Archives

You are currently viewing archive for August 2020
Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
 新村 出(しんむら いずる、1876年(明治9年)10月4日 - 1967年(昭和42年)8月17日)は、日本の言語学者、文献学者。京都大学教授・名誉教授で、ソシュールの言語学の受容やキリシタン語の資料研究などを行った日本人の草分けである。→ウィキ
null
1928年1月  文学博士 新村出 監修『海表叢書』巻2 更生閣書店
1943年7月  小野則秋『日本蔵書印考』 新村出「序文」文友堂書店
1946年12月 新村出『童心録』靖文社〇今度は雑草集を一言したい。草木を愛する自分としては、題名から先づ心を引かれる。河上肇博士の手稿の新詩集を筆蹟のまま複製して活字にも直し、解説をも添へて出版した小形の冊子。

河上肇・資料ー右に1946年6月 河上肇『詩集・雑草集』大雅堂
1956年1月  新村出『言葉の今昔』河出新書
1981年4月  新村出『琅玕記』旺文社

1916年9月 伊波普猷『古琉球』糖業研究会出版部
新村出「序文ー南嶋を思ひて(略)琉球語を初めて学問的に研究して世に著わしたバジル・ホール・チャンバレン    Basil Hall Chamberlain氏の祖父に当るCaptain Basil Hallの率いた英吉利船が寄航の途に聖ヘレナ島に立寄って船長の口から流竄中の那翁に沖縄島の話を伝えた事は近事邦人の間にも普く知られるようになったと思うが・・・・・・」

1935年4月『国語と国文学』<チェンバレン氏記念特輯号>
チェンバレン先生の思い出・・・・・・・・・・・・・バチェラー
チェンバレン先生を憶う・・・・・・・・・・・・・・・・岡倉由三郎
王堂先生の南島語研究・・・・・・・・・・・・・・・・新村 出
人としてのチェンバレン先生・・・・・・・・・・・・・佐々木信綱
チェーンバレン先生の手紙・・・・・・・・・・・・・・市河 三喜
チェインバレン先生とアイヌ語学・・・・・・・・・・金田一京助
チェムバレン先生と琉球語・・・・・・・・・・・・・・・伊波 普猷
    (略)
展覧会前記・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・石田幹之助

事典【じてん】
語義の解説を主とする辞典と異なり,事物の名や用語を発音に従って配列し,その内容を解説した書物。この称呼は,1931年平凡社の《大百科事典》以来一般的になった。→コトバンク

広辞苑ー昭和初期に出版された『辞苑』(じえん)(博文館刊)の改訂作業を引継ぎ、第二次世界大戦後新たに発行元を岩波書店に変え、書名を『広辞苑』と改めて出版された。中型国語辞典としては三省堂の『大辞林』と並ぶ両雄で、携帯機器に電子辞書の形で収録されることも多い。収録語数は、第六版で約24万語。出版以来版を重ね、国内はもとより、海外の社会情勢や約3,000点の図版、地図などを収録し、百科事典も兼ねる働きを持っている。→ウィキペディア

 私の持っている『広辞苑 第四版』(1991年)は大阪難波の古書店で買ったものだが、この古書店は発行されたばかりの辞書でも相当安いことで有名である。本書には伊波普猷、おもろ、沖縄、琉球(沖縄の倍の記述)、那覇、名瀬、チェンバレンなどがある。最近はネットで検索し、場所を取る事典類、『広辞苑』新版などは手元に置かず図書館、那覇市歴史博物館などで確認している。

広辞苑


» Read More

Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
  null

nullnull
null
「茶わん」は陶芸愛好家向けの専門誌で、創刊は昭和六年三月。編集発行人は秦秀雄となっているが、実務は小野賢一郎がとりしきっていた。秦に代わって昭和七年五月号から編集発行人として遠藤敏夫の名がクレジットされる。編集部は芝区三田功運町六番地、聖坂を登り切った辺りにあった。(会津信吾「蘭郁二郎の生涯」)



1941年8月『文学建設』蘭郁二郎「琉球ある記」
null


1971年10月 蘭郁二郎『地底大陸』桃源社

nullnull

蘭郁二郎 らん-いくじろう 1913-1944 昭和時代前期の小説家。
大正2年9月2日生まれ。「探偵文学」同人となりミステリーをかくが,科学冒険小説に転じ,SF小説の先駆者のひとりとなった。海軍報道班員として台湾にわたり,昭和19年1月5日飛行機事故で死去。32歳。東京出身。東京高工卒。本名は遠藤敏夫。著作に「地図にない島」「地底大陸」など。→コトバンク

