2017年10月[ワシントン 2日 ロイター] - 米ラスベガスで1日に起きた銃乱射事件では死者が少なくとも59人に上り、米国史上最悪となったが、政治家の反応はこれまでの銃撃事件と変わっていない。民主党が銃規制の強化を訴える一方、共和党に規制強化を支持する動きは見られない。

2005年5月 勝谷誠彦・藤波俊彦『世界がもし全部アメリカになったら』アスコム
○地球上には約17万発の核弾頭、これなら70回この世は破滅できる/アメリカのように世界で殺人が起きたなら1日949人が殺される/もし世界がアメリカのように犯罪王国になったら1年に2億5276万件の犯罪/もし世界すべてがアメリカのような銃社会になったら46億丁の銃が出回る/もし世界すべてがアメリカのように電気をじゃんじゃん使ったら全世界の電力消費量は現在の5.6倍になる/世界がアメリカになると石油は7年で掘り尽くす/もし世界すべてがアメリカのように二酸化炭素をどんどん出したなら、東京の江東区、江戸川区、墨田区、葛飾区は海面下に。上海は3分の1が水没/アメリカは弁護士さんの国。日本は6326人に1人、アメリカは267人に1人いる。だから世界の訴訟費用は557兆7455億円になる。それに携わる弁護士も2356万人/世界中の人々がアメリカのように乗用車を持ったなら29億2863万台もの乗用車が出現する/世界がアメリカになったらジョージ・w・ブッシュが地球上に191人


2010年9月『図解!在日米軍基地完全ガイド』洋泉社


2010年10月 ドルー・ギルピン・ファウスト著/黒沢眞里子 訳『戦死とアメリカー南北戦争62万人の死の意味』彩流社
□本書によると戦死者62万という。南北戦争の約40年後に起き、プレ世界大戦とまで呼ばれた日露戦争の戦死者は、両軍合わせて約10万。二つの大戦での米軍の戦死者の累計は約50万。南北戦争に及ばない。南北戦争は国家間戦争ではない。内戦だ。ゆえに世界史での扱いも軽くなりがち。だが死者数では20世紀の戦争を先取りした。


2010年12月 クリス・マクナブ著/増井志津代 監訳/角敦子 訳『アメリカ先住民戦いの歴史』原書房
□ヨーロッパ人の新大陸開拓から19世紀末までの入植者とアメリカ先住民の戦闘を、さまざまな視点から多角的にとらえ、詳細に分析し解説する。布陣図や地図など、200点を超える写真と図版を収める。


2011年6月 明石紀雄/飯野正子『エスニック・アメリカ第3版』有斐閣

渡口彦邦(渡口萬年筆店)さんの見た「世界のウチナーンチュ大会」
2011年10月12日「前夜祭パレード」
渡口 彦邦 写真2

2012年7月20日、米コロラド州オーロラ(Aurora)の映画館で、映画「バットマン(Batman)」シリーズ最新作(当時)の上映中に男が銃を乱射。12人が死亡、70人以上が負傷した。服役中のジェームズ・ホームズ(James Holmes)受刑者には、仮釈放なしの終身刑が言い渡された。。【翻訳編集】 AFPBB News

2012年12月14日、米コネティカット(Connecticut)州ニュータウン(Newtown)のサンディフック小学校(Sandy Hook Elementary School)で、若い男が銃を乱射。児童20人を含む26人が死亡。容疑者は自殺。同容疑者は事件直前に自身の母親を銃で殺害している。【翻訳編集】 AFPBB News

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2013年5月3日 ポール氏夫妻

 ヨーロッパからの移民は1855年に建てられたキャッスル・クリントンを通った後自由の女神②(1886年フランスより贈呈)に見守られ1892年に始まったエリス島の入国審査を通る形となった。②アメリカ合衆国,ニューヨークのマンハッタンの沖合い,ニューヨーク湾に浮かぶリバティ島に立つ巨大な女神像。アメリカ合衆国の誕生 100年およびアメリカとフランス両国の変わらぬ友好を記念し,1886年フランスから寄贈された。→コトバンク

自由の女神。ベタな観光も良いものです。私が行った日にはリバティー島に上陸することができなかったので(6月28日)、船上から。以前のハリケーンの影響でまだ工事をしていました。この日から約1週間後の7月4日「独立記念日」から開放されました。遠目だったので、「あぁ、大きいね!」といった感じで終わりました。船から見るマンハッタン島の眺めが面白かったです。。→沖縄女性ー2013.07.11

