1909年5月17日『琉球新報』渡嘉敷生「パレット日記」
○「麦門冬を叩こう?」と切り出すと「そうだ名案だ」と一同ひょろつく足を踏みしめて社壇を下ったが彼是午後の3時ごろ酔眼朦朧の連中は早速 麦門冬の玄関に立った幸?在宅で書斎に導かるる書斎は下宿屋風の室に小説や脚本や雑誌や新聞はては金ぴかの洋本から虫だらけの玉篇らしい本やら何やらを処せきまでしかもいくらか秩序的に飾られて居て壁にはカーライル①の肖像が掲げられて居る・・・

①トーマス・カーライル(Thomas Carlyle, 1795年12月4日 - 1881年2月5日)は、19世紀イギリス(大英帝国)の歴史家・評論家で、スコットランド出身。スコットランドのダンフリーズ・アンド・ガロウェイ(Ecclefechan)出身。大英帝国(ヴィクトリア朝)時代を代表する言論人であった。代表作に、『英雄崇拝論』、『フランス革命史』、『オリバー・クロムウェル』、『衣装哲学』、『過去と現在』などがある。ドイツ文学を研究したことでも著名で、ゲーテとの往復書簡がある。〈全集 The works of Thomas Carlyle〉は30巻に達している。1865年、エディンバラ大学の学長に任命された(1865年-1868年)。『英雄崇拝論』に代表されるように、「世界の歴史は英雄によって作られる」と主張したことで知られるが、彼の言う「英雄」とは歴史に影響を与えた神、預言者、詩人、僧侶、文人、帝王などを指す。
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1920年2月『沖縄毎日新報』発行兼編集人・渡嘉敷唯錦/左から、渡嘉敷唯錦、渡嘉敷唯選、野津唯尹(久保)、その妻たち

新聞記者も勤めていたので文章はのこっている。末吉麦門冬とも親しいので俳句作品もある。1906年11月の『琉球新報』に俳句「酒飲まぬ我も佳き日は小酒盛」「長閑さや旗ひるがえる磯の村」、琉歌もある「長閑なるみ代や波風も立たぬ、誠ゆかる日のうれしさや」。11年8月『沖縄毎日新聞』の展評では上間正雄との論争に応じながら「パレット日記」も書く。13年、玉城小学校で教諭を務めながら、『琉球新報』に「昨年の美術界」を連載、14年は「美術館より」「大正博と本県」を連載した。1921年から亡くなるまで名護の第三高等女学校の美術教師。娘に画家の山元文子がいる
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野津久保の作品(息子に画家の野津唯市がいる)

渡嘉敷唯選の弟に渡嘉敷唯錦が居る。『琉球辻情話』の著者で知られている。その著の口絵写真には「辻原の丘に集う芸妓」の絵葉書が使われている。また沖縄ソバの由来を「福永義一と云う写真師が居たが、この人が何時の間にか支那料理屋を開業して、でっぷり肥った弁髪の支那人を料理人として大阪から呼び寄せ正真正銘の支那そばを食わした」と記している。
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渡嘉敷唯選

2016年7月3日 唯選の曾孫・新垣基(もとい)君(左)、島袋和幸氏