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1950年11月 仲井間宗裕『沖縄と人物』同刊行会「伊元富爾」
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創刊の挨拶は高嶺朝盛、岩原盛勝、神村朝堅と連名で行っている。

比屋根安定(左)と岩原盛勝


1950年11月 仲井間宗裕『沖縄と人物』同刊行会「高嶺朝盛」

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1950年11月 仲井間宗裕『沖縄と人物』同刊行会「島袋盛敏」

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1950年11月 仲井間宗裕『沖縄と人物』同刊行会「伊江朝助」

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編集を担当している伊佐榮二が粟国島出身なので以下のように粟国出身者が載っている。
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1980年3月 沖縄の雑誌『青い海』春季号 通巻91号 島村幸一「おもろさうしー玉を買う神女」


2014年2月28日 琉球新報ホール「第31回・東恩納寛惇賞贈呈式」後列中央が島村幸一氏、前左端が新城栄徳



『池宮正治著作選集全3巻』笠間書院

編集員の島村幸一氏と綱川恵美さん(沖縄県立博物館・美術館屋外展示場「民家」)


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2015年2月28日パレット前5年9月9日 沖縄県立博物館・美術館屋外展示場「民家」で、新里彩さん

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1973年12月 沖縄の雑誌『青い海』1月号 通巻19号 窪徳忠「中国の習俗と沖縄地方」


1970年7月 『季刊人類学』1巻3号 有馬真喜子「ひと ひと・・・・ー窪徳忠氏」

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中央ー窪徳忠氏、當間一郎氏
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1980年11月24日ー豊中市立婦人会館で開かれた南島史学会第9回研究大会。右手前2人目が安良城盛昭氏と牧野清氏、左端が喜舎場一隆氏同日、受付の永峰眞名さんに安良城盛昭氏を確認してもらう。大会終了後、安良城氏を都島の沖縄関係資料室まで案内。色々と歓談する。資料室で自著を見つけた安良城氏が本代を払いそれに署名献本した。このとき以来、理論嫌いな私でも沖縄出身の理論家については、これ傾聴に努めることにした。


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写真上ー左から新城栄徳、窪徳忠先生、仲松弥秀先生、眞喜志康徳さん
写真下ー元沖縄都ホテル社長の桑原守也さん、京都西方寺の袋中上人手植えの蘇鉄を前に(新城栄徳撮影)
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1972年3月『琉球の文化』宜保栄治郎「沖縄の民俗芸能の分類試論」/2018年7月31日ー沖縄県立博物館・美術館で園原謙氏、宜保栄治郎氏(右)


1973年6月 沖縄の雑誌『青い海』7月号 通巻24号 宜保栄治郎「シヌグ・ウンジャミを観る」
2003年4月28日~5月15日 南風原文化センター「貧しくも楽しい『うちなー芝居』の時代」



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写真上左ー眞喜志康忠優、新城栄徳/写真下ー左、眞喜志康徳氏、新城栄徳、宜保栄治郎氏/右、新城栄徳、人間国宝の島袋光史氏(糸満和美さん撮影)

2015年4月 宜保栄治郎『軍国少年がみた やんばるの沖縄戦ーイクサの記憶ー』榕樹書林 (定価900円+消費税)
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1977年11月 沖縄の雑誌『青い海』12月号  68号 高尾芳太郎「山椒大夫と八重山乙女の詩歌」

1978年10月 沖縄の雑誌『青い海』  77号 高尾灯童「神をめざした『逆転』」
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1979年6月 沖縄の雑誌『青い海』7月号 84号 新垣宗堅「不思議な女の言葉からー自己との対話ー」


新垣宗堅氏から頂いたもの
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1977年5月 雑誌『青い海』63号 奥田良寛春「フネ・呪い言葉をさぐる」

書斎探訪ー奥田良寛春氏
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写真上ー左から奥田良寛春氏、新城栄徳

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写真ー前列左から奥田良寛春氏、仲松弥秀氏/後列左から真喜志康徳氏、久手堅憲夫氏
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2008年11月 うるま市立 海の文化資料館『仲松彌秀がみたうるまジマ』
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1978年11月 沖縄の雑誌『青い海』78号 永峰真名「メヒカーノスになった沖縄人ーメキシコにいきる人たちを訪ねて」



手前左が永峰眞名さん
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当時はアメリカが軍国主義教育がされてないか「検閲」した。今はアメリカも文部省と組んで軍国主義教育を推し進めている。面白いと云えば面白いのだが・・・・・。
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3月22日14時~15時半 沖縄県立博物館・美術館アトリエ「しまくとぅば

