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沖縄新聞・機関紙相関図


1959年3月 『沖縄・小笠原関係団体名簿(抄)』南方同胞援護会



1965年9月 『東京沖縄県人会名簿』東京沖縄県人会(神山政良)

在日沖縄学生会機関紙・誌



1972年5月 堺沖縄県人会『会員名簿録』歴代会長・高良善吉(1914年、本部備瀬)1968年就任/並里良助(1913年大宜味上原)1970年就任/久米武善(1912年那覇高橋)1972年就任
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1972年12月28日 『堺沖縄県人会報』第5号 編集責任者・嘉陽勤/1974年9月8日『堺沖縄県人会報』第9号 編集責任者・嘉陽勤
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1992年7月 嘉陽勤『地獄極楽わかれ道』

1979年12月10日 東京沖縄県人会機関紙『東京沖縄の人』(『おきなわの声』)創刊
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11月10日東京沖縄県人会機関紙『東京・沖縄の人』「画家岡本太郎氏が空手のマネをしながら登場。独特の語り口で『沖縄には人間らしい本当の心や姿があるが、ヤマトの金本位の空気にやがて侵されるのではないか』と身ぶり入りで語った。」



1980年5月『那覇会会員名簿』真栄田三郎(東京都中央区勝どき5ノ4ノ18ノ108)

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1984年ー国会図書館に寄って帰り沖縄協会に行き、吉田嗣延氏に挨拶すると河野忍さんを紹介された。河野さんは部下の隆氏に私を紹介した。隆氏は私の話を聞き機関紙『沖縄』で紹介してくれた。
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1986年1月15日『月刊おきなわの声』第74号□此処に人あり 新城栄徳さんー行動力に富んだウチナンチュであり「沖縄と東京と大阪をせわしく立ち回る、イチムドウヤー人生に埋没する」風変わりな友人の一人であると津野創一氏は結んでいる。



1988年3月 大城辰彦(編集責任者)『創立十周年記念誌(1978年~1988年)』板橋区沖縄県人会(会長 阿波根朝計)

2008年4月『オキナワグラフ』新城栄徳「『オキナワグラフ』50周年に寄せて/創刊者(崎山喜昌)の横顔など」


「沖縄の雑誌略年表」(作成協力・新城栄徳、上原実)
表紙「Cocco」〇本誌『オキナワグラフ』(以下グラフ)は、1958年4月に創刊された。発行人は崎山喜昌、編集人が神村朝堅。創刊者の人物像は余り知られてないが、崎山は名護に生まれ11歳のときに父を亡くしている。15歳で上京し、神田の中学に入学、チンドン屋、新聞配達のアルバイトをしながら苦労して日大夜間部に入るが、胸膜炎にかかり帰郷する。1928年に沖縄物産販売の目的で再び上京し、鶴見に泡盛卸商を開業する。31年、東京深川に進出。一時、佐久田昌章と沖縄物産商会を経営したこともある。 
 崎山は泡盛で得た資金で37年、那覇西新町に高級旅館「那覇ホテル」を経営する。戦時中、軍命で南洋パラオに渡り、戦後、引揚げ南洋群島引揚沖縄人援護会を組織し理事長となり南洋庁沖縄人関係残務整理事務所の嘱託、南洋群島共助義会理事を経てドイツ製のカマでパン製造の朝日製菓株式会社を創立した。その朝日製菓の住所と電話番号は後に沖縄映画配給株式会社(国場幸太郎会長、宮城嗣吉社長)の東京支社となる。グラフが初期のころ映画や沖縄物産の宣伝に力を入れていた背景には崎山の経歴によるものがある。後に生地跡に「崎山図書館」を寄贈し、名護市立図書館の母体となった。(以下略)


2008年7月 『五十周年記念誌ーおきなわの声を伝えて半世紀』東京沖縄県人会

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2009年10月 「鄕友会・県人会関係資料展展示目録」沖縄県立図書館



東京/2016年11月13日『沖縄タイムス』「東京沖縄県人会60周年記念特集」/2016年11月13日『沖縄タイムス』「戦後初のアナウンサー 川平朝清さん」

在京沖縄県人会機関紙





1987年6月 大阪沖縄県人会連合会40周年記念誌『雄飛 大阪の沖縄』

1997年6月 大阪沖縄県人会連合会50周年記念誌『雄飛 大阪の沖縄』




2016年10月26日 国際通り「世界のウチナーンチュ大会前夜祭パレード」/県外の県人会


 
『関西沖縄県出身者名簿』沖縄県大阪事務所(1981年3月)

 『関西沖縄出身者名簿』の内容は、国会議員、沖縄県の機関職員、関西の沖縄県人会、在阪支社懇話会、琉球舞踊研究所、沖縄料理店、三味線レコード店、沖縄県物産振興会、がじゅまるの会、琉大機工同窓会、主要企業関係者、法律・会計・税務所関係、幼稚園・保育園関係、各県の沖縄県人会、関西養秀同窓会、北親睦会の名簿で構成されている。私の名前はその他のところ、下地玄信、大城一史、金城実の諸氏のところに並んでいる。この名簿は当然に東京の県事務所にもおくられた。東京のほうもこれにならい(財)沖縄協会に委託。82年に『関東沖縄県出身者名簿』が発行された。

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写真上ー1995年の第二回世界のウチナーンチュ大会会場で左から山口國雄氏、新城栄徳/写真下ー2001年の第三回世界のウチナーンチュ大会会場で左から山口國雄氏(東京沖縄県人会4代会長)、福地曠昭氏(撮影・新城栄徳)

1951年6月 雑誌『おきなわ』通巻12号 山城文盛「抑留生活の思い出」

1984年1月25日『琉球新報』「山城文盛さん(1978年 東京沖縄県人会2代会長代行) 東京の県人会機関紙 50号目を発行」

2015年1月 雑誌『おきなわ』新城栄徳「総目次」不二出版


2015年1月 『雑誌『おきなわ』解説・総目次・索引」不二出版

写真右上ー左端が川平朝清さん(元東京沖縄県人会会長)

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2007年12月 川平朝清『わが家の子育て記録 犬はだれだ、ぼくはごみだ』岩崎書店

2013年3月30日 川平朝申の児童文学を研究している齋木喜美子さんと川平朝清氏(東京沖縄県人会7代会長)
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2011年3月ー『児童教育学を創るー福山市立大学開学記念論集』齋木喜美子「山之口貘の児童文学」児島書店/2004年1月ー齋木喜美子『近代沖縄における児童文化・児童文学の研究』風間書房