2001年11月ー「沖縄コレクター友の会発足」佐敷町ちゃんくすば中央が真栄城勇会長

 私は1984年4月発行の『琉文手帖』1号の金城安太郎特集で東恩納を紹介した。うるま市にある石川歴史民俗資料館は戦後沖縄行政の出発点、沖縄諮詢会、沖縄県立博物館の前身の東恩納博物館、戦後初の小学校、終戦直後の松竹梅劇団、米軍服、HBTの更生衣料、2×4の材木でつくった規格住宅、カンカラ三線などを資料、写真で展示している。

 1972年11月発行の雑誌『青い海』に園山精助(日本郵趣協会理事)が「琉球切手は語りつづける」と題し「沖縄切手のアルバムをひろげてみると、動物、魚、植物、風景、民俗、古文化財とよくもこれだけそろえられたものだと思う。こうしてみると、沖縄の歴史、文化の、ミニ百科事典ではないか」と記している。切手、古銭はコレクターの定番である。


1973年3月 月刊青い海編『沖縄切手のふるさと』高倉出版会

 2000年の10月、切手のコレクターとしても著名な真栄城勇氏の「勇のがらくた展」が佐敷町のちゃんくすばガーデンで開かれた。

1964年3月 『佐敷村誌』佐敷村

 
1984年5月 雑誌『青い海』132号 中島紀久雄「”生涯一アナ〟」 

1989年10月 中島紀久雄『マイクで見たこと逢った人ー沖縄放送走馬燈』アドバイザー(西江弘孝)

左から神村孝栄、真栄城勇、稲福健蔵、中島紀久雄、石垣正夫

眞栄城勇(琉球郵趣理事)ー南城市佐敷字伊原162-2 ℡946-6101



2001年8月ー眞栄城勇『がらくた文化ー品々が伝える、あの時、その頃』沖縄マリン出版/この本が切っ掛けで沖縄コレクター友の会が発足した。
 2001年4月、前回と同じ場所で真栄城氏は「真栄城勇コレクション新聞号外展」を開いた。8月には沖縄マリン出版から真栄城勇著『沖縄がらくた文化ー品々が伝える、あの時、その頃』が出版された。私は、『沖縄タイムス』にその書評を書いたのが切っ掛けで2001年11月の佐敷町ちゃんくすばでのコレクター友の会発足に何となく参加した。

新城栄徳(左)、真栄城勇氏

新城栄徳、真栄城勇氏、鳥山やよいさん




2010年9月25日、沖縄コレクター友の会副会長の翁長良明さんから電話があった。オキナワグラフのО氏からの紹介でТBSのО氏から若泉敬氏の書斎にあった写真について問い合わせがあったということである。早速に県立図書館などで調べてみたが雲をつかむようで始末におえなかった。本日、餅は餅屋で昼宜野湾の古本屋じのんの天久店長を訪ねて聞くといとも簡単に目前の書棚から沖縄解放祖国復帰促進懇談会編『沖縄ーその解放は日本の独立を完成するー』(刀江書院/昭和38年4月)を取り出した。その写真のタイトルは「南の端のお正月」で石垣島で撮られたものであった。若泉氏はこの写真を「沖縄返還を願う老女」として書斎に飾ってあったのだ。早速、那覇市歴史博物館で調べると沖縄県立図書館にも所蔵され「日本の古本屋」にも多数あることが分かった。そして志村絵里奈さんを煩わしてブログに写真を取り込んでもらった。

2007年10月、第4回沖縄コレクター友の会合同展示会が9月25日から10月7日まで西原町立図書館で開かれた。会員の照屋重雄コレクションの英字検閲印ハガキが『沖縄タイムス』の9月29日に報道され新たに宮川スミ子さんの集団自決証言も報道された。10月4日の衆院本会議で照屋寛徳議員が宮川証言を紹介していた。重雄氏は前にも琉球処分官の書簡で新聞で話題になったことがある。

