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Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02


中央立っている人が井上稔画伯□1936年(昭和11)京都生まれ。 京都学芸大学(現京都教育大学)を卒業、西山英雄に師事。1957年第13回日展で奈良手向山八幡宮の校倉を描いた「校倉」が初入選し、1979年第11回日展で「浄」が特選、続いて1982年第14回日展では「浄韻」が再び特選となり、その後、25回にわたって日展に委嘱出品されています。



明日香


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Category: 03-所感
Posted by: ryubun02
本日の『琉球新報』は視点と題し「2013年12月27日。この日は、新たな『屈辱の日』として沖縄の歴史に深く刻み込まれるはずである。」、と悲観的に書いている。が、仲井真知事を選んだ県民はそう思わないであろう。これをバネにし現実を見据えて「革新」の勝利につなげれば再出発の日となるはずである。さて、親戚にお歳暮を届けた帰り那覇市立中央図書館、沖縄県立図書館を寄ると、知事官舎入口にマスコミ関係者が列をつくっていた。県民広場では仲井真知事に対する抗議集会が開かれていてプラカード(下)を夫々が掲げていた。終ると参加者は県庁ロビーへ向かっていった。私は記念に赤嶺政賢国会議員が持っていたプラカード(下)を貰った。顔見知りの新聞記者やカメラマン、久貝氏が取材していた。

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私も集会に参加。県庁ロビーまで付いていった。県庁ロビーは集会参加者で一杯だった。

12月28日『琉球新報』所載
Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
Category: 01-人物名鑑
Posted by: ryubun02
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写真左から秋山勝氏、鳥山淳氏、新崎盛暉氏、新城栄徳、屋嘉比収氏、大峰林一氏


左ー秋山勝さん(2016年11月6日死去74歳)が創刊時から関わった雑誌『けーし風』/【中部】米軍普天間飛行場のゲートが、市民の手で次々と封鎖された前代未聞の4日間から1年。現在もゲート前で抗議行動を続ける人々が28日、宜野湾市中央公民館に集まり、オスプレイ配備を撤回させる決意を新たにした。日米両政府は県民の反発に耳を貸さず、24機の配備を完了したばかり。参加者は「粘り強く闘い続けよう」「勝つ方法は諦めないことだ」と気勢を上げた。ゲートが封鎖されたのは、オスプレイ配備を目前に控えた昨年9月27~30日にかけて。座り込む人々を排除しようとする警察との間で衝突も起きた。つえをつきながら参加していた秋山勝さん(71)=那覇市=も、警察のごぼう抜きに抵抗した。


写真左から屋嘉比収氏、新城栄徳、伊佐眞一氏、宮城晴美さん




沖縄大学図書館「屋嘉比収文庫」

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Category: 01-人物名鑑
Posted by: ryubun02
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1988年11月 国吉真哲・編『安里成忠のこと』嘉数能智・発行/写真ー安里成忠


『沖縄タイムス』 2017年6月14日 「こんな世に生まれたことが悪かった」 歌う自由、大伯父への思い 【心縛「共謀罪」と沖縄戦・1】
 5月下旬、那覇市安里のライブハウス。激しいビートに安里成文さん(39)=大阪市=が熱唱する。「ワッツーシゾンビ」のボーカル。「2000年代半ばから大阪で新しい音楽をやるバンドとして活動してきた」。本番前のもの静かな横顔。大伯父・安里成忠とどこか重なる。