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2012年10月28日14時~ 「八重山民謡としまくとぅば2」沖縄県立博物館・美術館民家



2012年10月28日14時~ 「八重山民謡としまくとぅば2」沖縄県立博物館・美術館民家

写真左から清村まり子さん、新城亘氏、入嵩西康文氏、新城栄徳、西岡敏氏

写真ー1998年10月18日うりずん 左から新城亘氏、三島格・肥後考古学会会長、新城栄徳、佐藤善五郎氏(那覇市文化協会)/右から新城栄徳、人間国宝の照喜名朝一氏、新城亘氏


『月刊やいま』2015年7月号 NO.258 ■特集 画家・新城剛の世界■特集 画家・新城剛の世界
今から25年前の1991年7月2日、画家・新城剛は海難事故で急逝した。44歳だった。
「とてもとても暑い日でした」と知子夫人は言う。
スペイン美術賞展優秀賞、オーストラリア美術賞展入選、沖展賞受賞などを受賞し、42歳の時には沖展審査員となって、今後のさらなる展開を期待された画家だった。
○1989年11月 『光扇会 新城知子の会ー『知子の作品集』ー糸・あや・布ー』(表紙・デザイン、題字、編集制作ー新城剛)
           舞台監督ー玉木陽、崎山克馬、大田静男/舞台・照明・音響ー新舞台(那覇公演)、沖縄タイムス(那覇公演)/            結髪・着付ー小波則夫/事務局ー前嵩西勇



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「沖縄そば」資料
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1983年7月 『なにわ今昔』毎日新聞社


1987年11月 『大阪春秋』通巻51号/1972年9月 大阪府写真師協会『大阪写真百年史』


1987年11月 『大阪春秋』通巻51号 佐々木豊明「大阪の写真大尽 光村利藻」

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1896年6月ー『風俗画報臨時増刊/沖縄風俗図会』東陽堂
『風俗画報』は1889年に創刊された。出版元の東陽堂は1876年、東京日本橋で吾妻健三郎によって創業された。後に吾妻と同郷(山形米澤)の縁で渡部乙羽が入社する。乙羽は後に出版社博文館の婿に入るまで『風俗画報』に健筆を揮った。1889年には沖縄県七等属の石沢兵吾が東陽堂から『琉球漆器考』を刊行した。

1901年2月ー写真集『旅野家都登』第35号(琉球之巻・中山門、守礼門)□発行所は光村利藻。光村は1893年に慶応義塾入学、そこで渡部乙羽、巌谷小波と親しく交わる。
     12月ー田山花袋編『日本名勝地誌ー琉球之部』博文館(写真・中山門


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1960年10月に『琉球画報』が発行人・大城一男、編集人・佐久田繁で創刊された。このころのことを佐久田は1981年2月の『青い海』の座談会で「僕はその頃『琉球画報』の編集長をしていたが、どうしても『オキナワグラフ』に太刀打ちできないんです。いっそ潰して『沖縄マガジン』のような雑誌に切り替えろと提案するんだが聞き入れてくれない。そこで画報社を辞めて独立した」と述べている。画報は63年2月まで発行されていた。大阪連絡所は西平守晴宅であった。


1961年3月 『琉球画報』4月号 編集発行人・大城一男 琉球画報社 那覇市松尾194-1 印刷 東京・(㈱)太陽印刷工業□表紙・
(上原実コレクション)








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1983年4月 沖縄の雑誌『青い海』122号~129号 外原淳「手づくりおもちゃの世界」


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①BOOKS じのん営業時間:9:00~20:00、年中無休
〒901-2215沖縄県宜野湾市真栄原2-3-3TEL:(098)897-7241 / FAX:(098)898-7039
E-Mail:info@jinon.ginowan.okinawa.jp




沖縄の雑誌『青い海』が並んでいる

2014年3月 うる文化協会『琉球・島之宝』創刊号 天久斉「古本屋が見た『青い海』」

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1972年4月 沖縄の雑誌『青い海』13号 名城政次朗「沖縄教育の向上をめざして」


名城政次郎氏ー2013年1月17日・自宅近くの沖縄県立博物館・美術館入口の民家前


1978年5月 青い海創刊7周年記念レセプションで、左から津野創一、山城賢孝、二人おいて名城政次郎

1985年5月『オキナワグラフ』「尚学院 名城政次郎」
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1971年8月 沖縄の雑誌『青い海』4号 荻堂盛進(大都観光KK社長)「片思いの記」

