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Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02

古美術なるみ堂の翁長良明さんのところで城間恒有発行の書物を見た。一部だけなので奥付が無く発行年が分からない。国会図書館には『工工四』城間恒有 [作] ; 松村真信 [編], 楽声会, [昭和8]があるが同一なものか。

写真ー前列右端が城間恒有、後方に池宮喜輝。城間については池宮喜輝『琉球芸能教範』月刊沖縄社に詳しい。/翁長氏愛蔵の「志堅原比屋の三線」


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池宮喜輝と東恩納寛惇

□池宮喜輝(73)は琉球音楽と仏教の声明(ショーミョウ。補助楽器を用いない声楽)念仏と琉球古典曲との関係を探求した。高野山大学で中山僧正に琉球古典曲「十七,八節」を歌三味線で紹介したら「これは比叡山の天台声明にちかい」との話で、さっそく同僧正の紹介状をもって比叡山に行き、比叡山音律研究所の教授・中川僧正に会い古典曲「十七、八節」を聞かせたら「この曲は、音律、節回しなど声明と密接な関係がある」といわれた。弘法大師時代にできた声明(浄土声明その他)が袋中上人の時代に琉球の風土に移植され、さらに湛水親方によって、古典曲としての面目があたえられたと、池宮は見ているのである。

1987年1月 池宮喜輝『琉球芸能教範』月刊沖縄社
池宮は15歳の頃に空手を赤畑の安座間の島袋という人物の自宅に通い習った。同門に山城正沢、宮里良栄とか、田頭、渡口といった弟子が6,7名だった。後に西の東恩納先生に弟子入りした。その時の相弟子に宮城長順、許田重発や首里の島袋がいた。

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2018年8月3日~9月24日 那覇市歴史博物館「首里・那覇のお菓子たち」
 
 琉球王国時代、中国からの冊封使や薩摩藩の在番奉行をもてなすのに出されたのが、料理であり、菓子でした。王家の祝儀や法事でも特別な料理やお菓子がだされました。当時、料理やお菓子を作る人を包丁人といいますが、包丁人が作る料理やお菓子は接待用であり、儀礼用で、庶民の口には入りませんでした。
1879年の琉球処分(沖縄県設置)以降、中国や薩摩藩への接待はなくなり、包丁人は活躍の場を求めて、首里・那覇に下りていきました。首里・那覇では、自由に商売が始められ、本土から菓子職人や製造技術も入り、お菓子専門店も開店しました。庶民が求めやすいお菓子も作られましたが、通常は行事ごとのお菓子を作るのが普通でした。
今回の企画展では、接待用のお菓子から庶民が口にするものまで、首里・那覇を中心に作られたお菓子の数々を写真パネル等で紹介します。








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2081年6月17日 「中之橋上空」ひより撮影/ひより、「ゆいむい」で撮影



2018-3-31 ひより、初めての写真撮影


博物館・美術館に行く道


2018-9-15 ひより、いもうと撮影

コメントはメールにお願いします→shinjo8109@gmail.com

2018年8月5日 


2016-11 ひより「作品」


2019年2月10日 沖縄県立博物館・美術館 左から萌子さん、ひより


2015-3-27 沖縄県立博物館・美術館


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仲里正雄・撮影「さがり花」
美しい那覇の風景


2015年3月27日 那覇市若狭


2015年3月28日 那覇市おもろまち


2016年3月1日

2016年3月1日


2016年3月3日

2016年3月3日


2016年2月29日 与儀公園

2016年1月29日 沖縄県立博物館・美術館上空



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新宿 THE GALLERY 1(〒163-1528新宿区西新宿1-6-1 新宿エルタワー28階 ニコンプラザ新宿内) 2018年7月17日(火)~7月30日(月)「生誕100年記念 山田實写真展『きよら生まり島 -おきなわ』 」
トークイベント: ※申込不要・参加費無料
2018年7月17日(火)19:00~20:30
仲嶺絵里奈(写真史家)×鳥原 学(写真評論家)
2018年7月28日(土)19:00~20:30 金子隆一(写真史家)

