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Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
Category: 02-関西の沖縄
Posted by: ryubun02
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本29日4時、大阪大正区の金城馨(関西沖縄文庫)氏の案内で筋原章博大阪市大正区長、同総務課の内山泰博課長が沖縄県立博物館を見学された。写真左から、新城栄徳、内山泰博課長、筋原章博大阪市大正区長、金城馨氏、上地兼恵文化の杜統括

1970年6月 河出書房新社『日本歴史大辞典』平山敏治郎「綱引ー大綱を多数の人々が二手に分かれて引き合う行為は一般に競技となっているが、もとは神事であり、卜占の意義をもつものであった。このような宗教的な綱引は各地の祭や年中行事に伝わっている。その時期は東日本では小正月すなわち正月15日が多く、西日本では盆行事や8月15日に行うものが多かった。いずれも季節の変り目である。(略)沖縄でも6月の稲穂祭に綱引するが、2頭の蛇に擬した綱を合わせて用いる。まずこれを部落に持ちまわって魔を払い、そのあと競技した。」

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Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02

1983年ー『琉球新報』

沖縄大学近くの「はやま書店」(山入端功/那覇市寄宮144-2 ☎098-836-4277)をのぞく。米国大使館USIS発行『今日のアメリカ』(1956年版)を買う。内容は国土と国民、政治制度、連邦政府の組織、外交政策、原子力、生活水準、健康と医療、教育、社会保障、労働と労働組合、アメリカの婦人、青年、宗教、音楽・書籍・芸術・演劇、レクリエーション、製造工業、通信、電力、交通機関、農業、森林及び林産物、鉱物資源、商船及び貿易、政府財政、アメリカ史主要年表となっている。

はやま書店には1986年発行の沖縄教育出版『沖縄の美術』もある。収録されている美術家は、山田真山、名渡山愛順、島田寛平、安谷屋正義、大嶺政寛、大城皓也、南風原朝光、山元恵一、山里永吉、宮城健盛、安次嶺金正、玉那覇正吉、石嶺伝郎、与儀達治である。
Category: 01-人物名鑑
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2012年1月7日『沖縄タイムス』堀川幸太郎「復帰40年 うちなぁ時の旅③メジロかご」

宮城宏友/連絡先・翁長良明 ☏090-3793-8179

01/25: 玉城瑩

Category: 01-人物名鑑
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写真/伊江朝助、伊波普猷、玉城瑩、伊波普成、當間重慎、渡久地政瑚、東恩納寛文ら後に沖縄の新聞界で活躍する面々が居並ぶ。

玉城瑩は早稲田大学を卒業し母校・一中の国語、漢文、修身の教諭をつとめた。在任中の1917年2月24日に病死した。死亡広告は、男ー玉城理、玉城琉。親戚ー玉城現、大城昌貞。友人ー伊江朝助、伊是名朝睦、金城紀光、崎濱秀主、安村良公、粟国永傳となっている。
Category: 04-書の森
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1950年3月ー五人展同人/玉那覇正吉、安次嶺金正、安谷屋正義、具志堅以徳、金城安太郎

