09/21: 世相ジャパン(99)
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9月24日 がじまるエイサー広報部(大阪) ハイサイでーびる。めっちゃ久しぶりの投稿やいびんどぉさい。がじまるエイサー祭りが4年ぶりに帰って来ましたよぉ~。沖縄から千原エイサーがやって来ます。今年は熱中症対策で例年より2週間うしろにずらしました。お間違えのないように。ゆたさるぐとぅ、うにげぇさびら。


いいねうるま市 山城 明 · 9月24日 · おはよう御座います 今日も暑いです
豊里友行 今週の日曜日9月24日は、大阪の「第49回エイサー祭り」に千原エイサーの写真を撮りに行ってきます。めったに県外に出ることがない出不精な私ですが、がじまるの会・エイサー祭り実行委員会より昨年出版した写真録『千原エイサー』(2022年刊、沖縄書房)を見て写真展を開催依頼をいただく。ついでにエイサーとは別の別区画で「おきなわ」豊里友行写真展の大阪展も開催することになりました。ぜひ。エイサーを楽しみつつ、私の写真展も観に来ていただけると嬉しいです。



2023年9月『琉球』№68琉球館〒903-0801 那覇市首里末吉町1-154-102 ☎098-943-6945/FAX098-943-6947◇後多田敦「歴史はしばしば韻を踏むー百年前の日本(大日本帝国)ー」/しもじけいこ「宮古IN コロナ明け?の島で」



島袋マカト陽子「東京琉球館便り」/伊良波賢弥「焚字炉の葉書②天妃の門」/鈴木次郎「沖縄戦と詩・寒川哲人(名嘉座元司)」


仲松 健雄 「敬老の日」の18日,東京沖縄県人会 川平朝清最高顧問(第7代会長)のカジマヤー祝いをホテルニューオータニ東京「鶴の間」で開催✨「鶴の間」は500名を超える参加者の祝福と熱気に包まれました❗️幕開け 「かぎやで風」東京琉球舞踊協会師匠の皆様/川平ファミリー、仲松 健雄さん




9月17日 明日が敬老の日ということでユンタンの娘と孫の合作「お婆ちゃん」「爺ちゃん」の絵を持ってきたが、どう見てもお婆ちゃんが娘の年齢に見える。沖縄県立博物館・美術館で遊んでコープ、ジュンク堂(地下1階に駿河屋 那覇沖映通り店)

山城 明 ·9月15日 · うるま市南風原漁港から あちさんや〜海面がキラキラ輝いてますよ



9月15日 平和通り傍の通り/沖縄県立博物館・美術館で左から宇佐美賢さん、山本正昭さん、翁長良明さん/那覇市市民文化財課で外間政明さん、課長兼博物館長の上原清実さん

大濱 聡 9月14日 ■Media literacyーー9.12にNHK沖縄が〈独自〉ネタとして報じた「〃有事の際の避難のあり方〃与那国島で検討状況伝える初の住民説明会」――最後は「有事が迫ってきているのではないかという不安が大きいです」でまとめていた。通常は賛否両論の意見を伝えるが、意図的なのか、深く考えずに一人だけにしたのか。■しかし、現場を取材していた三上智恵さん(映画監督)のFBで生々しい実情を知ることができた。以下、一部引用。→三上智恵 2023年9月13日 いよいよ万が一の時の全島避難の住民説明会が与那国島で開かれた
くろねこの短語 2023年9月 8日 (金) 性加害者ジャニーの名前が冠のままでどこが「解体的手直し」だ!!&TV局はジャニーと深い関わりのあった制作局長やプロデューサーを事情聴取して、検証番組を作るべき!!


関連:岡留安則/1996年9月 『噂の眞相』/1997年9月 『噂の眞相』

いいねうるま市 山城 明 · 9月6日 · 涼しい風が吹いて気持ち良いですよ!

大濱 聡 ■本日(9.6)「悠仁さま17歳の誕生日」というニュースを伝えていた。ところで、拙著でいちばん古いのは17歳時(1965年・高校2年)の地元紙への投書である。前年に大ヒットしたのが西郷輝彦の「十七才のこの胸に」。よく口ずさんだ。沖縄出身の南沙織のデビュー曲は「17才(1971年)である。■その他、映画などでも「17才(歳)」を冠したものが多いのはなぜだろう。
新城栄徳◇私の17歳は東京一の繁華街、新宿歌舞伎町の大衆割烹「勇駒」で働いていた。その頃は若くてパワーもあった。20年ほど前、浅草寺初詣に行ったとき参拝者の列に入ったら全く身動きが取れなく離脱した。とにかく過密都市でのオリンピック開催は気が知れない。いずれにせよ静かな場所に憧れて京都に住み着いたのが1969年であったが、盆地だから夏は暑く、冬は底冷えに寒い。



