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Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02

上・辻のお嶽 下・淋れた辻遊廓あと

本田安次 ほんだ-やすじ
1906-2001 昭和-平成時代の民俗芸能史学者。
明治39年3月18日生まれ。宮城県石巻中学教諭時代に東北地方の山伏神楽を知る。のち全国調査により民俗芸能の体系的研究をおこなう。昭和35年早大教授。49年「日本の民俗芸能」で芸術選奨。平成7年文化功労者。平成13年2月19日死去。94歳。福島県出身。早大卒。著作に「能及狂言考」「沖縄の祭りと芸能」など。→コトバンク

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資料の大半を提供している翁長良明氏(携帯090-3793-8179)なるみ堂主人、左・新城栄徳
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2013年7月29日 玉那覇展江さん(沖縄タイムス社ミニコミ紙担当記者)と翁長良明氏


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2010年7月28日ー午後6時半から那覇市歴史博物館でギャラリートークがあった。講師は湖城英知氏(元、沖縄海邦元頭取、沖縄モノレール元社長)で「2、000円札発行について」解説。会場には湖城氏の幼馴染の渡口万年筆の渡口彦邦氏や、南都社長の大城宗憲氏も居られコメントも出た。講演終了後、パレット地下の日本料理屋で大城宗憲氏と夕食を共にした。大城氏はかつて松尾書店を経営して居られた。松尾書店から1965年4月に真境名安興『沖縄1千年史』を新城安善作成の索引をつけて発行している。同年11月には雑誌『沖縄春秋』も創刊。創刊号には「特別座談会・転機を迎えた沖縄問題」が組まれ小渕恵三、宇野宗祐、中村晄兆、翁長助裕が参加、司会が比嘉幹郎であった。『沖縄春秋』第2号にはカメラマンの岡村昭彦氏が来社した記事がある。日本料理屋には湖城英知氏と夫人も居られた。2000円札は沖縄観光のシンボルでもある。これを活かさない手はない。大城宗憲氏も沖縄観光を産業化にして居られる。


沖縄観光については、2000年10月2日の『琉球新報』に私は「近代沖縄観光文化史ノート」を書き先ず沖縄に来た画家たちを紹介した。2006年3月の『沖縄タイムス』には「ウチナー美の森」を書いて近代沖縄美術史を概観した。沖縄観光史については「琉文21」に随所に出ているが一応並べてみる。

1936(昭和11)年8月28日ー那覇の昭和会館で沖縄観光協会設立。会長に金城那覇市長、副会長に平尾商工会議所会頭。

1939年5月ー『月刊民藝』□日本民藝協会同人 琉球日記ー3月28日、夕刻5時織の仕事について親切な配慮をして下さる工藝(業)指導所長安谷至(屋)氏の来訪を受けて色々打合せをした。比嘉景常氏、山里氏、平野学務課長等の来訪もあって、琉球の家最初の夕食は、喜久山一家の手になる琉球風な料理である。食後再度街の方へいろんな買物に行く。蛙の鳴く夜を蚊帳をつって眠る。

1939年7月ー『月刊民藝』□日本民藝同人 琉球日記ー4月14日、朝8時県庁から廻された車で国頭に向う。運転は正月の柳の時と同じ、柳沢君(奄美大島で運転手をしていた)。一行は柳、河井、濱田、外村、写真の𤘩宮城昇君の5人である。

1939年8月ー『月刊民藝』□日本民藝同人 琉球日記ー4月17日、豫々待望の久米島行の日。外村、田中、岡村の3人は留守番と決定。朝10時那覇の港を出づ。安谷屋所長、久米島出身の濱川昌俊県会議員等の見送りをうく。宮古丸、同行者河井、濱田、芹沢、柳、悦孝の5名、それに吾等のよき友喜久山添采氏、写真師として𤘩宮城昇氏病をおして一行に加わる。久米紬同業組合長・比嘉文貞氏も幸い同船。 4月20日、𤘩宮城氏撮影に多忙なりー 

 
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照屋重男コレクション

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翁長良明コレクション

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1909年5月 宮地貞頴『現今俳家人名辞書』紫芳社□「麥門冬 末吉安恭  沖縄県首里区儀保729。別号南天居、襄哉。明治19年5月生。出生地同住所   院々の晝静なり鳥交る/月の方へ蔭の方へと踊りけり」


