2017年11月1日~12月23日 立命館大学国際平和ミュージアム1階 中野記念ホール「儀間比呂志版画展ー沖縄への思いー」

2017年11月 立命館大学国際平和ミュージアム 図録『儀間比呂志版画展』新城栄徳「儀間比呂志と関西」

2017年11月 立命館大学国際平和ミュージアム 図録『儀間比呂志版画展』豊見山愛「いま、儀間比呂志の絵と向き合うことの意味」


1956年5月12日~14日 第一相互銀行(3階)「儀間比呂志 個人展」〇私は現代の沖縄に生きる人間像への創造を続けています。現代人の苦悩不安あらゆる困難なる時代にたくましく生きるオキナワのすがたは私に大きな感動をあたへます。出品作『生きる』『待つ』『あんまー』等はその一連のこころみですが造形的な処理に未だ難点を残して居りますし思想と造形を如何に立体的に構式するかが今後の私の課題なのです。

1956年5月16日『沖縄タイムス』新川明「沖縄画壇の収穫ー(儀間比呂志個展評)」


1963年6月11日~13日 沖縄タイムスホール「第4回 儀間比呂志作品展」

立命館大学は西園寺公望を「学祖」としている。

1936年12月19日「秘蔵珍品 骨董品物語」〇西園寺公書小幅ー漁家在江口 潮水入柴扉/行客欲投宿 主人猶未歸/竹深村路遠 月出釣船稀/遥見尋砂岸 春風動草衣


2013年11月 金子豊・編『松山王子 尚順 全文集』榕樹書林
 1935年12月『琉球新報』ー「尚順男爵は貴族院時代、西園寺公望公の書を得たいと切望し公の甥高千穂男爵を介して公に申し出たが容易に望みを達しなかった。丁度其の頃大正4年、公が須磨に隠れて居られたことがあった。公は儒者の書が好きで京都の鳩居堂主人、熊谷氏が公の処に出入りしていたが、尚順男爵はこの鳩居堂と懇意であったので、或る時、尚順男爵は詩を鳩居堂に託し折があったら公へ御覧に入れるよう依頼しておいた。公は此の詩を御覧になりそれ程熱心かと云われて小幅を書いてくださった」。尚順と西園寺公との縁はこれで終わらない。尚順の次男尚誠の長女悦子(白光真宏会第二代会長、ワールドピースプレヤーソサエティ代表、公益財団法人五井平和財団会長)は1974年(昭和49年)10月18日、西園寺不二男次男の西園寺裕夫との結婚に伴い、西園寺昌美となる。


新川明氏、儀間さん/福地さん、墨絵画家の金城美智子さん、儀間さん



儀間さん、平良次子さん/儀間さん、新垣安雄氏




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儀間さんと、野原さん/新川明氏、石野朝季氏(右)

1960年1月『オキナワグラフ』「僕は特派員ー石野朝季(琉球新報東京総局記者)、植木清直(琉球放送東京支社)、宮城直温(沖縄テレビ放送東京支社編成部)、遠山一平(琉球新報関西支局記者)、新川明(沖縄タイムス関西支社記者)、島袋俊一(沖縄タイムス鹿児島支局記者)、新田卓磨(琉球新報福岡支局記者)




2017年11月 沖縄県立博物館・美術館『彷徨の海 旅する画家・南風原朝光と台湾、沖縄』豊見山愛「彷徨の海ー南風原朝光と台湾・沖縄・東京」