明視堂
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沖縄尚学高校ロビーの二宮金次郎像は1935年に明視堂の山下悳三が那覇市内の8小学校に寄贈したものの一つだろう。山下は1917年にも真教寺幼稚園児に飛行機などの玩具80個を贈っている。なお悳三の子息・山下育三氏は那覇市で老舗「鶴丸弁当」を経営している。


写真左から山下育三氏、荻堂盛進氏
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1975年5月 『眞』№1 発行人・比嘉康助



1975年5月 『眞』№1 発行人・比嘉康助
□山川岩美「序文」/レス・ウィズナー/水島源光/石井春雄/平井順光/比嘉康助

1977年7月 『眞』№7 発行人・比嘉康助
□山川岩美「随想・光の中の動き」/岩宮武二「風蝕岩」/清岡惣一「亜熱帯の植物」/水島源晃「慶良間カツオ」/平井順光「HERLL GIRL!(PACIFIC MIDDLE SCHOOL)」/名渡山愛誠「人ばなれの島」/比嘉康助「島のハーリー」/国吉和夫「在沖米軍(2)」/津野力男「マチ小漫歩」/岩尾克治「沖縄角力にふるさとをみる」レス・ウイズナー「帰路」
□’77年のドキュメンタリーフォト
比嘉康雄「33年の時間」/国吉和夫「マリン隊の実弾演習」/比嘉康助「公用地法期限切れ」/岩尾克治「カデナ米軍基地」/山川元亮「やんばる」/伊元源治「組踊・執心鐘入り」/久高将和「無題」/奥平かずお「断層”宮古島”」/親川澄子「隣りのおばあちゃん」/嘉数繁光「休日」/島袋良雄「ウンジャミ」/上原謙次「夏の港」
□フォト眞掲示板
「第29回沖展ー3-29~4-3首里高校」「立木義浩写真展ー4-7~4-11 デパートリウボウ」「松村久美写真展ー沖縄タイムス第二ホール」「第一回コマーシャルフォート展ー沖縄物産センター画廊」「久高将和・親川スミ子二人展」「ヘビ類写真コンテスト」「第22回写真連盟展ー山形屋」「沖縄大学写真クラブ習作展ー沖縄タイムス第二ホール」「写真ひろば・あーまん写真展」「平良孝七写真集・パイヌカジー木村伊兵衛賞受賞祝賀会ーゆうな荘」「第76回 九州写真師大会」「3-25 篠山紀信 潮の琉球料理取材で来沖ー3-26安木屋ホールで講演」「沖縄写真師連合会定期総会」「レンズでさぐるカメラマンツアーかりゆしの島大撮影会」「全6-19日本写真連盟沖縄支部結成!ー西武オリオン」「ペンタックスファミリー沖縄支部結成記念」「」

1979年2月 『フォト真』第10号 発行人・比嘉康助
□特集・イザイホウ
  久保田博二「久高島・イザイホウにて」/比嘉康雄「ナンチュ」
  東松照明+比嘉康雄「祭を記録することの意味」
  川平幸雄/平井順光/大嶺信雄/比嘉康助
  文・世禮茂彦+写真・比嘉康助「古琉球における祭祀の名残り」
□比嘉清真「那覇にて・サバニ」/金城ありさ「御願・このあと大騒ぎ」/仲栄真孝昭「裸馬競争」
 真喜志康高「沖縄・退屈な風景」/糸数昌松「琉装の女」/与座一夫「兵士」/島袋清志「屋根」
□作久田繁「この一枚ー私の人生を変えた川平先生との出会い」
□水島源光「裏街点描」/名渡山愛誠「御願所」/津野力男「GHOST TOWN(ニューコザ)」
 国吉和夫「OKINAWA MARINE」
□山川岩美「季節の窓・変質する沖縄の社会」/「サークル短信ーふうちばあ党/フォートクラブカデナ」
□写真クラブ名簿/写真関係者名簿
    


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1974年1月『青い海』29号 安室孫盛「今を厚くし、古を薄くするー沖縄芝居の可能性についてー」


1975年11月『青い海』47号 安室孫盛「映画で”沖縄〝を撮りつづけてー再び沖縄の植民地解放宣言を」
安室孫盛
安室孫盛を検索すると、講談社のデジタル版 日本人名大辞典の解説に次のように出ている。
田部久 たべ-きゅう
1906-昭和時代の教育運動家。
明治39年生まれ。昭和5年新興教育研究所設立に参加し,中央委員となる。7年新興教育同盟準備会を結成して書記長となり,検挙される。戦後は教員組合運動をすすめた。沖縄県出身。首里中学卒。本名は安室孫盛。著作に「無産少年運動」。

