平山郁夫 ひらやま-いくお
1930-2009 昭和後期-平成時代の日本画家。
昭和5年6月15日生まれ。前田青邨(せいそん)に師事。院展に出品,昭和39年日本美術院同人となる。シルクロードを取材旅行し,仏教東漸などをテーマにした作品を発表。48年東京芸大教授,平成元年学長,13年2度目の学長につく。10年文化勲章。国内外の文化財の保護につくし,16年朝日賞。平成21年12月2日死去。79歳。広島県出身。東京芸大卒。作品に「入涅槃(ねはん)幻想」「雲崗盧遮那仏(るしゃなぶつ)」など。(→コトバンク)

○わが古里・粟国とは全く関わりはないが、川岸に宿泊した玄奘たちは、翌日川を渡り、南へゆくこと四十里にしてついに阿耆尼国(カラシャール)の王城に着いた。阿耆尼とは「境の国」の意とも、「火(サンスクリット語のアグニ)」の意ともいう。すでに地域はまったく胡語の世界であった。阿耆尼の旧名は焉耆である。→2010年4月 前田耕作『玄奘三蔵、シルクロードを行く』岩波新書。インド神話の火神にアグニというのが居られたが、現在ではアグニVと云うミサイルの名前となって嫌われ者となった。そのミサイルは2012年4月19日にインド東部のオリッサ州沿岸にあるWheeler島(英語版) において打上げ試験が実施され成功したとされる。(→ウィキペディア)

以前、薬師寺で平山郁夫画伯作「大唐西域壁画」を見たことがある。その平山画伯は被爆者であるが被爆体験を絵にしたのは被爆から34年後の作「広島生変図」、画面の殆どが真っ赤な炎で占められ左上に憤怒の不動明王が現れている。






1998年1月 平山美知子『道はあとからついてくるー「家計簿」にみる平山画伯家の足跡』主婦と生活社
1998年11月 平山郁夫『絵と心』読売新聞社
○科学技術が進めば効率が上がり生活が向上する。しかし、核エネルギーのように、軍事的に利用すると、破壊力が強大なだけにいまだもって人間には制御が困難なものもある。(略)日本は、今一度、この失いかけた真善美や自然の摂理を再認識して、しっかりとした日本のグローバルな目標を示せば、世界は日本を認め国際信用が高まるだろう。豊かになって、心が貧しくなった我々日本人を、恥ずかしいと反省することからすべては始まるのではないだろうか。

公益財団法人平山郁夫シルクロード美術館
1988年.平山郁夫,鎌倉にシルクロード研究所を創設.1993年4月.平山郁夫,シルクロード研究所を正式設立.1999年7月.平山美知子、八ヶ岳南麓(JR甲斐小泉駅前)に「八ヶ岳シルクロードミュージアム」開館.2003年11月.シルクロード研究所を母胎として、財団法人平山郁夫シルクロード美術館を設立.2004年4月.「八ヶ岳シルクロードミュージアム」を「平山郁夫シルクロード美術館」に改称.7月.JR甲斐小泉駅前に新展示棟完成(現平山郁夫シルクロード美術館本館).2007年.山梨県指定美術館に認定.10月.2006年10月に財務省の認可を受けた指定寄附(「財税第377」号)により、新館増築工事開始.2008年3月12日.所得税法施行令第217条第1項第3号カ及び法人税法施行令第77条第1項第3号カに掲げる特定公益増進法人の認可を受ける.7月12日.新館開館.2010年6月29日.公益財団法人としての認定を受け、法人の名称が「公益財団法人平山郁夫シルクロード美術館」となる。


沖縄県立博物館・美術館「新収蔵品展」テープカット