 ニューヨーク市地下鉄は現在MTAが一括管理しているが当時はインターボロー・ラピッド・トランジット、ブルックリン・マンハッタン・トランジットに分割管理されていた。インディペンデント・サブウェイ・システムの始まりにより1904年に統一され、5区に人口が一気に広がることとなる。1903年のウィリアムズバーグ橋、1909年のマンハッタン橋の完成はマンハッタンとの交通をより活性化させブルックリンのベッドタウンが発達した。1923年2月1日には世界最大の鉄道ターミナルとなるグランド・セントラル駅が開業(以前から同じ場所にターミナル自体は存在した)。ペンシルベニア駅は1910年に完成している。


グランドセントラル駅。最近、東京駅と姉妹駅の締結をしたそうです。レトロな駅です。シャンデリアや天井に星座の装飾が施されていて、アーチ状の窓などとても雰囲気のある駅。駅中央の案内所(写真)の時計も良かったです。NYに行く飛行機で知り合ったおじいさんと滞在最終日にここで待ち合わせをして食事に行きました。良い出会いもあるものです。→沖縄女性ー2013.07.11

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上下ー1975年9月『自由の女神ー新天地アメリカへのいざない』(ランドマーク世界史15)講談社
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じゆうのめがみぞう【自由の女神像】
1984年に登録されたアメリカの世界遺産(文化遺産)で、ニューヨーク港内のリバティー島にある。正式名称は「世界を照らす自由」(Liberty Enlightening the World)。アメリカの独立100周年を祝い、アメリカとフランス両国の友好のために贈呈された女神像は、フランス民衆の募金をもとにして、フランスの彫刻家のフレデリック・オーギュスト・バルトルディ(1834~1904年)が像を設計し、橋梁技師のギュスターヴ・エッフェル(1832~1923年)が構造を設計、1886年に完成した。像は奴隷制と専制政治を意味する鎖を踏みつけて立ち、右手にはトーチ、左手には「1776年7月4日」と記した独立宣言書を抱えている。300枚以上の銅板をつなぎ合わせて造られ、台座の中には「自由の女神博物館」がある。宝冠には7つの突起があり、それは「7つの大陸と7つの海に広がる自由」を象徴している。台座部分を含めた高さが93mの像はアメリカが誇る自由と民主主義のシンボルで、歴史的にはまだ浅いアメリカの重要な文化遺産の一つであることから、世界遺産に登録された。◇英名はStatue of Liberty (コトバンク)
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 一世一代の旅行。
機会のある人なら、何度でもこのような機会があると思いますが、私には貴重な旅行のひとつとなりました。まさか、自分がNYに行くとは思いませんでしたが、いつもどこかに遠出するときはなんらかの衝動で行きます。今回は、無性に現代美術が見たくなり、NYを選択しました。まだ記憶が鮮明なうちにいろいろとまとめたいと思います。

自由の女神。ベタな観光も良いものです。私が行った日にはリバティー島に上陸することができなかったので(6月28日)、船上から。以前のハリケーンの影響でまだ工事をしていました。この日から約1週間後の7月4日「独立記念日」から開放されました。遠目だったので、「あぁ、大きいね!」といった感じで終わりました。船から見るマンハッタン島の眺めが面白かったです。







 レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーと警官の衝突はストーンウォールの反乱として知られLGBT権利運動を世界中に広めた。最初の反乱は1969年6月27日金曜日の夜1時20分頃に起こった。警官がグリニッジヴィレッジのゲイバー"ストーンウォール・イン"に駆けつけ、近代最大のLGBTの逮捕劇となった。7月下旬ゲイ解放活動団体(GLF)がニューヨークで組織される。その年の年末には全米中の街や大学で同団体が見られるようになった。カナダ、フランス、イギリス、ドイツ、ベルギー、オランダ、オーストラリア、ニュージーランドなどでも同じような団体が次々と結成されていった。この時からこの反乱を記念しGLFが5,000人から10,000人の人々を率いグリニッジ・ヴィレッジからセントラルパークまで大行進を行う。現在でもLGBTプライド・パレードとして有名である。


DIKE(ダイク)パレード。NY市立図書館前を歩いていたらパレードと遭遇しました。近くのおまわりさんに何のパレードか尋ねたところ、”ダイクパレード”と言われました。DIKEの意味を尋ねると”レズビアン”とのこと。後で調べてみるとDIKE(ダイク)はレズビアンのスラングのようです。その翌日はゲイパレード。パワフルで良いです。

ゲイパレード(DIKEパレードの翌日です)。皆とても元気。本当に元気。愛があれば良いのだと思います。ニューヨークマンハッタンは碁盤の目に整備されていて、土地勘がない人間でも歩きやすいです。縦は○○アベニュー(ave.)、横は○○ストリート(st.)となります。タクシーでどこかに行きたいときは、”~アベニューの~ストリート”と言えば連れって行ってくれます。パレードは5thアベニュー(5番街)を歩きます。地図を見れば何を説明しているか分かりやすいと思います。→沖縄女性ー2013.07.11

2014年5月7日 国際通りで


2014年6月18日 平和通りで