1961年9月発行の「大琉球」(観光映画シリーズ三部作)には編集発行人として奈良三郎とある。
□目次
森政三「復元した守礼之門」/式場隆三郎「琉球の旅」/松本俊夫「琉球の祭りについて」/芦間冽「沖縄の祭り」
奈良三郎「復興する固有の文化」/南風原英佳①「この風土に育つ生きもの」/寺西春雄「交響曲・大琉球(三楽章)について」
田辺尚雄「琉球音楽の位置」/奈良三郎・南風原英佳「おもろ談義」/藤島宇内「沖縄が映画を作るしごと」/本田安次「沖縄舞踊の特色」/芦間冽「映画化される群星」

1992年9月9日『八重山毎日新聞』に「安室孫盛を語る展ー今日から13日まで労働運動家の一生(石垣市立図書館展示室)」とし、友寄英正氏の斡旋で東京在住の安室孫盛の長男・奈良一郎氏から同氏の図書や諸資料など4百余が市立図書館に贈られたことで企画されたという。安室のペンネームは北村、奈良など。


①1937年9月 『沖縄県人事録』沖縄朝日新聞社「南風原英意」

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久茂地文庫(喜納勝代 ☎098-994-6162)



喜納勝代
1965年2月ー喜納勝代『歌集ゆうとい』日本文芸社

1971年8月15日ー『婦人と文化』編集発行人・喜納勝代
□徳田安周「その愛唱曲『ユリデーチェ亡き日に』」

□川平朝申「伊平屋島と私ー私が幼い日の古里」

1973年5月ー喜納勝代『歌集おなり神』新星図書

1976年10月27日ー久茂地文庫開設

写真・久茂地文庫で、右端が真喜志康徳氏、4人目、屋部公子さん、喜納勝代さん
1978年5月ー久茂地文庫1周年記念文集『照千一隅』

1979年10月26日ークラフト國吉ギャラリー「くもじぶんこ 愛の手づくり展とブックフェアー」

1980年10月ー『図書館雑誌』喜納勝代「街の小さな文庫 久茂地文庫のあゆみから」

1982年8月ー久茂地文庫、糸満の喜納の実家に移転

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1974年2月 永山絹枝『沖縄の民芸ー玩具』新星図書

1972年 うりずん若夏社『LOGOS』
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1984年10月 新崎盛珍『瞻雲閑語』/1956年2月 新崎盛珍『思出の沖縄』


左が新崎盛珍/右が息子の新崎盛敏、著に『原色海藻検索図鑑』北隆館 昭和39年初版

1965年5月 沖縄興信所(代表・大宜味朝徳)『琉球紳士録』「本土在住琉球紳士録」

写真左から宮島肇、新崎盛敏、大浜信泉/石川正通、宮城栄昌、一泉知永/外間寛、安良城盛昭、島茂彦

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1989年11月16日『琉球新報』「熊本大学五高記念館から琉球風俗絵巻が見つかる」

1989年11月16日『琉球新報』「熊本大学五高記念館から琉球風俗絵巻が見つかる」。私は当時『琉球新報社史』を手伝っていたので、記者から写真を貰った。上段は尾類馬の行列であった。



国会図書館の「琉球風俗図」の首里城①首里城正殿前の龍柱は正面向き ②1882年3月に首里城が陸軍省所轄永世保存城となり熊本鎮台分営が置かれた。入り口に鎮台兵が立っている。熊本のものは鎮台兵は描かれてない③重修天女橋碑記


1926年5月29日『沖縄タイムス』


復元された重修天女橋碑記

上は国立国会図書館の風俗画(国立国会図書館ホームページで「琉球風俗図」検索で見ることができる。)/1976年2月 田中俊雄・田中玲子『沖縄織物の研究』紫紅社)で国会図書館のものを引用。

1989年12月 『琉球大学附属図書館報″ぶぶりお〝』より

上記の絵巻は池宮正治琉大教授によって1989年12月発行の『琉大附属図書館報″ぶぶりお〝』で紹介された。また琉球新報発行の『新 琉球史』の表紙や挿絵にもなっている。