 山田實(1918~2017年)は、いま世界的にも注目されている沖縄写真の礎を作った写真家である。
 沖縄戦で命も歴史も失われ、真っ白になって始まった「アメリカ世」の沖縄でカメラを持った山田實が見たものは、普通に生きている沖縄の男や女そして子どもたちであった。そのまなざしは、なにものにもとらわれない清々しくまっすぐなものである。そして山田の写真は、社会的な何ごとかを強く訴えるものではなく、表現として強固なスタイルを構築することや目指すものでもなく、あまりにも普通のことを普通に無造作に写し出している。それは山田實というカメラを持った人間が生きてきた沖縄という日常を等価に現しているといえよう。
 今あらためて山田實の写真を見ることは、占領から復帰を経てイメージ化された「美しい南の島・沖縄」に織り込まれ見えなくなった沖縄の日常の襞を掘り起こすだけでなく、山田實という写真家の「きよら」なまなざしを経験することとなるにちがいない。(ディレクター:金子隆一/写真史家)

2017年9月22日『沖縄タイムス』仲嶺絵里奈「展評ー山田實展」/2014年3月ー左から豊里友行氏、山田實さん、金子隆一氏、仲嶺絵里奈さん

山田實(やまだ みのる)氏プロフィール
1918年 兵庫県で生まれる
1920年 家族と沖縄に渡る
1941年 明治大学専門部商科本科卒業。日産土木株式会社入社、満州に赴任
1945年 北満州で終戦、シベリアに抑留
1952年 沖縄へ帰還、「山田實写真機店」開業
1959年 「沖縄ニッコールクラブ」結成(会長就任)
1972年 本土復帰に伴い、「沖縄ニッコールクラブ」は「ニッコールクラブ沖縄支部」に改称(支部長就任)
1978年 沖縄タイムス芸術選賞大賞受賞
2002年 写真集『子どもたちのオキナワ 1955-1965』刊行、地域文化功労者表彰、沖縄県文化協会功労者賞受賞
2012年 『山田實が見た戦後沖縄』刊行、写真展「人と時の往来 -写真でつづるオキナワ」(沖縄県立博物館・美術館)
2013年 第29回写真の町東川賞 飛騨野数右衛門賞受賞
2017年 逝去
パブリックコレクション 沖縄県立美術館、東京都写真美術館、北海道 東川


2018年7月22日(日)から 8月19日(日)までの夏休み期間、名護市喜瀬の万国津梁館では沖縄の新旧の芸術文化・作品に触れることが できる2つの展覧会、「山田 實(みのる)写真展」並びに「粋な名工展」を開催。


山田實の本

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1973年4月 雑誌『青い海』22号 仲程正吉「先島の悲歌 島の女の悲しい悲しみ」

1965年10月『沖縄新潮』創刊号□発行人・仲地吉雄、編集人・仲程正吉

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1969年10月 仲程正吉『琉球芸能写真史』副島豊一

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1981年2月『青い海』「出版王国 沖縄のいまむかし」(座談会・佐久田繁、仲程正吉、桑高英彦、太田良博、津野創一)

2001年7月 宮里朝光監修『沖縄門中大事典』那覇出版社(仲程正吉編集)□馬姓(氏)ーP.218~220






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古美術なるみ堂主人の翁長良明氏、厚子さん/司会の大村巌氏、喜納吏一氏、平良大氏、島袋奈美さん

古美術なるみ堂主人の挨拶

福島千枝さん、上間友美さん

喜納吏一氏、平良大氏、島袋奈美さん

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 「くろねこの短語」2018年8月31日-(略)アンポンタン石破君が森友・加計学園疑獄を蒸し返そうとしているという自民党内の批判があるけど、何言ってやんでえ。蒸し返すところか、いまだに真相解明にはほど遠いのが現実だ。こうなったら、アンポンタン石破君は、総裁選でとことん森友・加計学園疑獄を“蒸し返し”てやればいい。そうすれば、公文書問題も蒸し返されて、再び改竄問題にもスポットが当てられるだろうから、ちったあ総裁選の意味も出てくるというものだ。
 ところで、沖縄県知事選は、ようやくオール沖縄がデニー君支持でひとつになれそうなところまでこぎつけた。今日にも辺野古埋め立て承認撤回を県が宣言するようだし、いよいよ教育勅語大好きな佐喜真君と一騎打ち。見守るしかないのがなんとも歯がゆい。