9月5日 那覇市民ギャラリー「―表現する布染―平井真人YUGAFU2023」展
東洋経済オンライン ·9月5日 2025年4月に予定されている大阪・関西万博の開催に暗雲が立ち込めています。海外参加国のパビリオンの建設工事が大幅に遅れており、ゼネコン関係者も「手を出さないほうがいい」と冷ややかに見ています。
泉 房穂 9月5日(火)朝刊1面に『辺野古移設、沖縄県敗訴確定、最高裁判決』との見出し。“裁判”といっても、これは“政治”そのもの。最高裁の裁判官を決めるのは、ときの政権。政権が許容できる範囲の裁判官しか今は選ばれていない。政権が許容できない判決が出ることはなく、結局は“政治”だ・・・

いいねうるま市9月4日/山城 明 世界遺産勝連城跡から


9月3日 県庁前駅/おもろまち駅



9月3日 沖縄県立博物館・美術館

9月24日 がじまるエイサー広報部(大阪) ハイサイでーびる。めっちゃ久しぶりの投稿やいびんどぉさい。がじまるエイサー祭りが4年ぶりに帰って来ましたよぉ~。沖縄から千原エイサーがやって来ます。今年は熱中症対策で例年より2週間うしろにずらしました。お間違えのないように。ゆたさるぐとぅ、うにげぇさびら。


いいねうるま市 山城 明 · 9月24日 · おはよう御座います 今日も暑いです
豊里友行 今週の日曜日9月24日は、大阪の「第49回エイサー祭り」に千原エイサーの写真を撮りに行ってきます。めったに県外に出ることがない出不精な私ですが、がじまるの会・エイサー祭り実行委員会より昨年出版した写真録『千原エイサー』(2022年刊、沖縄書房)を見て写真展を開催依頼をいただく。ついでにエイサーとは別の別区画で「おきなわ」豊里友行写真展の大阪展も開催することになりました。ぜひ。エイサーを楽しみつつ、私の写真展も観に来ていただけると嬉しいです。



2023年9月『琉球』№68琉球館〒903-0801 那覇市首里末吉町1-154-102 ☎098-943-6945/FAX098-943-6947◇後多田敦「歴史はしばしば韻を踏むー百年前の日本(大日本帝国)ー」/しもじけいこ「宮古IN コロナ明け?の島で」



島袋マカト陽子「東京琉球館便り」/伊良波賢弥「焚字炉の葉書②天妃の門」/鈴木次郎「沖縄戦と詩・寒川哲人(名嘉座元司)」


仲松 健雄 「敬老の日」の18日,東京沖縄県人会 川平朝清最高顧問(第7代会長)のカジマヤー祝いをホテルニューオータニ東京「鶴の間」で開催✨「鶴の間」は500名を超える参加者の祝福と熱気に包まれました❗️幕開け 「かぎやで風」東京琉球舞踊協会師匠の皆様/川平ファミリー、仲松 健雄さん




9月17日 明日が敬老の日ということでユンタンの娘と孫の合作「お婆ちゃん」「爺ちゃん」の絵を持ってきたが、どう見てもお婆ちゃんが娘の年齢に見える。沖縄県立博物館・美術館で遊んでコープ、ジュンク堂(地下1階に駿河屋 那覇沖映通り店)

山城 明 ·9月15日 · うるま市南風原漁港から あちさんや〜海面がキラキラ輝いてますよ



9月15日 平和通り傍の通り/沖縄県立博物館・美術館で左から宇佐美賢さん、山本正昭さん、翁長良明さん/那覇市市民文化財課で外間政明さん、課長兼博物館長の上原清実さん

大濱 聡 9月14日 ■Media literacyーー9.12にNHK沖縄が〈独自〉ネタとして報じた「〃有事の際の避難のあり方〃与那国島で検討状況伝える初の住民説明会」――最後は「有事が迫ってきているのではないかという不安が大きいです」でまとめていた。通常は賛否両論の意見を伝えるが、意図的なのか、深く考えずに一人だけにしたのか。■しかし、現場を取材していた三上智恵さん(映画監督)のFBで生々しい実情を知ることができた。以下、一部引用。→三上智恵 2023年9月13日 いよいよ万が一の時の全島避難の住民説明会が与那国島で開かれた
くろねこの短語 2023年9月 8日 (金) 性加害者ジャニーの名前が冠のままでどこが「解体的手直し」だ!!&TV局はジャニーと深い関わりのあった制作局長やプロデューサーを事情聴取して、検証番組を作るべき!!



関連:岡留安則/1996年9月 『噂の眞相』/1997年9月 『噂の眞相』

いいねうるま市 山城 明 · 9月6日 · 涼しい風が吹いて気持ち良いですよ!