1936年12月3日~『琉球新報』「那覇 今と昔」絵・友寄親雲上、写真・本社写真部、文・山里永吉


八重山の桃林寺にある友寄喜恒 画「十王図」

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『琉球の文化』第四号
特集Ⅰ 琉球の伝統芸能
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2002年5月 東京国立博物館『東京国立博物館図版目録』カラー図版で友寄喜恒「ジュリ図」、モノクロで「按司夫妻図」「田舎婦女図」が載っている。翌年の12月、浦添市美術館発行『東京国立博物館所蔵 琉球資料展 琉球・沖縄へのまなざし』の表紙は友寄喜恒「ジュリ図」、カラー図版「花鳥図」「按司夫妻図」、「田舎婦女図」が載っている。




女性史資料

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序・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山城正忠
序・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・世禮國男
序・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・松根星舟
自序・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・川島涙夢
短歌

創作 
感想
先輩知友言葉集ー新垣金造・村会議員「・・弟のために種々御世話なし下さった山城正忠先生、上里堅蒲先生、世禮國男先生、國吉灰雨兄、宮里静湖君、其の他の方々に謹んでお禮を申し述べて此の稿を擱筆する次第である。」
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山城正忠「旅塵抄」

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写真左からー岸本一夫氏、與那原慧氏、神山泰治氏、宮城篤正氏

沖縄の雑誌『青い海』岸本一夫「表紙絵」
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1964年10月『今日の琉球』岸本一夫「スポーツの秋」
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1960年11月 塔文芸同好会 文芸誌『塔』創刊号
ー創作ー
霧の告発・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・福地恒夫
灰色の生誕祭・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・マキシ康陽
ある手記・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・宮本春正
ー論壇ー
琉球方言に於ける副詞「ウシマサ」について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・比嘉亀盛
古典解釈への琉球方言の適用・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嘉味田宗栄
「毛遊び」についての一考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・比嘉得正
ー紀行文ー
奄美駆けある記・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・上江洲均
ー感想文ー
武者小路実篤について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・知念輝明
菊池寛の「形」を呼んで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・土岐直邦
ーエッセイー
ゆめの散歩・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・当山全次
酒飲みの独白・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・喜瀬真一
小説雑感・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・シロマセイコウ
思うこと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・与座ヤス
下町の蚊・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三木健
煩悶の記・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・渡名喜興憲
ー創作ー
半影の中で・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・新里和伸
酩酊・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・中村忠

カチャシー
編集後記
表紙絵・題字・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嘉味田宗一
扉カット・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・安里英二

1961年3月 塔文芸同好会 文芸誌『塔』第二号
1961年10月 塔文芸同好会 文芸誌『塔』第三号
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1962年4月 塔文芸同好会 文芸誌『文芸沖縄』第四号

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1977年1月 沖縄の雑誌『青い海』60号 金城次郎「やちむんむつかしいさ」



2014年3月9日『新報小中学生新聞ーりゅうPON!』新城俊昭「人ものがたり/沖縄発の人間国宝 金城次郎」

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1979年10月ー『沖縄の名匠 金城次郎陶器作品集』沖縄タイムス社

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1966年12月ー神山邦彦『辻情史』神山青巧舎
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神山邦彦(久米蔡氏1894年~1977年)/著書


1930年12月ー喜納緑淳・津嘉山栄興画『沖縄童話第一編・犬と猫』印刷・神山青巧堂

1984年3月 沖縄の雑誌『青い海』130号 「カラーグラビア/ジュリ馬まつり」


□1970年11月 有川董重『歓楽郷 辻情話史集』沖縄郷土文化研究会
□1971年8月4日『沖縄タイムス』阿波根朝松「『辻の今昔』と著者」





2012年1月6日~2月29日 那覇市歴史博物館「辻の歴史と文化~料理・芸能・エトセトラ~」


2013-8『戦前の沖縄観光~ディスカバー・オキナワ~』
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辻遊廓
戦前の沖縄観光において辻遊廓は重要な役割を担っていました。昼間、県内各地の観光名所を巡ったあと、夜は辻にて料理や舞踊を楽しみました。名所旧跡以外の観光スポットが少ない当時、辻が料理・音楽・舞踊といった沖縄文化の提供地となっていました。また、観光パンフレットやお土産用の絵ハガキに辻の女性の起用や、「那覇飛行場開き」といったイベントで辻の「美妓」によって、出店の飲食物が来場者に振舞われることもありました。当時の辻の女性は現在でいう観光キャンペーンガールの役割を果たしていました。

2014年2月18日~5月11日 沖縄県立博物館・美術館「三線のチカラー形の美と音の妙ー」
□三線をひくジュリの絵も展示されている。

沖縄の文化表象に見るジュリ(遊女)の諸相
場所:沖縄県立博物館・美術館
日時:2014年3月8日(土) 14:00-18:30






2014年3月17日『沖縄タイムス』崎原綾乃「唐獅子ー遊郭」

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1969年8月 山里永吉『松山王子尚順遺稿』(㈱)第一法規出版