『しんぶん赤旗』8月30日「川崎市営施設で軍事見本市『イスラエル安全保障エキスポ』」

 「くろねこの短語」2018年8月30日-(略)「腐ってるときたら、自民年の右に出るものはないわけで、なんとまあ、自民党が総裁選について「公平・公正な報道」を求めて新聞や通信社に要望書を出したってね。アンポンタン石破君の「正直、公正」のキャッチフレーズが話題になって、このままだと初老の小学生・アベシの存在が霞んでしまいそうなのを危惧したに違いない。
 でも、自民党総裁選ってのは党内の選挙なんであって、公職選挙法にもひっかからない。だからこそ、これまでに札束が乱舞してきたんだね。つまり買収や猟官運動はやりたい放題だったわけだ。総裁選そのものが「公平・公正」だったことなんかないんだよね。
 さらに言えば、そもそも政党が報道機関に「公平・公正な報道」を要望するってことが片腹痛い。ていうか、それこそ報道の自由の侵害だろう。4年前の衆議院選挙でも、自民党が報道の公平性を確保するよう求める文書を在京テレビ局に出したことがあった。それに唯々諾々と従ったツケがまた回ってきたってことだ。新聞・TVはダンマリするんじゃなくて猛然と抗議すべきなんだろうが、ダメだろうなあ。鮨友だらけだからなあ。
 ところで、障害者雇用率水増しなんだが、ペテン総理はここでも逃げまくってますね。行政府の長ってんなら、いまこそ国民に向かって謝罪すべき時だろう。へたすりゃ、内閣総辞職クラスの不祥事ですからね。確か、国会で「立法府の長」と喚いて恥かいた時に、わざわざ国会議事録を「行政府の長」に書き換えたんじゃなかったか。なんとかにつける薬はないとはよく言ったものだ。最後に、ペテン総理が選挙妨害のためにヤクザを使ってばら撒いた怪文書がなんともエグイ。というわけで、とくと御覧じろ。


 「くろねこの短語」2018年8月29日-(略)「ケチって火炎瓶事件」で安倍総理がごり押しした江島潔議員、加計学園の客員教授を務めていた!「安倍&江島」のラインは、黒い利権や疑惑が無数!
 そのアベシは、自民総裁選のキャッチフレーズに「責任、実行」を掲げたそうだ。アンポンタン石破君の「正直、公正」に対抗しようというのはみえみえで、どこにもヒネリのないところはさすが初老の小学生だけのことはある。でなけりゃ、自らのイメージとは最もかけ離れた「責任、実行」なんて言葉は、恥ずかしくて口に出せやしませんて。「正直、公正」VS「責任、実行」・・・勝手にしやがれ!!
 最後に、防衛白書が北朝鮮の核を「これまでにない重大かつ差し迫った脅威」だとさ。べらぼうに高額なイージス・アショア導入のための見え透いた扇動ですね。兵器購入はけっして安全保障のためではなく、トランプに尻尾振ったあげくのアメリカ軍事産業への上納金ってことだ。イージス・アショア2基で約4600億円という経費はどぶに捨てたようなもので、社会保障に注ぎ込めば「アレもできる、コレもできる」だろうに、なんとも虚しい限りだ。