ステージで熱唱する安里成文さん(左)=那覇市、G-Shelter(ジーシェルター)
安里成忠 「安里成忠のこと」サイト琉文21より 
 成忠は20歳で死亡した。1931年の沖縄教育労働者組合(OIL)事件で治安維持法違反に問われ、拷問を受けた末のことだ。奈良で生まれ育つ理由となった大伯父の存在。「僕は大伯父を尊敬しています」。まっすぐに受け止める。
  ■      ■
 OIL弾圧直前。世界恐慌による砂糖価格暴落で沖縄は「ソテツ地獄」と呼ばれた大不況に苦しんだ。子どもの身売り、出稼ぎ。学校は長欠児童が続出した。青年や教師は社会運動で社会を変えようと試みた。
 25年の治安維持法成立以降、社会運動の弾圧が激化。OILは31年1月に結成、その1カ月後には指導者真栄田一郎、成忠ら4人が逮捕された。警官が剣道の防具を着て何度も体当たりする凄惨(せいさん)な拷問。成忠も真栄田も精神に変調を来し家に戻され死亡した。
 いとこがまとめた冊子『安里成忠のこと』。生前の姿を伝える。旧真和志村壺川の2間の家。座敷牢で成忠は砂利と小石を並べていた。「クングトウル(こんな)世の中に生まれあわしたことが悪かったのでしょう」。父親は多くを語らなかった。「水ぶくれした白い顔、15、16歳の子ども」のような成忠。傍らに目の不自由な弟がいたと記録する。成文さんの祖父だ。
  ■      ■
 奈良で珍しい安里姓を名乗る祖父は鍼灸(しんきゅう)師だった。「不自由な体で家族に手紙も残さず、沖縄を出たと聞いた」。家族の間でそれ以上話題にすることはなかった。成文さんが祖父の来し方を知ったのは中学生のころ。押し入れの箱から成忠の冊子を見つけた。母を早く亡くし、弟の面倒を見る優しい兄。体が弱かったが情熱家で勉強熱心だった成忠の姿がつづられていた。
 事件当時、祖父は18歳。私立沖縄盲学校を卒業後、那覇市の旅館で鍼灸の仕事をしていた。「共産党員の弟だ」。指弾が相次いだ。「世間の眼はものすごく冷たかった」。祖父は1人沖縄を後にした。
 記憶の中の祖父は自由な人。「ええのん、聞いとるな」。孫の聴く音楽にも興味を示した。沖縄民謡を愛し、バイオリンを弾き、ビートルズを口ずさんだ。なにげない日常を大切にした。成文さんも心のままに歌い、自身の音楽を追求する。「大伯父は命懸けで信念をつらぬいた」。成忠が闘った自由を思う。(編集委員・謝花直美)
  ◇      ◇
 国会で審議中の「共謀罪」。戦前の治安維持法同様だとして警鐘がならされる。戦前の社会は、同法で心を縛られ、自由を失い戦争へ突き進んだ。連載「心縛(しんばく)」は沖縄戦と現在を結び、私たちの社会の危機を考える。

12/24: 鹿野政直

Category: 01-人物名鑑
Posted by: ryubun02

鹿野政直氏

鹿野政直 かの-まさなお
1931- 昭和後期-平成時代の日本史学者。
昭和6年8月20日生まれ。45年早大教授。専攻は近現代思想史。西岡虎之助の民衆生活史研究に影響され,民衆思想の展開に注目,女性史,沖縄史,民間学などの研究をすすめる。大阪出身。早大卒。著作に「資本主義形成期の秩序意識」「大正デモクラシーの底流」など。→コトバンク

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Category: 03-所感
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2013年12月 琉球館網月刊情報『琉球通信』第8号 (株)RyuKyu企画 〒901-2226宜野湾市嘉数4-17-16 ℡098-943-6945 fax098-943-6947

久貝□私が思うに、日本人の多くは、日本の政府同様、沖縄を植民地ぐらいにしか考えていないのではないか。自分たちが指導してやらなければ沖縄はダメだとでも思っているのだろうか?私はそういう日本人に声を大にして言いたい。「68年前の悲劇から何も学んでいない」のはあなたたち日本人だ。だからこそ今、君たちの日本は沈没しかけているのではないんですか?沖縄に構っている暇はないはずですと。とにかく、沖縄のことは沖縄の主体に任せて、右翼化に歯止めがかからず、真っ逆さまに地獄へと突き進んでいる自国・日本を変えてくれ。それこそが、沖縄との真の連帯だし、沖縄(人)と日本(人)のいい関係が創れるはずだ。(略)
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沖縄県人会兵庫県本部機関紙『榕樹』12月号

Category: 04-書の森
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Category: 04-書の森
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左から、おおしろ健氏、ローゼル川田氏