1935年10月30日 阿部金剛、昭和会館参観

» Read More

Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
nullnull

1973年9月 『青い海』久志冨佐子「滅びゆく琉球女の手記」(昭和7年)
nullnullnull
1973年11月 『青い海』27号 

 NHK 目撃!にっぽん 筆を折った“幻の女性作家”~沈黙の人生をたどる旅~」8月2日 日曜日 午前6:10~6:44(全国放送)直木賞作家・大島真寿美さんの小説「ツタよ、ツタ」。モデルはデビュー作への激しいバッシングで筆を折り、沈黙を貫いた女性作家・久志芙沙子。孫がその人生をたどる旅へ。昭和初期、沖縄初の女性作家として注目を浴びながら、わずか1作品を発表しただけで筆を折った小説家がいた。久志芙沙子。沖縄の現実をありのままにつづり、同郷の人から激しいバッシングを浴び絶筆。いま、彼女をモデルとした小説が話題となり、再び脚光を浴びている。家族にも過去を語らなかった芙沙子。祖母はなぜ筆を折ったのか。孫が祖母の人生をたどる旅に出た。芙沙子のまっすぐな生き方は私たちに何を問いかけているのか。
null
大濱聡
nullnullnullnull
左から仲村顕さん、宮城晴美さん、宮里(仲村)初枝さん

1971年4月 雑誌『青い海』創刊号 仲村初枝「私の力で生きてみたいー少女にとって本土とは無限の可能性なのだー」/2020年3月27日・沖縄県立博物館・美術館ー左から、朝隈芽生さん、宮里(仲村)初枝さん、豊見山(津野)愛さん


nullnull
1974年新年号『青い海』伊波南哲「久志芙沙子さんの思い出」〇さて、われわれは、久志芙沙子を慰め激励するために、明治神宮表参道の尚志会館で会合を持った。南島文化協会主催の金城朝永氏らの主催で、その晩集まった人々は、伊波普猷、東恩納寛惇、比嘉春潮、仲原善忠、仲吉良光、石川正通、八幡一郎、(芙沙子記ー比屋根安定、宮里良栄)、その他30人ほどであった。各人はそれぞれ、作者を激励したのであるが、石川正通氏は例のごとくユーモアで「この石川正通は石川啄木の身内であるが、作家は貧乏、苦悩、不遇はつきもので、それを克服するところに勝利がある。これは啄木が口癖のように言っていた。また真理である。久志芙沙子さんもこれにへこたれずに、チバイミソーリヨー」と駄洒落を飛ばして、会の空気を和らげていた。〇石川正通夫人・澄子(弟に渡嘉敷唯信)は久志(坂野)芙沙子の1年先輩。1987年6月発行の『ひめゆり一女師・一高女沿革誌』に澄子は「修学旅行の思い出」を書き、その傍には芙沙子の「追憶」が載っている。

null
null
〇大部前の話です。これも再従兄の琉大にいた今は亡き翁長俊郎が、私宅へ寄ってSさんの話をされた。
null
1974年6月 『青い海』№33 久志芙沙子「あの頃の事 その後のこと」


1915年2月11日『琉球新報』久志ツル(芙沙子)

1933年3月 沖縄郷土研究会「劇聖・玉城朝薫二百年祭」を首里城漏刻門前で開催。/3月12日南島倶楽部例会、久志芙沙子、大宜味ツル子参加
/4月 琉球新報連載小説「熱帯魚」山里永吉・作 金城安太郎・挿絵/4月 東京で第14回南島談話会、参加者・喜納緑村、森田永吉、久志芙沙子ら/6月 『大南洋評論』2号(編集人・仲原善徳、編集発行人・仲宗根源和)金城朝永「南洋関係図書目録」/7月 仲宗根源和『沖縄県人物風景写真帖』
null
1933年8月5日『南島』第7号 久志芙沙子「若葉から拾った哲学」
1933年12月28日 眞境名安興死去。東恩納寛惇弔電「学界の為め哀惜に堪へず」


