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1980年3月 沖縄の雑誌『青い海』春季号 通巻91号 島村幸一「おもろさうしー玉を買う神女」


2014年2月28日 琉球新報ホール「第31回・東恩納寛惇賞贈呈式」後列中央が島村幸一氏、前左端が新城栄徳



『池宮正治著作選集全3巻』笠間書院


2015年2月28日パレット前 

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1972年12月 沖縄の雑誌『青い海』1月号 通巻19号 窪徳忠「中国の習俗と沖縄地方」


1970年7月 『季刊人類学』1巻3号 有馬真喜子「ひと ひと・・・・ー窪徳忠氏」
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1977年11月 沖縄の雑誌『青い海』12月号  68号 高尾芳太郎「山椒大夫と八重山乙女の詩歌」

1978年10月 沖縄の雑誌『青い海』  77号 高尾灯童「神をめざした『逆転』」
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1979年6月 沖縄の雑誌『青い海』7月号 84号 新垣宗堅「不思議な女の言葉からー自己との対話ー」


新垣宗堅氏から頂いたもの
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1977年5月 雑誌『青い海』63号 奥田良寛春「フネ・呪い言葉をさぐる」

書斎探訪ー奥田良寛春氏
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写真上ー左から奥田良寛春氏、新城栄徳

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写真ー前列左から奥田良寛春氏、仲松弥秀氏/後列左から真喜志康徳氏、久手堅憲夫氏
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2008年11月 うるま市立 海の文化資料館『仲松彌秀がみたうるまジマ』
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当時はアメリカが軍国主義教育がされてないか「検閲」した。今はアメリカも文部省と組んで軍国主義教育を推し進めている。面白いと云えば面白いのだが・・・・・。
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3月22日14時~15時半 沖縄県立博物館・美術館アトリエ「しまくとぅば

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2012年10月28日14時~ 「八重山民謡としまくとぅば2」沖縄県立博物館・美術館民家



2012年10月28日14時~ 「八重山民謡としまくとぅば2」沖縄県立博物館・美術館民家

写真左から清村まり子さん、新城亘氏、入嵩西康文氏、新城栄徳、西岡敏氏

写真ー1998年10月18日うりずん 左から新城亘氏、三島格・肥後考古学会会長、新城栄徳、佐藤善五郎氏(那覇市文化協会)/右から新城栄徳、人間国宝の照喜名朝一氏、新城亘氏


『月刊やいま』2015年7月号 NO.258 ■特集 画家・新城剛の世界■特集 画家・新城剛の世界
今から25年前の1991年7月2日、画家・新城剛は海難事故で急逝した。44歳だった。
「とてもとても暑い日でした」と知子夫人は言う。
スペイン美術賞展優秀賞、オーストラリア美術賞展入選、沖展賞受賞などを受賞し、42歳の時には沖展審査員となって、今後のさらなる展開を期待された画家だった。
○1989年11月 『光扇会 新城知子の会ー『知子の作品集』ー糸・あや・布ー』(表紙・デザイン、題字、編集制作ー新城剛)
           舞台監督ー玉木陽、崎山克馬、大田静男/舞台・照明・音響ー新舞台(那覇公演)、沖縄タイムス(那覇公演)/            結髪・着付ー小波則夫/事務局ー前嵩西勇



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1960年10月に『琉球画報』が発行人・大城一男、編集人・佐久田繁で創刊された。このころのことを佐久田は1981年2月の『青い海』の座談会で「僕はその頃『琉球画報』の編集長をしていたが、どうしても『オキナワグラフ』に太刀打ちできないんです。いっそ潰して『沖縄マガジン』のような雑誌に切り替えろと提案するんだが聞き入れてくれない。そこで画報社を辞めて独立した」と述べている。画報は63年2月まで発行されていた。大阪連絡所は西平守晴宅であった。


1961年3月 『琉球画報』4月号 編集発行人・大城一男 琉球画報社 那覇市松尾194-1 印刷 東京・(㈱)太陽印刷工業□表紙・
(上原実コレクション)








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1983年4月 沖縄の雑誌『青い海』122号~129号 外原淳「手づくりおもちゃの世界」


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①BOOKS じのん営業時間:9:00~20:00、年中無休
〒901-2215沖縄県宜野湾市真栄原2-3-3TEL:(098)897-7241 / FAX:(098)898-7039
E-Mail:info@jinon.ginowan.okinawa.jp