大濱 聡 ■本日(9.6)「悠仁さま17歳の誕生日」というニュースを伝えていた。ところで、拙著でいちばん古いのは17歳時(1965年・高校2年)の地元紙への投書である。前年に大ヒットしたのが西郷輝彦の「十七才のこの胸に」。よく口ずさんだ。沖縄出身の南沙織のデビュー曲は「17才(1971年)である。■その他、映画などでも「17才(歳)」を冠したものが多いのはなぜだろう。
新城栄徳◇私の17歳は東京一の繁華街、新宿歌舞伎町の大衆割烹「勇駒」で働いていた。その頃は若くてパワーもあった。20年ほど前、浅草寺初詣に行ったとき参拝者の列に入ったら全く身動きが取れなく離脱した。とにかく過密都市でのオリンピック開催は気が知れない。いずれにせよ静かな場所に憧れて京都に住み着いたのが1969年であったが、盆地だから夏は暑く、冬は底冷えに寒い。



9月5日 那覇市民ギャラリー「―表現する布染―平井真人YUGAFU2023」展
東洋経済オンライン ·9月5日 2025年4月に予定されている大阪・関西万博の開催に暗雲が立ち込めています。海外参加国のパビリオンの建設工事が大幅に遅れており、ゼネコン関係者も「手を出さないほうがいい」と冷ややかに見ています。
泉 房穂 9月5日(火)朝刊1面に『辺野古移設、沖縄県敗訴確定、最高裁判決』との見出し。“裁判”といっても、これは“政治”そのもの。最高裁の裁判官を決めるのは、ときの政権。政権が許容できる範囲の裁判官しか今は選ばれていない。政権が許容できない判決が出ることはなく、結局は“政治”だ・・・

いいねうるま市9月4日/山城 明 世界遺産勝連城跡から


9月3日 県庁前駅/おもろまち駅




9月3日 沖縄県立博物館・美術館
09/21: 年譜・末吉麦門冬/1915(大正4)年
1月3日『琉球新報』眞境名笑古「陳侃の観たる沖縄」
1月5日『琉球新報』俳諧小僧(末吉安恭)「兎の俳句ー卯歳の新年に因みて古今の兎の句を紹介してみます。兎と云ふ動物は家畜としても面白い」ものだがまだ野生を脱しない奴で其の特色は寧ろ野生の馴致し難い所にある。・・・・・」
1月7日『琉球新報』「尚昌氏、英国留学中昨日加茂丸で神戸着帰朝」/「来県中の中央気象台長理学博士の中村静男氏を池畑旅館に訪ねる」

