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5月20日 一般社団法人沖縄美ら島財団那覇事務所芙蓉館
儀保ゆかりさん、鶴田大さん、久場まゆみさん、幸喜明子さん/

1969年8月 山里永吉『松山王子尚順遺稿』(㈱)第一法規出版


1994年4月号『太陽』№394 古波蔵保好「『松山御殿』の琉球式珍味佳肴」 

2013年11月 金子豊・編『松山王子 尚順 全文集』榕樹書林

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1936年8月『改造』阿倍金剛「琉球記」□私は尚男爵と一緒に此の城を飛行機の上から俯瞰した時は、つくづくさう思ったのである。首里城の一角に先ず大ホテルを建てる。城塞は全部ホテルの庭として手を入れる。諸所に散在する尚侯爵家初め各王族の城跡別荘等を開放してドライブ・ウエイを造り滞留客の散歩観光の目標にすること。既設の海水浴場を増大して設備を完全にし、適宜な場所に競馬場、競犬場、ゴルフ・リンクス等を造り辻近くにカジノを建設する。序に海洋博物館をこしらえるのも、まんざらモナコの真似とばかりは云えない。この太平洋に浮かぶ珊瑚礁には無数の珍魚奇貝も棲息しているのだから。飛行場は既に立派なのが出来ているし、航空路は既に開発されているのだから。・・・

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写真ー尚順(1939年)


写真ー尚順と柳宗悦(1939年)

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nullnull1938年ー藤田嗣治来沖

尚順の「鉄斎コレクション」

写真ー左から田中、尚順、山里永吉、本山、南風原朝光画伯、南風原夫人、竹谷画伯、藤田嗣治画伯、加治屋夫人、加治屋画伯
□尚順「藤田さん、ピカソの画に就いて御説明を願えませんか。私達には此の絵は一寸も判りませんが、ピカソはたしかスペイン人でしたね」、藤田「そうです。(ピカソの画集を開く)これは古い画集ですね。」、尚順「その立体派は、いったいどういう風に鑑賞するんでしよう。」、藤田「さあ(微笑)難しいですね。(紙と筆を出して)此処にこんな茶碗があるとしますね。それを上から見ると、こう円く見える。側から見るとこういう風になって、中にこれ位お茶が入っていると、ここい等がこうお茶の色になりますね。つまり此処からも、そちらからも、物を立体的に見るんですね。ピカソ自身でも立体派と言っているでしよう。一枚の紙に一つの物体を形も色彩も質も克明に客観して表現するところに、この絵の主観があるんですよ。まあ一種の図案だと思って鑑賞なさるんですね。私達が鳥の鳴く音を聞くでしよう、鳥は何と言って鳴いているか解らないが、鳥の鳴声は愛する事が出来ますね。その気持でこの絵も愛してくれというのです。」、尚順「なる程、それでよく解りました」、藤田「そういうものは独創した人が偉くて、その真似をしたり、追隋すると云う事はつまらなく、いけないんですね。」
□川平朝申「昇スタヂオの????宮城昇氏は中学(二中)の先輩であり、中学生のころ可愛がられたので、真から心配をしてからの忠告であった。」

2010年3月ー国建『首里城尚家関係者ヒアリング調査業務報告書』(財)海洋博覧会記念公園管理財団



2016-11-29 新城あけみさん 指司笠樋川(サシカサフィージャー)