 「くろねこの短語」2018年8月28日-(略)「凄いよね。「投票権のない一般人にも届くような討論会をしても仕方ない」ってアンポンタン石破君との討論を逃げてるくせに、総裁選が終わったら国民から多くの支持を受けたってことにして、「改憲」に突っ走ろうとしてるんだから。ここまであからさまなことしてるってのに、新聞・TVはペテン総理一派の乱暴な改憲機運の扇動にまったく無批判なんだから、バッカじゃなかろか。
 憲法学者の木村草太君が、初老の小学生・アベシの「憲法変えたい病」を「犯罪者が刑法を改正しろと言っているようなもの」と断じたって噂があるけど、おっしゃる通りなのだ。そもそも、憲法遵守義務のある国会議員が、期限を区切って改憲を口にするなんてのは、それ自体が犯罪的行為なのだ。「どういうテーマで、どういう理由で改正が必要なのか議論が煮詰まっていない中で、そんなスピード感で物事ができるとは思わない」ってエダノンは牽制しているが、こうした指摘は本来真っ先にメディアかすべきことなんだね。それが、総裁選の数合わせ報道ばかりに熱心なんだもの、チョーさんならずとも「だめだコリャ」とため息つきたくなる今日この頃なのだ。
 最後に、内閣府の調査で「現在の生活に満足」が74.7%という結果だったそうだが、なんと回答者の持ち家率81.7%、そのうち戸建て所有率82.0%だってさ。そりゃあ満足度が70%超えるわけだ。これもまた「だめだコリャ」ですね。

 「くろねこの短語」2018年8月27日-(略)「おいおい、アンポンタン石破君の出馬表明でこんな特別扱いしてくれたか。これじゃあ、単なるペテン総理の広報だよね。これもまた、独自の判断ってことか。なんともふざけた話で、思わずTVにリモコン投げつけるところでしたよ、ったく。
 でもって、討論会を避ける「逃げ恥」作戦のペテン総理は、NHKのカメラの前で、「どのような国造りをしていくか、議論をしたい」だとさ。議論なんてやる気もないくせに、言ってろ、ボケ!・・・ってなもんです。
 しかしまあ、NHKの臆面もない個人崇拝放送を、その他の新聞・TVはどんな思いで眺めているのだろう。TBSの金平君なんかはfacebookでこんな投稿しているけど、こういうことこそ「報道特集」で堂々と語ってみやがれ!!
「おい、おい、おい。何かと思ったら、安倍首相総裁選立候補表明のミニ特番をNHKがやってるわ。安倍首相インタビュー(と言っても一方的な立候補表明でカメラ目線)を2回にわたってノーカットで流して、例の政治部・岩田記者が「日本をとりもどす」とかの内容を何やらしゃべっております。その主語は「安倍総理大臣は…」で、ヨイショ解説に徹底しております。気色悪いので、これから高円寺の阿波踊りを見に行き、意識を正常に戻そうと思います。」


8月25日 旧盆【うーくい】紙銭を焼く→火炎瓶ではありません、念の為。

 「くろねこの短語」2018年8月26日-(略)自民党総裁選のキャッチフレーズとしてアンポンタン石破君が掲げていた「正直、厚生」を、ここにきて封印するとかしないとか。なんでも、「『正直、公正』は森友、加計学園問題を想起させ」なおかつ「『安倍晋三首相への個人攻撃』との反発が党内に根強い」からなんだとか。
 笑っちゃうね。てことは、初老の小学生・アベシが「不正直、不公正」って認めたようなものだもの、語るに落ちるってのはこのことか。それにしても、そんな批判があるからって、「はい、そうですか」と旗降ろしちゃうアンポンタン石破君もだらしない。反安倍で立ち上がったのなら、そうした批判にも完全と牙を剥いて、徹底的に戦う姿勢を見せ付けなくちゃダメだろう。
 どうせなら、いま流行中の「#ケチって火炎瓶」を取り上げて、暴力団との関係で締め上げてやるくらいの気迫を見せて欲しいものだ。でもって、ツイッタージャパン社は「#ケチって火炎瓶」の投稿を消去しまくっているってね。ならば、とことんやってやろうじゃないかということで、消去しまくられている画像を紹介して、お後がよろしいようで。

