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Category: 01-人物名鑑
Posted by: ryubun02

嘉手納宗徳先生 著作・論文目録
1965年 『球陽』第1冊から4冊を球陽研究会から自費出版
1966年 『球陽』第5冊から7冊、附巻を球陽研究会から自費出版
      小葉田淳編『李朝実録琉球関係史料』を郷土史研究会から自費出版
1967年 『陳侃・使琉球録』(上・下)を筆写本で郷土史研究会から自費出版
       『夏子陽琉球録(上)杜天使冊封琉球真記奇観・張学礼使琉球記』を筆写本で郷土史研究会から自費出版
       『汪楫・使琉球雑録』を筆写本で郷土史研究会から自費出版
       陳侃が見た・琉球ー使琉球録からー(『沖縄タイムス』10月10日~23日 10回)
       使録に散見する芸能(『研究余滴』1号 郷土史研究会)
       時文用語集(1)~(3)(『研究余滴』3号~(3) 郷土史研究会)

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浦崎春雄・美代子御夫妻

琉球国由来記による嶽名並に殿名の村呼称

九嶽
嶽名             地域        村呼称     備考

ガダノコ御嶽        西          ウガン     ウガン、クバムイと同体
八重の御イベ       西          八重大中   エーウフナカ(通称イビガナシー)
テラチ御嶽         西          マチュー 
ヲノコ御嶽          浜          ウフタキ 
中ノ御嶽          浜           ナカタキ
ハイノ御嶽          浜          ヘータキ  
シマイ御嶽          西          アナガー
アラバ御嶽         西
ヤカン御嶽         西           スイミチ

五殿
殿名             地域         村呼称     備考
八重ノ殿           西          エーヌ殿
泊リノ殿            西         トゥマイヌ殿   トゥマンナー殿ともいふ
安次冨ノ殿          西         アサトゥヌ殿   安次冨はアストと読む
垣奴殿            東          ガーチヌ殿 
浜奴殿            浜          アダンナヌ殿
ババノ殿(由来記にはない)

私は1983年、母の兄・玉寄貞夫が仲里秀雄元粟国村長と『粟国民謡集』を出すというので編集協力した。その過程で久茂地の浦崎春雄氏宅にも同行した。

1987年9月ー高阪薫『沖縄の祭祀ー事例と課題』三弥井書店
1988年4月、尼崎市の中沢章浩氏から高阪薫編の『沖縄の祭祀』が贈られてきた。以前に甲南大学地域文化研究会のメンバーが粟国の民俗調査に行くというので、那覇の浦崎春雄氏を紹介したことがある。本書の目次は第1章・渡名喜島「島直シ祭祀/第2章・粟国島ヤカンウユミ/第3章・八重山の豊年祭/第4章・シヌグとウンジャミ/調査活動年誌となっている。また、那覇市の国際通りで、夏休み家族で散策していた中沢氏親子にも偶然出会ったこともある。那覇市議会議会史の小渡清孝氏と尼崎の中沢宅(尼崎市常光寺1-18-10)を訪ねたこともある。尼崎には沖縄県人会兵庫県本部がある。

1991年12月 比嘉康雄『異界の神ヤガンの来訪「ヤガンウユミ・粟国島」』二ライ社
□浦崎春雄氏(68歳)の話では、ヤガンウユミは明治か大正ごろまでは連綿として続けられていたが、神職者不在などの理由でいったんとだえてしまった。祈願だけの行事は昭和7、8年ごろまでハナグシクヌルがおこなっていた。しかし、これもヌル没後とだえた。戦後になって祈願だけは区長などによって再びおこなうようになった。  

昭和23年ごろ、当時村長だった仲里秀雄氏の「ヤガンウユミを復活せよ」の命を受けて、そのころ役所に勤めていた浦崎春雄氏がヤガンウユミを覚えていた照喜名ウシさん、当時80代(ユナンサー家の娘)から数カ月にわたって祭祀の内容を聞き書きし、それを当時の神職者に教えて復活した。