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さて、NYを訪れた一番の目的は、現代美術を見ることでしたが、それも含めて4つの美術館を見学しました(初心者はメジャーなところから)。「メトロポリタン美術館」、「Moma(近代美術館)」、「ホイットニー美術館」、「グッゲンハイム美術館」。他にも、ラテンアメリカ美術館(エル・セル・ムセオ・デル・バリオ)や、ユダヤ人美術館など、気になる所もありましたが予定が合わず、この4館の見学となりました(残念)。メトロポリタンは全世界の美術や工芸品などが見れます。ここでの目当てはイスラム美術でした。イスラム美術の細かな装飾やガラス、モザイクタイルなどを見ました。ホイットニーは、ナンゴールディンの映像作品を覚えています。本当はここでライアン・マッギンレーという作家の写真が見たかったのですが、この時は展示されていませんでした。Momaは一番良かった。ピカソ、ゴッホ、ルソー、マチスなど、有名どころの作品が多くありました。いままで、あまり関心がなかったのですが、ゴッホのスケッチが一番印象的でした(本物を見てみるものだ)。膝を抱えて顔もうなだれている女性の図(sorrow)ですが、ゴッホの印象が変わりました。グッゲンハイムは、建物の造りから面白いです。そろそろ沖縄に帰りたいと思い始めていた時にフラッと行ってみたのですが、入口でチケットを買ってすぐ、インスタレーション(空間)が始まり、現実を忘れた感覚になりました。館全体(内部)が特殊な空間になっていて面白かったです。ジェームス・タレルの作品だったかと思います。彼の作品は瀬戸内海の地中美術館でも見れるかと思います。純粋に面白いです。彼の作品については全く詳しくはありませんが、ある環境における人間の五感の変化(特に視覚)?のような感じです。うまく表現できません。


ワールドトレードセンター跡地。グラウンド・ゼロと呼ばれています。グラウンド・ゼロとは、「爆心地」という意味があり、原爆を落とされた広島や核兵器の実験場などを指すそうです。この場所がグラウンド・ゼロと呼ばれるのは、それを連想させることから来ているようです。仕切りで中の様子はよく見えませんが、「NY9.11」後、復興して、現在は1つのタワー(ワン・ワールド・トレード・センター)が完成しています。この敷地には全部で7つの施設があったそうですが、今回もまた同じように7つ建設するそうです(ガイドの方いわく)。やはり、そのような事があった場所なので、復興に対し批判的な意見もあったようです。また、建物の中に入る店舗が決まらないと建設が進まない(工事の中断もある?,地価に伴い家賃も高い)、9.11から来るその場所に対する不安などもあるようです。

グラウンド・ゼロ向かいの教会。そこは9.11の際、レスキュー隊の休憩場所として使用されていたとのこと。今でも当時レスキュー隊へ各国から送られてきたメッセージや、日本からの千羽鶴などが展示されていました。観光客や修学旅行生?も多く訪れていました。


チェルシーマーケット。色んな食の店舗が入っています。NYで動き始めた初日は、旅行社の半日ツアーに参加したので、そのコースに入っていました。私は旅先での食事に関しては一人で食べても味気なく、また食欲もそれほどわかないのであまり食べません。この日はツアーのメンバーがいたお陰で、最初で最後のNYでの楽しい食事でした。ロブスターは大・中・小あり。小(約20ドル)ですが、充分すぎる量です。

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「沖縄・烽火のネットワーク連絡会」代表・島袋和幸(〒124-0011 葛飾区四ツ木4-18-10 携帯090-4920-6952)氏が全国の烽火跡などを訪ねた折に出会った蘇鉄。