沖縄の雑誌『青い海』が並んでいる

2014年3月 うる文化協会『琉球・島之宝』創刊号 天久斉「古本屋が見た『青い海』」
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大濱 聡 2022-6-27■ノンフィクション作家の佐野眞一氏が26日、肺がんのため千葉県流山市の病院で亡くなられた。6月末に入院し、今月上旬に病状が急変したという。享年75歳。■2012年10月の『週刊朝日』で橋下 徹大阪市長をテーマにした連載打ち切り問題や、他の盗用問題でミソをつけたりしたが、佐野ノンフィクションは好んで読んだ方だった。■5年前、突然連絡をもらい、どこから聞きつけたのか、私が取材しているあるテーマと同じようなテーマでリサーチしているので話が聞きたいという。『沖縄 誰にも書かれたくなかった戦後史』で拙著『沖縄・国際通り物語―「奇跡」と呼ばれた1マイル―』を参考文献に取り上げてもらったことはあったが、あらためてその取材網に驚いた。■その後、「WEB集英社文庫」で「沖縄はどう生きるか」というタイトルで40回くらい連載を続けていたが、未完で終わってしまうのだろうか。実に惜しまれる。心よりご冥福をお祈り申し上げます。合掌。

2015年5月 佐野眞一『沖縄戦いまだ終わらず』集英社文庫 宇宙といえば、沖縄取材のとき必ずといっていいほど訪ねる宜野湾市の「BOOKSじのん」①という古書店の棚にも、宇宙を感じる。(略)沖縄の政治家から経済人、沖縄ヤクザの抗争から軍用地主、沖縄の金融事情から芸能情報までゴッタ煮のように満載した前記の『沖縄 誰にも書かれたくなかった戦後史』は、よく沖縄名物のチャンプルーのようだと言われる。ここで白状すれば、この本は「BOOKSじのん」の棚に刺激されて書いたものである。
①BOOKS じのん営業時間:9:00~20:00、年中無休
〒901-2215沖縄県宜野湾市真栄原2-3-3TEL:(098)897-7241 / FAX:(098)898-7039
E-Mail:info@jinon.ginowan.okinawa.jp
レジ前に佐野眞一の著20余冊があった側に紅型装幀の宮﨑義敬『繚乱の人』展望社があり、帯で平良リヱ子の評伝と分かった。

佐野眞一の本
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押入れを整理したら『PLAYBOY』日本版・終刊号が出て来た。2009年1月発行でもう11年。これを買う切っ掛けは佐野眞一「沖縄コンフィデンシャルー戦後60年の沖縄を作り上げた怪人たち」を読むためだ。『PLAYBOY』を友人が見て英語版をくれた。中を少しでも紹介するとフェイスブックに怒られるので、割愛して2008年の「この人の書斎が見たい!」を紹介する。写真ー高野孟、内田樹

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1960年11月 『郷土の文化財13 熊本・宮崎・鹿児島・沖縄』(沖縄執筆者・荻堂盛進、仲座久雄、山里銀造、外間正幸、新城徳祐、多和田真淳)宝文館


1971年8月 沖縄の雑誌『青い海』4号 荻堂盛進(大都観光KK社長)「片思いの記」

明視堂
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沖縄尚学高校ロビーの二宮金次郎像は1935年に明視堂の山下悳三が那覇市内の8小学校に寄贈したものの一つだろう。山下は1917年にも真教寺幼稚園児に飛行機などの玩具80個を贈っている。なお悳三の子息・山下育三氏は那覇市で老舗「鶴丸弁当」を経営している。


写真左から山下育三氏、荻堂盛進氏
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1974年1月『青い海』29号 安室孫盛「今を厚くし、古を薄くするー沖縄芝居の可能性についてー」


1975年11月『青い海』47号 安室孫盛「映画で”沖縄〝を撮りつづけてー再び沖縄の植民地解放宣言を」
安室孫盛
安室孫盛を検索すると、講談社のデジタル版 日本人名大辞典の解説に次のように出ている。
田部久 たべ-きゅう
1906-昭和時代の教育運動家。
明治39年生まれ。昭和5年新興教育研究所設立に参加し,中央委員となる。7年新興教育同盟準備会を結成して書記長となり,検挙される。戦後は教員組合運動をすすめた。沖縄県出身。首里中学卒。本名は安室孫盛。著作に「無産少年運動」。