 「くろねこの短語」2018年8月25日-「佐賀県がオスブレイ配備に合意して、見返りに佐賀空港への着陸料が20年間で100億円だと。この額が安いか高いかはともかくとてし、佐賀空港って民間空港なんだよね。そんなところに、ウィドウメーカーとして名高い欠陥機が離着陸するんだから、その危険性は計り知れないものがある。果たして、20年間100億円で喜んでいる場合か・・・よ~く、考えてみたんだろうか??
 それにしても、金で横面叩く国のやり口っては、バブルの頃の地上げ屋を彷彿とさせますね。さすが、ヤクザ雇って選挙妨害するような男が総理大臣でこざいと鎮座ましましている政権だけのことはある。
 でもって、そんな総理大臣をめぐって、「#ケチって火炎瓶」というハッシュタグがツイッターで流行中だってね。泣く子も黙る工藤会系の暴力団に選挙妨害依頼したあげくに、謝礼けちって山口の自宅に火炎瓶投げ込まれた初老の小学生・アベシへの、庶民のささやかなる抵抗ってわけだ。ツイッター社は、「#ケチって火炎瓶」のハッシュタグが付いた投稿を消しまくっているらしいが、そんな姑息なことで追いつくわけがありません。これが燎原の火のごとくさらに燃え上がることを切に願う暑さ復活の日曜の朝である。
 それにしても、この総理大臣と闇社会との交流について、裁判でその経緯が立証されているってのに、よくもまあ新聞・TVはダンマリを決め込んでいられるものだ。いかにこの国のメディアが腐っているかの、これもまたひとつの証拠ですね。・安倍首相と暴力団「工藤会」のただならぬ関係  沈黙を続ける大手メディア
 最後に、デニー玉城君の沖縄県知事選出馬表明は、来週にずれ込むらしい。なんでも、選挙態勢が万全となっていない現状をオザワンが心配してのことらしい。オール沖縄がどこまで結束できるか、ここは正念場ですよ。
 そんなオール沖縄の出足の鈍さを狙ったのか、教育勅語大好きな佐喜真君が、「埋め立て承認撤回あり得る」って心にもないことのたまってくれてるってね。辺野古埋め立ての争点はずしを画策してのことなんだろうが、こういう姑息を絵に描いたようなことを仕掛けてくるところは、さすがヤクザ使って選挙妨害する総裁が支配する党に支援されている人間だけのことはある。これだけでもお里が知れるというものだ・・・というわけで、本日はお後がよろしいようで。

 「くろねこの短語」2018年8月24日-(略)「まずは共産党を除いて」とは、大馬鹿野郎だね。こういう時代に逆行してた政治センスってのは、さすが沙宇内→財務省→政界という王道(?)をあゆんできただけのことはある。皮肉ですから、念の為。「これからは保守は革新に敬意をもち、革新は保守に敬意をもち、力をあわせていきましょう」と亡くなった翁長知事の言葉をツイートしている共産党の志位君のほうがよほど器が大きい。ていうか、比べちゃ志位君に失礼か。翁長さんはこの言葉通りに私たちに心からの敬意をもって接してくれた。私たちも翁長さんに最大の敬意をもってこたえた。保革の垣根をこえた心からの連帯――「オール沖縄」の結束を強め、必ず勝利を!!— 志位和夫 (@shiikazuo) 2018年8月22日
 さらに、腰抜け玉木君は、こんなことも口走っている。なんと、「少子化対策として3人目を出産した家庭に1000万円を給付するとした自身の政策を『コドモノミクス』と名付けた」ってさ。恥ずかしいなあ、この言語センス。頭痛くなってくるね。しょせん、国民民主は自民党の補完勢力なんだから、もう潰れた方が国のためですよ。もっとも、「対決より解決」なんてことを口走った時点で、終わってたんだが・・・。
 ところで、ノイホイ菅野君がこんなことをつぶやいてるんだが、これって大変な問題ですよ。スルーしている新聞・TVは、知っててそうしているのか、そこも大いに気になる週末の朝である。8月20日に開催され、夏休み中のはずの安倍首相も参加して話題となった日本会議のイベント、パンフレットをよく見てみると、後援に、経済産業省、外務省、文部科学省とある。これ、ちょっと問題よね。なんで国の役所が日本会議の後援しとんねん。 菅野完事務所 (@officeSugano) 2018年8月22日

