2015年9月1日、自宅書斎で原稿用紙に「大嶺政寛画伯」の思い出を書く
 ○私が沖縄県立二中に入学したのが昭和六年(1931年)で満州事変が勃発した年である。当時の二中の美術の先生は比嘉景常先生で、卒業生には名渡山愛順、大嶺政寛、大城皓也、山元恵一、具志堅以徳の諸氏で著名な画家たちが居た。その先輩たちが樹緑会をつくっていた。私もその会に参加したが、会員に伊波國男、大城貞成もいた。


伊波國男。


1933年 二中樹録会ー写真中央が志喜屋孝信校長、その左が名渡山愛順で、その右は大嶺政寛。1列右端は荒木遼一、その左が益田信行、2列右端は山田實、その後ろが大嶺政敏、その後ろは具志堅以徳。後列左から7人目が大嶺信一.3列目左2人目が伊波國男。この他に同期として、太田良博、渡口武彦、奥田良寛春らがいる。

      (略)
 1982年6月23日、那覇市主催による初の沖縄平和美術展の実行委員長は政寛氏であった。政寛氏は個人的に交際するのではなく、皆の相談相手、何時も大衆の中に居た。


2015年11月16日 自宅で池宮城洋氏から沖縄満州会『沖縄それぞれの満州ー語り尽くせぬ記憶』を受けとる山田實さん



2003年7月13日 沖縄満州会第3回総会 上段右から8人目が山田實さん

左が山田實撮影の真山
2015年11月17日~2016年2月21日 沖縄県立博物館・美術館「巨匠 真山がみつめた平和のいろとかたち」

写真右から高安広子さん(理学博士)、山田實さん










2013年3月の山田實さん