09/17: 1959年10月 『琉球大学 経済研究』第一号 琉球大学文理学部経済学科
1959年10月 『琉球大学 経済研究』第一号 琉球大学文理学部経済学科
琉球に於ける租税問題に就いて・・・・・・・・・・・久場政彦①
琉球の生活水準・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・稲泉 薫
琉球の労働政策・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・砂川恵勝
琉球経済と貿易・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山城新好
B円下の琉球貨幣経済・・・・・・・・・・・・・・・・・・・平 恒次
○B円制度は今や歴史となった。戦後琉球のあらゆる生活部門に、重要な足跡を残しながら、あらゆる歴史のるつぼである過去の中へ消えて行った。B円制度はは軍事占領の一つの道具としての軍票制度であったけれども、貨幣制度として機能する限り、貨幣経済の一般的法則を反映した筈であって、小論はこの様な機能的見地から、B円下の経済現象のもつ合法則性を探求しようと試るものである。
①久場政彦
1996年5月 久場政彦『20世紀の黄昏ー社会・経済評論/随筆集』
〇まえがきー自然及び社会秩序の破壊と混乱が加速してきている20世紀の黄昏の昨今、新世紀への明るい展望が見えにくくなり、斉藤茂吉の詠歌 なげかへばものみな暗し東に出づる星さえ明からなくに
の愁嘆の情が切実に感じられてならない。われわれは今人間活動の限界の基本理念に立ち帰って反省し行動すべきだと痛感する。
○新世紀へのアプローチー人類が地球の大気圏へのアクセスに成功した20世紀は科学技術の革新が驚異的なスピードで進ちょくし、コンピューターの演算速度はナノ秒(10億分の1秒)の域に達し、さらに多くの先端技術を応用すれば多くの未知が解析可能になり、過去のどの世紀よりも卓越した人知の成果を産出しているとおう歌されている。しかし世紀末の昨今、大気汚染や地球環境破壊の急速な拡大、人口の急増、先進諸国における景気後退、民族的宗教的対立による局地紛争の頻発と激化という暗い流れが土石流のような勢いで渦巻いている。
1995年8月 『戦後沖縄経済の軌跡ー脱基地・自立経済を求めてー」
元県振興開発審議会会長などを務めた元琉球大教授の久場政彦(くば・まさひこ)氏が26日午前4時25分、血胸のため那覇市内の病院で死去した。90歳。那覇市首里出身。自宅は那覇市楚辺1の1の45。告別式は28日午後2時半から4時、浦添市伊奈武瀬1の7の1、いなんせ会館(守礼)で。喪主は妻とよさん。久場氏は琉球大教授、沖縄振興開発金融公庫副理事長、沖縄国際大教授などを歴任。県振興開発審議会会長も務めた。沖縄経済学会顧問。著書に「琉球の財政・基地と沖縄経済」「戦後沖縄経済の軌跡」など多数ある。(2010年9月28日『琉球新報』)
1964年9月 『経済論集』第1号 琉球大学経済研究所(1962年1月設立)
発刊に際して・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・久場政彦・琉球大学経済研究所所長
沖縄における農業協同組合・・・・・・・・・・・・山里敏康 1-60
沖縄の所得分布について・・・・・・・・・・・・・・山内盛弘 62-102
コレラの地域的(琉球)汚染による経済諸量の変化に関する一考察・・・・・・・・・・103
1965年6月 『経済論集』第2号 琉球大学経済研究所
外資導入についての若干の考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山城新好(1965年4月 一橋大学で「国際資本移動論」研究)
観光「沖縄」の振興策ー観光開発の問題点と方向についてー・・・・・山内盛弘
沖縄における農業金融の発展・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山里敏康(1965年3月退職)
研究所所員異動メモ
仲宗根勇所員ー1965年度1学期から経済学講師
真栄城守定ー1965年4月 入所
1960年12月 『琉球大学 経済研究』第2号 琉球大学文理学部経済学科
琉球の租税構造(1)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・久場政彦
〇序ー琉球の財政と云うテーマのもとに、第二次世界大戦後十余年を経過した現在までの琉球に於ける経済活動の推移と、その一般経済社会に与えた影響の変遷等に続いて一巻にまとめて置き度いと思い、先年来財政・経済関係文書及び統計資料を蒐め研究を続けて来ているのであるが、1948年から1952年までの関係資料が極めて少ない上に蒐集も困難を極めているため、歴年次的に順序よい書き出しが出来ないので、とりあえず、1953年度から1960年度までの琉球政府財政の実態を分析し、且つ之に筆者の註釈及び解釈を加えて行きたい。
戦後琉球労働運動略史(1)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・砂川恵勝
琉球に於ける土地問題について・・・・・・・・・・・・・・・・山城新好
日本経済に於ける循環・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・平 恒次①(経済学科助教授 スタンフオード大留学中)
所得計算構造に関する一考察・・・・・・・・・・・・・・・・・島村潤一
中小企業経営の一考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・外間完和
繰延勘定に関する一研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・仲宗根啓介
琉球の国際収支・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・中地 宏
①平 恒次(たいら・こうじ) 1926(昭和元)年11月7日生まれ。宮古郡平良町(現平良市)下里出身。平良第一尋常小、県立宮古中学校、沖縄外国語学校卒。米スタンフォード大学準教授などを経て、現在イリノイ大学名誉教授。専門は労働経済学、経済発展論。趣味は読書、旅行。摂子夫人との間に2男。孫は2人(男)。住所 2309 S.Cottage Grove Ave.Urbana.IL 61801 U.S.A