1961年9月発行の「大琉球」(観光映画シリーズ三部作)には編集発行人として奈良三郎とある。
□目次
森政三「復元した守礼之門」/式場隆三郎「琉球の旅」/松本俊夫「琉球の祭りについて」/芦間冽「沖縄の祭り」
奈良三郎「復興する固有の文化」/南風原英佳①「この風土に育つ生きもの」/寺西春雄「交響曲・大琉球(三楽章)について」
田辺尚雄「琉球音楽の位置」/奈良三郎・南風原英佳「おもろ談義」/藤島宇内「沖縄が映画を作るしごと」/本田安次「沖縄舞踊の特色」/芦間冽「映画化される群星」

1992年9月9日『八重山毎日新聞』に「安室孫盛を語る展ー今日から13日まで労働運動家の一生(石垣市立図書館展示室)」とし、友寄英正氏の斡旋で東京在住の安室孫盛の長男・奈良一郎氏から同氏の図書や諸資料など4百余が市立図書館に贈られたことで企画されたという。安室のペンネームは北村、奈良など。


①1937年9月 『沖縄県人事録』沖縄朝日新聞社「南風原英意」

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1974年2月 永山絹枝『沖縄の民芸ー玩具』新星図書

1972年 うりずん若夏社『LOGOS』
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1984年10月 新崎盛珍『瞻雲閑語』/1956年2月 新崎盛珍『思出の沖縄』


左が新崎盛珍/右が息子の新崎盛敏、著に『原色海藻検索図鑑』北隆館 昭和39年初版

1965年5月 沖縄興信所(代表・大宜味朝徳)『琉球紳士録』「本土在住琉球紳士録」

写真左から宮島肇、新崎盛敏、大浜信泉/石川正通、宮城栄昌、一泉知永/外間寛、安良城盛昭、島茂彦

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1989年11月16日『琉球新報』「熊本大学五高記念館から琉球風俗絵巻が見つかる」

1989年11月16日『琉球新報』「熊本大学五高記念館から琉球風俗絵巻が見つかる」。私は当時『琉球新報社史』を手伝っていたので、記者から写真を貰った。上段は尾類馬の行列であった。



国会図書館の「琉球風俗図」の首里城①首里城正殿前の龍柱は正面向き ②1882年3月に首里城が陸軍省所轄永世保存城となり熊本鎮台分営が置かれた。入り口に鎮台兵が立っている。熊本のものは鎮台兵は描かれてない③重修天女橋碑記

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1926年5月29日『沖縄タイムス』


復元された重修天女橋碑記

上は国立国会図書館の風俗画(国立国会図書館ホームページで「琉球風俗図」検索で見ることができる。)/1976年2月 田中俊雄・田中玲子『沖縄織物の研究』紫紅社)で国会図書館のものを引用。

1989年12月 『琉球大学附属図書館報″ぶぶりお〝』より

上記の絵巻は池宮正治琉大教授によって1989年12月発行の『琉大附属図書館報″ぶぶりお〝』で紹介された。また琉球新報発行の『新 琉球史』の表紙や挿絵にもなっている。


1936年12月3日~『琉球新報』「那覇 今と昔」絵・友寄親雲上、写真・本社写真部、文・山里永吉


八重山の桃林寺にある友寄喜恒 画「十王図」

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『琉球の文化』第四号
特集Ⅰ 琉球の伝統芸能
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2002年5月 東京国立博物館『東京国立博物館図版目録』カラー図版で友寄喜恒「ジュリ図」、モノクロで「按司夫妻図」「田舎婦女図」が載っている。翌年の12月、浦添市美術館発行『東京国立博物館所蔵 琉球資料展 琉球・沖縄へのまなざし』の表紙は友寄喜恒「ジュリ図」、カラー図版「花鳥図」「按司夫妻図」、「田舎婦女図」が載っている。




女性史資料

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序・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山城正忠
序・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・世禮國男
序・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・松根星舟
自序・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・川島涙夢
短歌