写真ー尚順(昭和14年)


写真ー尚順と柳宗悦(昭和14年)

尚順の「鉄斎コレクション」

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2016-11-29 あけみ

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写真ー桑江良行
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「戦後沖縄におけるトライアングルコンタクト-美術と工芸の1945~1955-」

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はしがきー私が「おもろ」の研究会に出席して感じたことは、おもろの中にわからないことばがたくさんあることである。そのことばもおもろのできた当時は使用していたであろうが、今日では死語となり、その意味さえわからなくなっている。琉歌もこれと同じように、数百年も経ったらわからなくなることばができるであろう。今でさえわからなくなりかけている語もある。してみれば、琉歌もわかっているうちに、書き残して置かねばならないと思う。それがこれから琉歌を研究したいという人のために、やっておくべき責務ではないだろうか。

1969年4月  見里朝慶『琉歌の研究Ⅱ』(㈱)琉球文教図書
はじめにー私は「沖縄の文化」は日本文化の源流をなすものではないかと常常考えている者の一人である。例えば言語にしても包丁のことを、青森や長崎では「ほうちゃ」というそうで、沖縄では「ほうちゃう」といっている。また井戸のことを、伊豆の大島では「かあ」といっているが、沖縄でも同じである。それから木で丸く作った洗濯器のことを沖縄では「はんじり」といっているが、鳥取や千葉や宮崎辺ではこれを「はんぎり」といっている所があるそうだ。このように言語も中央(当時は京都)から遠く離れた所では、まだ昔の語がそのままに残っているのではないか。「沖縄語」と「日本語」と類似点があることを指摘して、言語の上から日琉同祖論を称えた向象賢のことは周知の通りである。かかる意味で私は琉歌と和歌との間にも言語上、あるいは思想上のつながりがありはせんかと、万葉集・古今集・新古今集その他特に古い文献と比較してその具体的な実例を見出すことにした。それでこの歌集にも、万葉集は勿論、古今集、新古今集、拾遺集、千載集などから、また古事記、日本書紀などに載っている歌など5、6首を出してある。

また琉歌は解釈の上から、まちまちの説が多く、これが定説だというべきものがないのである。これが定説だといっても果たして納得がいくかどうか、それでこれに定説を与えるのは困難である。そこで私はいくつもの説を出すことにした。どの説を取ろうとこれは読者の判断にまかせたい。いろいろの説を多く取ったつもりであるが、もれた所があるかもわからないのでそれは補ってもらいたい。その為この中に引例してある琉歌は外に59首ある。私の琉歌は首里を中心にしてある。それで歌詞では地方と違う所があるかも知れないと思う。その点も注意して呼んでいただきたい。
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マンガ青年・仲宗根正順
1969年4月ごろ、沖青友の会会員の高幸雄(21)にこんな相談がもちかけられた。「マンガの勉強をしていた兄が、アパートを出たまま1年以上も行方がわからない。なんとか協力してくれないか」

そのマンガ青年が、宮古出身の仲宗根正順さん(当時26才)だった。具志川から出てきた妹さんの訴えによると、仲宗根さんは、働きながらマンガを勉強、マンガ同人誌「フェニックス」を編集していた。ところが、69年5月中旬、大阪・吹田市のアパートから突然姿を消し、1年以上も行方がわからない。妹さんは大阪で働きながら、友人関係などを訪ね、さがしまわったが、手がかりさえつかめないという。

沖青友の会は、仲宗根さん捜しに会員全員でとり組んだ。マンガ雑誌や新聞に投書をしたり、全国の沖縄関係者に協力を呼びかけた。3万円近く集まったカンパでチラシをつくり、目抜きの交番に貼った。刑事まがいの聞き込みをして歩いたりもした。毎日新聞が、社会面トップで仲宗根さんの蒸発を伝えると、文字通り全国から多くの反響が寄せられた。

だが、仲宗根さんは自殺をしていた。吹田署が改めて身元不明の変死体を調べたところ、69年5月15日夜、市内の道路ワキで石油をかぶって焼身自殺した青年が、持っていた部屋のカギから、仲宗根さんにほぼ間違いないと確認したのである。悲しいことだったが、もし沖青友の会がとり組んでいなければ、仲宗根さんは永遠に無縁仏となっていたかもしれない、と思うと『ボク達が役にたてた』という自信も湧いてきた。