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2013年9月 俳句同人誌『天荒』(表紙絵は山城芽) 野ざらし延男 〒904-0105 北谷町字吉原726番地の11 
電話・FAX098-936-2536

Category: 04-書の森
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辺野古新基地NO



2013年12月23日 タイムスホール 森宣雄・鳥山淳編著『「島ぐるみ闘争」はどう準備されたか』出版記念シンポジウム 


比嘉康文氏と謝花悦子さん



鹿野政直氏、由井晶子さん



写真左から川満信一氏、糸数慶子さん、三木健氏


不二出版の小林淳子さん、新城栄徳

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Category: 02-関西の沖縄
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島田叡 しまだ-あきら
1901-1945 昭和時代前期の官僚。
明治34年12月25日生まれ。大正14年内務省にはいる。警察官僚として徳島・長崎県などに赴任。昭和20年沖縄県知事となる。米軍上陸にそなえ,婦女子の疎開と食糧確保につくし,昭和20年6月沖縄本島の摩文仁(まぶに)の丘付近で戦死。45歳。のち同地に島民により「島守の塔」がたてられた。兵庫県出身。東京帝大卒。→コトバンク


2013年11月27日ー那覇市松尾の城岳同窓会で、沖縄県内の野球団体で「島田叡氏事跡顕彰期成会」(事務局☎098-867-2525)が発足した。期成会では沖縄県の野球の聖地としての奥武山総合運動公園内に、島田叡氏の事跡を語り継ぎ、沖縄県を担う青少年に夢を抱かせるような施設の整備と顕彰碑等の設置を要望することを決定した。1、奥武山総合運動公園内に「多目的グラウンド」を「島田叡氏の名」を冠して整備し、少年野球のメッカとして供用することを望む。/2、奥武山野球場内(沖縄セルラースタジアム那覇)「資料館」に、「島田コーナー」を設置をすると同時に、球場正面に「顕彰碑」の設置をすることを望む。この2点をもって要望のための署名活動を展開することになった。



石川和男□みどり風通信「11月27日(水)午後4時から、城岳同窓会館で「島田叡氏事跡顕彰期成会」が開催された。いろいろな経緯から僕も参加となった。
 現在も練習が行われているメサイア演奏会(今年は12月15日開催)が縁で知り合いとなった名嘉山興武氏より電話があり、署名簿の印刷を依頼された。数日後、納品の為城岳同窓会館に行きその際、名嘉山さんから最後の官選知事島田叡(あきら)氏と「野球とのつながり」を20分近くお話を聞かせて戴いた。(名嘉山さんは、那覇高校のご出身で、後本土の大学に学び教職に就かれ那覇高校校長や教育行政職を歴任、退職後は沖縄キリスト教学院でも教鞭をとられ、現在は城岳同窓会の副会長、沖縄男声合唱団員である。) 」
詳しくは「みどり印刷」ここをクリック


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Category: 04-書の森
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Category: 01-人物名鑑
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1937年9月 『沖縄県人事録』沖縄朝日新聞社


胡屋朝賞(1885年2月29日~1974年5月30日)

1969年10月 『沖縄の百年ー人物編 近代沖縄の人びと』太平出版社□大城立裕「胡屋朝賞」
Category: 04-書の森
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1984年5月 沖縄の雑誌『青い海』132号 又吉健次郎「吹子ふち火花ー父子相伝・その心の対話ー」 

2013年12月21日 沖縄県立博物館文化講座「『きからじ』と『ジーファー』」





写真左から又吉健次郎氏、末吉安允氏、「熊野」生き字引・神坂次郎氏
又吉健次郎「吹子」

写真左から又吉健次郎氏、具志堅以徳氏、真喜志康徳氏、上江洲安明氏


写真ー又吉健次郎氏

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12/20: 神山泰治

Category: 01-人物名鑑
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2013年12月19日 「三人展ー上原寛栄・神山泰治・安元賢治」で神山泰治氏とその作品「心景」

Category: 04-書の森
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会場の沖縄タイムス本社入口のイルミネーション