2019年8月22日『新三河タイムス』




『[月刊J-novel』2015年 実業之日本社 辺□大島真寿美①「或る女の生涯 ツタよ、ツタ」(久志芙紗子がモデル)仲村顕氏提供

①大島 真寿美(おおしま ますみ、1962年 - )は、日本の小説家。愛知県名古屋市出身。南山短期大学卒業。
1992年、「春の手品師」で第74回文學界新人賞受賞。2012年、「ピエタ」で第9回本屋大賞第3位。2014年、「あなたの本当の人生は」で第152回直木三十五賞候補。→ウィキペディア

2016年2月 森川満理子『歌集 若夏の風』不識書院(仲村顕氏提供)表紙のおびに○ 亡き父の故郷はけふ「慰霊の日」いまに
戦後のつづく沖縄 著者は、名古屋市生まれ、市立菊里高校音楽科(ヴァイオリン科)卒、旧姓(安良城)。

 
 渡久地 政司 2020-3-31■久志芙沙子再々発見の経緯■直木賞作家大島真寿美著『ツタよツタ』(小学館文庫)発刊までの経緯について、今年2月NHK名古屋が報道。つづいてこの話題について、3月27日・28日・29日に毎日新聞愛知版が3回シリーズで掲載しました(写真)。沖縄と愛知を結ぶ90年に及ぶ幻の女性作家をめぐるドラマが、わかりやすく文字化されて解説されました。不肖・私も2回目の一部に紹介させていただきました。

nullnull
2007年1月 新城俊昭『琉球・沖縄 歴史人物伝』沖縄時事出版
      
島袋百恵・画「久志芙沙子」2013年11月3日『新報小中学生新聞 りゅうPОN!』仲村顕「人ものがたり㉛久志芙沙子(1903~1986)幻の女流作家」

  斎藤陽子(Walnut, California)2019-11-28 久志芙沙子さんは親戚筋で、名古屋の開業医と結婚していました。父が「琉歌大全集」の編集で、1年間 東京大学に通っている時には、私も東京で学生でしたので1年間は父と同居しておりました時に、良く芙沙子さんが父を訪ねていらしゃいましたので、芙沙子さんは良く存じております。


  安良城盛雄、台湾銀行 1920年(大正9) ~1927年(台北、九江、嘉義) 
● 久志ツル(芙沙子)と結婚1922年(大正11)、長男・繁誕生1923年(大正12)、繁は2歳になるかならないうちに夭逝。台湾銀行は、安良城盛雄が退職してまもなく深刻化した世界金融恐慌(1929年~)では、日本で最初に倒産した。
  安良城盛雄、1928年(昭和3年)  名古屋市立貿易学校、中国語教師 1年

» Read More

Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
 「日本経済新聞」2020年7月30日 午前9時36分ごろ、東京・鳥島近海を震源とする地震があった。気象庁は同38分ごろ、関東や甲信、東海などに緊急地震速報を発表したが、震源地や地震の規模を誤ったと明らかにした。/コロナ禍のさなかテレビ各局が海岸を中継していたが誤報と分かった。

 2018年7月5日前後のウェザーニュースを見ると、今夜は京都など近畿で1時間に100mmに達する大雨のおそれ 、兵庫県・加古川支流で氾濫危険水位超える 。北海道で再び大雨 土砂災害や河川氾濫に警戒 とか、週末にかけて歴史的大雨の恐れ多発的な土砂災害・河川氾濫に警戒、 沖縄・宮古島で1時間100mmの猛烈な雨の ニュース。改めて、東京オリンピックや大阪万博・カジノ、辺野古核基地より、今、目前の自然大災害に備えよを強調したい。台風8号も接近中だ。

null
木村 政昭(きむら まさあき、1940年11月6日 - )は、日本の海洋地質学者、地震学者。琉球大学名誉教授、理学博士(東京大学)(1968年)。

 2018年6月18日 午前8時前、関西で震度6弱の強い地震があった。とテレビ各社が報じていた。また、関西電力(9503.T)は、美浜・高浜・大飯の3原発で異常はない。NHKは、福井県の敦賀原発1号機、2号機についても、異常は感知されなかった、とも。連れ合いが東大阪の息子夫婦にメールを送ろうとしたら、息子の妻から「地震がありましたが、二人とも影響ないですので安心を」とのメール。ネットでは「さきほど、アベ氏はTV画面にでてきて 意味判らんことムニャムニャ言ってましたが‥肝心要の大阪府知事に大阪市長は出てこない。せめて、ひと言、コメントなり出してみたらいかがですかぁ~。まだ、寝てんのかい? 」などなど大阪チジや市長の地震対応の批判が飛び交っている。→7月1日『産経新聞』松井一郎知事も、地震発生から約1時間半後に開かれた第1回災害対策本部会議には渋滞の影響で間に合わず、午前10時10分ごろ府庁に到着。