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浦崎春雄氏宅前(屋号ティグヮー)。粟国島には自動車が8台。馬が人や貨物を運ぶ、180頭の馬がいる。


畳語とは特色語であり一語句でたたみ込んで言ふ言葉でありいわゆる類似語又は反復する語句を以て一つの言葉を強調するに使ふ場合に言ふ又二語句言はないと表現出来ないことがある。

粟国村で昔からよく使はれた言葉であるが単語的であり現代余り使はれてなく死語になりつつある。50音別に拾って見たが日常余り使はない言葉である為に忘れてあるのもあり探せばまだまだあると思ふ。

語句                   意(表現)
アマユミ    クマユミ        方々で物事をしゃべってあるくこと
アン言イ    カン言イ        ああ云ったりこう言ったりはっきりしないこと
アマ走イ    クマ走イ        忙しくあっち、こっち走りまわること
アマ行チ    クマ行チ        あっち行ったり、こっち行ったり
アマナイ    クマナイ        あっちになったり、こっちになったり
アマナシ    クマナシ        物をあっちにやったり、こっちになったり
アマウチ    クマウチ        物をあっちに置いたり、こっちに置いたり
アマサーイ  クマサーイ       あっちさわったり、こっちさわったり
アマ見ー   クマ見ー         あっち見たり、こっち見たりしてきょろきょろすること
アンナイ    カンナイ         あれこれすること



浦崎春雄氏自筆

ンサブイ    カーブイ        あれもいや これもいやいやすること
ンチャイ    チチャイ         交際、お互い助け合ふこと

語句の意を共通語で表記し難いのもある為それに近い釈をした。尚一つの語句に対し違った釈もあるが一語句に一語の意を記した。

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編集王・松岡正剛「千夜千冊/第五百十一夜【0511】2002年04月04日」に長山靖生(歯科医)の著『偽史冒険世界』1996 筑摩書房から木村鷹太郎を引いて紹介されているので抄出する。詳しくは「千夜千冊」まで。
木村鷹太郎、愛媛県宇和島に生まれ、明治21年に上京して明治学院に入って島崎藤村・戸川秋骨らと同級生となり、英語弁論大会で一等になったものの、言動にすこぶる異様なものがあってヘボン校長から退校処分をくらった。ついで東京帝国大学歴史科に入り、哲学科に移って西田幾多郎と同級になった。ここまでは信じがたいというほどではない。キムタカは大学を出ると、『道徳国家及東亜問題上排仏教』を著して、仏教には現実社会を変革する意欲がないと痛烈に非難し、返す刀で『キリスト教公認可否問題』で天皇を戴く日本にはキリスト教は不要であるとぶちあげた。これでちょっとおかしくなってきた。陸軍士官学校の英語教授の職をえたが、ここでもあまりに学校との意見があわずにすぐ辞めている。そのかわり、英語力をいかしてバイロンを翻訳し、英語からの重訳ではあったが、一人で日本初の『プラトーン全集』個人完訳にとりくんだりもした。こういう"偉業"に平気でとりくむところは評判がよく、岩野泡鳴と文芸批評にあたったり、与謝野鉄幹・晶子の媒酌人になったりもした。井上哲次郎もそういう木村を支援する。

ところがキムタカは、明治44年に発表した『世界的研究に基づける日本太古史』という大著で、ついにとんでもないことを言い出したのである。イザナギとゼウスを、オオクニヌシとダビデを、タケイカヅチとモーゼを比べ、高天原をアルメニアに、出雲大社をメコン川流域に比定し、神武天皇の東征はアフリカ西海岸からの発信だったとしたばかりか、大半の世界文明は日本が起源であるという破天荒な妄想を一挙に披露したのだった。 そればかりでなく、みずから「日本民族研究叢書」と銘打ったシリーズで、ここに紹介するのも憚りたいほどの、『神武帝の来目歌はビルマ歌』『日本民族東漸史』『トマスモア「ユウトピア国」は我が日本津軽』『天孫降臨史の世界的研究』などと題しては、あたりかまわぬ日本=世界同根説をまきちらした。なかにはホメロスの『オデュッセイア』は『平家物語』や『太平記』を下敷きにしたものだなどという、噴飯仮説がわんさとまじっていた。長山靖生は、こうしたカルト的な歴史観にとりあえずは"空想史学"といううまい呼称をつけている。キムタカ自身は自分の歴史観を「新史学」と言った。

