1965年5月 鈴木幸夫『閨閥ー結婚で固められる日本の支配者集団』光文社
〇白洲次郎は、神戸の綿布問屋の息子で、夫人正子は、随筆家、能研究家として知られている。元枢府顧問官樺山愛輔伯は、正子の父である。樺山は薩摩出身である。だから、かねがね岳父の関係から薩摩に因縁浅からぬものを感じ、かつ樺山を崇拝していた吉田茂とは、あい通じ合うものがあった。また、吉田も、近衛元首相とは接触があったが、白洲も近衛グループの一人だった。この点、二人は、おたがいに似たような政治コースをたどっていた。白洲は幣原内閣当時、外相だった吉田と親交を深め、終戦連絡部長、貿易庁長官を歴任し、ますます吉田と堅く結びついた。ちなみに白洲は、父の財力でケンブリッジに遊学したことがあるが、このときの後輩が麻生太賀吉である。その関係からも、白洲が吉田の次女和子と麻生太賀吉の仲人になった。(略)吉田が麻生との閨閥によって、政治活動の台所をまかなったように、白洲は、麻生との関係を軸に、思う存分、政・財界街道を泳ぎ回ったのである。


広瀬 隆「ナチス」
 

広瀬 隆『持丸長者[幕末・維新篇]―日本を動かした怪物たち』
広瀬隆の本

広瀬隆 ひろせ-たかし
1943- 昭和後期-平成時代のノンフィクション作家。
昭和18年1月24日生まれ。医学書の翻訳にたずさわりながら,反原発運動にとりくむ。昭和56年「東京に原発を!」で注目される。つづいて「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」「危険な話」など,資料を駆使して事実にせまる作品を発表し,原発論争をまきおこした。東京出身。早大卒。著作はほかに『赤い楯』など。→コトバンク
 ◇広瀬隆ー苦しいことは人生の糧になる
私が会社を辞めたのは、ちょうどオイルショックの時代でした。それでも平気で生きました。今の若い人はもっと大胆に生きていいと思いますよ。大企業にいたって、人生は他人の命令を受けるためにあるのじゃない。メインストリートばかり歩かなくともいいんです。人生は裏道が面白いんですから。
 今はそういう考えの人が、生きづらい時代なのかな。孤独に苛まれ、苦しむこともあるかと思います。でも、苦しいことは人生の糧になります。苦労を重ねると、自然に哲学が深まっていく。いろんなことに疑問を持ち、自分の頭で考えるようになるからです。苦労していない人の話は、ちっとも面白くないですよ。
 お金を貯めるより、知恵を貯めたほうがいい。人生哲学を持って生きている人ほど、強いものはありません。孤独にならないんです。そうやって知恵を豊かにして生き延びていれば、きっといつか花開く時がくる。すぐにはこないですよ。でも、きっとくる。そう思って生きていくのが、人生の醍醐味ですよ。

1987年11月 アーマンド ハマー① (著), 広瀬 隆 (翻訳) 『ドクター・ハマー―私はなぜ米ソ首脳を動かすのか 』 ①美術品収集家としても世界的に知られており、ソ連との貿易をしていたころより本格的に収集を始め、主にロマノフ王朝時代のロシアをはじめとするヨーロッパの絵画や彫刻などを収集する傍ら、1930年代にはニューヨーク州マンハッタンに画廊をオープンするなど、趣味と実益を兼ねたビジネスを行っていた。また、後にオクシデンタル・ペトロリウムの本社があるカリフォルニア州ロサンゼルスにアーマンド・ハマー美術館を設立している。→Wikipedia

1991年11月 広瀬隆『赤い楯 ロスチャイルドの謎㊤』集英社□ペリー提督が今日の沖縄、当時の琉球那覇に姿を現わしたのは、この結婚からわずか四年後のことであった。ペリーはそこから小笠原諸島を経て浦賀までやってくると、軍艦”たった四隻で夜も眠れぬ”恐怖を日本人に与え、和親条約の調印にこぎつけたのである。(オーガスト・)ベルモントの結婚相手キャロラインこそ、このペリー提督の娘であった。しかもペリー提督の兄オリヴァー・ハザード・ペリーは、イギリスを敵として戦ったアメリカ海軍の英雄誉高く、アメリカでは、”わが国のペリー提督”と言えばこの兄を指すほどの存在であった。ロスチャイルド家はこの英雄一族をパートナーに取りこむと、さらに閨閥を広げるよう、ベルモントに強く指示を与えた。