呼び掛け人を代表し高嶺朝一氏「基地で働いた経験は今に教訓を与える。勇気を持って記事に登場してくれて感謝」と話す。


平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞


『基地で働く』執筆者たち



「秘密保護法で基地労働者の処罰も予想される」「今までは解雇されるだけだったが、これからはとんでもない罪をかぶせられる」など懸念の声があがる。

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Category: 04-書の森
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2005年9月20日 『琉球新報』「あしゃぎー機関紙にも注目」


Category: 04-書の森
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沖縄民主同盟機関紙『自由沖縄』(編集発行人・山城善光)山城は東京の沖縄人聯盟の機関紙『自由沖縄』の元編集発行人。



2003年3月5日 『沖縄タイムス』「魚眼レンズー同名でも違った機関紙」
1945年、仲宗根源和は米国海軍及び政府諮詢会委員社会事業部長を経て47年6月、沖縄最初の政党「沖縄民主同盟」を石川市宮森小学校で旗揚げした。委員長に源和、総務部長が桑江朝幸、組織部長が山城善光、青年部長・上原信夫であった。ほかに同志として平良辰夫、桃原茂太、當間重剛などがいた。48年4月、東京から持ち帰った謄写版印刷で機関紙「自由沖縄」を発行。6月、「自由沖縄」が布令違反だとし編集発行人の山城善光や桑江朝幸が逮捕され23日間も知念署留置場に入れられた。沖縄民主同盟は弾圧され、野に下った源和は高良一の『琉球新聞』、仲宗根仙三郎の『沖縄日報』の相談役として政治評論を書いている。
Category: 01-人物名鑑
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1982年5月 沖縄の雑誌『青い海』113号 当山進「青い海ギャラリー/ハーリー」


2013年12月17日 那覇市民ギャラリー「第47回沖縄旺玄会展」で当山進氏とその作品「黒煙の中の老女」「混迷」「枯葉の詩」(立体+平面のコラボ)

2013年12月18日 当山作品を批評する県立美術館の翁長直樹氏

Category: 01-人物名鑑
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島袋百恵・画「冨名腰(船越)義珍」

1906年8月ー伊波普猷、富名腰義珍から「京太郎の歌」入手→□琉大図書館伊波文庫


1919年9月ー『鹿児島新聞』で「古き薩琉親善の家門」としてグシ宮城家当主の宗倫が紹介され「宮城宗倫といって、長崎医専の出身で、今は薬種商を営み(略)訪古採訪の客を請じてその家譜や在番奉行請待の客室や、当時薩藩の名士よりもらい受けたる書簡、刀剣、茶器等を一切開放して閲覧せしむるー」と出て一般に家宝を公開していることがわかる。下の写真はグシ宮城宗倫を中心に左に真境名安興、右に冨名腰義珍も見える。

1922年4月25日ー『沖縄タイムス』莫夢生「陽春雑筆・唐手の伝来ー唐手は実に空手で、徒手空拳で敵を制する術であるから、早くから発達しておったに違いないー」


1922年11月ー冨名腰義珍『琉球拳法 唐手』武侠社□装丁・小杉未醒/挿絵・山城正綱

1959年3月の『アサヒグラフ』に沖縄で流行しているものとして「夫は空手、妻は琉舞」が写真で紹介されている。周知のように船越義珍は世界に空手を広めた先駆者である。義珍は1910年8月、那覇尋常高等小学校訓導のとき京阪観光団に一員としてその紀行文を琉球新報に書いた。新報には「鄭嘉訓の反面ー沖縄空前の書家」、「菊栽培法に就いて」なども書き漢詩も能くした。義珍は13年1月に「唐手は武芸の骨髄なり」、14年1月に安里安恒に聞き書きし「沖縄の武技」を連載した。22年4月に義珍は上京。9月には門下の儀間真謹東恩納寛惇明正塾舎監の了解を得て明正塾での唐手の稽古が始まる。



Category: 01-人物名鑑
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2013年5月15日沖縄県立博物館・美術館「平山郁夫展」
写真右から波照間永吉氏、安里進氏、宮城篤正氏、喜久村徳男氏


