1979年9月『天地』反町茂雄「隻眼の蔵書家たち(下)B・H・チェンバレンの場合」



○天理市の天理図書館や天理参考館はよく行く好きな場所である。どちらも天理教の文化活動の拠点で、図書館の蔵書は150万冊以上で内国宝は6点もある。参考館は民博の先輩格で移民先の民族資料や沖縄コーナーもある。私はとくに「かんろだい」があるところでボーっと座るのが好い。

天理教教会本部



「ひやみかせー!しまくとぅば」

 首里の伊佐眞一氏はメールではいつも次のように送ってくる。なにごとにも天邪鬼的気質の氏、しまくとぅばでは純朴である。
 じゅんに 暑さぬやーさい。扇風機しぇー 暑ち かじぬ吹ち、ゆくん ふしがらんでー。
Sさのー みった 変わったちゅ やみしぇーしが、世んなかねー あんぐとーる ちゅん をらんねー うむこーねーんどー さい。漱石が なま ヤマトんかい 生ちちょーれー、くぬ国ぇー 「滅ぶね」(『三四郎』でぃの 先生ぬ 言葉) んでぃ 言いーるはじ。漱石ぬ くとぅ 書ちゅらー 「散歩」でぃーぬ がっさぬ くぅとぅばや 使からんしぇー ましやんでぃ 言ち くぃみそーり。

2014年6月5日 龍神像を前にー写真左から伊佐眞一氏、西村貞雄氏、亀島靖氏


2016年7月 後田多敦(神奈川大学准教授・琉球史、日本近代史)『「海邦小国」をめざして「史軸」批評による沖縄「現代史」』出版舎Ⅿugen(〒900-0013 那覇市牧志1-4-31-2F ☎FAX:098-863-2562)


写真左から後田多敦氏、出版社社長、神坂次郎氏、新城栄徳


山之口泉さんと後田多敦氏

第3章 「海邦小国」を拒むもの 批判論集
     小説「テンペスト」の比喩と歴史像 歴史修正主義批判
     沖縄の批評における「史軸」の重要性 ヤマトに立脚する内外の言説批判
     沖縄とヤマトの歴史は「真逆」である 「冊封儀礼」再現に関する新聞投稿への批判
     「ミスリード」の仕掛け 森宣雄氏の仲井眞知事擁護論批判
     沖縄の歴史文化を否定する動き 二つの住民訴訟の持つ意味
     問われる沖縄の主体性 沖縄の主権を簒奪するヤマトとそれに迎合する沖縄人批判
2012年5月『月刊琉球』「差別」「植民地」をめぐる沖縄知識人の言説 高良倉吉氏批判
○『AERA』28号が沖縄の今を取り上げていて、その中で高良倉吉琉球大学名誉教授がコメントを寄せている。(略)私は1年8カ月間、(仲井眞)県の副知事をしている間、沖縄に対する「構造的差別」を思い知る場面はありませんでした。沖縄の歴史を見ても、差別という言葉を使わなくてはならない問題があると感じたことはありません。明治維新により国民国家が立ち上がった際、日本各地の人々を「日本人」として統合するなかで、独自の歴史と文化を持つ琉球は確かに特殊な立場にありました。しかし、沖縄は「ヤマトに侵略され、制度上の植民地になった」わけではありません(以下略)」・・・

第4章 「海邦小国」をめぐる諸相 
2011年10月20日『琉球新報』「しまくとぅばで語ることの意味ー比嘉豊光写真展を観て」
○(略)戦争体験を語る人々の写真は、母語で刻む生死の淵を引き受けようとして心身の記憶の泉にたどりつく。そして、汲みとられた記憶が、史実を覆い隠そうとする幾つもの垢をそぎ落とす。沖縄の課題がさらに深く内在化する今、母語が呼び覚ます記憶、歴史をめぐるせめぎ合いは、まさに現在進行形である。さて、私たちや沖縄社会は、どこまで本気でしまくとぅばを奨励し、あるいはその記憶や歴史を受け継いでいけるのか。

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2011年5月11日ー『沖縄タイムス』社会部・新垣綾子「アラフォーが見た沖縄 本土復帰から39年 『在日3世』・諸見里太志さん(36)」
◎あい!でーじなとーいびーんやーさい!童ぬ頃ぬサシン小までぃん出じてぃ、何そーいびーんやーさい!あぬよーさい、伊佐浜強制接収の際の「ブルドーザー」の実寸がわかる画像などの資料はあいびらんな?当時ぬ「銃剣」ぬ型や実寸ぬわかる画像も探しています。
知っていたら教えてくぃみそーりよーさい。 2011-5-15