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写真左から星雅彦氏、嘉陽安男氏、新城栄徳

写真左から嘉陽安男氏、新城栄徳、亀島靖氏


1959年3月『船越義彰詩集』南陽印刷所

1957年7月 沖縄詩人グループ『環礁』創刊号



1957年7月 沖縄詩人グループ『環礁』創刊号 あらかわ・あきら「風と砲弾とブリキ看板と」「島は雨模様」/同人ー牧港篤三、松島弥須子、船越義彰、真栄城啓介、池田和、池宮治、大湾雅常、あらかわあきら
1958年4月 沖縄詩人グループ『環礁』第2号 あらかわ・あきら「颱風眼の中のボク」
1958年11月 沖縄詩人グループ『環礁』第3号 糸数正雄「おがむ」/あしみね・えいいち「Despair」 /松島弥須子「内なる狂想曲」「演出者の群」/大湾雅常「心象のオムニバス」/牧港篤三「コタン」/真栄城啓介「誕生日に」/池田和「詩人考」/船越義彰「ある会話」/新川明「基地の島を出る!」/池田和「長詩への移行」
1959年12月 沖縄詩人グループ『環礁』第4号 
□環礁だよりー沖縄人は歴史的に被圧迫民族として長い抑圧の時間を通って来たため、忍従がすでに第二の習性となり、精神的な萎縮という根深い病巣を形成している。大宅壮一氏はいみじくもこの症状を指摘した。彼の発言に対して沖縄の歴史的事実を無視しているとか、沖縄人を差別視しているとかいう非難も出たが、そんなことを気にする前に、われわれ自身でこの病根に対する処方箋をつくりあげてわれわれの体質改造にとりかからなくてはならないだろう。この問題に呼応するかのように一つの試練が降って湧いた。中部の石川市に於けるジェット機墜落による、家屋全半焼25棟、死傷136名の惨事である。これをたんなる事故とはせず、基地そのものの破壊性の現れとして徹底的に追求していきたい。(大湾雅常)
1960年2月 沖縄詩人グループ『環礁』第5号 

池田和「環礁」