展覧会案内パンフレット1956~1963
1959年1月 那覇琉米文化会館「琉大美術クラブ絵画展」(永山信春、神山泰治、宮城孝也、平良晃、喜久村徳男、比嘉良仁、山城見信、大城宏捷、安元賢治ほか)/1963年4月 沖縄タイムス社「仲本岳仙日本画展」/1956年5月 第一相互銀行3階「儀間比呂志個人展」/1962年9月 沖縄タイムスホール「故南風原朝光氏追悼の夕」/1963年6月 沖縄タイムスホール「安谷屋正義個展」

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Category: 01-人物名鑑
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昇曙夢

2013年12月13日『琉球新報』仲村顕「眠れる先人たちー昇曙夢」
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昇曙夢
1878-1958 明治-昭和時代のロシア文学者。
明治11年7月17日生まれ。陸軍士官学校教授,のち早大講師。ザイツェフ,クプリーンなど20世紀初頭の作家の作品の翻訳,紹介につとめた。昭和33年11月22日死去。80歳。鹿児島県出身。ニコライ正教神学校卒。本名は直隆。著作に「ロシア・ソヴィエト文学史」,訳書に「六人集」「毒の園」など。→コトバンク

Category: 04-書の森
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2013年11月 金子豊・編『松山王子 尚順 全文集』榕樹書林


2013年12月11日『沖縄タイムス』

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Category: 04-書の森
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丸岡莞爾 まるおか-かんじ
1836-1898 幕末-明治時代の官僚,歌人。
天保(てんぽう)7年5月28日生まれ。鹿持雅澄(かもち-まさずみ)に国学をまなび,坂本竜馬(りょうま)らとまじわり脱藩して長崎にすむ。維新後,内務省社寺局長などをへて沖縄県知事,高知県知事となる。明治31年3月6日死去。63歳。土佐(高知県)出身。本姓は吉村。字(あざな)は山公。通称は三太,長俊。号は建山,掬月,蒼雨など。歌集に「蒼雨余滴」。(コトバンク)

1887年2月、森有礼文部大臣が来沖した。6月、尚家資本の広運社が設立され球陽丸を那覇-神戸間に運航させる。11月に伊藤博文総理大臣、大山巌陸軍大臣が軍艦で画家の山本芳翠、漢詩人の森槐南を同行して来沖した。1888年4月に大阪西区立売堀南通5丁目に琉球物産会社「丸一大阪支店」を設置する。9月18日に丸岡莞爾が沖縄県知事として赴任。10月には塙忠雄(塙保己一曾孫)が沖縄県属として赴任した。

丸岡桂 まるおか-かつら
1878-1919 明治-大正時代の歌人,謡曲研究家。
明治11年10月17日生まれ。丸岡莞爾(かんじ)の長男。歌誌「あけぼの」「莫告藻(なのりそ)」を創刊する。明治36年板倉屋書房を創立し,義弟松下大三郎と「国歌大観」を刊行。のち謡曲研究に専心,観世流改訂本刊行会を設立し,大正3年「謡曲界」を創刊した。大正8年2月12日死去。42歳。東京出身。号は月の桂のや,小桜など。→コトバンク

丸岡明 まるおか-あきら
1907-1968 昭和時代の小説家。
明治40年6月29日生まれ。丸岡桂(かつら)の長男。昭和5年「三田文学」に「マダム・マルタンの涙」を発表。戦後「三田文学」復刊につくす。能楽の普及と外国への紹介にもつとめた。昭和43年8月24日死去。61歳。東京出身。慶大卒。著作に「生きものの記録」,「静かな影絵」(41年芸術選奨)など。→コトバンク





笑古・真境名安興
伊波普猷、東恩納寛惇の名を冠した賞はあるが、真境名安興賞は聞いたことがない。無理もない、その業績がボーダーインクによって編集され琉球新報社から発行されたのが1993年2月のことであるから。今年は沖縄県立図書館100年ということなので沖縄県がその賞を考慮してもバチが当たらないと思う。真境名安興は伊波普猷と一緒に県立図書館の基礎をつくり、且つ第二代沖縄県立図書館長だからである。其れはさておき『真境名安興全集』の全集の編集には私(新城栄徳)も協力した。「真境名安興全集だより」№3(1992年9月発行)に「真境名安興の資料がこのほど新城栄徳氏により『図書館雑誌』から見つかった。これまで台湾へ行ったということは知られていたが、東京・京都に行ったことは知られていなかった。中央の記事なので真境名自身の細かい日程は不明」と記されている。