01/22: 石川啄木

Category: 01-人物名鑑
Posted by: ryubun02
真栄里泰山はがきエッセイ

№21(4月13日)  新しき明日の来るを信ず 
四月十三日は啄木忌。今年は石川啄木が逝って百年。岩手の啄木記念館では没後百年記念啄木忌資料展も始まった。啄木は、北海道から沖縄まで全国各地に一六六もの歌碑が建立されており、多くの人に愛されている。苦悶する魂の純粋で率直な表現、志を果たせず屈折する心など、その歌の魅力は誰しもが共感する青春の心そのものだからなのだろう。啄木のみずみずしい感受性は、大逆事件や社会主義への関心、閉塞状況の時代への鋭い批判精神となったが、啄木の魅力は、やはりふるさとへの思いを歌った歌にある。
啄木が「ふるさとの山に向かひて言ふことなし、ふるさとの山はありがたきかな」と歌ったふるさと東北は、今、東日本大震災で未曾有の被害を受け、福島原発災害に苦闘している。災害に黙々と耐え、互いに支え合う東北の人々には国内外から尊敬や賛辞も寄せられているが、愛するふるさとを追われるように避難民として出ていく人、出ていくことができない人など、その揺れ動く心は察するに余りある。しかし、今はこの試練に耐え、乗り越え、未来を見つめていきたい。
一九七七年に建立された日本最南端の沖縄の啄木歌碑には「新しき明日の来るを信ずといふ 自分の言葉に嘘はなけれど―」の歌が刻まれている。この歌は啄木と同人であった山城正忠と国吉真哲(灰雨)の沖縄短歌史における友情と決意の記念の歌であるが、今度は、この啄木の歌を沖縄から東北へのメッセージにしたいと思った次第である。(沖縄啄木同好会)
※ 球陽山真教寺は、〒900-0036沖縄県那覇市西2-5-21
 電話・fax 098-868-0515 住職 田原法順 
宗祖 親鸞聖人 宗派 浄土真宗大谷派 本山 東本願寺(京都府) 
本尊 阿弥陀如来  

2011年憲法講演会 ◆5月3日(火)5
 午後1時30分〜4時
◆那覇市民会館大ホール
 ◆入場料 一般:700円 学生:500円
      高校生以下:無料
主催:沖縄県憲法普及協議会
   沖縄人権協会
   日本科学者会議沖縄支部後援:沖教組/沖縄県高教組/沖縄県マスコミ労協/コープ
   おきなわ/琉球新報/沖縄タイムス/FM沖縄/沖縄
   テレビ/ラジオ沖縄/琉球朝日放送/琉球放送/週刊
   レキオ/週刊ほ〜むぷらざ/沖縄ケーブルネットワーク  徐 勝 ソ・スン。
 1945年京都生。東京教育大学卒。1971年、ソウル大学校大学院に留学中に韓国軍保安司令部によって国家保安法違容疑で政治犯として逮捕され獄中生活。1990年に釈放。立命館大学法学部教授(比較人権法、現代韓国の法と政治)。立命館大学コリア研究センター長を歴任。東アジアにおける重大な人権侵害とその回復、および同地域における和解と平和を研究している。
 主な著書に「徐勝の東アジア平和紀行ー韓国、台湾、沖縄をめぐって」(かもがわ出版)、「愛はおそれない」(朝日新聞出版部)、「誰にでも故郷はあるものだ」(社会評論社)、「獄中19年」(岩波新書)など。 徐 勝 (ソ・スン)さん
(立命館大学特任教授)


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Category: 01-人物名鑑
Posted by: ryubun02

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写真後列右から土門拳、棟方志功

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仲村家にて三木淳(山田實撮影1970年)


1975年11月15日『琉球新報』「土門拳氏来沖ー今もブタは全部黒かね?」/去年、山田實さんのスクラップの切抜きを見て、日付を確かめようと、琉球新報の記者や新報資料室で聞いて解らずサジを投げたものだが、本日(2月3日)、文化の杜の國吉貴奈さんが県立図書館で見つけてきた。


土門拳(ニッコールクラブ撮影会・東南植物楽園ー山田實撮影1975年11月16日)

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Category: 01-人物名鑑
Posted by: ryubun02
粕渕宏昭
1991年3月25日ー『民俗文化』粕渕宏昭「寝小便について」
1994年7月25日ー『民俗文化』粕渕宏昭「女の立小便について
1995年7月25日ー『民俗文化』粕渕宏昭「蚊遺りの方法についてー坂田郡近江町他ー」
1996年5月25日ー『民俗文化』粕渕宏昭「ユビヌキについて」
1996年7月25日ー『民俗文化』粕渕宏昭「バントコとヒバコについてー坂田郡近江町ー」
1996年9月25日ー『民俗文化』粕渕宏昭「土蔵の錠前と西円寺壁についてー坂田郡近江町ー」
Category: 01-人物名鑑
Posted by: ryubun02
私は明治26年3月に卒業して直ぐ那覇高等尋常小学校訓導となり、仝女子部に赴任した。当時の那覇は西・東・若狭町・泉崎・久米・久茂地・泊の7字に分かれて、垣花・牧志は未だ編入されなかった。今の新薬会社の所を大門毛小といって道より海に半円形に出て居た、ここを埋め増やして那覇役所と各村役場すなわち字役場が建てられた。

