やまとぅーのネトウヨが若狭に龍よりシーサー(獅子)を建てろというので国際通りを見てまわった。国際通りのさいおんスクエアにあるさいおんうふシーサーは那覇市の新シンボルとして2012年に完成したシーサーで高さ3.4m、重さは約3トンある巨大シーサー。「壺屋うふシーサー」は壺屋のやちむん通り入口にある牧志壺屋線シンボル広場にある。この2頭のシーサーは歴史のある伝統の壺屋焼で同時期に作られた兄弟のシーサーだ。


「うふっ あたし建っちゃイケなかったのかしらん♥」

 県内のマンションの入口には必ずという程、シーサーがある。民芸品には大小様々なシーサー、シーサー美術館、壺屋のやちむんにはシーサーは定番である。シーサー専門のやちむん店もある。国際通りの出口入口にもある。那覇市役所入口のシーサー、パレットくもじには島常賀のシーサー県庁の前には愛のシーサーというのもある。市内の屋根にはシーサーはつきものだ。
まぁとかくシーサーは国際通りだけでも溢れかえって飽和状態だ。これ観光客向けシーサーの小さなものはいいとしてこれ以上大きなシーサーは要らない。


山之口貘色紙

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沖縄県立博物館・美術館のシーサー


1989年2月 『わたしのシーサー あなたのシーサー 沖縄獅子の魅力集』週刊レキオ社
大城精徳□獅子が中国伝来のことばであることはいうまでもないが、先に述べた日本語のシシとは違い、中国語ではライオンを意味することばなのである、しかし中国には元来ライオンは棲息していないので、この中国語も外来語だった。中国人がライオンに接したのは西域との交易を通してであった。時代は漢代であよそ2千年前である。西暦76年には今のアフガニスタンとイラン東部に興った「安息」(パルティア帝国)という国から獅子が献上品としてもちこまれたこともあった。この地方の当時のことばではライオンのことを「シ」(SHI)といった。この「シ」という音に中国では、はじめ「師」という漢字を当て、のちに犭偏をつけて「獅」になったとのことである。獅子の「子」については中国語によくみうけられる接尾語で特別な意味はない。


山里公男所蔵


沖縄「説法獅子吼・兵戈無用 Tシャツ」

末吉陶器工房(携帯080-3966-0445)
→ブログ「獅子造り陶工の独り言」http://yasutika182.blog.fc2.com/

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おもろまち


金城実「残波大獅子」





末吉陶器工房(携帯080-3966-0445)

獅子造り陶工の独り言
本ブログの主催者の、ご好意により邪魔に成らない
程度に沖縄で、シーサー造りをなりわいとしている
陶工の日々の一端を書き記してみたいとおもう。

毎日毎日土をなぶり シーサーを造っている。
石膏型で大まかな形を起こし、余分な土をカットして
後に、耳をつけひげをつけ、竹くしで毛をかき、つめを
いれ素早く仕上げる。業者からの要望で豆シーサーの
注文が多く、単価が安いので数を造らないといけないから大変。

毎日の単調な仕事のなかにも尊い意味を
見出したいと思うのも人情。
円空仏のノミ痕に心動かされ運慶の仁王像を
遥かに仰ぎ、日々造形に勤しんでいるという
具合です。




池原盛浩作「シーサー」、新城栄徳、所有者の中村さん

みどり印刷のホームページに□僕は何時ごろからシーサーの事を考え始めたのだろう?ここに1枚の写真がある。龍潭の畔に赤瓦の屋根に赤レンガの壁の博物館があり、その玄関前のシーサーに乗った4歳頃の僕がいる。おそらく其のころから僕の心の中に「シーサー君」が棲み始めたのかもしれない。中国から獅子文化(?)が琉球に伝来してから500年以上経っている。1470年頃、首里城の瑞泉門の両脇に阿吽一対の石獅子が設置されたという記録がある。 「みどり印刷」ここをクリック