 8月23日 旧盆【うんけー】東京の島袋和幸氏からDVD「NHK沖縄HOT」「RBC伊江島の記憶」「RBC飛び安里」、ミニコミ紙『デイゴ通信』が送られてきた。

2016年5月 沖縄を語るデイゴの会(編集発行・伊藤わらび 東京都清瀬市梅園2-2-3)『デイゴ通信』創刊号/2017年5月 沖縄を語るデイゴの会『デイゴ通信』第13号

『デイゴ通信』第13号 植竹しげ子「波に舞う」


2018年8月20日『しんぶん赤旗』「イベント運営会社shunka(しゅんか)飯田正巳会長による投資被害約60億円にのぼるー宣伝雑誌に安倍昭恵氏」


 

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1974年4月 雑誌『青い海』32号 大浜聡(NHK東京)「島影追想」

大濱聡「八重山の旅」
7月10日
■森口 豁氏(フリージャーナリスト)との八重山の旅、台風8号接近のため2日前倒しで帰ってきました(本日搭乗予定の航空機は欠航になったため正解でした)。「しばらく八重山便りが続くかもしれません」と予告しましたが、西日本の大雨被害を見るにつけ、誰かさんのように大雨の最中、且つオウムの死刑執行前夜に賑々しく開かれた宴会の写真を自慢げに投稿するような神経は持ち合わせていないため、旅先からの投稿を自粛していました。
■台風は今後、八重山に接近していくようです。今回は鳩間島、西表島、石垣島の皆さんと身近に接してきただけに、いつも以上に心配です。大きな被害がないよう祈っています。

7月4日

■ここ3週間で、我が石垣島を含む八重山を舞台にした森口 豁氏(フリージャーナリスト)の著書4冊を10-30年ぶりに読み返しました。というのも、明日から石垣、鳩間島の旅をご一緒させていただくことになり、復習のため改めて読み直ししたものです。
氏は沖縄での新聞記者を経て、日本テレビのディレクターとして沖縄をテーマに数々のドキュメンタリーを制作。数多いTV制作者の中で最も沖縄に寄り添い、沖縄を理解し、且つ優れた作品を作り続けた敬愛する大先輩です。
■ご本人は「弥次喜多道中の旅」と言われますが、私としては石垣で合流する地元在のU氏とともに、黄門様に従う助さん、格さんのつもりでいます。3名は30余年前、東京での沖縄関係者の集まり「ゆんたく会」のメンバーでした。
■というわけで、明日からしばらく八重山便りが続くかもしれませんが、悪しからず。

大濱 聡 8月10日
■Media Literacy――安室追悼コメントについては私の中では完結したつもりだったが、FBで「NHKニュース7」では肝心の部分が「抜けて(抜いて)いる」との指摘が投稿され、内田樹氏の「『NHKは政府の広報になったのではないか』という批判にさらされている中でこういうことを敢えてやった以上、現政権と一蓮托生の覚悟を決めたということなんでしょうね」とのコメントが付いていたので、調べてみた。
■「沖縄の事を考え、沖縄の為に尽くしてこられた翁長知事のご遺志がこの先も受け継がれ――」といういわば核心部分を使わなかったのは「ニュース7」とフジテレビ「プライムニュースイブニング」だけで、他は当然のようにその部分を抽出して紹介していた。授賞式での翁長知事の気遣いも含めて、いちばん丁寧に紹介したのはNHK沖縄のローカルニュースだった。
■同じNHKでも「ニュースウォッチ9」はしっかり伝えていたので、「ニュース7」の扱いは意図的だったのか、単に編集責任者やニュースデスクのニュースセンスの欠如なのか。🤔
※私が確認できた範囲内で(17時台の全国ニュース除く)


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Posted by: ryubun02
19802月15日 儀間比呂志、第14回沖縄タイムス芸術選賞大賞を受賞(城間有さん確認)


