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Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02

与那城昭広粟国郷友会「会長挨拶」



糸数清、宜野座光枝「かぎやで風」

左端が屋宜宗篤氏(粟国郷友会23代会長)、右端ー糸数信一氏(粟国郷友会32代会長)

右端ー末吉保朝氏(粟国郷友会35代会長)


山城敏子、上地千恵子「恋ぬ花」




糸数清「鳩間節」


山城敏子、上地千恵子「梅の香り」



浜川政敏「ギター曲」

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2006年3月ー『史料編集室紀要』第31号 新里彩「琉球文学における『千鳥』の諸相」
□はじめにー琉球文学において、千鳥はどのように表れているのだろうか。千鳥の歌を集めてみると、琉歌うたわれる千鳥、おもろや古謡にうたわれる千鳥、組踊や舞踊の詞章にうたわれる千鳥などがあることがわかった。そして、そのうたわれ方は、和歌の伝統的な文学イメージでうたわれる他に、琉球文学特有のうたわれ方があることが浮かび上がる。

2007年3月ー『史料編集室紀要』第32号 新里彩「浅地・紺地の琉歌について」
□正直で真面目な泊染屋の職人と辻で名高い遊女マカテとの恋物語『染屋の恋唄』は、古典落語及び浪曲の『紺屋高尾』を題材にしたものであり、物語の展開、登場人物の性格などほぼ同じである。作者は髙江洲紅矢という人物であるが、制作年代は不詳である。
□関東大震災で焼け出された浪曲家・篠田実(日畜専属)の「紺屋高尾」が大当たりした。♬遊女は客に惚れたといい 客は来もせでまたくるという 嘘と嘘との色廓でー♬があちこちのレコードから聞こえた。→内山惣十郎『浪曲家の生活』雄山閣1974年


新城喜一氏と新里彩さん
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本日は「敬老の日」で観覧料が無料ということで識名園を見学した。識名園(俗にシチナヌウドゥンと呼ぶ)は、琉球王家最大の別邸で、国王一家の保養や外国使臣の接待などに利用されました。1799年につくられ、1800年に尚温王冊封(さっぽう)のため訪れた正使(せいし)趙文揩、副使(ふくし)李鼎元(りていげん)を招いています。王家の別邸としては1677年、首里の崎山(さきやま)村(現在の首里崎山町)に御茶屋御殿(ウチャヤウドゥン)がつくられました。現在の首里カトリック教会がある所です。首里城の東に位置したので「東苑(とうえん)」とも呼ばれ、その後につくられた識名園は、首里城の南にあるので「南苑(なんえん)」とも呼ばれました。→那覇市ブログ












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帰途、識名宮により西村貞雄氏の作品を見る。

識名霊園にある平姓・山田家と林姓・金城家の墓

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2015年5月『なのはな』10号 平良リヱ子「病い」
2015年6月19日『産経新聞』平良リヱ子「別れ」
2015年7月『波濤』№260   平良リヱ子「グランドを駆け回る児ら窓越しに眺めておれば心しずまる」「わが詩の掲載されたる朝刊に目を疑いてくりかへし見つ」
2015年8月『波濤』№261  平良リヱ子「リハビリに通う日課も楽しかり加齢の友らと癒しのサロン」「老いの身に孤独のしみいる雨の夜はうからの電話に心癒さる」
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2015年9月1日、自宅書斎で原稿用紙に「大嶺政寛画伯」の思い出を書く
 ○私が沖縄県立二中に入学したのが昭和六年(1931年)で満州事変が勃発した年である。当時の二中の美術の先生は比嘉景常先生で、卒業生には名渡山愛順、大嶺政寛、大城皓也、山元恵一、具志堅以徳の諸氏で著名な画家たちが居た。その先輩たちが樹緑会をつくっていた。私もその会に参加したが、会員に伊波國男、大城貞成もいた。


伊波國男。


1933年 二中樹録会ー写真中央が志喜屋孝信校長、その左が名渡山愛順で、その右は大嶺政寛。1列右端は荒木遼一、その左が益田信行、2列右端は山田實、その後ろが大嶺政敏、その後ろは具志堅以徳。後列左から7人目が大嶺信一.3列目左2人目が伊波國男。この他に同期として、太田良博、渡口武彦、奥田良寛春らがいる。