照屋重雄さん
合同展の最終日は読谷の義父の米寿祝いがあった。途次、息子の運転で母も連れ合同展を見た。上原会長、翁長副会長、宮城図書館長に息子を紹介した。米寿祝いは読谷「体験王国むら咲むらククルホール」であった。友の会副会長の翁長良明氏は36年間「芸大」近くで、なるみ弁当を営んできたが2007年に車道拡張で立ち退きを迫られ廃業に至った。本人は至って意気軒昂で古美術商の免許も取り第二の人生スタートと張り切っている。10月放送の「なんでも鑑定団」に出演したが10月3日の『沖縄タイムス』ダーヴァにテレビ出演の予告と「戦中のお宝ざっくざっく」と題してコレクションの一部が紹介された。10月5日の『琉球新報』に翁長氏は「戦後の象徴『石川』(東恩納博物館)」を書いた。
 1974年発行の『琉球の文化』第5号の特集は<沖縄戦と終戦直後の生活>であった。掲載の戦後沖縄の写真はハンナ少佐が撮ったもので、少佐の友人ジョージ・H・ケアから博物館研修で渡米中の大城精徳に譲られ沖縄の博物館に収蔵されたものである。同誌には画家・大嶺信一の戦後回顧が載って「終戦後の行政の中心地は石川市であったが、当時沖縄最大の人口密集地帯で、バラックやテントの人家がまるでカスパの街のようにひしめきあっていた」と記し続けて「諮詢委員会が東恩納に軍政府の下に設立され、志喜屋孝信氏を長として多くの部が作られ、その中に文化部があって故当山正堅を部長として、官費の芸能団が組織され、官費の画家が誕生して、荒んだ戦後の人心に慰安を与えた。軍政府の文化部担当将校がハンナ少佐で、理解の深い人であったらしく、大城皓也、山元恵一、金城安太郎の3氏が毎日出勤して絵画に専念」と記した。
  2002年2月、会員の真喜志康徳氏が南風原文化センターで「真喜志康徳の世界展」を開いた。5月には会員の上原実氏が糸満中央図書館で復帰30周年特別記念展として「上原実コレクションに見る沖縄の人々と祖国復帰」を開いた。同月、リュウボウ沖縄広告協会創立20周年記念事業「沖縄の広告展」には会員5名がコレクションを出品した。2003年に会員の伊禮吉信氏が運営する諸見民芸館で「懐かしのガラスビン展」が開かれた。
 2004年8月、会員の翁長良明氏が宜野湾市立博物館で「世界のお金展」、沖縄県立博物館で友の会の第一回合同展「沖縄歴史を綴る秘宝展」、壷屋焼物博物館で翁長氏出品の「沖縄の酒器・沖縄の古陶コレクション」が相前後して開かれた。2005年5月、新城栄徳、上原実出品「琉球弧の雑誌展」が沖縄タイムスロビーで開かれた。6月、諸見民芸館で「あの時、あのころ、なつかしのレコード展」、8月には西原町立図書館で第二回の合同展「コレクター収集資料展」、10月に琉球新報本社で真栄城勇、上原実出品「号外に見る沖縄戦後60年」が開かれた。
2004年9月ー宮城篤正監修『翁長良明コレクション・琉球の酒器』
 2006年2月、宜野湾市立博物館で伊禮吉信出品「パッチーの世界」、8月の宜野湾市立博物館の「あわもり展」には会員5名が出品した。9月には沖縄市立郷土博物館で第三回の合同展「私のコレクション」を開催した。12月、名護市立中央公民館で翁長氏の講演「私のコレクション」があった。
 沖縄コレクター友の会の新城栄徳は、1988年の緑林堂書店発行『琉球弧文献目録』No.6に「沖縄出版文化史ノート」を書き諸見里朝鴻、佐々木笑受郎、宮田倉太の顔写真も入れた。緑林堂店主の武石和実さんの紹介で新城は、古書店の業界誌『彷書月刊』(1990年2月)に「沖縄に来た画家たち」、「全国古書店案内65沖縄那覇・宜野湾」を2006年5月に書いた。後の古書店紹介では、古美術・観宝堂(TEL:098-863-0583)と諸見民芸館(TEL:098-932-0028)も取り上げた。諸見民芸館館長の伊禮吉信さんは沖縄コレクター友の会のメンバーである。