「真境名安興全集だより」№1(1991年12月発行)新城栄徳「『笑古漫筆』の魅力」
随筆と言えば『日本随筆大成』の全集がすぐ頭に浮かんでくるが、とくに江戸末期の国学者の高田与清(松屋)は京都の古書店で直筆の短冊を入手して以来、その随筆『松屋筆記』や、孫の高田早苗(早稲田大学総長)の自伝など愛蔵している。沖縄関係で頭に浮かぶのが東恩納寛惇の『童景集』や「有余録」、尚順の「鷺泉随筆」、山城正忠の「蠧房雑記」や「乾闥婆城」、末吉安恭(麦門冬)が『日本及日本人』に連載した随筆などであるが、ここでは真境名安興の「笑古漫筆」について私事を交えて紹介する。

真境名安興の原稿本「笑古漫筆」は1940年の末、神戸の奥里将建が古書店の図書目録で見つけて入手した。本来は真境名安興の備忘録で、甥の真境名安宜が1935年3月『琉球新報』に整理して連載するにあたって「笑古漫筆」としたものだろう。伊波普猷の「真境名君の思い出」に「明治43年にいよいよ県立図書館が新設されて、私はその館長を嘱託されました。最初に買い取った書籍は、官生津波古親方の蔵書の殆ど全部で、それに義村浦添両御殿の蔵書の寄贈があり、間もなく県庁の琉球史料約5千冊が移管されたので、それを整理するために私は同君(真境名安興)に手伝ってもらうことにしました。(略)また、沢山の備忘録をもっていましたので、帯には短く襷(たすき)には長いといったようなものは、随筆の形式で後世に遺すようにすすめたこともありました」とあるから、伊波普猷も真境名の備忘録の存在は知っていた。

伊波普猷が書いている県庁の琉球史料について説明しておくと、沖縄県政に資するための旧慣調査書類(目録に「旧慣早見」)と、丸岡知事が分類編成させた琉球史料(目録に「琉球史料総目録」)が主なもの。

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Category: 01-人物名鑑
Posted by: ryubun02


1967年1月1日
 『沖縄・小笠原事情』高安重正「『沖縄事情』創刊のころー1959年はじめ、それまで大阪で発行されていた『基地沖縄』を東京に移して発行し宣伝していたが、このような形ではまずいということで、沖縄問題懇談会の機関紙として『沖縄事情』を発行することが決定され、1959年3月に第1号が発行」 

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牧瀬恒二の本
Category: 04-書の森
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1984年1月 桑原守也・小西勝広・佐藤善五郎『南島の希書を求めてー沖縄古書店めぐりー』根元書房