  2011年3月19日ー東北・関東大地震・大津波・原発大事故
 3月18日ーアメリカ政府は福島第一原発から80キロ以内のアメリカ人に対し避難を改めて勧告したという。先日のカン総理」とアメリカ大統領の電話会談は「どうしょうも無い」ということだったのか
3月19日ー『沖縄タイムス』「震災死者6911人ー『阪神』超え戦後最悪」「原発事故レベル5 福島第一 スリーマイル級」、『琉球新報』「犠牲者6911人」「評価『レベル5』スリーマイル同水準」。テレビでは特にNНKが相変わらずネクタイを締め身だしなみを整えたアナウンサーやコメンティタ―が冷静沈着に発言し全く危機感は感じられない。まあ見ていて楽観的になり精神衛生的には良いかもしれない。民放は日常の番組となりコマーシャルも多い。
 テレビ放送は原発大事故は東京消防庁が目立ち自衛隊が印象は薄い。自衛隊員の安全確保優先で救助作業を行っているらしい。しかしこれで核戦争が起こったとき、どう対処するか心配になる。ここはやはり国民の安全を優先にすべきである。国民」は兵器の所持は禁止されているのだから。カン総理はアメリカの黒人大統領と電話で会見したそうだが「思いやり予算」(1995年ー2714億円、・・・2010年ー1881億円)は要らないという話なのか。今も沖縄上空を飛ぶ軍用機の燃料もただちに被災者に回すべきだ。
 3月20日ー那覇は今日も暑く汗ばんでいる。市内は車で溢れかえって、スーパーは商品であふれている。こういう亜熱帯の島に無機的な軍事基地が一等地を占めている沖縄島!。何時まで基地は居るつもりなのか。新聞も評論家もガス抜きばかりせず真摯に取り組んでほしいものだ。東北・関東大震災は地震だけでなく大津波、人災の原発大事故。加えて、無情にも雪が降る。原発の大事故では自衛隊は核戦争では役に立たないのが明確になった。テレビや本で稼いでいる田母神とかいう自衛隊幹部は後輩にどういう教育をしたのか問われる。カン総理が自民党総裁に入閣を要望したが断られたようである。原発は元々は自民党時代から進められたもので自民党総裁も結果責任を取るべきだ。

 1995年2月6日『朝日新聞』「窓ー中国の人々にとっても、今度の地震はひとごとではない。神戸には多くの華僑や留学生らが住んでいる。そのうえ、今から19年前、河北省唐山を襲った大地震の記憶がまだ生々しいからである。唐山地震は午前3時すぎに起こった。石や煉瓦を積んだだけの民家は全滅し、死者24万人、重傷者8万人を出した。・・阪神と唐山。この二つの大地震から、日本も中国も、それぞれに教訓を引き出すことができないだろうか。」

□2003年1月1日『日本経済新聞』「失くしたものはー街は『無』があふれていた。無気力、無反応、無関心、無目的、無作法、無表情、無常識、無責任、無自覚、無自己、無抵抗、無意識、無批判、無能力、無学力、無教養、無節制、無定見、無思想、無プロセス」

