東京都近代文学博物館(とうきょうと きんだいぶんがくはくぶつかん)とは、東京都目黒区の駒場公園内にあった文学館である。加賀藩主であった旧前田侯爵邸洋館を利用し、1967年4月に隣接する日本近代文学館と同時開館した。2002年3月に閉館し、資料は日本近代文学館や日本現代詩歌文学館、実践女子大学などへと移された。 建物は1991年3月に「旧前田侯爵邸洋館」として東京都指定有形文化財(建造物)に指定され、無料で土・日曜日、祝日のみ見学が可能になっている。→ウィキペディア


 1966年5月『婦人公論』仲地愛子「末娘からみた父漱石の素顔ー家庭における漱石については誤り伝えられている点がある。それはどういうことなのか。第四女が綴る父との楽しかった日々の思い出」
○・・・父が死んだのは数え年で五十、今流に言えば満四十九歳であった。私は十か十一になるかならないかであった。母と子供六人は父の枕辺に座って父を見守っていた。その頬には白い鬚が延び、枕の上の父のしなびた顔はひどく黄ばんで、なぜかその憐れな様子が私に晩秋のすすきを思わせた。私はあたりの様子にひどく胸打たれ、悲しさがこみ上げて来て泣きじゃくった。・・・ 

○最近のネットに「仲地漱祐 鎌倉民主商工会長 アクセサリー・輸入雑貨販売業/」妹・吉田一恵  東京都大田区出身で、1972年に鎌倉に移り住み、店舗を営む。2005年10月鎌倉市長選に立候補するも落選」とある。

 数十年前、沖縄の新聞で翁長君代(琉大家政学科教授)さんの何かのパーティでの発言「夏目漱石の娘は沖縄出身の貿易商に嫁いでいる」との囲み記事を見たことがある。それで上記の雑誌記事を見つけた。翁長君代さんの夫君は翁長俊郎琉大英文科教授で、その娘・斎藤陽子さんはアメリカ在住である。

1969年12月 翁長君代『琉球料理と沖縄の食生活』績文堂(東京 新宿)
はじめにー沖縄の食生活と琉球料理
1 琉球料理をかたちづくったもの 辻と琉球料理ー今日の琉球料理の発達と、昔の辻遊廓の関係も見のがすことはできません。/主食としての芋/昆布ー元来、昆布は琉球の近海では採取ができないのに、古くから琉球料理のいろいろのものにつかわれてきたのは、昆布が貿易品として扱われてきたことを物語るものです。
2 琉球料理 肉の料理ー血炒ちー(豚の血の炒めもの)琉球料理は、豚一頭分をあますところなくつかって料理するのが特長ですが、これは
豚の血をつかった独特なものです。昔は法事に用いられたようです。お年寄りはよくなさったようですが、ちょっとグロテスクなので、最近の若い方たちはあまりいただきません。
3 沖縄の食品 沖縄のそばーむかしから沖縄で庶民の味として親しまれているものにそばがあります。そばといってもそば粉がつかわれているわけでもなく、中華そばに類するそばです。
4 沖縄の栄養
付1 沖縄の食品衛生
付2 家計経済からみた沖縄の食生活
付3 おもな食品の栄養成分表




2018年4月3日ー大城政明氏

沖縄県立博物館・美術館
2018年2月沖縄県立博物館・美術館横の新城良一氏を訪ねる。昨年は骨折で入院していたという。

夏目漱石の留学辞令書(複製)を持つ良一氏


「1929年1月『漱石写真帖』 松岡譲1891-1969 編 第一書房」を持つ良一氏


「愚陀仏庵」/2010年8月8日 新城良一「漱石『愚陀仏庵』の面影」


1970年4月 『夏目漱石自筆全原稿 坊ちゃん』番町書房

夏目漱石資料


1916年12月11日『琉球新報』


松岡映丘と漱石「草枕」・絵卷を見る

「熊本『草枕』MAP」


山之口貘色紙