『琉球新報』1915年1月11日
2月7日『琉球新報』伊波普猷「沖縄人と神道」
2月9日『琉球新報』「尚昌、尚順、神山政良 広運丸で帰郷」
2月10日『琉球新報』神山政良「滞英雑感」
2月16日『琉球新報』「蘇鉄の實と売薬商」
2月27日『琉球新報』麦門冬「琉球饑饉史」(2)/「円覚寺の建築に就きて」
3月13日『琉球新報』「拳法大家 糸洲安恒翁逝く」
3月5日『琉球新報』「神山政良氏の結婚」
3月15日『琉球新報』「糸洲武勇伝ー昭霊流の名人」(1)
3月15日『琉球新報』「糸洲武勇伝ー昭霊流の名人」(1)
3月16日『琉球新報』「糸洲武勇伝ー昭霊流の名人」(2)
3月17日『琉球新報』「糸洲武勇伝ー昭霊流の名人」(3)
3月18日『琉球新報』「糸洲武勇伝ー昭霊流の名人」(4)
4月20日『琉球新報』鉄拳禅「武道伝来記(1)ー鯖に呑れた豊見親」
4月21日『琉球新報』鉄拳禅「武道伝来記(2)ー文格碗保宇盃」
4月22日『琉球新報』「武道伝来記(3)ー巨人与那覇親雲上」
4月23日『琉球新報』鉄拳禅「武道伝来記(4)ー目黒盛英雄物語」
4月24日『琉球新報』「武道伝来記(5)ー祖納堂の与那国征伐」
4月25日『琉球新報』「武道伝来記(6)ー内間大親賊を救ふ」
4月26日『琉球新報』「武道伝来記(7)ー攀安知と本部大原」
4月28日『琉球新報』「武道伝来記(8)ー御茶多理眞五郎」
4月30日『琉球新報』「武道伝来記(9)ー凶暴残忍なる熱田の子」
5月3日『琉球新報』「武道伝来記(10)ー安田恨の古葉の葉」
5月4日『琉球新報』「武道伝来記(11)ー鄭大夫と牛魔王」
5月5日『琉球新報』「武道伝来記(12)ー鄭夫人 大石 賊を圧す」
5月6日『琉球新報』「武道伝来記(13)樽良智と大里鬼」
5月10日『琉球新報』「武道伝来記(14)大島征伐と根差部親方」
5月11日『琉球新報』「財団法人久米崇聖会にては孔子廟及び明倫堂敷地全部を無償にて譲り受けんと那覇区に請願」
5月12日 『琉球新報』「孔子廟敷地譲與条件」「????宮城宗倫母病気加療中死去ー親戚・上運天宗丑、我那覇宗達、小橋川昭顕、友人・久高喜顕、又吉昌徳、城間恒淳、饒平名紀腆」
5月14日『琉球新報』「武道伝来記(15)奥間里之子と宇波慶」
5月15日『琉球新報』「武道伝来記(16)京阿波根と地金丸」
5月16日『琉球新報』「武道伝来記(17)八重山征伐 赤蜂の乱」
5月18日『琉球新報』「武道伝来記(18)儀保大腔と糸満巨人」
5月19日『琉球新報』「武道伝来記(19)右京筑之親雲上」
5月20日『琉球新報』「武道伝来記(20)飛鳥曾禮と射を争ふ」
5月22日『琉球新報』「武道伝来記(21)嘉沙須茶羅按司」
5月24日『琉球新報』「武道伝来記(22)久米中城按司と堂の比屋」
5月25日『琉球新報』「武道伝来記(24)三十四嶽の由来」
5月26日『琉球新報』「武道伝来記(25)八重山征伐と君南風」
5月28日『琉球新報』「武道伝来記(26)三人姉妹物語」
6月22日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(1)
6月23日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(2)
6月24「日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(3)
6月29日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(4)
6月30日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(5)
7月1日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(6)/「芋お料理」「広告ー貸本・古本 天地堂、知念菓子店」「ライオン歯磨」「活動写真帝国館ー世界一週」「球陽座ー歌劇・黒島昔譚」
7月2日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(7)7月2日/「本県人の読書力」
7月3「日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(8)7月3日/「広告ー氷冷ソーメン 森屋本店、不勉強屋」「広告ービスケット おふくや、やぶれ屋」
7月4日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(9)/「薩南大洪水ー鹿児島市の羅災者2000人」「広告ー博文館『講談雑誌』出来」
7月5日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(10)
7月6日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(11)/「昨日、奥武山公園で目白の鳴合会」」
7月8日 『琉球新報』武藤文学士「琉球と支那文化」~ □→『沖縄教育』7月号 武藤長平「斉彬公考」
この前後に琉球新報は中座俳優を攻撃
7月9日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(13)
7月10「日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(14)
7月12日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(15完)
7月13日 『琉球新報』「球陽座ー歌劇・二和加」「小嶺幸恒 病気のところ昨日死去ー男・小嶺幸栄、男・小嶺幸秀、男・岸本幸厚、兄・小嶺幸得、甥・渡久地政瑚」
7月16日 『琉球新報』「活動写真の進歩」
7月17日 『琉球新報』「広告ー仁丹」
7月18日 那覇潟原で「第一回沖縄模型飛行機競技大会」が挙行され中々の盛会であった。
7月21日 『琉球新報』富永徳麿「タゴール評論①」~
7月22日 『琉球新報』茅原崋山「新世紀の始め」~
7月25日 那覇丸で京大教授・文学博士の小西重直(元・第七高等学校長)、沖縄教育会夏季講習会講師のため来沖(26日ー尚家訪問/8月4日ー琉球新報社第9回通俗講演会で講演) □→『沖縄教育』9月号「本会記事ー8月1日より7日迄一週間京都帝国大学文科大学教授文学博士小西重直氏を聘し教育科講習会を開催せり講習員無慮六百名閉会式後紀念撮影をなせり」 親泊朝擢「編集員を辞すとて」
7月26日 『琉球新報』「安良城盛一/千葉で療養中死去ー弟・盛英/盛雄」「シュワルツ牧師ー第二の故郷(沖縄)」「蔡温の雷霆説」