 2005年1月7日『琉球新報』の社説に「スマトラ沖地震・津波被災は死者15万人以上という未曽有の自然災害となった。負傷者は50万人、被災者は5百万人にも達する。米軍の津波救援は被災国のすきを利用し、軍備強化を狙う。これでは『火事場泥棒』と同じではないか。」とある。今回例のメアもドサクサにまぎれ日本担当に戻ったようだ。
 2011年3月18日ー『琉球新報』社説
 効果的な人道支援を行うのに、国境や官民、軍の立場の違いなど言っている場合ではない。しかし、ここぞとばかりに軍の貢献を宣伝するとは、どういう神経なのか。東日本大震災への米軍の災害支援に絡めて、在日米軍が普天間飛行場の「地理的優位性」や在沖海兵隊の存在意義などをアピールしている。強い違和感を覚える。在沖米総領事館は、沖縄から基地従業員を含む海兵隊所属の約480人や普天間、嘉手納両基地所属ヘリ、第31海兵遠征部隊の兵員2200人が災害支援で被災地へ向け派遣されたと発表した。
 未曽有の大震災に伴う死者や行方不明者の捜索、被災者救援は急務だ。原発事故に伴う放射能への被ばくリスクがある地域で救援に取り組む人々には敬意を払いたい。しかし、災害支援は売名行為ではない。人道上の見地から本来、見返りを期待しない、崇高な精神でなされるべきものだろう。在沖米海兵隊は「普天間基地の位置が、第3海兵遠征軍の災害活動に極めて重要であることが証明された」「普天間基地が本土に近いことは極めて重要」と普天間飛行場の地理的優位性を強調する。悲しみに打ちひしがれる死者・行方不明者の家族や被災者への配慮はないのか。そもそも近傍の基地ではなく、被災地から遠く離れた普天間基地がなぜ重要なのか。地震発生から3日経ての出動なのに「即応」でもあるまい。
 米軍の説明は、独り善がりで筋が通らない。政治的打算に基づく言動は、県民、国民の米外交に対する信頼回復にとって、かえってマイナスだろう。「沖縄はごまかしとゆすりの名人」などと差別発言をして更迭された米国務省のケビン・メア前日本部長を東日本大震災の日米間の調整担当に充てたのも不可解だ。メア氏は発言発覚後も学生が作成した発言録について「正確でも完全でもない」と非を認めず、今もって県民に謝罪をしていない。日本の「和」の文化を「ゆすり」と同一視する差別発言をしながらこれも撤回せず、災害支援で復権を目指すつもりか。発言の撤回も反省もない人種差別主義者の復権など願い下げだ。はっきりさせよう。米軍がどのようなレトリックを使おうとも、県民を危険にさらす普天間飛行場やその代替施設は沖縄にいらない。

大阪/1973年11月『大阪春秋』1号の特集は「大阪の災害いまむかし」であった
 1973年11月『大阪春秋』1号の特集は「大阪の災害いまむかし」であった。①寛文の大暴風雨と龍渓禅師②享保2年の大洪水③明治42年の北の大火④享保2年の大洪水④南の大火とその余聞⑤昭和の災害(米軍機の大阪大空襲)⑥天変地異・日本列島の危機ー今年の夏、近畿の水がめ、琵琶湖の水位がピンチになった。絶対危険水位、マイナス50センチを突破してしまった。この記録は昭和14年のマイナス71センチ、大正13年のマイナス51センチにつぐ史上3番目の記録を、更に更新しそうな気配のなかで、世界的異常気象がともなって、日本列島の危機感をこれほど身近に深め、予想される天変地異説が、今日ほど真剣に人々の話題の中心になったことも珍しい。(略)以上、今後起こり得るであろう天変地異に対処して、いまむかしの記録を記してみた。(藤原)

今の「悪夢内閣」(命名・佐高信)には何も期待出来ない。政府と東電は原発事故が起きたときの手順書は目次から黒塗りで国会に提出、また原発被害者に送りつけた損害賠償の請求書類は読むのも疲れる200余ページ、国民を愚弄するのも大概にしてほしい。『大阪春秋』のように歴史の中から問題点を見つけどう対処の糸口を探ろうかとしているとき、歴代の内閣は莫大な税金や学校教科書を使い「安保神話」「原発神話」のようなものの宣伝にはこれ勤しむ。が、クルマ社会のための「高速道路」はせっせと作る。肝心要の見えない国土の管理には見ての通り、台風や地震が来る度、無策が証明される。

□台風15号の日本列島縦断を受け、政府は21日、土砂災害などへの警戒を呼びかけるとともに情報収集に追われた。 とはいえ各省庁を機動的に運用するための関係省庁連絡会議は20日夜に初会合を開いたきり。 21日は夜までに死者・行方不明者が計13人確認されたにもかかわらず 「大きな被害が認められない」(内閣府)として連絡会議は開かれなかった。 紀伊半島を襲った台風12号に続き、政府の危機管理意識の希薄さがまた浮き彫りになった。
 
21日夕には台風が首都圏を直撃し、JRをはじめ交通網がマヒ状態に陥ったが、 首相官邸は関係閣僚らが出入りすることもなく閑散としたまま。 甚大な被害が生じた場合、政府は災害対策基本法に基づき、 連絡会議を非常災害対策本部に格上げすることになっているが、その動きもみられず、 平野達男防災担当相は政府の震災復興対策本部に籠もったままだった。( MSN産経 2011.9.22 )

