから、事実だとしたらこの国の「報道の自由」そのものが崩壊していることを意味するわけで、TV各局は何らかのステートメンツを発表するべきなんじゃないのか。報道しなければ、それがどれだけ重大な事実だとしても、なかったことになっちまうわけで、よもやそんなことを目論んでのスルーじゃないでしょうねえ。  最後に、池袋暴走事件の高級官僚が、今日にも書類送検されるとか。ここまで逮捕もせずにきたところから察するに、不起訴処分ってことも十分に考えられる。厳罰を求める署名の重さを、司法がどう判断するか。それ次第で、三権分立の矜持が問われることになるだろう。


 「ハーバー・ビジネス」11月11日ー2013~16年に「桜を見る会」に招待されたことを投稿する世界戦略総合研究所事務局次長小林幸司氏のFACEBOOK、14年には菅義偉官房長官と記念写真に納まる。

 「くろねこの短語」2019年11月11日ー「桜を見る会」の常軌を逸した“私物化”の実態が、止まるところを知らずに拡散中で、その実態を知れば知しるほど税金を使った支援者への「お・も・て・なし(買収行為)」という観が深まる雨の月曜の朝である。
・安倍首相主催「桜を見る会」で後援会関係者をおもてなし。許されない公金の私物化・「安倍首相 桜を見る会に地元後援会大量招待で大盤振る舞い」ケタ外れの有権者買収 前夜祭 貸切バス17台 無料で樽酒やアルコール、オードブル、お菓子やお土産…ネットに参加者の声多数!
 それにしても、ここまでタガが外れた「桜を見る会」を、マスコミは「功労者」との親睦会というイメージで報道し続けていたんだよね。ここ数年は、やたら吉本の芸人が招待されて、なんか胡散臭いなあと一般大衆労働者諸君は薄々感じていたのに、マスコミは官邸のプロパガンダを垂れ流すだけ。
 初老の小学生・ペテン総理の後援会なんか、ホテルの宴会場を借り切って「前夜祭」なんてのまで開いていたことを、おそらくマスコミは知っていたのだろう。もし知らないとしたら、それは自らの無能さを証明するようなものだ。
 で、この「前夜祭」なんだが、「安倍晋三後援会 桜を見る会前夜祭」と銘打たれていて、もしペテン総理からその資金が出ていたなら、政治資金収支報告書に記載する義務があるんだよね。もし記載されていないなら、公職選挙法違反ってことになる。ワイドショーにとっては格好のネタのはずなんだが、芸能界の有象無象も大量に招待されているから、おそらくスルーするに違いない。へたに突っつくと自分たちにも火の粉が降りかかりますからね。ここは、野党の体たらくをしょっちゅうdisっている新聞に、久しく耳にしない調査報道というやつを是非とも期待今日この頃なのだ。官邸にキン玉握られた新聞には、できやしないだろけど・・・!

『東京新聞』2019-4-16/自民党の井上信治・衆院議員(東京25区選出)に「桜を見る会」


 「リテラ」11月10日ー本日、天皇の即位を披露するパレード「祝賀御列の儀」がおこなわれ、日の丸の小旗が振られる沿道とともにオープンカーに乗った天皇・皇后の姿をテレビが大々的に生中継。お祝いムード一色に染め上げられた。だが、このパレードが3分の1を過ぎたあたり、落ち着いた公共建築物がつづくコース沿いに、屋上から〈天皇陛下のご即位をお祝い申し上げます〉という垂れ幕をデカデカと吊り下げていた建物があった。ほかでもない、自民党本部だ。今回、あらたにパレードのコースが変更され自民党本部前を通過したのだが、天皇・皇后が通り過ぎる目の前に、安倍自民党はこの巨大なメッセージを掲げたのだ。/「リテラ」11月11日ー安倍首相は天皇・皇后の即位パレードを政権PRの場にしただけではなく、まるで自分も主人公であるかのように、自分の顔を沿道の国民に拝ませてやると言わんばかりに窓を開け、車の中から手を振ったのである。しかも、安倍首相のみならず、白バイのあとをつけた菅義偉官房長官までもが窓を開けていた。つまり、安倍官邸自体が、皇族きどり、いや、もはや“天皇きどり”で即位パレードをおこなったのだ。