7月28日 『琉球新報』「島の伝説ー水納島/鷹の塚」
7月29日 『琉球新報』「島の伝説ー竹富島/兄妹の船」「読者倶楽部ー那覇警察署長警視和田竹四郎足下に一言・・・」
7月30日 『琉球新報』内海理事官「ラサ島視察談」
8月1日 『琉球新報』「沖縄電気株式会社取締役社長・才賀藤吉 病気のところ昨夜死去」
8月3日 『琉球新報』「尚順男爵の名誉ー11月の御大典参列総代に選定」「島の伝説ー粟国島/僧の化石」
8月4日 『琉球新報』「島の伝説ー屋我地島/夫振り岩」
8月6日 『琉球新報』「島の伝説ー宮古島/船立山」
8月8日 『琉球新報』「島の伝説ー久高島/お屁物語」
8月10日 『琉球新報』「新井白石と琉球」
8月11日 尚昌、尚景、尚旦、尚暢、廣運丸で帰省 □→『沖縄教育』7月号 素位生「侯爵令嗣尚昌君訪問記」
8月12日 『琉球新報』「今帰仁朝敷男爵薨去・・」「従三位男爵今帰仁朝敷儀永永病気の処昨日薨去」
8月13日 『琉球新報』下地玄信「南清踏破記①」~壷川逸史「読琉球見聞録並小引」
8月14日 『琉球新報』「今帰仁朝敷 葬儀御礼ー孫・今帰仁朝英/男・今帰仁朝珍、男・今帰仁朝亮、在京孫・今帰仁朝規、孫・今帰仁朝常、孫・今帰仁朝明 親戚総代/男爵・尚順、男爵・伊江朝眞、男爵・尚琳、護得久朝惟」
8月15日 『琉球新報』「蔡温の処世訓ー客間録より抄録」
8月20日 『琉球新報』「小鳥屋が出来た」 桃川燕林改め坂本冨岳「講談ー宇都宮釣天井 第壹席」~
8月21日 『琉球新報』杜来児「芸者の内幕(1)」~順風耳「分析と総合」
8月23日 尚昌帰京
8月24日 『琉球新報』ロ坊(末吉麦門冬)「是でも歌?」「物を考える機械」
8月25日 『琉球新報』登茂美「桜ビヤホールで」 黒旋風「東洋文明と西洋文明」
8月26日 『琉球新報』ロ坊(末吉麦門冬)「是でも歌?」「球陽座ー歌劇・黒島昔物語」
8月27日 『琉球新報』ハ坊(末吉麦門冬)「是でも歌?」 笑古「夏日偶成」 樽金尊者「丹青協会の展覧会を見て」
8月28日 『琉球新報』「活動写真帝国館ー宇都宮釣天井」
8月30日 『琉球新報』「鳥堀の綱曳」「中城村當間の2年ぶりの大綱曳の椿事」「一昨日から森楽器店の琉歌吹込みを聞く」
8月31日 『琉球新報』「那覇尋常小学校上空に太陽三個現るー測候所の筒井技手談」
9月3日 『琉球新報』「琉歌レコード仕上」 ロ坊(末吉麦門冬)「是でも歌?」
9月10日 『琉球新報』「』「島の伝説ー久米島/王女の恋」
9月11日 『琉球新報』「電話の話(1)」~
9月15日 『琉球新報』麦門冬「薫風を浴びて(27)山城君は海の男で二三里も泳いでいったけれども、吾輩は泳ぎが出来ぬから砂の上にかじりついてばかりいた。泳ぎの出来ぬ奴が海に入るのは極めて滑稽だ、両手で砂の上にあぐらを掻き、足でじゃぶじゃぶ波を蹴るのである。土仏の水遊び気の利かぬこと夥しい。」~
9月16日 『琉球新報』「本県人女優となるー芸術座の第一回生徒・南風原鶴子(23)」
9月19日 『琉球新報』莫夢山人「早涼可人」
1月5日『琉球新報』俳諧小僧(末吉安恭)「兎の俳句ー卯歳の新年に因みて古今の兎の句を紹介してみます。兎と云ふ動物は家畜としても面白い」ものだがまだ野生を脱しない奴で其の特色は寧ろ野生の馴致し難い所にある。・・・・・」
1月7日『琉球新報』「尚昌氏、英国留学中昨日加茂丸で神戸着帰朝」/「来県中の中央気象台長理学博士の中村静男氏を池畑旅館に訪ねる」
『琉球新報』1915年1月11日
2月7日『琉球新報』伊波普猷「沖縄人と神道」
2月9日『琉球新報』「尚昌、尚順、神山政良 広運丸で帰郷」
2月10日『琉球新報』神山政良「滞英雑感」
2月16日『琉球新報』「蘇鉄の實と売薬商」
2月27日『琉球新報』麦門冬「琉球饑饉史」(2)/「円覚寺の建築に就きて」
3月13日『琉球新報』「拳法大家 糸洲安恒翁逝く」
3月5日『琉球新報』「神山政良氏の結婚」
3月15日『琉球新報』「糸洲武勇伝ー昭霊流の名人」(1)
3月15日『琉球新報』「糸洲武勇伝ー昭霊流の名人」(1)
3月16日『琉球新報』「糸洲武勇伝ー昭霊流の名人」(2)
3月17日『琉球新報』「糸洲武勇伝ー昭霊流の名人」(3)
3月18日『琉球新報』「糸洲武勇伝ー昭霊流の名人」(4)
4月20日『琉球新報』鉄拳禅「武道伝来記(1)ー鯖に呑れた豊見親」
4月21日『琉球新報』鉄拳禅「武道伝来記(2)ー文格碗保宇盃」
4月22日『琉球新報』「武道伝来記(3)ー巨人与那覇親雲上」
4月23日『琉球新報』鉄拳禅「武道伝来記(4)ー目黒盛英雄物語」
4月24日『琉球新報』「武道伝来記(5)ー祖納堂の与那国征伐」
4月25日『琉球新報』「武道伝来記(6)ー内間大親賊を救ふ」
4月26日『琉球新報』「武道伝来記(7)ー攀安知と本部大原」
4月28日『琉球新報』「武道伝来記(8)ー御茶多理眞五郎」
4月30日『琉球新報』「武道伝来記(9)ー凶暴残忍なる熱田の子」
5月3日『琉球新報』「武道伝来記(10)ー安田恨の古葉の葉」
5月4日『琉球新報』「武道伝来記(11)ー鄭大夫と牛魔王」
5月5日『琉球新報』「武道伝来記(12)ー鄭夫人 大石 賊を圧す」
5月6日『琉球新報』「武道伝来記(13)樽良智と大里鬼」
5月10日『琉球新報』「武道伝来記(14)大島征伐と根差部親方」
5月11日『琉球新報』「財団法人久米崇聖会にては孔子廟及び明倫堂敷地全部を無償にて譲り受けんと那覇区に請願」
5月12日 『琉球新報』「孔子廟敷地譲與条件」「????宮城宗倫母病気加療中死去ー親戚・上運天宗丑、我那覇宗達、小橋川昭顕、友人・久高喜顕、又吉昌徳、城間恒淳、饒平名紀腆」
5月14日『琉球新報』「武道伝来記(15)奥間里之子と宇波慶」
5月15日『琉球新報』「武道伝来記(16)京阿波根と地金丸」
5月16日『琉球新報』「武道伝来記(17)八重山征伐 赤蜂の乱」
5月18日『琉球新報』「武道伝来記(18)儀保大腔と糸満巨人」
5月19日『琉球新報』「武道伝来記(19)右京筑之親雲上」
5月20日『琉球新報』「武道伝来記(20)飛鳥曾禮と射を争ふ」
5月22日『琉球新報』「武道伝来記(21)嘉沙須茶羅按司」
5月24日『琉球新報』「武道伝来記(22)久米中城按司と堂の比屋」
5月25日『琉球新報』「武道伝来記(24)三十四嶽の由来」
5月26日『琉球新報』「武道伝来記(25)八重山征伐と君南風」
5月28日『琉球新報』「武道伝来記(26)三人姉妹物語」
6月22日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(1)