1983年8月12日『琉球新報』「アシャギー様変わりした古書店ブーム」
○さいきん、那覇をはじめ各都市地区をまわって目をひくのが古書店。ここ数年来の増加は、まさに雨後のタケノコの観がある。古書店の草分けとなったのが、芸能研究家・佐藤善五郎氏=写真。那覇市牧志の第二公設市場で古書店「南島書院」をオープンしたのが復帰の翌年。それまで本屋さんといえば、ふつう新しい月刊雑誌や新刊書のそろっているところ、という通念のなかで、古本ばかりを並べた本屋は、一般に奇異の目で見られたようだ。「あんなことして商売になるのかな」「ナニ、趣味でやっている変人さ。金もうけがめあてじゃない」などといわれ、実は生活のために必死だった当人を苦笑させた。その後あちこちにボツボツと古書店が開店するようになったが、経営者自身が古書好きでやるというのではなく、脱サラ族が、手っとり早く古本屋でも・・・といったかんじではじめるのがほとんどとか。中には事業としても本格的な、宜野湾の市の「ロマン書房」や、古書店本来の「緑林堂」など、ユニークな店もある。この古書店ブームは、離島にも波及し、宮古、八重山にも常設店や古本市が開かれているという。売れ行きがよいのは、御多聞にもれずコミック類で、古書本来のありようからはほど遠いが、古書店そのものの内容も様変わりして、若者たちは”コミック文化”にどっぷり。ほんとうに読んでほしい古書コーナー、いつもひっそり閑。「ご時世だねェー」と心ある店主は複雑な表情だ。
Category: 02-関西の沖縄
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井之口 政雄(いのぐち まさお、明治28年(1895年)4月28日 - 昭和42年(1967年)6月30日)は、日本の政治運動家、革命家、ジャーナリスト、政治家。衆議院議員(1期)
経歴[編集]沖縄県那覇市出身。1912年(大正元年)鹿児島一中を卒業、1916年(大正5年)慶應義塾大学予科に入学し、卒業。1918年(大正7年)同大学理財科に進む。在学中に、「日本社会主義同盟」、山川均らが主宰していた水曜会で活躍。1921年(大正10年)12月より翌年11月まで一年志願兵として鹿児島歩兵連隊に入隊。24年春から秋頃まで大阪の『関西日報』の記者となる。
1923年(大正12年)に日本共産党に入党。1925年(大正15年)の『無産者新聞』の創刊とともに記者・編集委員、記者としては最も長い間同紙に関係した一人である。1927年(昭和2年)から予備役の第二期召集で鹿児島歩兵連隊に再度入隊。1928年(昭和3年)の第1回普通総選挙に際して、労働農民党候補として沖縄県から立候補したが落選。三・一五事件に連座して同年10月に検挙され、治安維持法違反で懲役8年の判決を受ける。
戦後、共産党兵庫県委員会の再建に加わり、1946年(昭和21年)機関紙『アカハタ(赤旗)』関西総局責任者となった。1949年(昭和24年)の第24回衆議院議員総選挙に、兵庫2区から衆議院に当選(1期)、共産党国会議員団長を務めた。(Wikipedia)


Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02







女性の部ー2位の島袋百恵さん、1位の台湾の蔡さん、3位の仲村沙希さん


会場で左から新城栄徳、仲村顕氏、盧姜威氏(島袋百恵さん撮影)

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Category: 01-人物名鑑
Posted by: ryubun02

1971年10月 数田雨条『句集・夜光虫』

1915年ー西原村字小波津89で生まれる。
1929年ー高等小学受持訓導の富川盛信より俳句の手ほどきを受く。
1930年ー沖縄県師範学校入学。
1935年ー同校卒業、八重山与那国へ赴任。
1937年ー台湾台北州へ出向 山本孕江主宰「ゆうかり」会員。
1942年ー台湾総督府専売局勤務 「ゆうかり」支部「みなみ句会」創設。
1943年ー興南新聞文芸募集に応募「天」入賞「みんなみに友邦生れて年あらた」
1944年ー応召で香港に赴く 「光洋句会」創設。
1945年ー部隊歌応募当選受賞。
1946年ー復員
1950年ー「みなみ吟社」創設、句誌「みなみ」刊行。
1951年ー沖縄群島政府弘報室勤務 句集『章魚の樹』(装丁。安谷屋正義)発刊。
1952年ー句集『翠巒の島』発刊。
1955年ー千葉県佐倉市南部中学校勤務。
1965年ー文芸出版社発行『愛の俳句集へ』2句採用 「女の唇凍てしままなる訣れかな」「白手袋恋情を断ち女踊る」
1967年ー文芸出版社発行『県の花』へ3位入賞 「花菜風利根の枝川遠光る」
Category: 01-人物名鑑
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我如古弥栄(1881年~1943年9月2日)
首里生まれ、仲毛芝居をへて、劇団全盛時代にかかり、1911年、沖縄座で歌劇「泊阿嘉」を初演。その後「八重山行き」「貞女と孝子」「情無情」「普天間権現」「黄色うらんさん」などの歌劇を残した。ハワイ、南洋にも巡業。(大城立裕)

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中央ー我如古弥栄

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1931年 ハワイから帰った我如古弥栄一行

1931年10月ー崎原好仁遺稿刊行会『琉球のローマンス』(表紙・岸畑久吉)


