1979年 沖縄の雑誌『青い海』6月号 古堅実吉「沖縄社会大衆党に望む」
null
2017年10月19日ーあかみね政賢 選挙対策本部で左が古堅実吉氏/2014年12月24日は私も知人が居たので古堅実吉氏の隣りに座り込んだ。



2002年8月 古堅實吉『命かじり ー古堅実吉回想録』琉球新報社
〇古堅實吉、1929年7月5日ー国頭村安田で出生(父・宗道、母・カナ)。1944年4月ー沖縄師範学校入学。1945年7月ー金武の屋嘉捕虜収容所からハワイの捕虜収容所に送られる。1951年11月ー従兄弟の古堅宗光宅に同居し、親戚の古堅宗直が社長の上町精版印刷で働く。1952年4月ー関西大学法学部法律学科入学。1953年4月ー印刷会社をやめて、吹田市の沖縄県千里丘学生寮に入寮。

1953年6月 大田昌秀・外間守善編『沖縄健児隊』日本出版協同 古堅実吉「地下の友よ」
1953年11月ー沖縄県関西学生会結成に参加。執行委員。


1996年9月 『自治おきなわ』新城栄徳「関西におけるウチナーンチュの歩み(下)」

1955年3月19日ー米軍の土地強奪に反対する沖縄県関西学生会活動で帰省。立法院土地委員会を傍聴した。沖縄人民党の宮城倉啓、大城文進の世話で、米軍の警戒が厳しかった伊江島へ4月20日に潜入。野蛮な土地強奪を調査。4月13日、那覇の座り込み現場で阿波根昌鴻に会い、伊江島での写真の一部を届け、その日の全島軍用地地主大会に参加。4月17日まで沖縄各地の調査や資料集めに駆けまわり、写真や資料を大阪に持ち帰った。沖縄県学生会総会で米軍の伊江島土地接収の写真展示。その反響で大阪の県出身者、京大新聞、神戸大新聞、東京県学生会などから写真借用の申し込みが相次ぐ。5月1日、大阪の県人たちと一緒に「沖縄諸島日本復帰期成会」の旗を掲げて大阪市馬場町広場のメーデー大阪大会に参加。1955年9月ー吹田市の共産党事務所を訪ね日本共産党に入党。1956年3月ー関西大学法学部法律学科卒業。帰郷。


1956年1月1日『沖縄タイムス』「年賀広告ー3段目に上町精版印刷株式会社」



1996年9月 『自治おきなわ』新城栄徳「関西におけるウチナーンチュの歩み(下)」