6月23日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(2)
6月24「日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(3)
6月29日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(4)
6月30日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(5)
7月1日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(6)/「芋お料理」「広告ー貸本・古本 天地堂、知念菓子店」「ライオン歯磨」「活動写真帝国館ー世界一週」「球陽座ー歌劇・黒島昔譚」
7月2日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(7)7月2日/「本県人の読書力」
7月3「日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(8)7月3日/「広告ー氷冷ソーメン 森屋本店、不勉強屋」「広告ービスケット おふくや、やぶれ屋」
7月4日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(9)/「薩南大洪水ー鹿児島市の羅災者2000人」「広告ー博文館『講談雑誌』出来」
7月5日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(10)
7月6日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(11)/「昨日、奥武山公園で目白の鳴合会」」
7月8日 『琉球新報』武藤文学士「琉球と支那文化」~ □→『沖縄教育』7月号 武藤長平「斉彬公考」
この前後に琉球新報は中座俳優を攻撃
7月9日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(13)
7月10「日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(14)
7月12日『琉球新報』「朝鮮史に見えたる古琉球」(15完)
7月13日 『琉球新報』「球陽座ー歌劇・二和加」「小嶺幸恒 病気のところ昨日死去ー男・小嶺幸栄、男・小嶺幸秀、男・岸本幸厚、兄・小嶺幸得、甥・渡久地政瑚」
7月16日 『琉球新報』「活動写真の進歩」
7月17日 『琉球新報』「広告ー仁丹」
7月18日 那覇潟原で「第一回沖縄模型飛行機競技大会」が挙行され中々の盛会であった。
7月21日 『琉球新報』富永徳麿「タゴール評論①」~
7月22日 『琉球新報』茅原崋山「新世紀の始め」~
7月25日 那覇丸で京大教授・文学博士の小西重直(元・第七高等学校長)、沖縄教育会夏季講習会講師のため来沖(26日ー尚家訪問/8月4日ー琉球新報社第9回通俗講演会で講演) □→『沖縄教育』9月号「本会記事ー8月1日より7日迄一週間京都帝国大学文科大学教授文学博士小西重直氏を聘し教育科講習会を開催せり講習員無慮六百名閉会式後紀念撮影をなせり」 親泊朝擢「編集員を辞すとて」
7月26日 『琉球新報』「安良城盛一/千葉で療養中死去ー弟・盛英/盛雄」「シュワルツ牧師ー第二の故郷(沖縄)」「蔡温の雷霆説」
7月28日 『琉球新報』「島の伝説ー水納島/鷹の塚」
7月29日 『琉球新報』「島の伝説ー竹富島/兄妹の船」「読者倶楽部ー那覇警察署長警視和田竹四郎足下に一言・・・」
7月30日 『琉球新報』内海理事官「ラサ島視察談」
8月1日 『琉球新報』「沖縄電気株式会社取締役社長・才賀藤吉 病気のところ昨夜死去」
8月3日 『琉球新報』「尚順男爵の名誉ー11月の御大典参列総代に選定」「島の伝説ー粟国島/僧の化石」
8月4日 『琉球新報』「島の伝説ー屋我地島/夫振り岩」
8月6日 『琉球新報』「島の伝説ー宮古島/船立山」
8月8日 『琉球新報』「島の伝説ー久高島/お屁物語」
8月10日 『琉球新報』「新井白石と琉球」
8月11日 尚昌、尚景、尚旦、尚暢、廣運丸で帰省 □→『沖縄教育』7月号 素位生「侯爵令嗣尚昌君訪問記」
8月12日 『琉球新報』「今帰仁朝敷男爵薨去・・」「従三位男爵今帰仁朝敷儀永永病気の処昨日薨去」
8月13日 『琉球新報』下地玄信「南清踏破記①」~壷川逸史「読琉球見聞録並小引」
8月14日 『琉球新報』「今帰仁朝敷 葬儀御礼ー孫・今帰仁朝英/男・今帰仁朝珍、男・今帰仁朝亮、在京孫・今帰仁朝規、孫・今帰仁朝常、孫・今帰仁朝明 親戚総代/男爵・尚順、男爵・伊江朝眞、男爵・尚琳、護得久朝惟」
8月15日 『琉球新報』「蔡温の処世訓ー客間録より抄録」
8月20日 『琉球新報』「小鳥屋が出来た」 桃川燕林改め坂本冨岳「講談ー宇都宮釣天井 第壹席」~
8月21日 『琉球新報』杜来児「芸者の内幕(1)」~順風耳「分析と総合」
8月23日 尚昌帰京
8月24日 『琉球新報』ロ坊(末吉麦門冬)「是でも歌?」「物を考える機械」
8月25日 『琉球新報』登茂美「桜ビヤホールで」 黒旋風「東洋文明と西洋文明」
8月26日 『琉球新報』ロ坊(末吉麦門冬)「是でも歌?」「球陽座ー歌劇・黒島昔物語」
8月27日 『琉球新報』ハ坊(末吉麦門冬)「是でも歌?」 笑古「夏日偶成」 樽金尊者「丹青協会の展覧会を見て」
8月28日 『琉球新報』「活動写真帝国館ー宇都宮釣天井」
8月30日 『琉球新報』「鳥堀の綱曳」「中城村當間の2年ぶりの大綱曳の椿事」「一昨日から森楽器店の琉歌吹込みを聞く」
8月31日 『琉球新報』「那覇尋常小学校上空に太陽三個現るー測候所の筒井技手談」
9月3日 『琉球新報』「琉歌レコード仕上」 ロ坊(末吉麦門冬)「是でも歌?」
9月10日 『琉球新報』「』「島の伝説ー久米島/王女の恋」
9月11日 『琉球新報』「電話の話(1)」~
9月15日 『琉球新報』麦門冬「薫風を浴びて(27)山城君は海の男で二三里も泳いでいったけれども、吾輩は泳ぎが出来ぬから砂の上にかじりついてばかりいた。泳ぎの出来ぬ奴が海に入るのは極めて滑稽だ、両手で砂の上にあぐらを掻き、足でじゃぶじゃぶ波を蹴るのである。土仏の水遊び気の利かぬこと夥しい。」~
9月16日 『琉球新報』「本県人女優となるー芸術座の第一回生徒・南風原鶴子(23)」
9月19日 『琉球新報』莫夢山人「早涼可人」
08/27: 世相ジャパン(98)
コメントはメールにお願いします→shinjo8109@yahoo.co.jp