2011年6月 広瀬隆『象の背中で焚火をすれば』NHK出版□あらゆる経済通が、「日本の財政赤字を解消しないと、大変な事態になる。もはや限界だ」と叫んでいる中で起こっている出来事が、”公的資金の導入”による金融界の救済である。そも、公的資金とは、奇怪な言葉ではないか。「的」とは、「・・・・・らしい」の意だが、いま国民に無断で使用されている公的資金とは、税金やその予備軍の日銀特別融資のことであるから、公的ではない。まぎれもなく「公金」であるのだから、はっきり公金と言いたまえ、税金などを盗めば、公金着服と言うではないか。


1993年12月 大薗友和『アジアを読む地図』講談社/2002年11月 大薗友和『世界のタブーが解る本』小学館 大薗友和ージャーナリスト。1952年生まれ。同志社大学経済学部卒。『週刊文春』『選択』記者を経て独立、大薗事務所設立。経済・産業と中国・アジアが専門。91年に著わした『一目でわかる企業系列と業界地図』が内外の反響を呼ぶベストセラーに(英語、中国語、ハングル語に翻訳)。93年の『アジアを読む地図』(講談社)は全国学校図書館選定図書に指定される。


<総合商社「双日」>
 総合商社「双日」ー社名は、母体がニチメン(日綿實業)、日商岩井という、ともに「日」を頭文字とする商社2社であったことに由来する。三菱東京UFJ銀行(旧三和銀行→旧UFJ銀行)を主力取引銀行とするため、三和グループに属する。ただし、前身企業の日商岩井は三和グループの企業が加盟する三水会・みどり会と第一勧銀グループに重複加盟していた。現在、大輪会にも所属していて、りそな銀行とも親密である。 ウィキペディア

『しんぶん赤旗』2016年9月23日□安倍自公政権のもとで進められている、民間船員を予備自衛官として戦争に動員する計画。全日本海員組合が「事実上の徴用だ」と抗議するなど、重大な問題となっています。この問題をめぐって、有事の際に民間船舶を使用する事業契約を防衛省と結んだ船舶会社が、登記簿上の会社所在地に事務所が存在せず、大手商社内に間借りしていたことが明らかになりました。

 この会社は、「高速マリン・トランスポート株式会社」。日本共産党の仁比聡平議員が、3月25日の参院予算委員会で追及した際、中谷元・防衛相=当時=は、「自衛隊のために船舶を運航してもらう」とのべ、有事の際に「危険地域」に砲弾や弾薬を運ぶことや、船員を予備自衛官にして動員することを認めました。また、米軍の人員や物資の輸送についても「そういう事態は排除できない」と答えるなど、民間船員をアメリカの戦争支援に動員する危険な実態が浮き彫りになりました。

 高速マリン・トランスポートの登記簿などによると、同社は、自衛隊を輸送する民間船舶を所有するため、フェリー会社など8社が出資して、ことし2月19日に設立。防衛省との契約は、3月11日付で結んでいます。資本金は5000万円です。所有するフェリーは、津軽海峡フェリー(北海道函館市、資本金2000万円)の「ナッチャンWorld」(1万712総トン)と、新日本海フェリー(同小樽市、資本金19億5000万円)の「はくおう」(1万7345総トン)。

 役員は3人で、代表取締役は、大手総合商社「双日」(東京都千代田区、資本金1603億円)の情報産業・航空事業部長。あと2人の取締役は、津軽海峡フェリーの副社長、新日本海フェリーの取締役となっています。登記簿の本社所在地は、東京都千代田区内幸町。訪ねてみると、双日が入居する高層ビル。ロビーなどで、高速マリン・トランスポートの社名を見つけることはできませんでした。ビル3階にある総合受付で聞いても「そういう会社は入居していません」。

 本紙の「会社の実態があるのか」との質問に、双日広報は、「実在はしている。当社のものが取締役になっているので、(登記簿の住所は)当社と同じになっている。営業担当が数名いるが、(高速マリン社が)会社として(事務所の)スペースを設けているわけではない」と答えました。防衛省と高速マリンとの契約は、2025年12月まで約250億円という膨大で、民間船員を戦争に動員するという危険なものであるにもかかわらず、こうした会社の実態には、疑問が残ります。