過去の日本政府の危機管理意識の低さは自衛隊にも反映される。

全日空機雫石衝突事故
1971年7月30日。全日空58便ボーイング727-200(JA8329)が岩手県雫石町上空で、航空自衛隊松島基地(宮城県)所属のF-86F戦闘機と衝突し墜落した。乗客155名と乗員7名の計162名全員が死亡した。自衛隊機の乗員は脱出して無事であった。 刑事裁判では、双方に見張り不足があったが、自衛隊機側の責任がより重かったと判断された。事故現場は民間機進入禁止の自衛隊の訓練空域であり、戦闘機に全日空機が追突したとの考察もある。

2008年2月19日千葉県沖でー当時最新鋭であったイージス護衛艦「あたご」と千葉県勝浦市漁協所属の漁船「清徳丸(せいとくまる)」が衝突。清徳丸は船体が2つに裂け大破・沈没。乗員であった船主(58歳男性)と船主の長男(23歳男性)の2名が行方不明となった。数十日間におよぶ漁協関係者・海上保安庁・海上自衛隊3者が懸命の捜索をおこなったが発見できず、2人は同年5月20日に認定死亡とされた。
上記の自衛隊の戦闘機と護衛艦が民間の飛行機、船舶に衝突するということは万が一にもあってはならない。もし敵国の戦闘機や潜水艦であったら、気がつかなかったでは絶対に済まない。危機感を持たず訓練しているから守るべき国民も死に至らしめる。絶えず危機感(敵の攻撃)を持ってほしいものだ。同時に自衛隊は国民を守るのために存在しているので、下記のような国民無視な態度は国民に対する反逆罪に値する。

□航空自衛隊那覇基地 墜落後F15の訓練再開航空自衛隊那覇基地は、墜落事故で中断していたF15戦闘機の訓練を20日から再開しました。那覇基地所属のF15戦闘機が墜落事故を起こしたのは7月5日。尾翼の一部は回収されたものの、機体と操縦士はまだ見つかっていません。
訓練は事故後、中断されていましたが、基地司令は19日に機体の点検を終えたとして、20日からの訓練再開を発表していました。F15戦闘機の訓練は20日午前9時すぎに4機が離陸して再開されました。訓練は2週間ほどは基本訓練を行い、その後は通常訓練に移行するということです。しかし事故原因が判明されないままの訓練再開に、自治体や市民団体から反発の声が上がっています。
 航空自衛隊那覇基地 あすからF15戦闘機の訓練を再開那覇基地所属のF15戦闘機が墜落事故を起こしたのは7月5日。尾翼の一部は回収されたものの、機体と操縦士はまだ見つかっていません。訓練は事故後、中断されていましたが、基地司令は19日に機体の点検を終えたとして、20日からの訓練再開を発表していました。
F15戦闘機の訓練は20日午前9時すぎに4機が離陸して再開されました。訓練は2週間ほどは基本訓練を行い、その後は通常訓練に移行するということです。しかし事故原因が判明されないままの訓練再開に、自治体や市民団体から反発の声が上がっています。(2011年2011年7月20日 「琉球朝日放送」)  <2011年9月記>

» Read More

Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02
  「くろねこの短語」2020年8月5日 寅さんだったらもっと小気味いい口上で唸らせてくれるんだろうが、そこは芸も能もない大阪府知事、ネズミ男・吉村君のことだから「えっ、何? バカじゃないの」ってリアクションが返ってくるのも無理はない。何のことかと言うと、「コロナにイソジンが効果的」ってプレゼンをネズミ男・吉村君が記者会見でぶちかましちゃったんだね。トランプの「消毒液注射」や「抗マラリヤ薬」と一緒で、何の医学的根拠もなく、それどころか劇的な副作用の怖れがあるんだから、「やってる感」演出のためのパフォーマンスと聞き流すわけにはいかない。
 イソジンなど「ポビドンヨード」が含まれているうがい薬は、過剰摂取すると甲状腺などに負荷を掛けるとも言われ、妊婦さんや授乳中のお母さんたちも使用は危険とされている。口中のウイルスを一時的に除去することはできても、そんなのは気休め程度のもので、コロナウイルスは口の中だけにいるわけではありませんからね。そもそも、イソジンがどうしたこうしたと政治家が公に口にするのって薬事法違反じゃないのか。おかげで、トラッグストアに人が押し寄せ、うがい薬を買い漁ったそうで、そんなことも予測つかなかったのかねえ。それほどのウマシカってことなんだろうね。
 あまりの批判殺到に、「ポピドンヨードの効能としてコロナに効くとは薬事法上も言えません」とか「また吉村がおかしなこと言い出してるとネット上の大批判がありますが、構いません。(研究を担当した)松山先生の研究成果を信じて頂かなくても構いません」とか、言い訳しつつ居直ってるんだが、こういうのをマッチポンプと言います。それにしても、ネズミ男・吉村君の「コロナにイソジン」の啖呵売には笑える要素がカケラもありません。ひとの命に関わることをこんな与太話に落とし込めるってのは、さすが武富士の顧問弁護士としてサラ金とグルになって高金利で消費者を苦しめただけのことはある・・・ってなもんです。