 
 本書に登場する"空想史学"は、世界に伍する日本を強調しようとして、次々に勇み足というか、過剰な妄想に踏み出していったものばかりである。この「列強に伍する日本」というグローバル・イデオロギーは、もとはといえば明治国家そのものが抱えたヴィジョンでもあり、また悲願でもあった。それが日清・日露の勝利の美酒と三国干渉などの悔しさとが混じっていくうちに、しだいに国民思想に流れこみ、そこに"空想史学"の兵(つわもの)たちが、それなら歴史をさかのぼって日本の正当性を訴えてみましょう、国民の渇望に応えてみましょうと考えたわけである。

 しかし、そこに喜劇も悲劇も待っていた。史実の捏造という暴挙に歯止めがかからなくもなっていった。 たんなる個人の妄想なら、それでもよかった。そんな小説はごまんと世の中にある。しかしこの暴走は"フィクション"であることより"ノンフィクション"であることを望みすぎたため、本書の著者が指摘するように、どこかで八紘一宇の思想や関東軍のアジア政策に絡み(略)ドイツやロシアから巻きおこった「黄禍論」に対する憤懣やるかたない反論の暴走とも関係していった。 しかもキムタカたちは、その後の日本に陸続とあらわれつづけていたとも言わざるをえない。いや、今日になおキムタカ現象の跡は断ってはいない。 いま、世間で議論されている歴史教科書問題から憲法問題まで、首都圏移転問題から北方領土問題まで、われわれはこれらをいったいフィクションにしているのか、ノンフィクションにしているのか、どうやらあたらめて考えたほうがよさそうである。 
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木庭密樹のハガキ

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05/24: 喜如嘉

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05/24: 稲村 公望

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写真右が稲村公望氏、新城栄徳

稲村 公望(いなむら こうぼう、1948年12月10日 - )は、中央大学大学院公共政策研究科客員教授。元・総務省大臣官房審議官、日本郵政公社常務理事。鹿児島県大島郡天城町(徳之島、出生時は琉球列島米国民政府占領下)出身。 (→ウィキペディア)
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最近、アメリカ人と通訳を通じて話す機会が多い。彼らは一様にマフィアは在る、と言っていた。FBIのフーバーは生前『そんなものは存在していない』と強弁していた。平凡社の百科事典も同様の意見だが、一般社会では周知の事実としているのは、日本も同様だ。私などは英語は全く解せないが常盤 新平のマフィア紹介で相当に親しんでいる。




ウィキペディアにも詳しくマフィアが解説されているが、警察関係の雑誌でもアメリカマフィアについて解説が載っている。ジュンク堂に行くと「あなたは原発に賛成、反対」というコーナーがあった。本屋にとっては本はいつかは売れるだろうが、売れて利益をもたらしてくれる本が良い本で、売れないのは悪い本だ。

最近、「戦後最大の思想家」「知の巨人」と云われた人物が死んだ。沖縄の新聞でも取り上げられていた。「しんぶん赤旗」でも死亡記事が載っていた。本屋に行くと「ヤクザ専門週刊誌」でもその死を悼んでいた。私の友人は、かつてこの人物の全集も揃えたぐらい傾倒していたが「原発発言」で耄碌したと悲しんでいた。