創作 
感想
先輩知友言葉集ー新垣金造・村会議員「・・弟のために種々御世話なし下さった山城正忠先生、上里堅蒲先生、世禮國男先生、國吉灰雨兄、宮里静湖君、其の他の方々に謹んでお禮を申し述べて此の稿を擱筆する次第である。」
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山城正忠「旅塵抄」

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1960年11月 塔文芸同好会 文芸誌『塔』創刊号
ー創作ー
霧の告発・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・福地恒夫
灰色の生誕祭・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・マキシ康陽
ある手記・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・宮本春正
ー論壇ー
琉球方言に於ける副詞「ウシマサ」について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・比嘉亀盛
古典解釈への琉球方言の適用・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嘉味田宗栄
「毛遊び」についての一考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・比嘉得正
ー紀行文ー
奄美駆けある記・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・上江洲均
ー感想文ー
武者小路実篤について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・知念輝明
菊池寛の「形」を呼んで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・土岐直邦
ーエッセイー
ゆめの散歩・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・当山全次
酒飲みの独白・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・喜瀬真一
小説雑感・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・シロマセイコウ
思うこと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・与座ヤス
下町の蚊・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三木健
煩悶の記・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・渡名喜興憲
ー創作ー
半影の中で・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・新里和伸
酩酊・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・中村忠

カチャシー
編集後記
表紙絵・題字・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嘉味田宗一
扉カット・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・安里英二

1961年3月 塔文芸同好会 文芸誌『塔』第二号
1961年10月 塔文芸同好会 文芸誌『塔』第三号
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1962年4月 塔文芸同好会 文芸誌『文芸沖縄』第四号

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1977年1月 沖縄の雑誌『青い海』60号 金城次郎「やちむんむつかしいさ」



2014年3月9日『新報小中学生新聞ーりゅうPON!』新城俊昭「人ものがたり/沖縄発の人間国宝 金城次郎」

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1979年10月ー『沖縄の名匠 金城次郎陶器作品集』沖縄タイムス社


2013年7月23日ー沖縄県立博物館・美術館で、写真左が渡名喜明氏、新城栄徳

〒901-1412 沖縄・南城市佐敷字新里174番地
[明王窯 渡名喜 明]Tel・Fax 098-947-0224


2014年3月2日『新報小中学生新聞ーりゅうPON!』新城俊昭「人ものがたり/ウルトラマンの脚本家 金城哲夫」


1992年8月 山田輝子『ウルトラマン昇天ーM78星雲は沖縄の彼方』朝日新聞社/1999年10月 上原正三『金城哲夫 ウルトラマン島唄』筑摩書房

金城哲夫 きんじょう-てつお 1938-1976 昭和時代後期の脚本家。
昭和13年7月5日生まれ。34年円谷(つぶらや)英二に弟子入りし,41年からテレビのウルトラマンなどの「ウルトラ」シリーズの脚本・監修を手がける。44年幼少期をすごした沖縄にもどり,沖縄芝居の作者や監督をつとめ,50年の沖縄国際海洋博の式典の演出を担当した。昭和51年2月26日死去。37歳。東京出身。玉川大卒。→コトバンク




1981年9月 『嘉手納農林昭六会誌』ーこの本は天野鉄夫さんから頂いたもので中に松川寛保氏が「戯曲・天衣無縫 六幕」で天野さんのコレクションを紹介している。金城忠栄氏が「我が人生のドラマ」で息子の哲夫のことにふれている。

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1966年12月ー神山邦彦『辻情史』神山青巧舎
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神山邦彦(久米蔡氏1894年~1977年)/著書


1930年12月ー喜納緑淳・津嘉山栄興画『沖縄童話第一編・犬と猫』印刷・神山青巧堂

1984年3月 沖縄の雑誌『青い海』130号 「カラーグラビア/ジュリ馬まつり」


□1970年11月 有川董重『歓楽郷 辻情話史集』沖縄郷土文化研究会
□1971年8月4日『沖縄タイムス』阿波根朝松「『辻の今昔』と著者」





2012年1月6日~2月29日 那覇市歴史博物館「辻の歴史と文化~料理・芸能・エトセトラ~」


2013-8『戦前の沖縄観光~ディスカバー・オキナワ~』
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辻遊廓
戦前の沖縄観光において辻遊廓は重要な役割を担っていました。昼間、県内各地の観光名所を巡ったあと、夜は辻にて料理や舞踊を楽しみました。名所旧跡以外の観光スポットが少ない当時、辻が料理・音楽・舞踊といった沖縄文化の提供地となっていました。また、観光パンフレットやお土産用の絵ハガキに辻の女性の起用や、「那覇飛行場開き」といったイベントで辻の「美妓」によって、出店の飲食物が来場者に振舞われることもありました。当時の辻の女性は現在でいう観光キャンペーンガールの役割を果たしていました。