null null

 「くろねこの短語」2020年8月4日 7月26日のエントリーで、コロナ陽性者の自宅療養が実は医療崩壊を物語ってるんじゃないかと書いたんだが、その自宅療養者数が524人に達したってね。入院・療養等調整中も含めると、なんと1000人超の陽性者が宙ぶらりんな状態になっている。新型コロナウイルスは感染症なんだから、そもそも自宅療養という選択肢はあってはいけない。それなのに自宅療養が罷り通っている現状に、なぜメディアは疑問を抱かないんだろう。家庭内感染が問題になっているけど、自宅療養ってのは家庭内感染してくださいって言ってるようなものだろう。そんな中、ぼったくりバーのチーママ小池君はこんな能天気なコメントして呆れられてます。「高齢者と一緒に暮らす方々には食事の時間を違えるとか、歯磨き粉を変えるなど工夫をしていただきたい」おいおいだよね。この危機感の欠如した態度は何だ、ってなもんです。
 このままだと、自宅療養による家庭内感染がますます増えて、取り返しのつかないことになるんじゃないのかねえ。そうならないためにも、PCR検査を「いつでも、誰でも、何度でも」受けられる体制を整えて、陽性者を一定期間隔離する施設の整備に力を注ぐべきだろう。ああ、それなのに、ペテン政権は野党の臨時国会召集要求を拒否したまま、10月の臨時国会を検討中なんだとさ。国民の命と経済を天秤にかけやがって、これでも自民党内からは倒閣の兆しも見えないんだから、もうため息も出ませんよ、ったく。

 斎藤 陽子(Walnut, California)8-3 日本時間 【思い出のアルバム】 南カリフォルニアは連日40℃近くの猛暑でしたが、月曜日を迎えた今日から幾らか気温も落ち着いて、30℃ほどになっています。こんなに暑い時には、2008年に名古屋の友人と訪ねた、標高が高く夏でも18℃ほどと快適だったコロラド州を思い出します。写真はコロラド州南西部に位置する、メサベルデ国立公園(Mesa Verde National Park)ここは1978年にユネスコの世界遺産になっています。メサベルデとはスペイン語で「緑の大地」という意味で、プエブロインディアンの祖先が断崖にくり抜いて作り残した集落遺跡群です。
null
 1世紀頃からここに農耕民族として住み始めたと推測され、9世紀頃から外敵の襲来に備え、本格的な「岩窟住居」を作り住んだと言われています。この地は標高が高いために、世界のアスリートが訓練にやって来る地でもあり、夏でも18度ほどと快適な気温に恵まれているのです。ロスアンゼルスから、この地のコロラド州まで往復距離約4500キロを2008年に途中2泊して車で行きました。ここはグランド・キャニオンやユタ州の、モニュメント・バレーについで、アメリカでも有数の観光地になっていて、世界各地から人々が訪れています。

 「くろねこの短語」2020年8月3日 (前略)でも、「パチンコ」でクラスターは発生していないことを忘れちゃいけない。大阪のネズミ男・吉村君が、「パチンコ」を目の敵にしてdisりまくっていたのは何だったのかねえ。それはともかく、罰則付きの休業要請するには、特措法の改定が必要で、それには臨時国会を開く必要があるんだね。ところが、初老の小学生・ペテン総理は、6月末に既に「臨時国会はやらないから」ってのたまってたってね。国会開いちゃったら、コロ対策だけでなく、モリ・カケ・サクラにテンピン黒川問題と追及される案件が目白押しだから、ここは逃げまくるしかないってことだ。いわば、いまの日本は“無政府”状態と言っても過言ではないだろう。ああ、それなのに、立憲と国民は党名がどうたらこうたらと、くだらないつばぜり合いにうつつを抜かしてるんだから、一般大衆労働者諸君はいい面の皮というものだ。