(略)大阪には沖青友の会のようなグループが四つある。全国には、おそらく10余のグループがあるのではないか、という。(会長の)嘉陽君らは、思想、信条の違いがあってもいいから、それらのグループとヨコのつながりだけでも持って、共通の悩みを解決し合いたいと思っている。(沖青友の会連絡先・大阪市港区市岡元町2-16-3、程野方、嘉陽宗博)

『青い海』マンガ関係目録
1971年4月 創刊号 マンガ「仲宗根正順遺作展」/5月 第2号「仲宗根正順遺作展②」、きしゃばせいじ「マンガ」/6月 第3号 仲宗根正順「マンガ・ぜいたくはすてきだ」
8月 第4号 仲宗根正順マンガ/毛利泰房「青い海漫画集」/9月 第5号 砂川しげひさ「マンガ寄らば斬るド」「漫画家・砂川しげひさ」/10月 第6号 読者のページ まえむらいくお「マンガ・しまった!」/11月 第7号 きしゃばせいじ「マンガ」/12月 第8号 当間直己「漫画アンデパンダン展」、前村郁夫「マンガ・星を見ないで」



砂川しげひさ

1972年1月 第9号 たらま由紀夫「マンガ・ガールハント」、山里和男「マンガ」、仲本エイ子イラスト・嶋美枝詩「夕暮れ」(あしあと3号)、へしきよしのり「マンガ・ラブレータ」、石川文一・柳光観画「三山の覇王」/2月 10号 当間直己「マンガ・魚の愛情?」、平敷善和イラスト・弦子詩/3月 第11号 大嵩茂芳「マンガ・先生と生徒」、きしゃばせいじ「マンガ・サッカーク」、具志堅正雄「マンガ・コンピューター時代」/5月 第12号 新屋敷幸繁・安室二三雄え「民話の沖縄」/6月 第13号 きしゃばせいじ「現代くん」、真栄城徳秋「マンガ」/7月 第14号 へしきよしのり「頑張らなくっちやあ漫画青春」/8月 第15号 伊波南哲「庶民の描いた美しい夢と諷刺」

1972年5月 青い海出版社『はだか沖縄』六月社(大阪)□へしきよしのり・あすなろプロダクション「蟻ーありー」

1973年12月 第28号 「グラビア守礼門」

1974年12月 第38号 津野力男『表紙写真「守礼門」

1975年9月 第45号 おおば比呂司「あわもりの酔心地」

1977年6月 第64号 安良城考「目次イラスト」/8月 第65号 安良城考「目次イラスト・カット」、具志堅政正「ありったけの地獄ー沖縄戦を描く」/9月 第66号 波平やすし・安良城考イラスト「沖縄昔ばなし・アカインコ」/10月 第67号 登野城匠・安良城考イラスト「沖縄昔ばなし」/11月 第68号 登野城匠・安良城考イラスト「沖縄昔ばなし・ニヌファブシの娘」/12月 第69号 登野城匠・安良城考イラスト「沖縄昔ばなし・お正月の猫」

1978年1月 第70号 座間味朗・安良城考イラスト「沖縄昔ばなし・はなよめ石」/4月 72号 安良城考「目次イラスト」/6月 第73号 中城健吉・安良城考イラスト「創作沖縄昔ばなし・双子王子」

1983年8月 第125号 へしき・よしのり・琉漫画工房「黒潮源流」/12月 第128号 へしき・よしのり・琉漫工房「黒潮源流」④

1984年1月 第129号 へしき・よしのり・琉漫工房「黒潮源流」⑤ 3月 第130号 へしき・よしのり・琉漫工房「黒潮源流」⑥ 4月 第131号 へしき・よしのり・琉漫工房「黒潮源流」⑦ 6月 第133号 へしき・よしのり・琉漫工房「黒潮源流」⑧ 8月 第135号 スタジオ南洋少年・へしきよしのり「黒潮源流」⑨ 9月 第136号 へしき・よしのり・スタジオ南洋少年「黒潮源流」⑩ 10月 第137号 へしき・よしのり・スタジオ南洋少年「黒潮源流」⑪ 11月 第138号 へしき・よしのり・スタジオ南洋少年「黒潮源流」⑫ 12月 第139号 スタジオ南洋少年「黒潮源流」

1985年3月 第140号 スタジオ南洋少年「黒潮源流」⑭ 4月 第141号 スタジオ南洋少年「黒潮源流」⑮ 7月143号 へしき・よしのり・琉漫工房「黒潮源流」