2014年2月18日~5月11日 沖縄県立博物館・美術館「三線のチカラー形の美と音の妙ー」
□三線をひくジュリの絵も展示されている。

沖縄の文化表象に見るジュリ(遊女)の諸相
場所:沖縄県立博物館・美術館
日時:2014年3月8日(土) 14:00-18:30






2014年3月17日『沖縄タイムス』崎原綾乃「唐獅子ー遊郭」

1947年12月 柳田國男編『沖縄文化叢説』中央公論社には編纂者の言葉を柳田國男が「比嘉春潮・島袋源七の二君は、最初からの援助者であった。と云はうよりも私は寧ろこの二人の沖縄衆によって、動かされたやうな気持ちである。各篇の配列は大体に筆者の年齢順によることにして見た。但し終りの両君だけは、それ程に年が若くはないのである。」と記している。また柳田國男は「尾類考」を執筆「見やうによっては婚姻制の進歩であるが、その為に女の地位の又少し悪くなったまでは否むことが出来ない。是に対して他の一方の自由な女、幾度もツレアヒをかへて活きて行く者は、近畿地方ではジダラクといひ、隠岐の島などではタマダレ者又はドウラク者とも言って居たが、それもぢっとはして居ないで、新たに基礎を作り又組織を設けようとしたのである。我々の如く旧い一方の世界に住む者には、其當否を批判する力も無いが、是が幾つかの面白くないことの原因になって居ることだけは確かなやうである。だから改めて原因に遡って、もう一度詳しく知る必要があるわけで、斯んな疑問にすら答へられぬやうだったら、實は文化史などは尊敬するにも足らぬのである。(22,1,7)」と述べている。関連して柳田は『南島旅行見聞記』(1921年1月)でも「地方小説の舞台 那覇には日刊四つあり。文学好きの青年多く之に参与せり。/渡地と思案橋 渡地中島の二遊郭は十数年前に廃せられ、今は辻一箇所となる。中島は停車場辺、渡地は旧宅存す。思案橋のありし地は久しき以前埋立てられ、今通堂より西本町に入る大通なり。県庁はもとこの此近くに在りき。在番屋敷」と尾類(ジュリ)の居る辻などにふれている。

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1949年9月 渡嘉敷唯錦『琉球辻情話』銀嶺閣

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1953年 沖縄芸能使節団「琉球国劇公演」(第八回文部省芸術祭参加)

第1回沖縄芸能使節団東京上演打合会ー左から山城善光、比嘉春潮、比嘉良篤、陳而松、山之口貘、南風原朝光、本田安次、田辺尚雄、東恩納寛惇、仲原善忠

1962年3月 本田安次『南島採訪記ー沖縄の信仰と藝能』明善堂書店

上・辻のお嶽 下・淋れた辻遊廓あと
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1970年2月 『新しい日本 九州③』国際情報社 本田安次「沖縄の芸能」

本田安次 ほんだ-やすじ
1906-2001 昭和-平成時代の民俗芸能史学者。
明治39年3月18日生まれ。宮城県石巻中学教諭時代に東北地方の山伏神楽を知る。のち全国調査により民俗芸能の体系的研究をおこなう。昭和35年早大教授。49年「日本の民俗芸能」で芸術選奨。平成7年文化功労者。平成13年2月19日死去。94歳。福島県出身。早大卒。著作に「能及狂言考」「沖縄の祭りと芸能」など。→コトバンク






(翁長良明コレクション)

1953年11月17日『琉球新報』「芸能団きのう出発ー誇り高い郷土芸術公演」
      11月22日『琉球新報』「平和を招く地蔵尊ー旭ヶ岡できのう除幕式」「名幸氏大僧正にー寺院も大本山に昇格」
      11月29日『琉球新報』名嘉地宗直「手水之縁」連載
      12月6日『琉球新報』東恩納寛惇「琉球芸能東京公演感想」連載
      12月7日『琉球新報』「芸能祭トピックス」(写真)
      12月11日『琉球新報』「琉球芸能の饗宴ー大阪公演超満員の盛況」

