写真左が山里永作氏






7月15日


1937年5月  『月刊琉球』弟1巻第1号
          医業四十年・・・・・大久保孝三郎
          小説「風雲」・・・・・山里永吉/絵・金城安太郎

1964年10月『守礼の光』「ナンシーさんの墨絵修行」

1937年6月  『月刊琉球』弟1巻第2号
          □トーキーニュースに就いて(印刷文字による煩雑な描写は既に昨日のものになりつつある)
1938年  

1938年   1月『月刊琉球』石川正通「銃後迎春」
         2月『月刊琉球』石川正通「石川内閣の夢」
         
1938年3月6日『沖縄日報』「石川文一の琉球叢書」(画・金城安太郎)
         4月『月刊琉球』「編集閑話ー本山裕児入社<1>、佐々本幹雄退社」
         <1>本名・本山豊、弟も夢路の名で知られる詩人。父は馬天居士の名で知られる歌人の本山萬吉□1939年5月3日(70歳)没 長男・裕児、二男・常男(ブラジル在)、三男・政比古(鹿児島在)。 1940年8月  石川文一、金城安太郎と『月刊文化沖縄』を創刊する。        
         9月『月刊琉球』石川正通「辻斬り異聞
                 
         11月『月刊琉球』石川正通「沖縄サンミン主義」