『今日の琉球』マンガ(挿絵)目録
1958年 12月 目次絵「コマまわし」、真栄城勇「B円切手とドル切手」、「守礼門復元落成」

1960年 11月 徳田安周「沖縄千一夜」⑮とかしきただお挿絵、保志門幸子「スクちゃん」(4コマ、60年9月から)

1961年6月 金城康雄「ホンワカ君」/7月 とかしきただお「ノンカー一家」③、「タロ坊」/11月 表紙・守礼門ほか/

1962年11月 「沖縄観光事業は有望」(写真・守礼門)

1963年 8月 とかしきただお「のんかー一家」/10月 とかしきただお「のんかー一家」、「結核予防シール」(写真・川平朝申とキャラウェー高等弁務官)

1965年 5月 とかしきただお「ターボー」~

1966年 1月 「中国古銭収集のジョン・A・ノバック」/12月 裏表紙写真「守礼門と夜空の花火」

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沖縄県立博物館「おきなわサンゴ礁ウィーク2014」



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2014年2月28日 琉球新報ホール「第31回・東恩納寛惇賞贈呈式」
池宮先生の大学教授時代、私は大阪で色々な「短冊」など入手するとコピーを先生に送り解読してもらったりして面倒をかけたこともあり参加した。会場には旧知の知人が大勢みえた。第27回・東恩納寛惇賞受賞者の仲宗根将二氏から「宮古郷土史研究会会報」、先生孫弟子の綱川恵美さんから「<日記>史料からみる渡唐儀礼」を恵まれた。会場に榕樹書林・武石和実氏が居たので例のジュリに難しい字を当てているのは何故かと聞いた。「尾類」は差別だという。歴史的に差別は現にあって戦前の新聞などでは使われているのも歴史的にも事実だ。今の安倍政権やНHKと、仲井眞カジノチジも沖縄戦に慰安婦など「負の歴史」の隠蔽(秘密法)に繋がり危険だ。現在のНHKは何やら意図があるらしくどうでもいい安倍首相の発言を丁寧にニュースで報じているようだ。その結果、八重山では尖閣問題では右翼団体の幹部とも同席した石垣パクリ市長が再選された。見え透いたオベンチャラテレビより2,3の週刊誌が報じている「子が居ない安倍首相の嫁姑バトル」のほうが面白いし健康的な明るい話題である。





祝辞を述べる第一書房代表の村口彌生さん


安座間本流清風一扇会


粟国恭子さん、池宮正治氏、新城栄徳、崎原綾乃さん


伊佐眞一氏と田名眞之氏



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2016年7月8日ー左から宮城剛助氏、上間常道氏
上間常道
1983年4月 『言語』第12巻第4号 大修館書店□上間常道「沖縄1983-我が沖縄の10年」


写真左が上間常道氏、目取真俊氏

目取真俊
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1987年3月1日『樹海1』(目取真俊・個人誌)/1985年9月『季刊おきなわ1』・1985年12月『季刊おきなわ2』

1989年6月『すくみち』第3号 「準備室の動きー6月1日、島袋正採用」
1990年3月『すくみち』第11号 「『琉球新報』3月13日ー『すくみち』10号を発行」(写真・仲原弘哲、仲里千恵美、島袋正)
1999年11月12日『琉球大学学生新聞』「2000年サミットと沖縄基地問題」
□目取真俊ー貴大学の高良倉吉先生のごとき御用学者は、『沖縄は主催者である政府の良いパートナーとしてサミットを成功させ、政府との新しい関係を築く布石として使えばいい。』(『アエラ』6/21号)などと述べていますが、いかにもマキャべリストらしい発言で笑止の極みです。(略)」

1998年『EDGE』№9 目取真俊「そこらへんをもっと、深めていかないと、高良倉吉みたいになるわけですよ。琉球王朝史観みたいなものを振りまわして、否定的な沖縄の歴史像に対し大交易時代の明るい俗受けするような歴史観をもってくる。しかし結局は現実主義の名のもとに政府の『沖縄政策』に対する批判力を失っていく。そういった危険性というのは絶えずあるわけです。」


写真左から上間常道氏、新城栄徳、大城光子さん


1983年9月  沖映本館「瀬名波孝子芸道40周年記念公演」

瀬名波孝子/みつわ座

大城光子と瀬名波孝子

「みつわ座」正月公演ー写真前列右から嘉手川重夫、松茂良興敬、玉城初枝、北島角子、山城興松。後列右から中山幸四郎、瀬名波孝子、宮城亀郁

みつわ座(宮古興行)

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