秋田県潟上市羽白目<烽・とぶひ>遺跡ー古代の烽火場として唯一とも言われる遺跡


上の遺跡は現在 大沢さんの持ち山で、奥さんの右手前には蘇鉄が鎮座している。

2013年6月 『沖縄の軌跡』第102号 「関東大震災虐殺事件 大正12年9月1日 秋田県人・三重県人・沖縄三県人殺害の<検見川事件>の真相」/2013年7月17日『秋田魁新報』■北斗星ーこの連休中、沖縄県生まれで東京都在住の島袋和幸さん(65)は横手市内を歩き回った。関東大震災の混乱の中で命を落とした『旧横手町の藤井さん』の手掛かりを探すためだこの連休中、沖縄県生まれで東京都在住の島袋(しまぶくろ)和幸さん(65)は横手市内を歩き回った。関東大震災の混乱の中で命を落とした「旧横手町の藤井さん」の手掛かりを探すためだ。当時26歳の藤井さんは地震4日後の1923年9月5日、現在の千葉市で自警団に捕らえられて殺され、川に捨てられた。手を下した数人は有罪となり、事件は一部新聞で報道されたが、遺体は海に消えたと思われる震災後、「朝鮮人暴動」の流言が広まり、不安に駆られた住民らの手で多くの朝鮮人が殺されたことは広く知られている。だが、言葉になまりのある地方出身者が朝鮮人と誤認され、犠牲になる事件が続発したことは、あまり知られていない藤井さんと一緒に沖縄県人と三重県人も犠牲になっている。仕事を持ちながら歴史の発掘に取り組んでいる島袋さんは、当時の新聞にある3人の出身地と名前を頼りに親類捜しを続ける。だが沖縄と三重では手繰った糸が途切れ、遺族にたどり着けなかった藤井さんは横手から稼ぎに出た東京で地震に遭い、避難途中に居合わせた2人と共に犠牲になった、というのが島袋さんの見立てだ。郷里の縁者たちは、藤井さんがなぜ亡くなったか、知ることができただろうか島袋さんは「朝鮮人も日本人も、犠牲者の多くは名前さえ分かっていません。そのうちの一人の遺族でも突き止めて供養ができれば、亡くなった人も浮かばれるはずです」と話す。今年は震災から90年である。



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左下ー2002年4月 月刊 『榕樹』□沖縄の熊楠ー末吉麦門冬の人生にスポット 作家・神坂次郎氏が『歴史街道』に連載ー神坂氏に資料を提供した新城栄徳氏は、主宰する『琉文手帖(弟2号)』で麦門冬を取り上げ、早くから注目してきたひとり。『麦門冬が全国デビューした』と喜んでいます。

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写真ー右から紫女学園大学の松下博文教授、椎窓猛さん、地元紙の記者。手前が嘉数卓沖縄県立図書館長と職員。

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那覇市の与儀公園にある山之口貘詩碑「座蒲団」

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椎窓猛氏に贈った貘の色紙「座蒲団」

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椎窓猛氏に贈った貘のハガキ


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新城栄徳と椎窓猛氏(NPО世界子ども愛樹祭コンクール・コスモネット特別相談役)世界子ども愛樹祭コンクール・コスモネット 住 所: 〒834-1401 福岡県八女郡矢部村大字北矢部11060番地1 世界子ども愛樹祭記念館内 /この法人は、地球規模で環境破壊が進行している現在、主に日本国内及び世界中の子どもたちに対して、水・空気・土壌・生物等の生態系からなる地球環境を守るには、樹木、森林の働きが大変重要な役割を果たしていることの理解を得るために、森林育成や啓発イベントといった事業を行うことで「木を愛する」という文化を広め、自然や郷土を愛する豊かな心を持った子どもを育成すると共に、下流地域との交流により自然環境保全や緑豊かなまちづくりに寄与することを目的とする。

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筑紫女学園大学の松下博文教授。手にしているのが未来の女学生(新城栄徳の孫)の写真
沖縄県立図書館では、沖縄出身の詩人、山之口貘の自筆原稿7500枚が長女の山之口泉さんから寄贈されたことを受け、創立100周年を記念に「山之口貘文庫」を開設し大切に保存。資料整理を行ったのは筑紫女学園大学の松下博文教授。


2013年9月10日『沖縄タイムス』松下博文「『新編山之口貘全集』の意義」


中央が松下博文教授






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2013年7月19日『沖縄タイムス』

□2013年9月28日14:00~15:20 沖縄県立博物館・美術館 美術館講堂『フォトネシア沖縄・沖縄写真史講座』仲嶺絵里奈「近代沖縄写真史ー𤘩宮城昇の写真表現ー」

1912年発売の「ベスト・ポケット・コダック」、ベス単派の人が使っていた。安価な値段と、ソフトフォーカスの写真が撮れたので普及した。




2015年10月 第6回「国立劇場おきなわ創作舞踊大賞」
◆第6回創作舞踊大賞 佳作 仲嶺麗子・仲嶺絵里奈作品
「若水(わかみじ)」
年中行事の儀礼の舞踊化として成功している。出羽・中踊・入羽の三部構成が明確で、振付に打組の部分もあって変化に富んでいる。初春の喜びが伝わる清々しい作品であり、全体として若衆芸の新鮮さを表現した点は高く評価される。

