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Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
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 「くろねこの短語」2021年2月28日 (前略)で、笑っちゃうのが、夫婦別姓反対しておきながら、自分は旧姓の「丸川」を使ってるんだから、何考えてんだか。もっとも、このネーチャンに政治的信念なんかないのはわかってることだけど・・・。丸川珠代の他にも、野田聖子、三原じゅん子が旧姓を使用しているんだね。そう言えば、飲み会を断らない女・山田広報官も旧姓使用組だ。てことは、「選択的夫婦別姓」を実現してるようなもんじゃないのか。
 それはともかく、“ジェンダー平等の旗振り役”である男女共同参画担当大臣が、「選択的夫婦別姓」に反対するってのは大いなる矛盾であって、そんな無節操な政治屋が「あらゆる差別と闘う」というオリンピズムを遵守すべき五輪担当大臣でもあるなんて、へそが茶を沸かしますよ、ったく。/昭恵の女子会で、昭恵の隣をキープする山田真貴子の写真、貼っておこう。端っこに谷査恵子、昭恵の隣に小野さんも居るよ〜有能な人かもしれないが、自民党政権の中で腐れていくのは気の毒だ。
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2021年2月 仲程昌徳『沖縄文学の魅力』ボーダーインク/2014年5月 仲程昌徳『宮城聡』ボーダーインク

 2-27 今日はジュールクニチは、グソーの正月。昨年は家の母が95歳で亡くなったので初十六日。東大阪の息子夫婦も参加するはずがコロナ禍で無理。昼、弟の車で高速道路を通って、読谷の父母の墓の掃除、花を活けて供養。その後、泊の家でお供え物でウチカビ。読谷の娘親子もきた。
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 2-26 曇り空なので出る気はないが、家の前を左に直進すると、なかのはし薬局がみえる。近隣は病院が多い。さらに進むと泊小学校が左に見える、息子、娘の母校。進むと「黄金森公園(くがにむいこうえん)」。側の階段を上ると、右にNHK、YAMADA。その向こうが沖縄県立博物館・美術館。

 海鳴りの島から 2-26 長年にわたり遺骨を収集してきた人たちは尊敬するし、戦死者の遺骨の上に軍事基地を作るのは、私も我慢がならない。ただ、これから使用される予定の南部の土砂が話題になる一方で、北部の土砂を使って現に進められている辺野古の埋め立てには、どれだけの関心が向けられているか、と日々疑問が湧き起こる。止めることができないまま、埋め立てが進行している現場(現実)から目をそらしているのではないか。

 「くろねこの短語」2021年2月26日 「木で鼻を括る」「糠に釘」「暖簾に腕押し」「馬耳東風」・・・いやいやそれより「蛙の面に小便」って言うのが最もふさわしい。何がって、昨日の衆議院予算委員会における飲み会を断らない女・山田真貴子君の答弁だ。言葉の端々から覗くのは、「全体の奉仕者」なんてことは考えたこともないだろう権力志向に陥った官僚のおぞましさなんだね。「反省」を口にはするけど、腹の中では「知ったことか」って居直っているのに違いない。
 たとえば、NHKに抗議の電話をかけたかって質問に「携帯の履歴を調べないとわからない」ときたもんだ。カス総理のロン毛の息子についても「(カス総理が総務大臣時代に)秘書官だったことはこの騒動で初めて知った」とさ。会食の際に「名刺交換はしていない」なんてことものたまってくれたようだが、ここまでくるとその面の皮の厚さに拍手したくなるほどだ。

2-25 14時、泊・家の前の通りを左に直進して久米の山田写真機店までの風景。ローソン前島店改装準備中。魚料理屋が座席は密状態で、表に並んでいる。セブンイレブン前島店入ったら密状態なのですぐに出た。美栄橋駅、県庁前駅
右、
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  「くろねこの短語」2021年2月24日 (前略)新悪いことはできないもので、エビフリャー河村君に対するリコール運動の動きもあるってんだから愉快な展開になったきたものだ。イエス高須君もこのままだと責任者として逮捕される可能性もあるから、しばらくは眠れない夜が続くことだろう。眠れないのは大阪のチンピラ市長も同じで、署名偽造の実行者と疑われている事務局長は維新の仲間ですからね。リコールを支援していたイソジン吉村君共々、とにかく火の粉が飛んでこないことを必死に祈っていることだろう。