1949年6月 『芝居と映画』6月号□芝居狂言作者年表
我如古弥栄
明治42年2月 泊阿嘉

娘の我如古安子

1962年7月 『芸能マガジン』「人物クローズアップー我如古安子さんの若き日を偲ぶ」
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左が渡名喜小中学校体育館 右が校舎







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Category: 01-人物名鑑
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2013年12月 『オキナワグラフ』

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玉城盛重の曽祖父は尚穆王の冠船(1756)で四つ竹踊りをつとめた首里四公子の1人、玉城盛昭(8世)で、三司官を出す家柄で、9世は盛林である。彼の父盛喜(10世)は、廃藩とともに盛寿、盛政、盛重の3兄弟を芝居に入れたという。→1993年4月 矢野輝雄『新訂増補 沖縄芸能史話』榕樹社


1914年8月 中座で「ムンズル笠」上演


島袋百恵・画「玉城盛重」

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1937年9月 『沖縄県人事録』沖縄朝日新聞社

1929年10月 伊波普猷『校註 琉球戯曲集』春陽堂□本書の写真には玉城盛重の写真が2枚ある。

1、琉球古劇「二童敵討」阿麻和利に扮したる琉球最後の名優玉城盛重
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2,名優玉城盛重

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玉城盛重「高平良万才」/「伊野波節」
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玉城盛重「阿摩和利」

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□1923年2月24日『沖縄タイムス』田邉尚雄「音楽史上の参考資料ー琉球の琴八橋流 徳川初期のもので今は内地では消滅」
○玉城盛重氏は舞踊の外に八橋流の琴曲も奏せられたが私はここに此の八橋流の琴について一言したいと思ふ、八橋流と云ふのは勿論徳川の初めに京都で八橋検校が開いた箏であって、我が俗箏の開祖である。内地では八橋流は元禄時代に生田流が起こり文化文政時代に江戸で山田流が出たために今では生田や山田に圧倒されて八橋流は全く消えてしまった。然るに琉球には此の八橋流のみが伝わって生田流や山田流はあめり入って居ないのは頗る面白いことであると共に、又内地で滅びたものが琉球に残っていると云ふ点に於いて非常に音楽史上貴重なる材料であると云はなければならぬ。・・・

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中央が玉城盛重(山田有昴所蔵)

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写真集那覇百年のあゆみ/写真番号404/P107/裏書あり/地方文化が軽視、否定された昭和13年頃琉球芸能の抹殺を恐れた人々が、琉球舞踊の大家、玉城盛重の至芸を後世に残すため、その舞踊を16ミリにおさめた。写真は撮影の終わった日の記念撮影。/(1938頃)

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写真前列左より田代タカ子、玉城盛重、根路眼たま子 後列左よりー山田有邦、千原成悟、比嘉良篤


玉城盛重の墓→識名

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Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02

じのん天久店長がブログに「当店の歴史」を書いている。それによると、1982年2月、照屋全芳氏が浦添市西原に新刊書店「ロマン書房」をオープンした。その年の夏、現在の場所が空き店舗になったので移転してきた。だが新刊書だけではスペースがありすぎ古本も扱うことになった。先ず古本の本場・東京へ向う。そして東京で球陽書房を営む西平守良さんと交渉。照屋氏と西平さんは同郷(今帰仁)、当時2代目として球陽書房を切り盛りしていた西平守次さんとは誕生日が同年同月ということもあって意気投合。以後、東京の古書市場から古本が大量に沖縄のロマン書房へコンテナで運ばれた。



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12/03: 上江洲久

Category: 01-人物名鑑
Posted by: ryubun02


上江洲智克
政治家。元沖縄県人会兵庫県本部名誉会長。1916年12月1日うまれ、1997年11月20日没。沖縄出身。別名:上江洲久(かみえす ひさし)。社会党に所属し兵庫県議会議員や尼崎市議会副議長を務めた。著書に『天皇制下の沖縄』(三一書房)がある。甥に外務官僚で『国家の罠』著者の佐藤優がいる。→はてなキーワード


写真ー上江洲久(2000年9月『ヤマトゥのなかの沖縄』大阪人権博物館 所収)