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2011年9月15日(木)、市内与儀公園内の山之口貘詩碑に案内標柱と説明板が設置され、除幕式が挙行されました。 案内標柱と説明板の設置については、郷土の偉大な詩人の詩碑が人々の記憶から薄れつつあることを憂う文章を、新聞紙上へ投じた伊波興太郎氏の働きかけがきっかけでした。
 
趣旨に賛同し、大同火災海上保険株式会社と株式会社琉球新報社が費用を負担することになり、説明板の内容や案内標柱のデザインを、那覇市歴史博物館が担当しました。 説明板には、山之口貘の詩人としての足跡が記され、案内標柱には、詩の題材になった「デイゴ」、「アダン」、「ソテツ」、「バナナ」がデザイン化されています。
 
詩碑は、1975年7月19日、詩人の13年忌にあたり建立期成会の尽力によって、2万人のカンパが集められ、与儀公園内に設置されました。詩碑には、詩人が最も愛したと言われる作品「座蒲団」の自筆の扁額を拡大して刻まれています。 (那覇市HP)

「貘さん」知って 与儀公園に詩碑説明板
2011年9月16日『琉球新報』
山之口貘詩碑の説明板の除幕式=15日、那覇市の与儀公園
 那覇市与儀公園内にある山之口貘詩碑のそばに説明板と案内標柱が新たに設置され、琉球新報創刊記念日の15日に除幕式が行われた。
 設置費用50万円は「山之口貘賞」および貘さんの生誕100年を記念して創設された「神のバトン賞」を主催する琉球新報社(富田詢一社長)と、CMで貘さんの詩を使用している大同火災海上保険(照屋侑社長)が負担し、那覇市に寄贈した。
 山之口さんの詩「座布団」を刻んだ詩碑は1975年7月19日に建立されたが案内表示もなく目立たないことから、やえせプランニングプロデューサーの伊波興太郎さん(63)が2010年12月に説明板などの設置を那覇市に要望。琉球新報社と大同火災海上保険に協力を 呼び掛けた。
 説明板は富田社長、大同火災海上保険の宮良直人会長、佐久川馨那覇市市民文化部長、伊波さん、第1回山之口貘賞受賞者の岸本マチ子さん、貘さんについて研究する仲程昌徳さんが除幕した。
 伊波さんは「貘さんを若い世代に知ってもらうためにも説明板と案内標柱が設置されたのはうれしい」と喜んでいた。







□説明板には末吉安久氏が「貘さんおいで」のぼり旗を持って貘さんの隣りに写っている写真がある。なお、沖縄県立図書館の左側には「安冨祖流楽祖之碑」がある。安冨祖流絃聲会が1964年1月18日に建立しものだが、設計は末吉安久である。ちなみに、揮毫は島袋光裕、刻字が安里清謙、施行が安里清福である。沖縄県立図書館の館長室には歴代図書館長の一人として末吉安久の写真も飾られている。

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07/18: 食榮森

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1958年  神棚の扁額書ー謝花雲石/彫り知念善吉
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本日、栄町マチグヮーをのぞく。入口にガラス製の小さな看板(?)があるのが「宮里小書店」だ。市場の古本屋ウララ (〒900-0013 那覇市牧志3-3-1 ℡090-1794-4799営業11時~19時 )より小さい。

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□程順則の碑を手始めに七偉人(羽地王子、宜湾朝保、護佐丸)の碑が続々その墓地に建てられた。書は東宮侍従長子爵・入江為守氏①。

入江為守 いりえ-ためもり
1868-1936 明治-昭和時代前期の官僚,歌人。
慶応4年4月20日生まれ。冷泉為理(れいぜい-ためすけ)の3男。入江相政(すけまさ)の父。明治30年貴族院議員。のち東宮侍従長,侍従次長をへて昭和2年皇太后宮大夫。この間大正4年から御歌所所長をかね,「明治天皇御集」「昭憲皇太后御集」編集事業を完成させた。昭和11年3月19日死去。69歳。京都出身。(コトバンク)

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6.30日曜日。タイムズスクエアとその周辺の通りはかなりにぎわっていました。また、いろいろな商売もあるようで。これは街なかでスプレーを使ったパフォーマンスアートの風景。手際がよく、スピードもあって見ていて面白い。1枚20ドルで販売していました。これと同じパフォーマンスをしている人がタイムズスクエアには点在していました。他にも、着ぐるみを来て観光客と写真撮影をして稼ぐ商売(問題になっているようです)、バッグのワゴン売り等々、さまざま。生きる力でしょうか。