2023年7月 『ビジュアル日本の音楽の歴史②近世』(翁長良明所蔵の三線「志堅原比屋」)ゆまに書房




9月2日 平和通り「古美術・なるみ堂」に遊びに行く。店主の翁長良明さんが世界の紙幣を調べていた。




2023年8月 大濱聡『わが内なる沖縄、そして日本 ある放送人が見つめた昭和・平成史』(プロフィール写真・東邦定)ボ一ダ一インク/でいご印刷


8月30日 お盆ウークイ/8月28日 お盆ウンケ一
8月28日 くろねこの短語 コロナワクチンの有効性について、ブロック大王・河野君は「ワクチンの安全性は証明されている」ってどや顔して、ワクチン接種をやたら喧伝していたんだよね。だからなんだろう、ワクチンの副作用が原因で亡くなったひともいるって事実は、メディアでもタブーになっている。
つまり、ワクチンの安全性も危険性も、実のところはわかってないってのが正直なところなんじゃないのか・・・と思ってたら、厚労省が「コロナワクチンの有効性や安全性の研究をこれからする。あと3年かかる」と発表しましたとさ。
てことは、これまでのワクチン接種は壮大な人体実験だったってことになるんじゃないのか。これって、放射能汚染水の海洋放出にも繋がる手口だよね。最初は「安心・安全」を煽りに煽って、世間の注目が薄れたころにいろいろと問題が浮上するってわけだ。それにしても、いまさら「コロナワクチンの有効性や安全性の研究は。あと3年かかる」って、舐めとんのか!!