 2007年のコレクター友の会の例会に県立芸大の粟国恭子さん、浦添市美術館の岡本亜紀さんが参加し「沖縄の金細工展実行委員会」にコレクター友の会も参加を要請された。8月、浦添市美術館での「沖縄の金細工ー失われようとするわざ・その輝き」に会員有志が出品した。
 沖縄コレクター友の会副会長の翁長良明氏は、2008年9月13日~23日まで沖縄市・沖縄こども未来ゾーンのワンダーミュージアムでふるさと園ちゃーがんZOOまつりの一環として「沖縄のお金、世界のお金展」の開催に協力した。翁長氏は首里の雨乞森にあったテレビ塔を持っている。無論、鉄骨全部の保存となると部屋いっぱいになる。肝要な部分と、写真、内部文書を所蔵している。それらのモノは生きた沖縄放送史の証言者ともなっている。翁長氏は戦時中の伝単(宣伝謀略ビラ)や、『ウルマ新報』創刊号を始めとして、新聞人の手書きの原稿(伊江朝助、池宮城秀意)、内部文書などを所蔵している。
 那覇市の平和通りから壷屋焼物通りに抜ける界隈は古美術なるみ堂や、成美堂(TEL:098-862-0041)、琉球文化屋(TEl:090-9656-6155)などが集まっている。旧グランドオリオン通りに沖縄コレクター友の会の仲里康秀さんが「しんあいでんき」(TEL:090-3322-9908)を開いた・古いラジオ、カメラ、時計や戦前の沖縄風景写真が並んでいる。仲里さんに関して新城栄徳が2004年3月の『沖縄タイムス』・「うちなー書の森 人の網」に書いた。「先月、沖縄コレクター友の会ドゥシ真喜志康徳氏と共に南風原町の仲里康秀氏宅へ遊びに行った。古いジュークボックスなどに囲まれた部屋で1968年の『知念高校卒業アルバム』を見た。恩師の当間一郎、山内昌尚、饒平名浩太郎、津留健二。卒業生の物理・放送・無線クラブの仲里康秀、社会クラブ大城和喜、上江洲安昌、宮平実、高嶺朝誠らの諸氏の顔が並ぶ」。
 2008年11月9日「新聞資料研究会」琉球新報新聞博物館 琉球新報本社には新聞博物館(http://ryukyushimpo.jp/info/page-129.html ) (2005年4月開館)がある。その機関紙『あめく通信』9号(2008年)に新聞収集家として著名な羽島知之氏の琉球新報での講演「新聞と私ー新聞収集研究60年」と、羽島氏が新聞博物館に寄贈した新聞原紙の目録が載っている。2008年11月9日に新聞博物館で「新聞資料研究会第19回大会」があった。会長の羽島氏以下15人が県外から参加した。沖縄側から岡田館長、新聞研究家の下地智子さん、沖縄コレクター友の会から会長の上原実、副会長の翁長良明、新城栄徳が参加した。新城は羽島会長から『スタンプマガジン』(2008年10月)を恵まれた。同誌には羽島会長の「号外コレクションが語る近現代史」が連載されている。なお横浜にある日本新聞博物館には羽島コレクションが10万点収蔵されている。
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左から、上原実(沖縄コレクター友の会会長)、羽島知之(新聞資料研究会会長)、新城栄徳(沖縄コレクター友の会)、翁長良明(沖縄コレクター友の会副会長)。



伊禮吉信さん(諸見民芸館館長)ー沖縄市諸見里3-11-10 ℡090-9789-9289

仲里康秀さん「しんあいでんき」(TEL:090-3322-9908)には古いラジオ、カメラ、時計や戦前の沖縄風景写真が並んでいる。


2019年9月8日 大阪大正区千島グラウンド「第45回 エイサーまつり」