1954年6月8日 『琉球新報』「あの頃この頃ー辻町ー料亭松華ー宮平ツルさん/松の下ー上原えい子さん」
1954年6月26日『琉球新報』「あの頃この頃ー料亭ー元風月芸者おもちゃ姐さん/松華楼ー宮平敏子さん」

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1969年8月 山里永吉『松山王子尚順遺稿』(㈱)第一法規出版


写真ー尚順(昭和14年)


写真ー尚順と柳宗悦(昭和14年)

尚順の「鉄斎コレクション」

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2016-11-29 あけみ

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写真ー桑江良行
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「戦後沖縄におけるトライアングルコンタクト-美術と工芸の1945~1955-」

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はしがきー私が「おもろ」の研究会に出席して感じたことは、おもろの中にわからないことばがたくさんあることである。そのことばもおもろのできた当時は使用していたであろうが、今日では死語となり、その意味さえわからなくなっている。琉歌もこれと同じように、数百年も経ったらわからなくなることばができるであろう。今でさえわからなくなりかけている語もある。してみれば、琉歌もわかっているうちに、書き残して置かねばならないと思う。それがこれから琉歌を研究したいという人のために、やっておくべき責務ではないだろうか。

1969年4月  見里朝慶『琉歌の研究Ⅱ』(㈱)琉球文教図書
はじめにー私は「沖縄の文化」は日本文化の源流をなすものではないかと常常考えている者の一人である。例えば言語にしても包丁のことを、青森や長崎では「ほうちゃ」というそうで、沖縄では「ほうちゃう」といっている。また井戸のことを、伊豆の大島では「かあ」といっているが、沖縄でも同じである。それから木で丸く作った洗濯器のことを沖縄では「はんじり」といっているが、鳥取や千葉や宮崎辺ではこれを「はんぎり」といっている所があるそうだ。このように言語も中央(当時は京都)から遠く離れた所では、まだ昔の語がそのままに残っているのではないか。「沖縄語」と「日本語」と類似点があることを指摘して、言語の上から日琉同祖論を称えた向象賢のことは周知の通りである。かかる意味で私は琉歌と和歌との間にも言語上、あるいは思想上のつながりがありはせんかと、万葉集・古今集・新古今集その他特に古い文献と比較してその具体的な実例を見出すことにした。それでこの歌集にも、万葉集は勿論、古今集、新古今集、拾遺集、千載集などから、また古事記、日本書紀などに載っている歌など5、6首を出してある。

また琉歌は解釈の上から、まちまちの説が多く、これが定説だというべきものがないのである。これが定説だといっても果たして納得がいくかどうか、それでこれに定説を与えるのは困難である。そこで私はいくつもの説を出すことにした。どの説を取ろうとこれは読者の判断にまかせたい。いろいろの説を多く取ったつもりであるが、もれた所があるかもわからないのでそれは補ってもらいたい。その為この中に引例してある琉歌は外に59首ある。私の琉歌は首里を中心にしてある。それで歌詞では地方と違う所があるかも知れないと思う。その点も注意して呼んでいただきたい。
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マンガ青年・仲宗根正順
1969年4月ごろ、沖青友の会会員の高幸雄(21)にこんな相談がもちかけられた。「マンガの勉強をしていた兄が、アパートを出たまま1年以上も行方がわからない。なんとか協力してくれないか」

そのマンガ青年が、宮古出身の仲宗根正順さん(当時26才)だった。具志川から出てきた妹さんの訴えによると、仲宗根さんは、働きながらマンガを勉強、マンガ同人誌「フェニックス」を編集していた。ところが、69年5月中旬、大阪・吹田市のアパートから突然姿を消し、1年以上も行方がわからない。妹さんは大阪で働きながら、友人関係などを訪ね、さがしまわったが、手がかりさえつかめないという。

沖青友の会は、仲宗根さん捜しに会員全員でとり組んだ。マンガ雑誌や新聞に投書をしたり、全国の沖縄関係者に協力を呼びかけた。3万円近く集まったカンパでチラシをつくり、目抜きの交番に貼った。刑事まがいの聞き込みをして歩いたりもした。毎日新聞が、社会面トップで仲宗根さんの蒸発を伝えると、文字通り全国から多くの反響が寄せられた。