DIKE(ダイク)パレード。NY市立図書館前を歩いていたらパレードと遭遇しました。近くのおまわりさんに何のパレードか尋ねたところ、”ダイクパレード”と言われました。DIKEの意味を尋ねると”レズビアン”とのこと。後で調べてみるとDIKE(ダイク)はレズビアンのスラングのようです。その翌日はゲイパレード。パワフルで良いです。


グランドセントラル駅。最近、東京駅と姉妹駅の締結をしたそうです。レトロな駅です。シャンデリアや天井に星座の装飾が施されていて、アーチ状の窓などとても雰囲気のある駅。駅中央の案内所(写真)の時計も良かったです。NYに行く飛行機で知り合ったおじいさんと滞在最終日にここで待ち合わせをして食事に行きました。良い出会いもあるものです。

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上下ー1975年9月『自由の女神ー新天地アメリカへのいざない』(ランドマーク世界史15)講談社
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じゆうのめがみぞう【自由の女神像】
1984年に登録されたアメリカの世界遺産(文化遺産)で、ニューヨーク港内のリバティー島にある。正式名称は「世界を照らす自由」(Liberty Enlightening the World)。アメリカの独立100周年を祝い、アメリカとフランス両国の友好のために贈呈された女神像は、フランス民衆の募金をもとにして、フランスの彫刻家のフレデリック・オーギュスト・バルトルディ(1834~1904年)が像を設計し、橋梁技師のギュスターヴ・エッフェル(1832~1923年)が構造を設計、1886年に完成した。像は奴隷制と専制政治を意味する鎖を踏みつけて立ち、右手にはトーチ、左手には「1776年7月4日」と記した独立宣言書を抱えている。300枚以上の銅板をつなぎ合わせて造られ、台座の中には「自由の女神博物館」がある。宝冠には7つの突起があり、それは「7つの大陸と7つの海に広がる自由」を象徴している。台座部分を含めた高さが93mの像はアメリカが誇る自由と民主主義のシンボルで、歴史的にはまだ浅いアメリカの重要な文化遺産の一つであることから、世界遺産に登録された。◇英名はStatue of Liberty (コトバンク)
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 一世一代の旅行。
機会のある人なら、何度でもこのような機会があると思いますが、私には貴重な旅行のひとつとなりました。まさか、自分がNYに行くとは思いませんでしたが、いつもどこかに遠出するときはなんらかの衝動で行きます。今回は、無性に現代美術が見たくなり、NYを選択しました。まだ記憶が鮮明なうちにいろいろとまとめたいと思います。

自由の女神。ベタな観光も良いものです。私が行った日にはリバティー島に上陸することができなかったので(6月28日)、船上から。以前のハリケーンの影響でまだ工事をしていました。この日から約1週間後の7月4日「独立記念日」から開放されました。遠目だったので、「あぁ、大きいね!」といった感じで終わりました。船から見るマンハッタン島の眺めが面白かったです。





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07/09: 新生美術

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1984年8月 『新生美術』<特集・玉那覇正吉>
1987年5月 『新生美術』6号□新城栄徳「『浦崎永錫画伯』美術史を語る」
1988年5月 『新生美術』7号<特集・大嶺政寛 追悼アルバム>
1990年5月 『新生美術』8/9合併号<特集・山里永吉・豊平良顕・宮城孝也
1992年6月 『新生美術』10号<追慕・山元恵一・山田昌弘・浦崎永錫>
 
        □新城栄徳「浦崎永錫ー美を追求する人」
1996年3月 『新生美術』11号<特集・安次嶺金正の画業を偲ぶ>
2001年3月 『新生美術』12号<特集・追悼 思い出 アルバムー具志堅聖児・金城安太郎・大嶺政敏・大嶺信一・宮良信成>
         □新城栄徳「金城安太郎さん」
2004年9月 『新生美術』13号<特集・比嘉景常・島田寛平・南風原朝光・名渡山愛順・大城皓也・宮城健盛・安谷屋正義・新川唯盛・仲嶺康輝・山之端一博>





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07/05: 地図2題

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07/01: 仏桑華

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又吉通りの仏桑華

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与儀公園の仏桑華

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おもろまちの仏桑華



おもろまちの黄金森公園の仏桑華