 [ニューヨーク 22日 ロイター] - 米国で22日、新型コロナウイルス感染症による累計の死者が50万人を突破した。新型コロナのパンデミック(世界的大流行)が始まってから、米国民の673人に1人が犠牲になったことを意味する。バイデン米大統領はこの日、ホワイトハウスで開催した新型コロナ犠牲者の追悼式で演説し、米国民に対し、党派的な対立を脇に置いて新型コロナとの闘いで団結するよう呼び掛けた。
 バイデン氏は「われわれはきょう、非常に残酷で悲痛な節目を迎えた。このパンデミックで1年間に50万0071人の方々が亡くなった。これは第1次世界大戦、第2次世界大戦、ベトナム戦争を合わせた死者よりも多い」と指摘。とあるが、南北戦争は両軍合わせて50万人近くの戦死者を出している。→ウィキ

 いんしゃあ かなす 2-20 今日の宮古島地元紙より◼️クラスターが発生し、自衛隊が「応援」に入った老健施設で、昨日発表で6名(合計9名)の死亡者が出たというニュース。私は知人の看護師からこの施設で死亡者が複数出ていることを聞いていたが、なぜ発表されないのか?と疑問に思っていた。40名もの自衛隊(看護官5名)が入り、医療体制はどのようになっていたのか?自衛隊が引き上げるまで発表を引き延ばしていたかのようなタイミングだ。◼️地震の多い宮古島。毎月140回もの地震。活断層も多い。しかも地下水の島。こういうことろに、基地など作るべきではない!/M・T それをいいことに、嘘とごまかしで 権力の維持継続をもくろむ 敵基地攻撃能力で南西諸島での軍備増強 やりたい放題の米軍の演習も我関せず 沖縄県民の命、コロナで苦しむ国民など、政治の眼中にない 世界の物笑いの種ばかりの政治をこのまま続けるのか。

 「くろねこの短語」2021年2月20日 (前略)新聞テレビが総務省接待疑惑を叩けない理由 検察もまったく動く気配を見せないし、ロンゲの息子を守るために、高級官僚の左遷で一件落着とは、国民を舐めるのも大概にしやがれ・・・・ってなもんです。ところで、橋本セクハラ聖子君が自民党を離党した。ちょいと様子見してたんだろうが、「自民党の自民党による自民党のためのオリンピック」なんて声が漏れ聞こえてきたのだろう。早々に自民党離党を決めましたとさ。
 組織委員会会長騒動がとりあえずおさまって、メディアからはオリンピックに前向きな報道もチラついているけど、そうは問屋が卸しませんよ。なんと、福島第一原発の1、3号機格納容器の水位が先日の地震で低下しているそうだ。サメの脳みその女性蔑視発言よりも、こちらの問題の方がオリンピック中止の理由に十分なり得るんだね。日本は、原子力緊急事態宣言の最中にある、ってことを忘れちゃいけない。オリンピサクなんかにかまけている場合じゃないだろうと改めて思い知らされる今日この頃なのだ。

 「くろねこの短語」2021年2月17日 (前略)ところで、経済同友会の桜田謙悟代表幹事が、企業で女性の役員登用が進んでいない理由を問われ「女性側にも原因がないことはない」とし、「チャンスを積極的に取りにいこうとする女性がまだそれほど多くないのではないか」との認識を示した。ってね。積極的な女性を排除するシステムこそが問題なのに、「女性側にも原因がないことはない」とはねえ。
 土建政治の二階君が、「自民党の幹部会議に女性議員を発言権のないオブザーバーとして出席させてやる」って偉そうにのたまったそうだが、これも経済同友会代表幹事の発言とその根は同じなんだね。こんなひとたちの存在が日本のジェンダーギャップ指数を世界144か国中114位という情けないレベルに引き下げてるのは間違いない。最後に、愛知県知事リコール不正は、維新と日本会議の影がチラつくようで、イエス高須とエビフリャー河村の両君は、どうあがいてもお咎めなしではすみそうにありません。逮捕も十分にある展開で、どえりゃーことになってきましたとさ。 

 『週刊ポスト』2021年2月26日・3月5日号 政治の失敗、人災であることを示している。“コロナ戦犯政治家”の筆頭に挙げられるのは安倍晋三・前首相だろう。コロナ対策の初動を誤って感染を広げながら、途中で政権を投げ出し、“敵前逃亡”を決め込んだ。安倍政権は中国が武漢を封鎖後も、予定されていた習近平・国家主席の来日に影響が出ることを恐れて中国からの入国禁止措置の発動が遅れ、中国人観光客を受け入れた。(略)
 そうした最悪の事態を予期しながら、感染第2波さなかの8月28日に突然、持病の悪化を理由に退陣を表明し、菅義偉・首相が政権を継いだ。当時は、「病気なら仕方ない」と同情された。ところが、退陣後の安倍氏は入院や静養するのではなく、コロナ対応を投げ出したことを棚に上げて「ポストコロナの経済政策を考える議員連盟」会長に就任して政治活動を再開。「“再々登板”に意欲がある」(細田派幹部)といわれるほどだ。
 安倍政権の初動の失敗には、「これは風邪だから、はやり病だから」と楽観視していた麻生太郎・副総理兼財務相をはじめ、梶山弘志・経産相、赤羽一嘉・国交相、萩生田光一・文科相ら菅政権で再任された大臣たちも連帯責任を負っている。

