『琉球新報』2016年9月27日「ひやみかち大阪<上>」○「私たちは自分たちの手で自分を、兄弟・姉妹を守る」。沖縄の若者たち(がじゅまるの会①)約250人が立ち上がった。若者たちは「根底に沖縄差別がある」と考えた。(略)第一回沖縄青年の祭りから42年。名勝替えした「エイサー祭り」は大正区内外から延べ約2万人集める一大イベントにまで成長した。県人たちへの差別への苦悩と、差別をはねのけようと打って出た若者らの思いに共感が広がっている。



「がじゅまるの会」資料
1975年9月14日ーパーランクーの音が大阪大正区に鳴り響く
1977年10月『青い海』67号 「大阪の空にエイサーのリズムが響きわたるー第三回沖縄青年祭り。9月15日、尼埼市。18日、大正区千島グラウンドで山端立昌大阪沖縄連合会副会長挨拶、東京ゆうなの会、愛知沖縄青年会のあいさつ、彫刻家・金城実もあいさつ。見物の人も含めて約150人が参加」「儀間比呂志展、沖縄物産センターで開かる」 
1978年6月『青い海』74号 永峰真名「苦悩を乗り越える沖縄青年たちーIさん問題とがじゅまるの会ー」/儀間比呂志、安谷屋長也、金城順亮、浦添正光、島袋純子「<座談会>地域に根ざした児童文化を」

エイサー会場で走りまわるフトシ君(今のFutoshiの片鱗? )とコウ君


Rabu Barroco[パフォーマンスアートフェスティバル2019の連帯]一緒にいる人: Juan Pablo Martirez、Chumpon Apisuk、Graciela Ovejero Postigo、Warattaya Chaisin、Prashasti Wilujeng Putri、Futoshi Moromizato/Boyet De Mesa休む時間だけど, まずグルーピー 友達: Futoshi Moromizato、Boyet De Mesa😀

2019-9 Randy Valiente一緒にいる人: Boyet De Mesa、Rica Reyes-dela Cruz


2019-9 沖縄は友達と沖縄ミルクティーを味わう.Mv Munoz Prashasti Wilujeng Putri Warattaya Chaisin Mark Stephen Artillero Angelo Chua

 1978年10月 雑誌『青い海』77号 「那覇市八汐荘ホール 賑わった出版祝賀会”鳥類館〟儀間比呂志『七がつエイサー』『りゅうとにわとり』、新川明『新南島風土記』、川満信一『沖縄・根からの問い』3氏を展示して大騒ぎ。豊川善一、北島角子、高江洲義寛、幸喜良秀、海勢頭豊、南条喜久子、森田吉子、玉城秀子、嶋袋浩(福木詮)ら参加」「パーランク高らかにー第四回沖縄青少年の祭り」

1986年4月 『小説推理』津野創一「響け!パーランクー」

2004年9月 儀間比呂志『おきなわのえほん エイサーガーエー』ルック

「第30回記念エイサー祭り」会場の儀間さん。金城馨と談笑
2018年9月1日ー嘉陽夫妻、儀間比呂志展を鑑賞

写真ーミュージアムショップ「ゆいむい」 で池宮城啓子さん、嘉陽宗博氏/左から金城美奈子さん、仲原穣氏、嘉陽宗博氏


1978年7月 儀間比呂志『七がつエイサー』福音館書店

1970年9月 大江健三郎『沖縄ノート』岩波書店 儀間比呂志「挿絵カット」

1971年11月 『青い海』8号 宜保栄治郎「沖縄のエイサーー勇壮なパーランクーの響き」


1997年11月 宜保榮治郎『エイサー 沖縄の盆踊り』那覇出版社/1998年3月 沖縄市企画部平和文化振興課『エイサー360°ー歴史と現在ー』沖縄全島エイサーまつり実行委員会

2018年11月21日ー儀間比呂志展で、ひろみ/2019年2月 ギャラリー象で、妙子さん、あけみ

2001年3月ー『けーし風』第30号「大阪のなかの沖縄」(屋良朝光、金城馨、諸見里芳美、仲間恵子、玉城利則、崎浜盛喜、伊差川寛、金城良明、金城宗和、金城正樹、我謝実、上地武、當山清朝、大城康代)

1956年7月1日ー大阪市中之島公園で「沖縄土地取上げ反対国民集会」
1956年7月7日ー『琉球新報』「沖縄問題在京郷土人の声ー大浜信泉、神山政良、山之口ばく、比嘉良篤、伊江朝助、尚裕」
1956年7月8日ー『琉球新報』「浅沼社会党書記長ー沖縄の『ハワイ化』阻止」
1956年7月10日ー『琉球新報』「沖縄を守ろうー仙台河北新報発・宮城県庁前広場で沖縄問題解決促進宮城県大会」

1958年8月2日ー『琉球新報』「死の灰 ソ連核実験でふえる」
1958年8月15日ー『琉球新報』「恐るべき放射線の影響ー人類の将来に危険」
1968年1月5日ー『毎日グラフ』「本土の中の沖縄(南風サークル/大城真栄/普久原朝喜/金城良明)」「万国博へ全力投球(岡本太郎「抵抗あるものを」)」
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金城良明氏