奈良県で最初の鉄道が開業したまち・王寺町で、およそ1か月にわたり「鉄道とバス」「旅」などをテーマに様々なイベントをお届けする「鉄バスフェス月間」が開幕!もちろんNゲージ運転体験や子ども制服体験もある「鉄バスフェスティバル2023」も開催します。→王子町観光協会/8月26日、関西の孫こうた参加




2023年7月 『ビジュアル日本の音楽の歴史②近世』(翁長良明所蔵の三線「志堅原比屋」)ゆまに書房




9月2日 平和通り「古美術・なるみ堂」に遊びに行く。店主の翁長良明さんが世界の紙幣を調べていた。




2023年8月 大濱聡『わが内なる沖縄、そして日本 ある放送人が見つめた昭和・平成史』(プロフィール写真・東邦定)ボ一ダ一インク/でいご印刷




8月30日 お盆ウークイ/8月28日 お盆ウンケ一
8月28日 くろねこの短語 コロナワクチンの有効性について、ブロック大王・河野君は「ワクチンの安全性は証明されている」ってどや顔して、ワクチン接種をやたら喧伝していたんだよね。だからなんだろう、ワクチンの副作用が原因で亡くなったひともいるって事実は、メディアでもタブーになっている。
つまり、ワクチンの安全性も危険性も、実のところはわかってないってのが正直なところなんじゃないのか・・・と思ってたら、厚労省が「コロナワクチンの有効性や安全性の研究をこれからする。あと3年かかる」と発表しましたとさ。
てことは、これまでのワクチン接種は壮大な人体実験だったってことになるんじゃないのか。これって、放射能汚染水の海洋放出にも繋がる手口だよね。最初は「安心・安全」を煽りに煽って、世間の注目が薄れたころにいろいろと問題が浮上するってわけだ。それにしても、いまさら「コロナワクチンの有効性や安全性の研究は。あと3年かかる」って、舐めとんのか!!


奈良県で最初の鉄道が開業したまち・王寺町で、およそ1か月にわたり「鉄道とバス」「旅」などをテーマに様々なイベントをお届けする「鉄バスフェス月間」が開幕!もちろんNゲージ運転体験や子ども制服体験もある「鉄バスフェスティバル2023」も開催します。→王子町観光協会/8月26日、関西の孫こうた参加
01/07: 2
01/07: 1
04/28: 末吉麦門冬旧蔵の『中山世譜』写本

麦門冬の書き込みが見える(岸秋正文庫所蔵)


1901年6月ー末吉安扶没
1912年2月ー柳田国男、伊波普猷より『古琉球』3冊寄贈される。
1913年4月ー沖縄県庁でこの程、筆耕に令し『中山世譜』の筆写をなさしめつつある。
1913年7月ー『沖縄教育』(親泊朝擢)桑村生「中山世譜」(1)
1913年8月ー『沖縄教育』(親泊朝擢)桑村生「中山世譜」(2)
1914年7月ー沖縄県知事より、伊波普猷、真境名安興ら沖縄県史編纂委員拝命
1915年1月ー沖縄県史編纂事務所が沖縄県庁より沖縄県立沖縄図書館に写される(真境名安興主任)
1917年7月15日ー『日本及日本人』709号□末吉麦門冬「十三七つに就いて」「雲助」「劫の虫より経水」(南方熊楠と関連)
1918年2月12日ー東京日本橋区本町三丁目博文館・南方熊楠殿、末吉安恭書簡「拝啓 先生の御執筆の十二支伝説は古今東西に渡りて御渉猟のこととて毎年面白く拝読いたし候(略)琉球にも馬に関する伝説、少なからず候み付、茲に小生の存知の分を記録に出でたるものは原文の侭、然らざるは、簡単に記述いたし候間、御採択なされ候はば幸甚に候。失礼には候へど、御ねがひいたし度きこと沢山これあり候につき御住所御知らせ下さるまじくや(略)」(『球陽』『琉球国旧記』引用)
1917年9月1日ー『日本及日本人』712号□末吉麦門冬「楽屋の泥亀汁」
1918年4月ー『日本及日本人』728号より、三田村鳶魚らによる「東海道中膝栗毛輪講」が連載される。
1818年6月1日ー『日本及日本人』732号□末吉麦門冬「支那のあやつり」「琉球の鬼餅」
1918年7月ー末吉麦門冬、南方熊楠に『球陽』贈る