お盆前、BOOKS じのんで渡久山朝章『周遊快々 片雲有情』を買う。

2013年9月14日『琉球新報』(ジュンク堂那覇店は新聞に書評が出ると、書評本のところに並べるはずだが在庫が無いので並べてない。)

 タイミングよく本ブログで平良リヱ子さんをアップしたばかりでこの評伝の登場である。神様の引き合わせというべきか、ちなみに著者は神主さんでもある。先ず評伝の基礎資料というべき写真が豊富である。これだけでも本書の価値は十分だが何より著者と平良りヱ子さんとの交流が昭和28年12月以来だから驚く。評伝を書くのに平良さん本人以外にこれ以上の適任者は居ないであろう。欠点をいうと、写真のキャプションの誤植が少々あるのと、リヱ子評伝だから当然ではあるがトラブル問題の殆どが平良さん側の肩を持っていることだろうか。ジュンク堂那覇店をのぞくとこの本が無いのでここで紹介する(2013年9月7日現在ー1冊。じのん□TEL:(098)897-7241 )には在庫がある。この本で岡本太郎、本田安次、鎌倉芳太郎など東京での学者・文化人とリヱ子さんとの交流が活写される。


2013年7月ー宮﨑義敬『繚乱の人』展望社(東京都文京区小石川3-1-7 エコービル202 ☎03-3814-1997)



同書よりーサントリー美術館で中央に平良リヱ子、左に森政三①、右に岡本太郎、鎌倉芳太郎,金井喜久子、矢野克子が並ぶ
□①森氏の娘・美和子さん来信「父は結婚が遅く 私は孫といっていい程 年の離れた子ですから中年の頃の父も知りませんが ご指摘下さった人物は父のようでございます。人間国宝の鎌倉芳太郎先生のお話を母にしていました。」


2013年9月22日『琉球新報』宜保榮治郎(元国立劇場常務理事)「綾乱の人ー琉舞の才能 東京で花開く」


宮﨑義敬『繚乱の人』展望社よりーサントリー美術館で中央に平良リヱ子、左に森政三①、右に岡本太郎、鎌倉芳太郎,金井喜久子、矢野克子が並ぶ
□①森氏の娘・美和子さん来信「父は結婚が遅く 私は孫といっていい程 年の離れた子ですから中年の頃の父も知りませんが ご指摘下さった人物は父のようでございます。人間国宝の鎌倉芳太郎先生のお話を母にしていました。」


2015年5月『なのはな』10号 平良リヱ子「病い」
2015年6月19日『産経新聞』平良リヱ子「別れ」
2015年7月『波濤』№260   平良リヱ子「グランドを駆け回る児ら窓越しに眺めておれば心しずまる」「わが詩の掲載されたる朝刊に目を疑いてくりかへし見つ」
2015年8月『波濤』№261  平良リヱ子「リハビリに通う日課も楽しかり加齢の友らと癒しのサロン」「老いの身に孤独のしみいる雨の夜はうからの電話に心癒さる」





火野葦平資料
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じのんの大城立裕コーナー
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じのん近くで

1952年12月 雑誌『おきなわ』第24号<民謡集> 表紙・宮城章子


2014年8月ー平良リヱ子さん書簡「お尋ねの、宮城章子さんは、お母様が銀座で「翠麗」という、お料理屋さんを経営しておられましたが沖縄舞踊の舞台出演は短く、お若くして難病に罹られ長いこと透析をしておられましたが間もなく、お亡くなりになられ惜しいことでした。・・・」


宮城章子(左)・妹・宮城典子(1959年2月『オキナワグラフ』)
1956年8月 島袋盛敏『琉球芸能全集1 琉球の民謡と舞踊』おきなわ社(中田匡彦)□琉球芸能全集編集委員ー比嘉春潮、島袋盛敏、山内盛彬、伊波南哲、山之口貘、高嶺朝盛、神村朝堅

左が宮城章子、平良リヱ子


1956年8月 『ポケット琉球民謡集』発行所・おきなわ社/発売所・花城書店


1959年11月『オキナワグラフ』「沖縄ブームにのった東京の舞姫ー宮城章子、他」



1963年2月 冨田祐行『沖縄 宮古・八重山群島』(ブルー・ガイドブックス44)実業之日本社


1965年5月『オキナワグラフ』「女系沖縄(B)宮城章子」


1966年1月『オキナワグラフ』「昨秋10月ーハワイのドクター上原与吉夫妻来島/新橋・翠麗で歓迎の宴」(左から二人目が宮城章子)