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中央が金城良明氏

1971年4月ー『沖縄差別』№1金城良明「大正区で生まれた、2世の声を聞いてほしい」

1971年8月ー『沖縄差別』№2金城良明「沖縄差別とわたし」


写真左から諸見里宗博氏、新城栄徳、金城良明氏



津嘉山政栄
津嘉山政栄さんを検索するも少ない。大阪で沖縄青年運動にも援助をおしまない人であった。大教組の関広延さんと行動を共にしていた。

1968年10月ー『大阪・沖縄県人屋良さんを励ます会ニュ-ス』第号(発行責任者・津嘉山政栄)/
1971年4月『沖縄差別』第1号□津嘉山政栄「大阪沖縄県人会『沖縄県人は訴える』を考える」、伊差川寛「醜い沖縄県人会」
/1971年8月『沖縄差別』第2号□津嘉山政栄「沖縄返還同盟の声明を考える」、金城良明「沖縄差別とわたし」/
1972年9月『解放教育』№15□津嘉山政栄「在阪・沖縄出身者の子弟の教育を考える」/
1976年2月ー全国解放教育研究会『沖縄の解放と教育』明治図書出版□津嘉山政栄「ウチナーンチュとして生きてきて」「在阪・沖縄出身者の子弟の教育を考える」、本村周広「山口重光君『事件』と沖縄差別」

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写真ー1979年・諸見里家で中央がフトシ君、右・息子

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『琉球新報』2010年12月3日の『京都新聞』新里健記者「取材ノート」に紹介された諸見里芳美さん。

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1972年11月『石の声』№10

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『石の声』№10□諸見里芳美「私と沖縄」/写真右から諸見里芳美さん、新城栄徳(諸見里宗博撮影)

1972年2月号『青い海』10号 「若者が集う『沖縄関係資料室』の西平守晴氏宅」

□ここで資料の内容の一部を紹介しよう。開設当時200冊足らずだった書籍・雑誌は、現在約3200冊。新聞や週刊誌などのスクラップが300冊。沖縄に関する資料については、関西隋一と言われる。▽人物関係ー「謝花昇伝」「平良辰雄回顧録」「伊波普猷選集」などの伝記、回顧録、全集もの。▽市町村関係ー「北谷村誌」「南大東村誌」 比嘉景常「久米島紀行」など。▽歴史関係ー「沖縄県史」(直接主席から贈呈される。関西では天理図書館と資料室ぐらいだろうとの話) 伊東忠太「琉球建築」 田代安定「沖縄結縄考」 金城朝永「異態習俗考」や戦史・戦記もの。▽文芸関係ー「山之口貘詩集」「新沖縄文学」や大城立裕、石野径一郎、霜田正次、石川文一などの諸作品。▽芸能関係ー「組踊大観」「工工四」など。▽政府刊行物ー「立法院議事録」 白書類。▽ミニコミー「沖縄差別」「石の声」「沖縄月報」「寮友」「琉大文学」や本土各大学の県学生会の機関誌・パンフなど。▽地図ー「首里古地図」その他。これらの資料を整理したり、購入したり目録をつくるなど、一人でするにはたいへんな仕事である。西平守晴さんは保育園の仕事もあり忙しいので、現在もっぱら新城栄徳君(23)が動きまわっている。



1978年 沖縄の雑誌『青い海』1月号 №69「近畿八重山郷友会」

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1972年2月ー沖青友の会機関誌『石の声ー連帯を求めてー』№9
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関西テレビの土曜イブニングショウに沖青友の会が出演。司会は1966年に坂本スミ子と離婚した栗原玲児だが、私が「沖縄は経済的に自立できるかということを抜きにしてはいかなる沖縄も存在しない、そういうことを考えたうえでなければ沖縄を語る資格はないですね。」というと、司会者がムキになり「語る資格はあるか、ないかは別として自分の話で恐縮だけれども沖縄に関する司会をするのは13回目ですー。」と沖縄通を強調していた。

1975年9月ー関西沖縄青少年の集い・がじゅまるの会機関誌『がじゅまる』創刊号
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 1972年11月、沖青友の会機関誌『石の声』10号を出して休刊した。この頃から、それぞれが結婚し、子育てに忙しく沖青友の会も役目を終える。1975年1月26日に、新たな関西沖縄青少年の集い「がじゅまるの会」(会長・玉城利則)発足。大阪沖縄会館での発会式には、青年会のOBということで私も参加した。9月には機関誌『がじゅまる』が創刊された。歴史はくりかえすという事であろうか。
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写真左上ー1969年4月20日ー大阪城公園で「沖青友の会」発足。機関誌『石の声』
写真左下ー1975年1月26日ー大阪沖縄会館で、がじゅまるの会発足。左端、新城栄徳(元沖青友の会)。
写真右上ー1996年12月7日/大阪・大正駅前「居酒屋ゆんた」で、左から金城勇(演劇「人類館」上演を実現させたい会)、息子、諸見里芳美(演劇「人類館」上演を実現させたい会)、仲間恵子(大阪人権博物館学芸員)、崎浜盛喜(奈良沖縄県人会副会長)、右端がゆんた主人の玉城利則(関西沖縄青少年の集い「がじゅまるの会」初代会長。1981年、『ハイサイおきなわ』編集人、発行人は嘉手川重義(現大阪沖縄県人会連合会長)と夫人、真ん中の女性はお客さん。撮影・新城栄徳/(下)1996年12月8日/大阪港区・池島保育園(近鉄の野茂英雄投手も同園出身)階上で、左より西平久子、西平守晴夫妻、娘、後に息子。撮影・新城栄徳