 「くろねこの短語」2019年11月10日ー初老の小学生・ペテン総理主催の「桜を見る会」が税金を使った支援者への供応じゃないかと指摘されたからなのか、「桜を見る会」関連のSNS投稿が続々削除されてるってね。相当にやましいところがあるんでしょうね。・桜を見る会関係のSNS投稿記事が続々削除(笑)それはともかく、英語民間試験なんだが、ベネッセの関わりがいろいろ取り沙汰され、文科省の役人が関連団体に天下りしていたなんてことも発覚している。もちろん、英語民間試験の仕掛け人である下村君との抜き差しならない関係も囁かれている。
 そんな中にあって、またひとり怪しげな人物が登場した。なんと、楽天の三木谷君だ。なんでも、英語民間試験導入を推し進めるため、「官邸の産業競争力会議、文科省の有識者会議をリードし、文科省を動かした」んだとか。ところが、加計学園のポチ・萩生田君の「身の丈」発言によって頓挫しちまったもんだから、憤懣やるかたないほどに落胆しているんだとか。「楽天の三木谷が落胆」って、洒落にもなりません。三木谷君が旗振り役となって設置された「英語民間試験の導入を前提とした協議会」のメンバーは「英語試験業者だらけ」だったそうだから、そもそもからして教育ビジネスという新たな利権を手にするための制度だったってことなんだね。政治家、教育関係業者、IT企業が手を組んだ英語民間試験の胡散臭さにいち早く気づいたのが受験生自身だっというが、このスキャンダルの唯一の救いなのではなかろうか。


ママの会・愛知11月10日ー「安倍晋三後援会 桜を見る会の前夜祭」←嫌味で前夜祭と表現してるかと思いきや、本当に前夜祭でした。そこに呼ばれた歌手の方のブログで様子がよくわかります。安倍首相の後援会御一行、その規模の大きさに驚き😳。各界の功労者を呼んでいるという事ですが、安倍さんの地元の後援会には、850人も功労者がいるのですか。山口から来るならせっかくだから前泊でおもてなし?やってる事はこれはまさに個人の後援会行事ですよ。これは国費です。私達の税金です。


2019年11月7日~12月18日 立命館大学国際平和ミュージアム「上野誠版画展」 
2017年11月に立命館大学国際平和ミュージアムで「儀間比呂志版画展ー沖縄への思いー」が開かれたが、その儀間版画に多大な影響を与えたのが反戦・平和の木版画家・上野誠である。
 〇日本版画協会理事上野誠は4月13日午後3時15分肝硬変のため千葉県松戸市の東葛クリニックで死去した。享年70。1909(明治42)年6月7日長野県長野市に生まれ、29年長野中学校を卒業、東京美術学校に入学したが、32年に中退、木版画の制作を始めケーテ・コルヴィッツに私淑した。37年国画会第12回展の「石炭を運ぶ人」をはじめ、戦前は国画会版画部に出品した。→東京文化財研究所


1日~12月25日 那覇市歴史博物館「琉球船と首里・那覇を描いた絵画史料」
〇2019年2月に、 『琉球船と首里・那覇を描いた絵画史料研究』(思文閣出版 京都市左京区田中関田町2番地7)が刊行されました。掲載された史料には王国時代の船や首里・那覇の様子が描かれ、当時の街並みを知ることができます。今回の企画展では、掲載された絵画史料の一部を展示し、戦前の写真史料とともに、往時の首里・那覇の街の様子を紹介。 
〇2019年11月9日『沖縄タイムス』ー沖縄県の那覇市歴史博物館で開催中の「琉球船と首里・那覇を描いた絵画史料」では、首里城を管理する沖縄美ら島財団所蔵の資料を展示している。首里城火災後、入館者が増加。倉成多郎主任学芸員(48)は「難を逃れ、受け継がれている歴史の重みを感じてほしい」と呼び掛けた。12月25日まで。