琉球に於ける租税問題に就いて・・・・・・・・・・・久場政彦①
琉球の生活水準・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・稲泉 薫
琉球の労働政策・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・砂川恵勝
琉球経済と貿易・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山城新好
B円下の琉球貨幣経済・・・・・・・・・・・・・・・・・・・平 恒次
○B円制度は今や歴史となった。戦後琉球のあらゆる生活部門に、重要な足跡を残しながら、あらゆる歴史のるつぼである過去の中へ消えて行った。B円制度はは軍事占領の一つの道具としての軍票制度であったけれども、貨幣制度として機能する限り、貨幣経済の一般的法則を反映した筈であって、小論はこの様な機能的見地から、B円下の経済現象のもつ合法則性を探求しようと試るものである。
①久場政彦
1996年5月 久場政彦『20世紀の黄昏ー社会・経済評論/随筆集』
〇まえがきー自然及び社会秩序の破壊と混乱が加速してきている20世紀の黄昏の昨今、新世紀への明るい展望が見えにくくなり、斉藤茂吉の詠歌 なげかへばものみな暗し東に出づる星さえ明からなくに
の愁嘆の情が切実に感じられてならない。われわれは今人間活動の限界の基本理念に立ち帰って反省し行動すべきだと痛感する。
○新世紀へのアプローチー人類が地球の大気圏へのアクセスに成功した20世紀は科学技術の革新が驚異的なスピードで進ちょくし、コンピューターの演算速度はナノ秒(10億分の1秒)の域に達し、さらに多くの先端技術を応用すれば多くの未知が解析可能になり、過去のどの世紀よりも卓越した人知の成果を産出しているとおう歌されている。しかし世紀末の昨今、大気汚染や地球環境破壊の急速な拡大、人口の急増、先進諸国における景気後退、民族的宗教的対立による局地紛争の頻発と激化という暗い流れが土石流のような勢いで渦巻いている。
1995年8月 『戦後沖縄経済の軌跡ー脱基地・自立経済を求めてー」
元県振興開発審議会会長などを務めた元琉球大教授の久場政彦(くば・まさひこ)氏が26日午前4時25分、血胸のため那覇市内の病院で死去した。90歳。那覇市首里出身。自宅は那覇市楚辺1の1の45。告別式は28日午後2時半から4時、浦添市伊奈武瀬1の7の1、いなんせ会館(守礼)で。喪主は妻とよさん。久場氏は琉球大教授、沖縄振興開発金融公庫副理事長、沖縄国際大教授などを歴任。県振興開発審議会会長も務めた。沖縄経済学会顧問。著書に「琉球の財政・基地と沖縄経済」「戦後沖縄経済の軌跡」など多数ある。(2010年9月28日『琉球新報』)
1964年9月 『経済論集』第1号 琉球大学経済研究所(1962年1月設立)
発刊に際して・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・久場政彦・琉球大学経済研究所所長
沖縄における農業協同組合・・・・・・・・・・・・山里敏康 1-60
沖縄の所得分布について・・・・・・・・・・・・・・山内盛弘 62-102
コレラの地域的(琉球)汚染による経済諸量の変化に関する一考察・・・・・・・・・・103
1965年6月 『経済論集』第2号 琉球大学経済研究所
外資導入についての若干の考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山城新好(1965年4月 一橋大学で「国際資本移動論」研究)
観光「沖縄」の振興策ー観光開発の問題点と方向についてー・・・・・山内盛弘
沖縄における農業金融の発展・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山里敏康(1965年3月退職)
研究所所員異動メモ
仲宗根勇所員ー1965年度1学期から経済学講師
真栄城守定ー1965年4月 入所
1960年12月 『琉球大学 経済研究』第2号 琉球大学文理学部経済学科
琉球の租税構造(1)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・久場政彦
〇序ー琉球の財政と云うテーマのもとに、第二次世界大戦後十余年を経過した現在までの琉球に於ける経済活動の推移と、その一般経済社会に与えた影響の変遷等に続いて一巻にまとめて置き度いと思い、先年来財政・経済関係文書及び統計資料を蒐め研究を続けて来ているのであるが、1948年から1952年までの関係資料が極めて少ない上に蒐集も困難を極めているため、歴年次的に順序よい書き出しが出来ないので、とりあえず、1953年度から1960年度までの琉球政府財政の実態を分析し、且つ之に筆者の註釈及び解釈を加えて行きたい。
戦後琉球労働運動略史(1)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・砂川恵勝
琉球に於ける土地問題について・・・・・・・・・・・・・・・・山城新好
日本経済に於ける循環・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・平 恒次①(経済学科助教授 スタンフオード大留学中)
所得計算構造に関する一考察・・・・・・・・・・・・・・・・・島村潤一
中小企業経営の一考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・外間完和
繰延勘定に関する一研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・仲宗根啓介
琉球の国際収支・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・中地 宏
①平 恒次(たいら・こうじ) 1926(昭和元)年11月7日生まれ。宮古郡平良町(現平良市)下里出身。平良第一尋常小、県立宮古中学校、沖縄外国語学校卒。米スタンフォード大学準教授などを経て、現在イリノイ大学名誉教授。専門は労働経済学、経済発展論。趣味は読書、旅行。摂子夫人との間に2男。孫は2人(男)。住所 2309 S.Cottage Grove Ave.Urbana.IL 61801 U.S.A