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 HIRO 2-16 森喜朗氏の五輪関連で年間六千万の話。復興五輪とは名ばかりで、人件費や資材の高騰で復興の妨げになっていた。国民の8割が中止や延期を望んでいるのに、何としても開催したい政府と東京都。大きく膨れ上がった五輪予算は利権漁りの温床になっている。森氏だけの問題ではない。徹底的な調査が必要だ。//『毎日新聞』12日 12日に開かれた東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の評議員と理事による緊急会合で、森喜朗会長(83)は辞任すると表明した。森氏の辞任で東京オリンピックの招致の「顔」だった4人が、いずれも不本意な形で表舞台から去った。2013年9月の招致決定当時、東京都知事だった猪瀬直樹氏(74)、日本オリンピック委員会(JOC)会長だった竹田恒和氏(73)、首相だった安倍晋三氏(66)、そして招致委員会評議会議長だった森氏だ。JOC関係者は「やはり、東京五輪は呪われているのだろうか」と表情を曇らせた。

 斎藤 陽子 (Walnut, California) 2021-2ー6  7年前Facebook本社を訪ねた後、Google社の本社へも行ってきました。【思い出のアルバム】Facebook本社に寄った後、シリコン・バレーの北カリフォルニア・マウンティンビュー、アンフィシアター・パークウェーにあります、Google本社にも行ってきました。こちらもFacebook同様、セキュリティーが厳しく、会社訪問はいろいろ手続きが要ります。5年ほど前に、初めて空中からの鮮明な自宅写真をGoogleの空中写真で見た時の驚きは忘れられません。みなさまもご存知のように、この会社のニュースやオンライン翻訳サービス、画像検索やマップなどと、私たちの身辺の「お助け」役として、便利さを求めて何かと身近な存在の会社です。
 1998年に、この近くにありますスタンフォード大学の学生が作った会社として有名です。この会社もFacebook社同様、各国の料理を無料で社員に提供し始めたことでも話題を呼んでいますが、ユニークなことは猫以外のペットを職場に持ち込むことも可能だということです。おもちゃの遊び道具なども仕事場にあり、フィトネスのジムやサウナもあり、仕事のストレスを如何に緩和してもらうかとユニークなことを導入している会社で、世界の人々に利用されている検索エンジンの会社です。Google本社の中に点在する棟にゆくための、社員が使うグーグル・カラーのカラフルな自転車が、社内敷地の各地の自転車置き場にありました。従業員はグーグル・カラーの椅子に座り、芝生の中庭でくつろぎながら仕事をしている風景は大学のキャンパス風景にも似ています。
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  斎藤 陽子 (Walnut, California) 2021-2ー5  遠くふる里 日本とアメリカを瞬時に結んでくれるFscebookは私にとって神々しい存在ですが、7年前にそのFscebook本社を訪問することができました。【思い出のアルバム】
 シリコン・バレーと言われている、北カリフォルニア州パロアルト・メンロパークにある、Facebookの本社を訪問しました。私は2009年からお世話になっていますこのFacebook会社、みなさんの中には、毎日お世話になったている方も多いと思います。本社前には「いいね」の看板と1 Hacker Wayの住所の表記がありますが、通常はここから先の駐車場含め本社には関係者以外入る事が出来ず、セキュリティーが厳しい会社で、唯一この会社で働いている友人の招待で、見学がかないました。シリコンバレーにはこの他 Apple や Google 等の、世界的な大企がありますが、これらの利益が多い会社はそこの地域に納める税金の額も莫大という事から、地域の住所の名前を名付ける権利を与えられている場合が多いです。 Facebookの住所は『1 Hacker Way』と付けれていますが、これは世界で一番のハッカー(エンジニア)が集まるという意味を込めているようにも思え、ユーモアを感じます。
 Facebook社は2004年創業で、従業員はこの本社だけで400人ほどとのことですが全世界支社のFB社員数を含めるとは相当数になります。FB社の立ち上げ当初の会員はハーバード大学のドメインのメールアドレスを持つ学生に限定されている学生仲間だけのものでした。やがてボストン地域の大学、アイビーリーグの大学、スタンフォード大学へと対象が拡大されてゆき、徐々にさまざまな大学の学生も対象に加わり、やがて高校生にも開放され、最終的には13歳以上のすべての人に開放され、現在のFacebookに至ったとのことで、ユーザー登録時に13歳以上であることを宣言すれば誰でも会員になれることになりました。会社に入って見学終了するまで、セキュリティーが厳しく、ここで働いている友人のエスコートが、見学終了するまで必要です。
 この会社の建物は公園内のような敷地に幾つも有り、大学キャンパスのような雰囲気からか、彼らはここをキャンパスと呼んでいました。本社はメインの大通りに沿って、街並みがあるような通りで、無料のレストラン、これも無料のアイスクリームショップなどや、お土産物屋、自転車ショップなどが用意され、各所に有るも飲料水の自販機もすべて無料です。社員食堂ではアメリカンから、寿司有りイタリアン多国籍まで様々な料理が用意され、キャフテリア方式で常時無料で食べられ、社員と並んで社食も食べてきました。Facebookと言えば有名な Facebook Wall もFacebook本社内の至るところに用意されており、訪問者が記念に落書きをする壁もありました。中庭には、社員用のバーベキューなども有りました、もちろん無料です。本社の中庭は広いので、社員は他の棟に行く時には二人乗り三輪車が交通手段でした。創業者マーク・ザッカーバーグがハーバードの大学寮から、Facebook を起こし、スタートアップの急成長で、これほど世界的大企業に成長させた、若者の偉業を驚嘆する思いで見てきました。
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Posted by: ryubun02

