目次
編纂者の言葉・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・柳田國男
○比嘉春潮・島袋源七の二君は、最初からの援助者であった。と云はうよりも私は寧ろこの二人の沖縄衆によって、動かされたやうな気持ちである。各篇の配列は大体に筆者の年齢順によることにして見た。但し終りの両君だけは、それ程に年が若くはないのである。

沖の泡・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・幣原坦
ウルマは沖縄の古称なりや・・・・・・・・・・・・・・・・伊波普猷
沖縄の土俗・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・稲垣國三郎
地割制・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・東恩納寛惇
岩崎卓爾翁と正木任君・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大島廣
女の香爐・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・折口信夫
性的結合の自由とミソギ・・・・・・・・・・・・・・・・・・奥野彦六郎
セヂ(霊力)の信仰について・・・・・・・・・・・・・・・・・・仲原善忠
耳学問・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・島袋盛敏
万葉と神座 附・沖縄神道の日本古代神道史性・・・奥里将建
八重山を憶ふ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・宮良當壮
琉球の地方算法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・須藤利一
琉球の同族団構成(門中研究)・・・・・・・・・・・・渡邊萬壽太郎
南島の入墨(針突)について・・・・・・・・・・・・・・・・・・小原一夫
阿兒奈波の人々・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・島袋源七
尾類考・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・柳田國男
○見やうによっては婚姻制の進歩であるが、その為に女の地位の又少し悪くなったまでは否むことが出来ない。是に対して他の一方の自由な女、幾度もツレアヒをかへて活きて行く者は、近畿地方ではジダラクといひ、隠岐の島などではタマダレ者又はドウラク者とも言って居たが、それもぢっとはして居ないで、新たに基礎を作り又組織を設けようとしたのである。我々の如く旧い一方の世界に住む者には、其當否を批判する力も無いが、是が幾つかの面白くないことの原因になって居ることだけは確かなやうである。だから改めて原因に遡って、もう一度詳しく知る必要があるわけで、斯んな疑問にすら答へられぬやうだったら、實は文化史などは尊敬するにも足らぬのである。(22,1,7)

□柳田國男『南島旅行見聞記』○1921念1月 地方小説の舞台 那覇には日刊四つあり。文学好きの青年多く之に参与せり。/渡地と思案橋 渡地中島の二遊郭は十数年前に廃せられ、今は辻一箇所となる。中島は停車場辺、渡地は旧宅存す。思案橋のありし地は久しき以前埋立てられ、今通堂より西本町に入る大通なり。県庁はもとこの此近くに在りき。在番屋敷。




伊藤 幹治イトウ ミキハル
一九三〇年東京都に生まれる。一九五三年國學院大學大学院文学研究科修士課程修了。国立民族学博物館教授、成城大学教授、成城大学民俗学研究所所長を歴任。国立民族学博物館名誉教授、文学博士。柳田国男全集編集委員。第一回澁澤賞・第一八回南方熊楠賞受賞。著書に、『稲作儀礼の研究──日琉同祖論の再検討』(而立書房)、『柳田国男──学問と視点』(潮出版社)、『沖縄の宗教人類学』(弘文堂)、『家族国家観の人類学』(ミネルヴァ書房)、『宴と日本文化──比較民俗学的アプローチ』(中央公論社)、『宗教と社会構造』(弘文堂)、『贈与交換の人類学』(筑摩書房)、『柳田国男と文化ナショナリズム』(岩波書店)、『日本人の人類学的自画像──柳田国男と日本文化論再考』(筑摩書房)、『柳田国男と梅棹忠夫──自前の学問を求めて』(岩波書店)などがある。(筑摩書房)


1965年10月 東京都立大学南西諸島研究委員会(代表・古野清人)『沖縄の社会と宗教』平凡社
日本民俗学における沖縄研究史
    -とくに柳田国男の位置づけと展望ー・・・大藤時彦
国頭村安波における門中制度の変遷・・・・・・・・常見純一
国頭村宇嘉を中心とする親族体系と祭祀組織・・竹村卓二
羽地村真喜屋の社会誌学研究
    -沖縄本島の先進的水田農村の場合ー・・・小川徹
上本部村備瀬の社会組織・・・・・・・・・・・・・・・・・・大胡欽一
玉城村仲村渠の門中組織・・・・・・・・・・・・・・・・・・比嘉政夫
宮古島の祭祀組織・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・鎌田久子
宮古島北部の社会と儀礼・・・・・・・・・・・・・・・・・・・野口武徳
八重山・西表島の親族関係と祭団の構造と変化・・伊藤幹治
八重山・黒島と新城島における祭祀と親族・・・・・・植松明石
八重山・小浜島の聖域(wan)祭祀・・・・・・・・・・・・・村武精一
琉球社会組織に関する若干の問題
     -編者あとがきー・・・・・・・・・・・鈴木二郎・村武精一
参照文献
英文レジュメ


1980年4月 伊藤幹治『沖縄の宗教と人類学』弘文堂
○あとがきー(略)本書を編むにあたって、筆者が、まず最初にとりかかったことは、できるだけ旧稿に手を入れて、文体や用語の統一をはかることであった。その結果、大幅に加筆したり、改訂したりした論考もある。また、部分的に削除した論考もある。しかし、どの論考も、その骨組という点ではさしたる変更はない。



2011年5月 伊藤幹治『柳田国男と梅棹忠夫ー自前の学問を求めて』岩波書店
○柳田国男の便りー沖縄が本土復帰する以前の1959(昭和34)年10月初旬から翌60(昭和35)年9月下旬にかけて、一年ほど沖縄に滞在したことがある。その間、フィールド・ワークが終わるたびに、柳田国男さんに現地の様子を伝えていた。戦後の沖縄の人びとの信仰生活について、柳田さんが強い関心を寄せていたからである。