1909年4月『趣味』落紅「失ひし物得つと云ふよろこびに走りありきぬ園の芝逕/君がためわ手を貸しし春の川一人し渡れ寒き思ひに/われ笑めばともに笑まひてさりげなくよそほひ語る人名を知らず/梅の精すうととづべきけしきかな笛吹き廻る境内の月」
1909年6月『趣味』落紅「ともがらの憎みあざみに鍛へてしむかしながらの負けじ魂/ちちははに云はれぬことを子らはみなその日その日に神に申さく/怪しまずもとよりありし尾のごとく振りてよろこぶけだものの王」
1910年2月『スバル』落紅「南無阿弥陀南無阿弥陀仏あさましき獣の心とりしづめたまへ/半纏の男きたりぬ文をもて新片町にみぞ
れ降る日に/あやまちて湯をこぼしたる時よりも騒がず君を失ひし時」
1910年2月『趣味』落紅「豆ランプあるかなきかのうす明り物ぬふ妻のあるがわびしき/叔父上はおのが」若さに見たまひし女の名をばたたへますかな」
1910年3月『スバル』落紅「失ひし人をまた得しおもひしぬそのひらきたる眉目を見し時/石垣のふくれ出てたる下腹の危き下をつたひゆくかな/古き街欠びをなしぬ午後の四時乞食の嫗低くつぶやく/過ちも許さむといふ恋人阿にふたたびわれは過ちをしぬ」
1910年4月『スバル』落紅「親の親の遠つ親より伝へたるこの血冷すな阿摩彌久の裔」
1910年6月『スバル』落紅「石垣におしろいの花咲く夕べかなしく聞きぬとむらひの鉦/頣に毛ぬきをあててややしばしためらふ子等の答をぞ待つ/爪をもて梯梧の幹のやはらかき肌傷つけぬ歌をかくとて/汝が妻のいと新しき煙草盆まづ眼に入りておもしろきかな」
1910年7月『スバル』落紅「理髪店の鏡のなかに銅の湯気立つ額の映る日盛り/はてしなく君をおもへば大海をわたりし鳥の如くつかれぬ」
1910年8月『スバル』落紅「白蓮のはなびらのごとわが肩に落ちて来りし君が手のひら/ほととぎす藻草の如き夕雲のからみつきたる杉ばやし/南国の青葉の風は水のごと流れてゆきぬ君が肌に」