清水正二郎 しみずしょうじろう (読書)
後の直木賞作家・胡桃沢耕史が、大量にエロ文学の執筆・翻訳をしていた祭の筆名。大正14年神奈川生まれ。拓大卒。漁色家としても知られ、源氏鶏太の「精力絶倫物語」のモデルにもなった。(はてなキーワード)
胡桃沢耕史 くるみざわ-こうし
1925-1994 昭和後期-平成時代の小説家。
大正14年4月26日生まれ。昭和32年「近代説話」の同人となり,清水正二郎の本名でポルノ小説を量産する。のち筆名にかえて,57年「天山を越えて」で推理作家協会賞,58年モンゴル抑留体験をえがいた「黒パン俘虜記」で直木賞。ユーモアミステリーに「翔(と)んでる警視」シリーズがある。平成6年3月22日死去。68歳。東京出身。拓殖大卒。(コトバンク)


愛染 恭子と胡桃沢耕史
□愛染恭子(あいぞめ きょうこ、1958年(昭和33年)2月9日 - )は、日本のポルノ監督、元ポルノ女優、元AV女優。千葉県野田市出身、東京都立忍岡高等学校卒業。血液型はB型。旧芸名、青山 涼子(あおやま りょうこ)。→ウィキペデイア
□2013年9月26日『琉球新報』世良利和「発掘 沖縄映画史21-ピンク映画の中の沖縄」で『愛染恭子in沖縄 本番快感ツアー』(1991)が紹介されている。



永井荷風


1996年6月『新潮日本文学アルバム23 永井荷風』新潮社ー永井久一郎の死亡広告、弟が阪本釤之助、息子が永井壮吉(永井荷風)である。
永井荷風ー1910年、森鴎外と上田敏の推薦で慶應義塾大学文学部の主任教授となる。
 教育者としての荷風はハイカラーにボヘミアンネクタイという洒脱な服装で講義に臨んだ。内容は仏語、仏文学評論が主なもので、時間にはきわめて厳格だったが、関係者には「講義は面白かった。しかし雑談はそれ以上に面白かった」と佐藤春夫が評したように好評だった。この講義から澤木四方吉、水上瀧太郎、松本泰、小泉信三、久保田万太郎などの人材が生まれている。このころの荷風は八面六臂の活躍を見せ、木下杢太郎らのパンの会に参加して谷崎潤一郎を見出したり、訳詩集『珊瑚集』の発表、雑誌『三田文学』を創刊し谷崎や泉鏡花の創作の紹介などを行っている。
 また、文学者のパトロン的存在だった西園寺公望にも可愛がられ、西園寺邸で行われた雨聲会に、鴎外、鏡花、島崎藤村、大町桂月、広津柳浪、田山花袋ら先輩の文学者らと参加した。西園寺は父・永井久一郎と交際があり、「西園寺公は荷風君を見て『イヤ君のお父さんには、ずゐぶん君のことで泣かれたものだよ』と笑ってゐた」(巌谷小波『私の今昔物語』)という。 →ウィキ

1910年8月18日 阪本釤之助鹿児島県知事来沖
※那覇市市民文化部歴史博物館所蔵「横内家文書」には阪本釤之助書簡が8通収蔵。

高見順 たかみ-じゅん
1907-1965 昭和時代の小説家,詩人。
1907年福井県知事阪本釤之助の非嫡出子として福井県坂井郡三国町(現坂井市三国町)平木に生まれる。母・高間古代(コヨ)に阪本が視察で三国を訪れた際に生ませた。明治40年1月30日生まれ。学生時代から左翼運動に参加。コロムビア・レコードに勤務し,昭和8年組合活動のため検挙され転向。小説「故旧忘れ得べき」が芥川賞候補となる。詩,評論でも活躍。戦後日本近代文学館の創設にもつくした。昭和40年8月17日死去。58歳。文化功労者を追贈された。福井県出身。東京帝大卒。本名は高間義雄,のち芳雄。小説に「いやな感じ」,詩集に「死の淵より」,日記に「高見順日記」など。→コトバンク