1967年6月4日『潮流ジャーナル』小中陽太郎「<ルポ>沖縄の右翼たち」1967年3月29日、福地曠昭は路上で短刀を持った二人組に襲われた。短刀で刺され、全治2ヶ月の重傷。4月3日に犯人が逮捕された。犯人は「東亜友愛事業協同組合」沖縄支部(宜保俊夫支部長)のメンバー金城義雄(22)と野原林一(21)。「沖縄政治研究会」は東亜友愛事業協同組合のダミー組織.。

null
前島にあった海勢頭豊氏の店で、左から新城栄徳、儀間比呂志氏、福地曠昭氏
〇儀間さんには『沖縄戦 朝鮮人軍夫と従軍慰安婦』1995年、福地さんには『哀号・朝鮮人の沖縄戦』月刊沖縄社1987年がある。

 2004年3月23日、「米兵によるあらゆる事件・事故に抗議する県民大会」があった。友人たちのバスで会場の北谷公園野球場前広場に1時に着く。テレビで宮古に大雨警報とあったが、会場も雨であった。2時に大会が始まる前に会場を一周した。テントで福地曠昭氏と、安仁屋政昭氏が話をしている中に割り込んだ。福地氏に今度の『オキナワグラフ』に氏の名前を引用している旨を話した。そのうちかつての全軍労の闘士・上原康助氏も福地氏の会話に加わってきた。上原氏を目前にするのは初めてだがテレビで馴染んでいたせいか以前からの知人のように感じた。また西尾市郎氏も抗議活動を展開していた。



2006年6月 福地曠昭『つりと海ー今昔物語ー』那覇出版社

□福地曠昭 ふくち-ひろあき
1931- 昭和後期-平成時代の労働運動家。
昭和6年2月28日生まれ。昭和31年沖縄教職員会にはいり,祖国復帰運動に参加。43年屋良(やら)朝苗琉球主席の誕生につくす。平和・教育運動に活躍し,47年沖縄革新共闘会議事務局長,平成2年県教組委員長。沖縄県出身。青山学院大中退。著作に「村と戦争」「沖縄の混血児と母」など。→ウィキ

null
福地曠昭の本

null
国場幸太郎氏を囲んで
左から新城栄徳、国場幸太郎氏、後方左から鳥山淳氏、森宣雄氏、福地曠昭氏