役場には主取というのが居て字の事務を司っていた。丁度東は私の父が主取の時であった。其上に那覇役所があって役所長は太田祥介さんであった。暫らくして護得久朝常さんが代わった。県庁は見世前で、裁判所は今の興業銀行の辺りで、郵便局の所が県病院で、市役所の所が郵便局であった。

人口は2万8千人位で、学校は那覇高等尋常学校男子部、女子部各1校と泊分校だけであった。男子部は現在の所で高等4年、尋常も4年までで18学級約千人位居た。女子部は久茂地の技芸学校のあった所で高等3年以下尋常1学年迄6教室で150人位別に幼稚園が30人位居た。

(略)

丁度此時名古屋に県視学の橘量先生が居られた。先生は私の小学校時代の校長で教生時代の主事であられた。先生に手紙を出すと直ぐ来いとの事で取るものも取り敢えず12月の中旬夜汽車で行った。幸い屋比久孟昌君が少尉で居たので手紙を出しておいた。汽車は寒風烈しき中を真夜中名古屋に着いた。改札口に寒風に震え乍一枚の白紙に東恩納と書いたのを広げて立つ一兵卒があった。直感した私は「私です」と飛びついた。彼も亦あなたですかと抱きついて直ぐ屋比久君の知人の家に行った。兵は屋比久君の従卒の松浦君であった。屋比久君はまだ外泊は出来なかった。

翌日橘先生の御世話で第四高等小学校の代用教員を拝命して女子高等3年を受け持つこととなった。此時名古屋人士の琉球観は二通りあった。私等の師範学校時代の先生園田定太郎先生が先に愛知師範に転ぜられて、香ばしからぬ琉球談は同僚の連中には能く知れて居たので少なからぬ迷惑を感じたことがあった。古老は琉球人といえば、江戸上りの行列則明の服装で、薩摩の武士に護られて堂々と数百人が東海道を練り歩いて、名古屋の万松寺が定宿であった時の考え方である。若い連中は反対に乞食みたように考えて居た。これは沖縄の旅役者が大阪より流れ流れて遂に名古屋の大須で小屋掛けをして殆ど乞食みたような芝居を演じた事があったとかでコレを見たからである。

私が赴任するや、校長は今日は父兄会だから話をせよ、明日は同窓会だから話せ、と月に2、3回は話に引き出された。後校長が笑いながらこれは言葉の試験であったといういった。幸沖縄の名誉もけがさずに明治42年に帰郷して甲辰小学校長となった。惟えば当時の名古屋は人口38万人位で、県人として屋比久君が居たが間もなく死去した。暫くして饒平名紀腆、賀数仁王君、髙江洲康亨君が医專に、小嶺幸輝君が商工に入学して段々名古屋に県人が来る様になった。

名古屋市の学校は専門学校以上には只医専のみで、電車は東京よりも先に20町位あった。然し水道も電燈もなかった。素人宿が5圓位で18圓の代用は20余名の職員の4席位であった。当地で教えた生徒の中では博士や技師、高等学校の教授、会社重役等数人あった。今に互いに音信を通じて居る。

名古屋は私の第二の故郷で親戚知人も多く長男はここに一家を構えて会社に通勤し子供等は皆此地の小学校に通学して居る。私は男子7人女子4人の子沢山であるが既に東京、名古屋、福岡、仙台の方に延びて居る。私は吾々の二世が日ならずして各府県に延長して國の為め、家の為めに奮闘することは頓て、沖縄県の為めにもなることであって、吾々老生が尽くす奉公の1であると確信して専ら子供等の発展を期待して居るのである。

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Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
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Category: 02-関西の沖縄
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Category: 01-人物名鑑
Posted by: ryubun02
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左ー1998年3月「道の島・美の交流展」那覇市民ギャラリーに出品の「礁の浮遊」と小橋川肇氏


Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
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元旦、東京の島袋和幸さんから昨年、11月19日に伊江島出身の「知念登冶展」を見てきたと便りを寄せてきた。

