松籟生「序文」□冊子甚だ小にして記する所実に簡なりと雖も以て沖縄旅行の栞とするに余りあり 沖縄は無数の島嶼より成ると雖も其面積より云へば漸く薩摩湾を埋むるに過ぎず其人口より云へば帝国の総人口の百分の一に過ぎず然れども日本帝国が全世界に向かって其勢力を澎漲しつつあるの今日に於いて東洋南部に向かって其先鋒の任に当たる者は我沖縄なり殊に沖縄の問題が目を追うて内地政界の議に上り有志の士足をこの地に入れんとする者多きを加るの今日に於いて奥島子のこの著あるは決して徒労にあらざるなり否其効決して尠なからざるなり

元来沖縄に来る者其地形産物より寧ろ重に歴史に注目するは余が往々事実に於いて見る所なりこの著歴史の概要を記せざるは余が遺憾とする所なり故に余は歴史としては中山世鑑、球陽、世譜、王代記、南島記事、沖縄誌、歴史材料の雑書としては遺老傳、羽地按司仕置、具志頭親方独物語、林政八書、其他教育上の雑書としては「御教条」文学としては平敷屋朝敏の「苔の下」「若草物語」「貧家記」宜湾朝保の歌集等あることを旅行者に紹介し以て聊か本著の遺漏を補うと云爾

目次 地勢/行政区画/県庁より各蕃所に至る里程/警察区画/租税/租税納期/郵便逓送差立到着時間表/学校/病院及医館/船舶改所並船舶/諸会社銀行/公会堂/都邑/汽船賃/物産/輸出入品/明治二十七年中汽船発着表

名区勝地並に県庁よりの里程-波の上 那覇市街の内に在り官幣小社あり眺望絶佳なり(十丁余)、御物見城 那覇江中に在り那覇臺又吾妻館と称し山水兼備那覇の勝を双眸に集む(四丁余)、奥武山 那覇江中御物見城の後に在り所謂蓬莱山の在る処最散歩に宜し、淵佐 那覇市端に在り(十丁余)、大嶺村 海辺廣濶の遊歩場小禄間切に在り(一里余)、崇元寺 泊村に在り舜天王以来の廟所なり(廿一丁余)、首里城 一里一丁余、社壇 西原間切末吉村に在り眺望廣濶なり(一里七丁余)、識名 真和志間切に在り尚家の別荘にして邸内頗る風景に富む(一里十丁)、瓣の嶽 西原間切に在り(一里二丁余)、普天間 宜野湾間切に在り奇岩怪石を以て疊みたる洞窟なり(三里廿三丁余),浦添茶園 浦添間切に在り尚家の別業にして尤幽邃なり(二里二丁余)、中城城址 中城間切に在り古忠臣護佐丸の居城せし跡にて眺望殊に佳絶なり(四里廿二丁余)、護佐丸墓 中城城下に在り(仝)、与那原港 大里間切に在り津堅久高を眼下に見下ろし風色甚美なり(一里卅丁余)、糸満漁場 兼城間切に在り本県第一の漁場にして人戸稠密村落の第一位を占む(二里廿六丁余)、南山古城 高嶺間切に在り古南山王の住せし処(三里卅三丁余)、運天港 今帰仁間切に在り源為朝公の始めて飃着せし処にて海深く大船を泊すべし(廿二里十丁余)、轟の瀧 名護間切数久田村に在り本島第一の瀑布なり(十七里六丁余)、許田の手水 有名なる井水なり(十五里 )、百按司墓 今帰仁間切に在り古へ戦乱を避けて死したる貴人等を合葬せし処なり(廿二里九丁余)、万座毛 恩納間切に在り曠原にして万人を座せしむべし(十一里廿二丁余)

神社仏閣-神社・波上宮官幣小社(那覇若狭町村)、識名宮(真和志間切識名村)、普天間宮(宜野湾間切普天間村)。仏閣・円覚寺(首里當蔵村)、天界寺(同金城村)、天王寺(同當蔵村)、観音堂(同山川村)、崇元寺(那覇泊村)、龍福寺(浦添間切浦添村)、以上禅宗なり。護国寺(那覇若狭町村)、臨海寺(同西村)、遍照寺(西原間切末吉村)、以上真言宗なり。眞教寺(那覇西村)眞宗なり。

旅店遊廓及び割烹店ー遊廓・辻を第一とし中島渡地之れに次ぐ辻にて有名なるものは荒神の前大福渡名喜伊保柳香々小新屋染屋小等とし又内地藝妓を養ひ宴会の席に侍せしむる所を通堂とし辻中島渡地を通じて貸座敷六百卅一戸娼妓一千四百四十二人藝妓辻九人中島四人又通堂の貸席兼割烹店は東屋藝妓廿一人を有し常盤仝九人小徳仝十人海月三人券番三人合計四十六人。貸席・最高尚にして眺望絶佳なるものを吾妻館とし域内に西洋料理蓬莱温泉あり座敷最廣きを常盤新席とす。割烹店・席貸を兼ぬるものは東屋分店とし其の他三國屋京亀玉川屋いろは等あり。

演劇場ー本演芸場中毛演芸場壬辰座及び首里演芸場等なり開場は毎日午后二時より六時迄夜は六時半より十二時迄木戸銭は晝四銭夜三銭場代とてはなし。
旅宿ー那覇の池畑回漕店浅田山川森田を最上として嘉手納前兼久名護等あり。



広告ー吾妻館主塚本平吉「景色無双吾妻館」「那覇通堂・東家本店」「那覇東村警察署前・東家分店」/那覇東村・林支舗「沖縄名産漆器類監獄署製 味噌醤油其他種々 肥後米 薩摩米 唐白米 卸小売商」/小嶺漆工場主「琉球漆器改良広告」/那覇東村上の倉・岩満写真場「写真ー琉球絶景の眞趣を穿つは写真なり弊店写真中優等なる者は首里城、中城殿、師範学校、崇元寺、波の上、墓所、辻遊廓、市場、通堂浜、那覇市街、吾妻館、奥武山、港口、三重城中島海岸、蓬莱山なり琉球の眞景を知り度き人は続々御注文を乞う」/那覇港・池畑回漕店/那覇港西村五十二番地・浅田五三郎「御旅館」/那覇西村百七十番地・三國屋「御料理いろいろ鰻は最も御好評を辱ふす」琉球新報社「沖縄の事情を詳かにせんと欲せば先ず琉球新報を読め 琉球新報は沖縄唯一の新聞紙なり」/那覇通堂・常盤楼/京都三条小橋西入・萬屋甚兵衛「沖縄県庁御用宿」/那覇西村四百六十番地・山川新五郎「御旅館」/那覇大門通・柳屋「諸印章彫刻 和洋小間物販売店」