1980年8月26日~9月6日 大阪府立現代美術センター「儀間比呂志 版の世界展/」高橋亨・大阪府立現代美術センター館長「その木版画の根の深さ」

1983年8月29日『読売新聞』「青春紀行ー儀間比呂志 南洋の果て・・・沖縄の心」



1983年10月 沖縄物産センター「儀間比呂志 版の世界展」

沖縄物産センター



1984年3月26日~4月14日 みずさわ画廊(渋谷区千駄ヶ谷1-24-12)「儀間比呂志版画展」婦団連会長・櫛田ふき「沖縄の真実を刻む」霜多正次「儀間比呂志と沖縄ー沖縄では個人の家でも、喫茶店や飲屋でも、公共の施設でも、あちこちに儀間比呂志の木版画が飾られていて、彼が沖縄の人びとにひろく親しまれていることがよくわかる。・・・」


霜多正次 しもた-せいじ
1913-2003 昭和後期-平成時代の小説家,評論家。
大正2年9月5日生まれ。第二次大戦後,新日本文学会にはいる。米軍占領下の沖縄をえがいた長編「沖縄島」で昭和32年毎日出版文化賞。新日本文学会をはなれ,40年日本民主主義文学同盟設立につくす。46年「明けもどろ」で多喜二・百合子賞。平成15年4月16日死去。89歳。沖縄県出身。東京帝大卒。旧姓は島袋。評論に「文学と現代」など。(コトバンク)


1985年8月『版画藝術』室伏哲郎「わが胸の沖縄のここには・・・・」

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左から仲里渚善さん、平良昭隆氏、平良知二氏、百恵さん/寛仁くん親子

花城良廣氏「乾杯のあいさつ」






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沖縄コンベンションセンター/写真左から新城栄徳、仲松庸次氏(1952年沖縄県那覇市首里生まれ。城西小,首里中,首里高,金沢大卒。現在,沖縄県読谷村で学習塾。大学では心理学を専攻)京子さん(曽根信一の娘さん)


2018年7月6日 末吉安允氏と某団体の灯籠流しに参加した。右が末吉安允氏


1970年8月 『太陽』「今月の人ー曽根家の人たち」左から3人目が曽根信一氏


「ニッコールクラブ写真展」(沖縄三越)ー石垣里公(書道教師)、森幸次郎(沖縄県庁広報)、平良正一郎(ソベ電器)、又吉(医師)、山田實、有銘盛紀(那覇市役所)、曽根信一、ビセ(那覇市役所)小橋川門副(写真館)、上江洲清徳(南映劇場) 、伊元源二(沖縄県庁)

金城安太郎展の情報の紙面展開がタイムスは新報に比べて少ないので、6月8日にタイムス出版部の後田多敦氏を訪ねた。氏は6月16日のタイムス文化欄に「琉球の美を求めてー金城安太郎と沖縄美術」を書いたという。そのうち四方山話になり球陽日本画会のことで謝花雲石の名前が出て、写真家の山田實さん保管の雲石の戦前の作品の話になった。後田多氏、学芸部の友利記者に連絡、3人で話をしているうちに取材に行こうということになった。この場合、取材する側、作品を解説する人と山田さんの都合が合わないと取材は成立しない。電話で都合を確認するとお互いに運悪く(?)都合は良いとのこと。新報との兼ね合いもあるというのに。

私が雲石と出会ったのは中学のころ、見聞きしたことがあるが本格的に興味を持ったのが、1972年2月10日、亀岡の大本本部に奉仕活動に来ていた金城ひろみさんに誘われて那覇での大本「琉球国魂鎮座祭」に参加し大本に関心を持ったときである。雲石は戦前から大本の信者であることが分かり親しみを持った。以来、雲石周辺に居た人たちとも出会った。曽根信一(名刺の字は雲石書)照屋栄一親泊元高山田實らの諸氏とも出会うことになる。それはともかく、タイムスには6月9日に「謝花雲石戦前の書見つかる」として1面に載った。新報は山田氏の明治大学の戦後の後輩、宮城記者が取材し、6月17日に「謝花雲石の戦前作発見」として23面に載った。(2009-6-19記)