だが、仲宗根さんは自殺をしていた。吹田署が改めて身元不明の変死体を調べたところ、69年5月15日夜、市内の道路ワキで石油をかぶって焼身自殺した青年が、持っていた部屋のカギから、仲宗根さんにほぼ間違いないと確認したのである。悲しいことだったが、もし沖青友の会がとり組んでいなければ、仲宗根さんは永遠に無縁仏となっていたかもしれない、と思うと『ボク達が役にたてた』という自信も湧いてきた。

(略)大阪には沖青友の会のようなグループが四つある。全国には、おそらく10余のグループがあるのではないか、という。(会長の)嘉陽君らは、思想、信条の違いがあってもいいから、それらのグループとヨコのつながりだけでも持って、共通の悩みを解決し合いたいと思っている。(沖青友の会連絡先・大阪市港区市岡元町2-16-3、程野方、嘉陽宗博)

『青い海』マンガ関係目録
1971年4月 創刊号 マンガ「仲宗根正順遺作展」/5月 第2号「仲宗根正順遺作展②」、きしゃばせいじ「マンガ」/6月 第3号 仲宗根正順「マンガ・ぜいたくはすてきだ」
8月 第4号 仲宗根正順マンガ/毛利泰房「青い海漫画集」/9月 第5号 砂川しげひさ「マンガ寄らば斬るド」「漫画家・砂川しげひさ」/10月 第6号 読者のページ まえむらいくお「マンガ・しまった!」/11月 第7号 きしゃばせいじ「マンガ」/12月 第8号 当間直己「漫画アンデパンダン展」、前村郁夫「マンガ・星を見ないで」



砂川しげひさ

1972年1月 第9号 たらま由紀夫「マンガ・ガールハント」、山里和男「マンガ」、仲本エイ子イラスト・嶋美枝詩「夕暮れ」(あしあと3号)、へしきよしのり「マンガ・ラブレータ」、石川文一・柳光観画「三山の覇王」/2月 10号 当間直己「マンガ・魚の愛情?」、平敷善和イラスト・弦子詩/3月 第11号 大嵩茂芳「マンガ・先生と生徒」、きしゃばせいじ「マンガ・サッカーク」、具志堅正雄「マンガ・コンピューター時代」/5月 第12号 新屋敷幸繁・安室二三雄え「民話の沖縄」/6月 第13号 きしゃばせいじ「現代くん」、真栄城徳秋「マンガ」/7月 第14号 へしきよしのり「頑張らなくっちやあ漫画青春」/8月 第15号 伊波南哲「庶民の描いた美しい夢と諷刺」

1972年5月 青い海出版社『はだか沖縄』六月社(大阪)□へしきよしのり・あすなろプロダクション「蟻ーありー」

1973年12月 第28号 「グラビア守礼門」

1974年12月 第38号 津野力男『表紙写真「守礼門」

1975年9月 第45号 おおば比呂司「あわもりの酔心地」

1977年6月 第64号 安良城考「目次イラスト」/8月 第65号 安良城考「目次イラスト・カット」、具志堅政正「ありったけの地獄ー沖縄戦を描く」/9月 第66号 波平やすし・安良城考イラスト「沖縄昔ばなし・アカインコ」/10月 第67号 登野城匠・安良城考イラスト「沖縄昔ばなし」/11月 第68号 登野城匠・安良城考イラスト「沖縄昔ばなし・ニヌファブシの娘」/12月 第69号 登野城匠・安良城考イラスト「沖縄昔ばなし・お正月の猫」

1978年1月 第70号 座間味朗・安良城考イラスト「沖縄昔ばなし・はなよめ石」/4月 72号 安良城考「目次イラスト」/6月 第73号 中城健吉・安良城考イラスト「創作沖縄昔ばなし・双子王子」