1971年4月 沖縄の雑誌『青い海』創刊号 大城皓也「藤田嗣治先生の想い出」
 2014年5月24日~9月15日 沖縄県立博物館・美術館「コレクション展/『沖縄美術の流れ』」で、藤田嗣治の「辻美人」「海辺の墓地」が展示されている。下記の頃に描いたものだ。
1938年4月ー世界のフジタ、二科会の重鎮・藤田嗣治が加治屋隆二、竹谷富士雄、南風原朝光を伴って浮島丸で来沖。那覇港には比嘉景常、名渡山愛順、大城皓也らが出迎えた。加治屋は東京の小学校での比嘉景常の教え子。南風原と琉球新報記者の國吉眞哲とは同じ泊出身、親友であった。琉球新報は藤田の講演会、座談会を企画し、藤田作品鑑賞会を後援するなど抱え込んだ。
 藤田嗣治の来沖の経緯は、国吉真哲さんが「絵かき仲間の加治屋隆二さん、竹谷不二雄さんと南風原朝光君3人で沖縄へ行こうという話になり、その旅費のことなど打ちあわせている所へ、藤田画伯が来て『おもしろそうな話をしているなあ、ボクも行こう』ということになって沖縄を訪れた」と『南風原朝光遺作画集』の中で述べている。
 藤田は1910年に東京美術学校を卒業、同級生には岡本一平(岡本太郎の父)、近藤浩一路などがいた。30年、藤田は世界恐慌の最中に北米に旅立つ。そして南米に廻りブラジル、アルゼンチンなどで多くの沖縄人にも出会う。メキシコで『週刊日墨新聞』を創刊した平田忠義もその一人で平田はその出会いを自伝に書いている。それ以来、藤田は沖縄に関心を持ちつづけていたようだ。沖縄県が購入した藤田作「孫」は38年9月の第25回二科会展覧会(東京府美術館)に出品されたものだ。

藤田が沖縄で描いた作品「山城正忠像」
1938年5月14日『琉球新報』辻井浩太郎(三重県立上野中学校教諭)「沖縄観光の思ひ出ー有名な辻の女を見、独特の舞踊も見た。彼女らの生活内部も只見るだけは見て、いい話の種にはなった。今度行ったら古典劇をゆっくり見たいと思ふ。・・・」
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1938年5月15日『琉球新報』「藤田展覧会」ー辻美人も描いている。
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1938年5月20日『琉球新報』「藤田帰京」
□藤田嗣治「沖縄へ送る讃美」
黒潮に浮ぶ首飾の島々/浪に風に憩いなく洗はれ打たれ/長き黒髪は漂ひ瞳は輝く/憧れのこの島         ◇
赤く又青く咲き茂る名も知らぬ木草/影は旅人を包み、枝は異鳥を宿す/りゅうぜつらんは月を貫き、墓場は愛の密語を漏さず/懐しのこの島        ◇
帯もなき薄衣の女子等/乳も脛も銅に染めて、珊瑚礁の花の上を歩む/海山の幸を頭上に飾りて/さらば、この夢の國

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1943年2月 『新美術』春鳥會 藤田嗣治「戰爭画に就いて」
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現地に於ける藤田嗣治氏、田村孝之助氏
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藤田嗣治「12月8日の真珠湾」
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藤田嗣治「シンガポール最後の日」



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