1940年12月 『月刊文化沖縄』12月号

表紙 金城安太郎「農村の乙女」
大日本良書推薦会代理部「特許印判付万年筆」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 表紙裏
特輯口絵写真「壺屋」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カメラ/本社写真部・・・・・・・・・・・(1)


特輯口絵写真・南島余情「守礼門」「デパートの南国娘」「漆喰の屋根」・・・・・・カメラ/太田安敏・本社写真部・・(2)(3)(4)


②比嘉景宗

1940年1月 那覇の眞楽座で比嘉景宗原作・演出「愛の勝利」上演
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神祟(神罪)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・馬天居士  12-13
琉球人物史伝ー勇敢・奥濱船頭 バルチック艦隊最初の発見者・・・・・・…・・・・14-15
識名園・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・宮里浩司 15
地名考二つ三つ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・玉城貫 16-17

本山萬吉(馬天居士/馬齒山人)
1910年11月7日 午後11時半ごろ佐敷尋常高等小学校(本山萬吉校長)に於いて火災。校長は校舎と棟続きの自宅に病気の妻と子どもが居たが真っ先に学校に飛び込み書類を持ち出したが御眞影は焼失した。妻と子どもは村民に助けられた。御眞影焼失で懲戒免職となり久米島へ左遷。以後、座間味小校長を務める。



1915年7月 親泊朝擢『沖縄教育』第百二号 「編輯だより 4月26日 久米島の本山萬吉君より『夜学教科書久米島』の寄贈あり、謄写版摺3枚にて、編輯室便、時事、国語、算術、農業、文苑、雑報に分ち、趣味あり且つ廻覧雑誌として有効なるものなり。」

1931年初夏 本山裕児、欧州からの帰途、シンガポールに立ち寄る。→1942年2『月刊文化沖縄』本山裕児「シンガポール=旅の独白・回想=」・・・23

1938年5月26日『琉球新報』「金口木舌」
○馬天居士本山萬吉翁は昨日突然郷里佐賀に引き上げた▼豊見城村の有志は前日之れを聞き別れを惜しみ▼宜保成晴氏瀬長清氏等有志村長区長送別の宴を張った▼席上翁は沖縄県は去りたくないが長男裕児が応召される時手足纏いひになっては国家の為めに相済まぬと赤誠を披瀝した・・・▼翁は本県初等教育の功労者にして退職後豊見城に隠棲▼悠悠自適馬天居士のペンネームで本紙文芸欄に健筆を揮ひ、其の辛辣なる皮肉と特種の味は読者に魅力を投じた▼然して翁の足跡を見ると佐賀魂即ちハガクレ精神が躍如として其の言行に現はれた▼佐賀士族には昔から特種の精神が横溢し▼孟子の「富貴も淫すること能はず、貧賎移すこと能はず、威武も屈すること能はず」と云ふ精神を孕んでいる。・・・


1938年5月『月刊琉球』馬天居士「長命語彙(1)」

1938年6月『月刊琉球』馬天居士「長命語彙(2)」写真ー本山萬吉(馬天居士)

1940年12月『月刊文化沖縄』第一巻第五号 馬天居士「神崇(神罪)」・・・12  「琉球人物史伝 勇敢・奥浜船頭ーバルチック艦隊最初の発見者」・・・14


本山萬吉『馬天居士集』

本山萬吉-1939年5月3日(70歳)没 長男・裕児、二男・常男(ブラジル在)、三男・政比古(鹿児島在)。



1940年11月  『月刊文化沖縄』


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○銀座ー都会人にも田舎人にも銀座は一種の都会的な毒気を発散し、魅惑を覚えるのは事実だ。 新宿ー私達の学生時代には新宿は郊外の淋しい町に過ぎなかった、がー今日では銀座をしのぐ、否なしのいでいるとは私には何う考へても腑に落ちない。(略)今や西部をやくして中央線、山手線、市電、西武、小田急、京王の各電車、その他、乗合バスの起終点として、最近一日の総乗降人員は、実に驚く勿れ帝都一と言はれ、その数四十萬(?)と云はれている。 大阪ー(略)クレイト、大阪を取り巻いて阪神、阪急、京阪、大軌、阪和、大鉄、南海、そこへ省線が加って八つが呼びかけて郊外へ!近隣都市の為めに出来上がった大阪市民と言へる。そして誘っている形だ。(略)ケキー即ち大劇ではOSSKの諸嬢が、いとも豊艶なおいどをまくっての『蛇姫様』実演レビューで、若い男女をヤンヤと言はせているかと思ふとー郊外では、ヅカ即ち宝塚のエッチン、タッチン諸嬢が、いとも乳臭ひエロ、ジーンが、熱誠な口笛や、青春の湧きたぎる情熱に迎えられている。 奈良ー雨の奈良!それを聞くだけでも物淋しい日本歴史の古への都の面影が、重たいやうな鐘の音をとうして降りそそぐ。 神戸ー三宮へー阪神、地下鉄の元町進出、阪急の三宮高架線乗入れ、六階建のビルデングが聳え、阪急会館に映画を見せ、すぐ向ひ側にそごう(十合)デパートが、メルヘン宮殿のやうにつッたっている、また、元町の大丸に三越ー。福岡ー西日本随一の文化都市ー福岡といふよりも、博多と呼んだほうが何だか親しみやすい。実際この都市の躍進ぶりは目覚しい。中京ー名古屋の駅は、東洋一と言はれているそうだが、どうもその町の田舎臭いのに較べて、流石に九州第一を誇る都市として自負するだけに、注目に値すると思ふ。海のない港ー空港、日本の各航空路の分岐点として重要な位置を把持している。人口の割に多すぎると云はれているデパートの壮麗きー松屋、玉屋、九軌、岩田屋の八階建は正しく現代都市の貫禄を示しているものと云へやう。 ふるさとー(略)琉球? 龍宮?ー。昔伽噺にある龍宮城こそ、吾等のふるさと沖縄ではないかと想はせる風物が旅人の眼を奪ふのである。