nullnull null
🏳️‍🌈宮古島市千代田はまだ終わっていない!2017年11月6日から千代田の工事現場で、旗を掲げて抗議行動を開始して以来1000日目の行動です。約2年9か月。工事期間中は、ほぼ毎日のようにゲート前で監視と抗議のスタンディングを続けました。🏳️‍🌈防衛省の開示データと現場の記録を基に、千代田基地の問題点を明らかにし追及してきました。①燃料施設の下の空洞と軟弱地盤は改良されていない②住民の祈りの場ウタキは半分以下に小さくされ、住民の自由な通行権は奪われたまま③作らないと言っていた弾薬庫が作られたこと④基地内にある断層と地下水脈の問題 地下水汚染の危険性の問題

 斎藤 陽子(Walnut, California)8-1 日本時間 7月最終日を迎えたロスアンゼルスの、今日の気温は40℃近くを記録し、無風状態の過酷な猛暑の夏日です。この記録的な猛暑は2,3日続くようですが、カリフォルニアのコロナ感染対策の厳しい罰則も含んだ自粛生活も、134日目を迎えますが、暑い状況の中、ビーチも冷房の効いた映画館や屋内ショッピングモールもレストランも閉鎖しているため、市民は涼を求めて何処へも行けません。日本は新型コロナウィルスが一段と猛威をふるい始めた週末の様ですが、皆さんは自粛生活をしていらっしゃいますか。今日は過去に行った、アメリカらしい雄大なユタ州の景色をオンライン旅行してみたいと思います。
【思い出のアルバム】 
 南カリフォルニアは相変わらずカンカン照りの、まったりとした土曜日を迎えています。北海道以外は梅雨明けを迎えたようですが、雨にはうんざりしている日本の皆様でしょうけれど、南カリフォルニアの7年越しの雨無しの干ばつは深刻さを越しています。5分のシャワーを3分にしろ、ましてやシャワーだけにして、お風呂の浴槽に水を張って入浴をしてはならないなどと、ロスアンゼルス水道局から私生活までコントロールされるほど、ロスアンゼルスの水不足は深刻なもので、平均使用量よりも多く水を使うと、5万円を加算するという規約まで出て、電気料金より水道料金の方がずっと高いという、おかしな現象になっております。
nullnull null
 写真は名古屋からの友人を伴って行った、ユタ州にあるザイオン国立公園(Zion National Park)の一部分です。赤く焼けたナバホ・サンドストーン(ナバホ砂岩)と呼ばれている赤土が、長さ24キロ 深さ800メートルと広大な土地が侵食されて、自然が作ってくれたザイオン溪谷です。アメリカ・インディアン原住民の少数派の家族がこの地域に住みついたのが、8000年前と言われています。グランド・キャニオンについで広大で素晴らしい自然の広大な景観です。ここは年中15度程と寒いので、夏でも防寒服がお勧めです。ちなみにロスアンゼルスから往復で、走行距離1500キロを運転してのユタ州までの旅でした。

null
 大濱 聡 ■Media Literacy――同じネタでこの相違。「コロナに夏休みはありません。一刻も早く国会を開き、国がどう感染症に立ち向かうか、日本としての姿勢をぜひはっきりさせて国民、都民を安心させてください」(テレ朝「グッド!モーニング)東京都医師会の尾﨑会長が30日の会見で声を大にした訴え。多くの国民が抱いている気持でもあろう。NHK「おはよう日本」はこの部分は使っていない。同じニュースでも編集によってずいぶん印象が異なってくる。政権への忖度か、番組の編集責任者、出稿者のニュースセンスの問題か。■30日NHK「ニュース7」では、わずか3分22秒の中に安倍首相が出席する会議が2本紹介され、豪雨災害支援策で「対策パッケージを決定、ただちに実行に移すよう指示」、「GDP伸び率」関連で「機動的な経済運営を西村経済再生大臣に指示」「骨太の方針の実行に向け、具体的な作業を進めるよう関係省庁に指示」と3度も「指示」したことが伝えられ、首相がリーダーシップを発揮しているかのようだった(印象操作とは言いませんが)。■31日、野党は「新型コロナや豪雨災害への対応」を求めて臨時国会を召集するよう衆議院議長に要求書を提出した。召集時期に規定はなく内閣の判断に委ねられるという。安倍首相はまたリーダーシップを発揮して、ただちに臨時国会を開くよう関係者に指示するのだろう(か)。

» Read More