このドクサイチジ、雑誌では「橋下を総理に」と持上げられたり逆にボロクソ批判されたりしている。基本的には自分の部下(市職員)たちを手足のようなロボットにしたいというのが見え見えや。職員の刺青問題に触れるとは英雄気取りだが、かつての何処かの「市長射殺事件」の二の舞となるのは必至。そこいらは大阪府警がチャンと警戒しているはずなんやけど・・・?。市長をテレビで売り出した友達、島田紳助はんはどないしているやろか。
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吉栄会
沖縄本部ー三代目家元 屋良常雄研究所 沖縄県宜野座村宜野座368(宜野座高校向・屋良三線屋内) ☎098-968-8829
那覇支部ー野村流教師 屋良流師範 新垣睦美研究所 ☎098-968-8829

写真右から仲里康秀氏、翁長直樹氏、新城栄徳、真喜志康徳氏、屋良常雄氏、新垣睦美さん

関西支部ー関西支部長 上地礼子研究所 兵庫県尼崎市梶ヶ島18-9 ☎06-6488-0196
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中村文雄氏の『語り継ぐ めーぎぃらま)・渡嘉敷村字前島』が発刊されました。沖縄の離島に関心のある方の必読本です。本代1000円、送料200円です。連絡先は〒901-3500渡嘉敷村字前島76番地 携帯090-8290-6361

慶良間3
2012年ー中村文雄『語り継ぐ めーぎぃらま)・渡嘉敷村字前島』大和印刷(大城盛和)東京都千代田区岩本町2-5-2 電話03-3863-3236

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中村文雄氏
渡嘉敷村前島出身 1938年南洋群島トラック島生まれ4歳に引き揚げ前島で育つ。14歳に那覇市へ集団移住。定年後に無人島の故郷前島復興を目指し夫婦で再移住。<前島復興住民の会会長>


□2012年5月17日『沖縄タイムス』「前島に『有人島』の証しー出身者・中村さんが記録本出版」

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05/13: 事典

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05/13: 三谷和合

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新城あけみの「欧州看護視察団」のベルギー土産である。□小便小僧(しょうべんこぞう)は、放尿する少年を模した像、噴水。 同様のものは世界各地に存在するが、ここでは起源とされているブリュッセルに設置されているものを中心に述べる。1619年にフラマン人彫刻家ジェローム・デュケノワ(Jérôme Duquesnoy)により製作された。現在設置されている像はレプリカであり、オリジナルの像は1960年代に紛失した。近くにかがんで放尿する小便少女の像もある。(→ウィキペディア)

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写真左ー後藤静香/1922年4月 後藤静香『白熱』希望社出版部

静香ファンの永吉純一郎氏から『後藤静香選集』を借り拾い読みをした。後藤 静香(ごとう せいこう、1884年8月17日 - 1971年5月15日)は、大分県出身の社会教育家。静香が救ライにふれた文章には、沖縄に縁のある人物たちが出てくる。関連して真喜志ヌターリーから歌人・神山南星資料を贈られたことがある。南星は1913年、那覇の垣花生まれ。ライを病み鹿屋敬愛園に入りそこで林文雄園長から短歌を学んだ。南星の歌文集のひとつ『牡丹のあと』の表紙は斉藤茂吉研究家の山上次郎の色紙「海人保と続く歌よみを神山南星と言ひてさびしむ」で、扉絵には林竹治郎画伯の「沖縄なんみんもう」で飾られ巻頭の随筆は俳人正岡子規と野球、野球用語の歴史的考察、短歌も野球を詠んだのが多い。1980年11月本間一夫『指と耳で読む』(岩波新書)岩波書店「点字図書館の創立ーあれから40年、今では全国の各地に非常に盛んになっている点訳奉仕運動のノロシは、この日後藤静香先生によってあげられたのです。」