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1967年6月4日『潮流ジャーナル』小中陽太郎「<ルポ>沖縄の右翼たち」1967年3月29日、福地曠昭は路上で短刀を持った二人組に襲われた。短刀で刺され、全治2ヶ月の重傷。4月3日に犯人が逮捕された。犯人は「東亜友愛事業協同組合」沖縄支部(宜保俊夫支部長)のメンバー金城義雄(22)と野原林一(21)。「沖縄政治研究会」は東亜友愛事業協同組合のダミー組織.。

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前島にあった海勢頭豊氏の店で、左から新城栄徳、儀間比呂志氏、福地曠昭氏
〇儀間さんには『沖縄戦 朝鮮人軍夫と従軍慰安婦』1995年、福地さんには『哀号・朝鮮人の沖縄戦』月刊沖縄社1987年がある。

2006年6月 福地曠昭『つりと海ー今昔物語ー』那覇出版社

□福地曠昭 ふくち-ひろあき
1931- 昭和後期-平成時代の労働運動家。
昭和6年2月28日生まれ。昭和31年沖縄教職員会にはいり,祖国復帰運動に参加。43年屋良(やら)朝苗琉球主席の誕生につくす。平和・教育運動に活躍し,47年沖縄革新共闘会議事務局長,平成2年県教組委員長。沖縄県出身。青山学院大中退。著作に「村と戦争」「沖縄の混血児と母」など。→ウィキ

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福地曠昭の本

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国場幸太郎氏を囲んで
左から新城栄徳、国場幸太郎氏、後方左から鳥山淳氏、森宣雄氏、福地曠昭氏
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1995年5月 ひめゆり同窓会東京支部『ひめゆり同窓会』ルック


1997年4月 儀間比呂志『マジムン(おばけ)のうた』ルック(東京都豊島区巣鴨1-20-9)


1911年10月 井上圓了『日本周遊奇談』博文館「琉球の七奇ーハブと豚、薯と泡盛、ユタ墓場、赤き瓦を七奇とぞ知る。」
大正14年7月『週刊朝日』伊東忠太□化けものー故井上円了博士は有名な妖怪学者であったが、博士は化け物の有無については徹底的に断案を下しておらない。伊東には「妖怪研究」という文章もある。






2007年 沖縄県産人形アニメ映画『鉄の子カナヒル』(原作・儀間比呂志)


2018年8月7日~12日ー沖縄県立博物館・美術館 県民ギャラリー2「比嘉ブラザーズの沖縄のマジムンと怪異展」

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1906年5月11日『琉球新報』「童話ー義民伝 前号で終わりましたから今度は暫く少年少女を相手に昔から伝えた本県のお伽話を普通語になおして掲載することにしました。猿のお臀」/5月12日『琉球新報』「童話―外間氏の話」

1906年5月13日『琉球新報』「童話―清雄の立身」/1906年5月15日『琉球新報』「童話―親食ひ不孝」

1906年5月16日『琉球新報』「童話―御師さんと小僧」/1906年5月17日『琉球新報』「童話―國の始め」


1906年5月18日『琉球新報』「童話―モーイ親方の幼時 老父捨ての話」/1906年5月19日『琉球新報』「童話―兄弟不和の戒 平安座バッタラーの話 翡翠と雀の話」


1906年5月22日『琉球新報』「童話―ダヌンナラン胡屋主 悪の報」/1906年5月23日『琉球新報』「童話―田植唄 子守唄」


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2000年4月 儀間比呂志『沖縄の鳥人 飛びアンリー』海風社



出版祝賀会案内状/2000年4月13日『琉球新報』新城栄徳「儀間比呂志と沖縄の文化」





真喜志康忠

真喜志勉/2016年 沖縄県立博物館・美術館「Ambivalent TOM MAX」

洲鎌朝夫/2009年 「洲鎌朝夫 一周忌 追悼集」遊びをせんとや生うまれけむ 戯たはぶれせんとや生むまれけん 遊ぶ子供の声聞けば 我が身さへこそ動ゆるがるれ

中央、久場とよ、宮良瑛子さん/2016年 沖縄県立博物館・美術館「EIKO MIYARA いのち」

平良次子さん、新城さやか

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