      (略)
 1982年6月23日、那覇市主催による初の沖縄平和美術展の実行委員長は政寛氏であった。政寛氏は個人的に交際するのではなく、皆の相談相手、何時も大衆の中に居た。

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岸本一夫氏

諸見朝敬氏と作品


川平勝也氏と作品


花城達紀と作品
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 午前中、久しぶりに浦添に行く。美術館で「ここから始まる!日本近代洋画への道 高橋由一から藤島武二まで」を見る。山岡コレクション①を中心としたものだ。元『新生美術』編集人の星雅彦氏も夫人同伴で見えていた。会場を見て浦崎永錫氏の著『日本近代美術発達史ー明治編』(1974年7月東京美術)の世界だと思った。会場の出展者の画家たちから連想した事柄を記す。

 ①山岡コレクションは、日動美術財団が運営する笠間日動美術館の所蔵になる、山岡孫吉氏が収集された日本洋画の一大コレクションです。山岡孫吉氏は、明治21年3月に、当地の滋賀県伊香郡高月町に生まれ、明治45年に山岡発動機工作所を創業、小型ディーゼルエンジンの実用化に成功、後にヤンマーディーゼル株式会社を設立された実業家です。一方で、氏は、江戸時代から特に明治時代の洋画に強い関心を抱かれ、早くよりこの種の作品の収集につとめられ、優れたコレクションを形成されました。山岡氏は、滋賀県の農業の機械化に大きく寄与されるとともに、その文化活動にも私財を提供され、滋賀県立琵琶湖文化館の創設時などにも大きな貢献を果たされたのです。→近代日本洋画への道(山岡コレクション) 2005/11/05滋賀県立近代美術館

五姓田芳柳とその一門のコーナーに五姓田芳柳「美人吹笛図」があった。山田真山は1942年10月の月刊『文化沖縄』「天日を拝す」で五姓田芳柳「藩使東上の図」について感想を述べている。


1942年10月 月刊『文化沖縄』山田真山「天日を拝す」

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9月6日

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2015年9月『月刊琉球』 <500円+消費税> Ryukyu企画〒901-2226 宜野湾市嘉数4-17-16  ☎098-943-6945 FAX098-943-6947□『月刊琉球』はジュンク堂那覇店でもバックナンバーで揃っています。
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2015年9月11日 

新垣辰雄ー1950年沖縄県中城村に生まれる。
2006年一念発起して写真をはじめる。はてるまこう写真塾にて撮影の基本を学ぶ。
2008年勇崎哲史氏のゼミで写真の基礎を学ぶ。同年、ニッコール
[公募展等]
2007年九州二科会・写真部公募展入選。
2008年第29回よみうり写真大賞公募展入選。
2010年第58回ニッコールフォトコンテスト入選。
2012年第60回ニッコールフォトコンテスト入選。沖展、県展入選各1回→「タイフーンFM」


写真左が写遊人の小谷武彦氏、山田勉氏
小谷武彦ー1991年5月 個展「バリ島」リウボウ7階ホール
1996年8月 個展「カトマンドゥ(ネパール)」那覇市民ギャラリー
2005年5月 個展「高みに生きる(ネパール)・女の市場(ベトナム)」那覇市民ギャラリー
2011年4月 個展「マチグヮーからユンタクが聞える」那覇市民ギャラリー 

 小谷氏の伯父に小谷昌毅がいる。昌毅は沖縄県立第二中学校を1930年に卒業、同期に亀島入徳、具志堅以徳、山城善光らがいる。上京し早稲田大学に入学。東京日日新聞(毎日新聞の前身)記者、1935年発行の校友誌『みどり』に「感謝の辞」を東日記者の肩書で書いている。昌毅は佐敷出身で喜友名門中(喜友名、津波、徳本)。ちなみに山田實さんは沖縄県立第二中学校の1936年卒業である。  

   
2016年1月23日 市民ギャラリーで写真左から世良利和氏、小谷武彦氏