Category: 01-人物名鑑
Posted by: ryubun02
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作家名 梶原緋佐子
作家名(ヨミ) カジワラヒサコ
作家名(英字) KAJIWARA HISAKO
出身地 京都府京都市
生没年月日 1896年~1988年
略歴 1896年京都府に生まれる。1988年没する。京都府立第二高等女学校で千種掃雲に学ぶ。卒業後、菊池契月に師事。1918年第1回国画創作協会展に〈暮れゆく停留所〉を出品し、選外佳作となる。翌年、第2回帝展に出品し入選。以後、帝展、新文展に出品し活躍。戦後は日展で特選や白寿賞を受賞し、審査員も度々務めた。また、京展に出品し審査員を務めるなど、戦後の京都画壇において重要な位置についた。1976年京都市文化功労賞を受賞した。
作品情報 所蔵品あり (→徳島県立近代美術館)


Category: 03-所感
Posted by: ryubun02
本日は元旦。旧暦のムーチーの日、新暦の12月8日は太平洋戦争開戦の日。その結果の「密約復帰」から40周年の幕開けである。昼は屋部公子さん、山田實さんに若水(前日ー末吉宮近くの湧水をペットボトルに汲み、その帰途、宮里朝光翁と出会う)を持参。若水は沖縄県立博物館・美術館のトーゥジなどにかける。

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下「ムーチーづくり」(絵/親泊英繁)
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人形劇団かじまやぁ・名護市字済井出226-2 ☏FAX0980ー52-8084 携帯090-2513-6255

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上の年賀状は末吉麦門冬関連での交流の方々である。

中瀬喜陽氏
1933年和歌山県生まれ。東洋大学文学部卒業。高校教諭を経て、現在、南方熊楠顕彰会副会長、田辺市文化財審議会委員長。著書に『覚書南方熊楠』『南方熊楠独白』、共編に『南方熊楠アルバム』等がある。

飯倉 照平氏
1934年生まれ。中国文学者。南方熊楠研究で著名、東京都立大学名誉教授。
千葉県生まれ。東京都立大学中国文学科卒業。出版社勤務、神戸大学文学部講師、東京都立大助教授・教授、1998年定年退官。『南方熊楠全集』、『同選集』(平凡社)の校訂、中国民話の会世話人、南方熊楠邸保存顕彰会で資料整理・刊行に当たっている。2004年に南方熊楠賞特別賞受賞。


うちなー正月(そーがち)でーびる
若(わか)太陽(てぃーだ) 拝(うが)でぃ 若水(わかみじ)ゆ孵(す)でぃてぃ 美(きゆ)ら世(ゆ)・沖縄 うんぬきやびら
2011年は、いろいろと大変な年でしたが、被災地の気仙沼高校3年生今野さんの「止まらずに 私は未来(つぎ)に 進んでく 隣に君が いないとしても」の歌に勇気をもらいました。

昨年は、第4次糸満市総合計画の答申、泊小学校創立130年、第3回沖縄民衆議会、南城市市民大学、沖縄県地域史協議会30年記念事業、福州市・山東省曲阜の孔子廟訪問、那覇市立博物館講座などに関わりましたが、初孫の誕生、手術入院などもあり、本当にいろいろでした。

旧臘、中城城址で冬至明けの若太陽に、新年は摩文仁の平和祈念堂の火祭、地元安里の拝所巡りと、万感の思いで新しい年の平穏と幸せを祈りましたが、今年は沖縄返還40年。沖縄の基地問題、地域自治、原発、災害の復旧・復興や今後の対策、社会保障、雇用や経済格差など、根本から変らなければとの思いを一層深くしています。
本年も、引き続き、ご指導ご厚誼の程お願い申し上げます。
          2012年壬辰 旧正月
         学校法人沖縄大学理事・同客員教授
真栄里 泰山

俳句同人誌『天荒』41号□編集・発行人 野ざらし延男 〒904-0105北谷町字吉原726番地の11 電話FAX098-936-2536
□俳句も今や国際化の時代である。季語の自縛から解放し、グローバルな視点での俳句文学の自立が問われている。(延男)

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