1981年 沖縄の雑誌『青い海』11月号 107号


○(略)この物産振興会は、第三セクター方式ではなく、酒造組合、経済連、みやげ品組合、陶器組合、漆器組合、黒糖、パイナップル組合など沖縄のあらゆる製造業者から販売会社までが参加する会員方式をとり、会員の会費と物産売上げの手数料や斡旋料などによって費用の大部分が賄われている。

 事務局長には、元沖縄県大阪事務所所長の荻堂盛進氏が当り、展示即売場を兼ねた事務所は、那覇市58号線沿いの泊港近くにあり、東京と大阪の県事務所内に支所をおいている。荻堂事務局長は「世界の名酒・泡盛をはじめ、染織り、芭蕉布、漆器陶器類、黒糖、もずく類に至るまで、沖縄の物産は品質的にも秀れており、計画的な生産とより一層の販路の拡大を図れば、多くの人々がその恩恵に浴することができよう」と本土での販路拡大に期待をかけている。

 この期待に応うるべく、大阪支所長に今帰仁村出身の諸喜田達雄氏がこの重責に当ることになった。
諸喜田氏は戦中、沖縄県立農林学校(同期に琉球文化社の大城精徳)の時に鉄血勤皇隊に入り、本部町のまぶ山から東村の内福地まで転戦しつつ、九死に一生を得た「生き運」の強い人でもある。戦後は、北部農林高校を卒業して郷里の小学校で教鞭をとった後、農業試験場に勤務。29年に大阪在の兄、諸喜田太栄氏(精肉店経営)をたよって上阪。印刷業を20余年営むかたわら郷土芸能に魅せられて古典音楽を学び、野村流音楽協会事務局長、3年前には教師免許状もとるなどの趣味の人、でもある。


大阪沖縄会館・連合会長室で右が諸喜田達雄氏
バックの写真は歴代会長 左から幸地長堅氏 初代 昭和21年04月〜昭和22年05月/宮城清市氏2代 昭和22年05月〜昭和27年05月、4代 昭和32年05月〜昭和38年10月、6代 昭和39年10月〜昭和54年06月/豊川忠進氏 3代 昭和27年05月〜昭和32年05月/奥間錫氏5代 昭和38年10月〜昭和39年10月/山端立昌氏7代 昭和54年06月〜昭和58年08月/日吉松仁氏8代 昭和58年08月〜平成09年06月/諸喜田達雄氏9代 平成09年06月〜平成19年06月


1987年8月 津野創一編集協力『やまとの群星/関西で活躍する沖縄の県人たち』琉球新報社「諸喜田太栄」「諸喜田達雄」

沖縄県人会資料




1964年7月『オキナワグラフ』「大阪沖縄県人連合会主催/第二回関西沖縄芸能祭(企画編成・西平守晴)」











□「大阪」資料