 T-11-4安倍内閣の背景 

 ママの会@愛知11月9日ーこの桜を見る会は国費で開催ですよね。首相の地元の後援会800人、特別ご招待とは。これって言ってみればばいしゅ…(咳)M、Eー共産党の参議院議員・田村智子さんの「桜を見る会」への追及が素晴らしかった!今後にも注目したい。
それにしても来年の予算が5700万?山口県から安倍後援会の人たちなど800人も前乗りして、ホテルで安倍夫妻と一緒に前夜祭?それも毎年の恒例行事?翌日は貸切バス17台で新宿御苑に行き、入り口で安倍氏と記念撮影。
 セキュリティの関係で詳しいことは答弁を控えさせていただくって?バスの中で秘書がみんなの入場券を回収し、まとめて受付を済ませ、入場用のリボンをもらってきて配り、手荷物検査は一切なしと、参加した後援会の男性会員。なーにがセキュリティだよ!なーにがテロ対策にお金がかかって5700万は妥当ですだ!税金使って後援会のお疲れさん会。どこの府省の推薦で、どんな功労が認められてのご招待なの?安倍さん、苦し紛れに「地元自治会やPTA会長など、功労のある方が、たまたま後援会の人とダブることもある」って苦し紛れすぎるし、そんなんで招待してたら、どんだけ人数膨れ上がるよ?18000人でも多すぎるのに。これはとことん追求してもらいたいよ、田村さん!頑張ってー!!

 「くろねこの短語」2019年11月8日ー(前略)昨日の衆院憲法審査会で、共産党の赤嶺君がこんなコメントしているんだが、まさに「異論を表明化させない」ペテン政権への痛烈なカウンターバンチになっとります。「最近は表現の自由への政府の介入など看過できない事態も起きている」「憲法を変えるのではなく、憲法原則に反する現実を変えることこそ求められている」。削除された経団連会長の意見ってのは、さほど過激な内容でないし、そもそも初老の小学生・ペテン総理のお仲間でもあるのに、こんな些細な異論ですら潰しにかかるってことは、それだけペテン政権の独裁主義的体質が露骨になってきた証拠だろう。これこそ、まさに「看過できない事態」そのものに違いない。最後に、千葉県知事・森田健作が、「おれは無能だ!」とばかりに実に哀れな記者会見をしてくれた。コップ持つ手が震えちゃったりして、ちいさえなあ。


2019年11月『月刊琉球』№71琉球館〒903-0801 那覇市首里末吉町1-154-102 ☎098-943-6945/FAX098-943-6947
 しもじけいこ「宮古IN 大丈夫?この島」/島袋マカト陽子「東京琉球館便り 61」/与那嶺功「沖縄振興ー『明治維新150年』を問う 大東亜・植民政策・ナショナリズム⑭」


2019年11月 平敷武蕉『修羅と豊饒ー沖縄文学の深層を照らす』コールサック社☆沖縄のアイデンティティーのことを「ウチナーのことはウチナーンチュしか分からない」「ウチナーのことはウチナーンチュに任せなさい」、という言い方でなされることもある。日本政府が、沖縄に寄り添うとうそぶきつつ、沖縄をだまし、食い物にし、様々な悪さしかしていない歴史をふまえた言葉であることは分かる。だが、先述したように、本土人の中にも沖縄に寄り添い、痛みをもって「沖縄問題」に取り組んでいる人々は居る。逆にウチナーンチュのなかにも辺野古埋め立てに賛成し、そこに利権を見出そうとする勢力はいる。/〇平敷氏の批評する姿勢は、たとえ大家であっても新人であっても決して手を緩めることなく作品に向きあって、沖縄文学の優れた試みであるか否かを内面に問いながら記述していく、純粋な批評精神に貫かれている。(鈴木比佐雄「解説」より)
関連〇「琉球朝日放送」11月6日ー6日午後4時半過ぎ、外務省を訪れた宜野湾市議たち。9月に可決した辺野古促進を求める意見書を手渡しました。要請では、いろいろ試行錯誤しながら可決した意見書だとした上で、「政府は普天間基地の辺野古移設を積極的に働きかけてほしい」と話したということです。

 日本は増税を推進する党を選挙で与党にしておきながら、選挙直後の世論調査で7割近い国民が増税反対と答えるような国である。こんな奇妙で滑稽な光景があるだろうか。(はたけやま みちのり)

2019年11月3日

10時半ー「南風原文化センター開館30周年-こんなモノからあの人までー」左から2人目、平良次子さん

11時半ー壺屋やちむん通り祭り/新栄通り

13時ー我が母校・前島小学校の運動会/息子・娘の母校・泊小学校の運動会

14時ー沖縄県立博物館・美術館で旧大聖禅寺鐘をつく。右ー沖縄県立博物館・美術館の外間一先さん

 

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