後藤静香ー相当ひろく活躍しているようでも、人間のとびまわれる世界は、たかの知れたもので、接する人も大体きまっています。ところが書物をひらくと、一瞬にして心を万里の外に放ち、思いを幾千年の昔に運ぶことができます。英雄偉人と親しみ、聖賢君子の声なき声に接します。書物は、空間と時間を抹殺して、万里の異郷を数歩の近きにおき、万古の哲人を生ける隣人の姿にかえます。書物を読まないと、心どまりの人間になり、自分免許の天狗になります。書物だけではありません。すぐれた人に接して、直接の教えをうけることもだいじです。

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05/12: 奥間徳一

Category: 01-人物名鑑
Posted by: ryubun02
最近は台湾に関係ある人物を特に記している。奥間徳一も台湾で教員生活を送っていた。
1935年1月 奥間徳一『大日本國号の研究』大同館書店
1943年3月 奥間徳一『フィリピン読本』改造社
1966年4月 奥間徳一『働く沖縄青少年のために』
1968年3月29日死去、80歳

05/12: 新垣孫一

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小学4年の頃、琉球史の手引きが新垣孫一の『琉球発祥史』(宮城久栄序文/新垣孫一氏は我が知念村が生んだ先輩で多趣味の人である。音楽、舞踊、狩猟、投網、図画、園芸、等何でも好きで上手である)や『系図のてびき』であった。知念村文化協会1993年発行の『斎場の杜』に新垣孫一が紹介されている。28歳で久高小学校校長、柳田國男との出会いで郷土研究。40歳で知念村村長、牛乳屋、散髪屋、銭湯まで営む今でいうところのマルチ人間だった。同誌には孫一との写真で尚裕夫妻、川平朝申らの写っているのもある。2001年2月、沖縄コレクター友の会の真喜志康徳氏と共に孫一の後継者とも云うべき新垣源勇氏宅を訪ねた。
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写真左が新垣源勇氏、新城栄徳

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Posted by: ryubun02
私は最近ヴェネツィアから来た女性を那覇案内したことでヴェネツィアに興味を持った。

来沖したヴェネツィア生まれのヤシン嬢

ネット検索すると野村望氏のHPに「先日『安藤忠雄建築展 2009 対決。水の都 大阪VSベニス』を見に行った。そこで知ったこと、感じたこと、調べたことなどを、記憶のうすれない間に書き留めておくことにする。図1はその案内のチラシで、上下に大阪とベニス(ヴェネツィア)の航空写真が使われている。中之島を中心に水都大阪の復活を目ざしたプロジェクトを提案する安藤氏は、水の都の本家本元ベニスで、2006年完成の「パラッツォ・グラッシ」と本年6月に完成の「プンタ・デラ・ドガーナ」という二つの再生プロジェクトを担当している。彼はベニスの再生プロジェクトで得たものを、水都大阪復活のプロジェクトに生かそうとしているのかもしれない」と大阪との比較が出ていた。
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1994年8月ー『望遠郷5 ヴェネツィア』ガリマール社・同朋舎出版/2005年12月ー『ナショナルジオグラフィク海外旅行ガイド ヴェネツィア』日経ナショナルジオグラフィク社

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05/07: 海勢頭豊

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1943年沖縄県与那城町(現うるま市)平安座生まれ。1982年「さとうきびの花」がNHK「みんなのうた」で放送(歌・都はるみ)。1995年沖縄戦の実相を描いた映画『GAMA(ガマ)〜月桃の花』の音楽を担当。1996年7月〜9月「TBS・NEWS23」エンディングテーマに「月桃」が採用。映画や演劇など多くの音楽を手がけ、平和活動にも取り組んでいる。

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久高島の見えるポランの広場で中央に海勢頭豊氏、右に運天夫婦、比嘉清子さん、左へ喜納宏之氏、新城栄徳。海勢頭氏をのぞき、皆大坂の沖青友の会元メンバーである。

05/07: 谷沢永一

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2004年6月30日ー川西能勢口駅から蔵書家・谷沢永一氏の自宅に行く。沖縄から来たということで何か警戒されていたようで話をすると快くサインしてくれた。近くにフローレンス ナイチンゲール(救苦観世音)像がある。