1983年8月 第125号 へしき・よしのり・琉漫画工房「黒潮源流」/12月 第128号 へしき・よしのり・琉漫工房「黒潮源流」④

1984年1月 第129号 へしき・よしのり・琉漫工房「黒潮源流」⑤ 3月 第130号 へしき・よしのり・琉漫工房「黒潮源流」⑥ 4月 第131号 へしき・よしのり・琉漫工房「黒潮源流」⑦ 6月 第133号 へしき・よしのり・琉漫工房「黒潮源流」⑧ 8月 第135号 スタジオ南洋少年・へしきよしのり「黒潮源流」⑨ 9月 第136号 へしき・よしのり・スタジオ南洋少年「黒潮源流」⑩ 10月 第137号 へしき・よしのり・スタジオ南洋少年「黒潮源流」⑪ 11月 第138号 へしき・よしのり・スタジオ南洋少年「黒潮源流」⑫ 12月 第139号 スタジオ南洋少年「黒潮源流」

1985年3月 第140号 スタジオ南洋少年「黒潮源流」⑭ 4月 第141号 スタジオ南洋少年「黒潮源流」⑮ 7月143号 へしき・よしのり・琉漫工房「黒潮源流」


『今日の琉球』マンガ(挿絵)目録
1958年 12月 目次絵「コマまわし」、真栄城勇「B円切手とドル切手」、「守礼門復元落成」

1960年 11月 徳田安周「沖縄千一夜」⑮とかしきただお挿絵、保志門幸子「スクちゃん」(4コマ、60年9月から)

1961年6月 金城康雄「ホンワカ君」/7月 とかしきただお「ノンカー一家」③、「タロ坊」/11月 表紙・守礼門ほか/

1962年11月 「沖縄観光事業は有望」(写真・守礼門)

1963年 8月 とかしきただお「のんかー一家」/10月 とかしきただお「のんかー一家」、「結核予防シール」(写真・川平朝申とキャラウェー高等弁務官)

1965年 5月 とかしきただお「ターボー」~

1966年 1月 「中国古銭収集のジョン・A・ノバック」/12月 裏表紙写真「守礼門と夜空の花火」

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沖縄県立博物館「おきなわサンゴ礁ウィーク2014」



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2016年7月8日ー左から宮城剛助氏、上間常道氏
上間常道
1983年4月 『言語』第12巻第4号 大修館書店□上間常道「沖縄1983-我が沖縄の10年」


写真左が上間常道氏、目取真俊氏

目取真俊
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1987年3月1日『樹海1』(目取真俊・個人誌)/1985年9月『季刊おきなわ1』・1985年12月『季刊おきなわ2』

1989年6月『すくみち』第3号 「準備室の動きー6月1日、島袋正採用」
1990年3月『すくみち』第11号 「『琉球新報』3月13日ー『すくみち』10号を発行」(写真・仲原弘哲、仲里千恵美、島袋正)
1999年11月12日『琉球大学学生新聞』「2000年サミットと沖縄基地問題」
□目取真俊ー貴大学の高良倉吉先生のごとき御用学者は、『沖縄は主催者である政府の良いパートナーとしてサミットを成功させ、政府との新しい関係を築く布石として使えばいい。』(『アエラ』6/21号)などと述べていますが、いかにもマキャべリストらしい発言で笑止の極みです。(略)」

1998年『EDGE』№9 目取真俊「そこらへんをもっと、深めていかないと、高良倉吉みたいになるわけですよ。琉球王朝史観みたいなものを振りまわして、否定的な沖縄の歴史像に対し大交易時代の明るい俗受けするような歴史観をもってくる。しかし結局は現実主義の名のもとに政府の『沖縄政策』に対する批判力を失っていく。そういった危険性というのは絶えずあるわけです。」


写真左から上間常道氏、新城栄徳、大城光子さん
05:00有料
 戦後の沖縄芝居で一時代を築いた女性だけの劇団「乙姫劇団」のスターとして活躍した沖縄芝居役者で県指定無形文化財「琉球歌劇」保持者の大城光子(おおしろ・みつこ)さんが13日午前3時33分、病気療養中のところ新型コロナウイルス感染症のため、那覇市内の病院で死去した。88歳。那覇市生まれ。→2022年8月20日タイムス


1983年9月  沖映本館「瀬名波孝子芸道40周年記念公演」

瀬名波孝子/みつわ座

大城光子と瀬名波孝子

「みつわ座」正月公演ー写真前列右から嘉手川重夫、松茂良興敬、玉城初枝、北島角子、山城興松。後列右から中山幸四郎、瀬名波孝子、宮城亀郁

みつわ座(宮古興行)

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