谷沢永一 たにざわ-えいいち
1929-2011 昭和後期-平成時代の書誌学者,文芸評論家。
昭和4年6月27日生まれ。関西大在学中から同人雑誌「えんぴつ」を主宰し,開高健(たけし),向井敏(さとし)らと知りあう。昭和44年から平成3年まで母校の教授。近代文学の分析と論評,書誌研究で知られ,昭和55年「完本―紙つぶて」でサントリー学芸賞。平成16年「文豪たちの大喧嘩」で読売文学賞。平成23年3月8日死去。81歳。大阪出身。著作はほかに「谷沢永一書誌学研叢」「書物耽溺」など。(→コトバンク)


渡部昇一

2015年5月 渡部昇一『渡部昇一 青春の読書』ワック
○耳は寛容、目は厳格ー(略)学生時代に古本で読んだB・H・チェンバレン著、吉阪俊蔵訳の岩波新書の戦前の赤版『鼠はまだ生きている』(昭和十四年、153PP)の十四ページにある言葉で、教室でも紹介したと思う。「耳はつき合ひ易い寛容な器官であって、非常に顕著な発音のなまりを聞いても驚かない。眼は、これに反して文学[文字の誤訳であろう]に於けるすべての新奇さに対して敏感である。綴字法の改良の困難さは此処に横たはって居る。蓋し読み書きを知る人々ー即ち今日ではすべての人々ーは伝統的な綴字法で考へるからである。例へば私はoiseau ワゾ[鳥]といふ単語からo、i、s、e、a、u といふ六文字の集合を受取り、これを用ひて書く習慣になってゐる。決して耳に聞こえるOⅰワ及びZOゾといふ二つの音ではない」 チェンバレンはここで綴字のことを言っているが、文章になると、文法規則に関して大学の先生たちの「目」はさらに敏感になり、不寛容になるのである。
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1912年11月29日生まれ。首里当蔵出身。1938年、台北帝大附属医専卒。軍医として軍務に服した後、1945年、臺灣新竹州大湖陸軍病院長、1946年、帰沖、沖縄民政府医官。1950年、金武保養院長(サナトリウム)および琉球結核科学研究所所長。1952年、沖縄の結核実態調査に参加し、結核対策の基礎資料を作成した。琉球結核予防会設立に代表の一人として尽力。理事に就任。琉球政府社会局長として初めて結核患者本土送出療養制度を実現した。1960年、那覇市寄宮にて開業。1961年、那覇市医師会理事に就任以後、沖縄県医師会常任理事、副会長、代議員会議長を務めた。2011年1月15日死去。

伊豆見元俊
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2012年3月18日『沖縄タイムス』30面「高江判決を問う(下)比屋根照夫さん『規制の網 戦前を想起』/31面「32軍壕問題で学習会ー鉄血勤皇隊師範隊として壕掘りをさせられた渡久山朝章さん(83)読谷村などが従軍慰安婦について証言した。」

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Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
ジュンク堂那覇店で『大阪春秋』春号を入手。大阪で発行されている雑誌が那覇でも入手できる時代になった。付録が「第五回内国勧業博覧会観覧必携 大阪全図 附録神戸」で、本誌に桃山学院史料室の西口忠氏の解説がある。また「通天閣の100年 鉄塔と街の歴史」も載っていた。関連して、4月末のテレビで東京のスカイツリーでテロなどの避難訓練の模様が放映され参加者が「かなりきつかった」と云うていた。このスカイツリーのテロに比べたら「東京タワー事件」など児戯だ。那覇でもモノレール駅に「テロ厳戒中」と盛んに煽っていた。

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今日は「憲法記念日」で天気も非常に良い。博物館・美術館の「ソテツで遊ぼう!」に行く。近くの陸橋の下で科学教会の金城牧師が布教のパフォーマンスで音楽に合わせて踊っていた。