1971年 雑誌『青い海』12月号 崎原恒新「文学作品にみる沖縄(2)屋良朝陳『巴旗乃曙』ー琉球の独立をめざした人びと」
 

写真左から、崎原恒新氏、新城栄徳、宮里一美さん(本部)、平良幸子さん(謝名城)、平良次子さんー南風原文化センター/崎原綾乃さん、崎原恒新氏、新城栄徳、崎原浩子さん


2015年9月25日 沖縄文化の杜ー崎原恒新氏(右)


那覇市歴史博物館所蔵「巴旗」/左ー新城栄徳

1946年3月 屋良朝陳『巴旗乃旗』文化琉球人会(奈良市)/1971年9月 『石の声』№8


Akino Ufugusukuー9月11日、スペインからの分離独立を求めるカタルーニャの独立運動に参加してきました。(琉球の旗もあるよみてみて)「自分たちは自己決定権を持つ政治的主体だ」というアイデンティティの主張が印象的でした。

龍脈/屋良朝陳「文化琉球人会」奈良市
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文化琉球人会の刊行物
文化琉球人会(那覇聾話学校疎開・屋良学園内ー奈良市南城戸町29番地)
1946年3月 屋良朝陳『琉球秘史劇・巴旗の曙』(活版)
1946年6月22日 月刊雑誌『大琉球』6月号□樋川虔淵「國是として文化日本の建設」、「組踊・手水の縁」(朗読用)、屋良朝陳「巴党の動向」
1946年6月 屋良幾久枝『琉球史劇・長虹堤異聞』
1946年9月22日 月刊雑誌『大琉球』第三号□屋良朝陳「琉球民俗史」、樋川虔淵「日本國是として『美・仁・柔』を掲げよ」、平敷屋朝敏「若草物語」
1946年10月 月刊雑誌『大琉球』第四号□「組踊・護佐丸」
1947年7月22日 屋良朝陳・松村克彦『琉球夜話』
1947年7月29日 屋良朝陳・松村克彦『琉球年中儀令』
1947年7月22日 月刊雑誌『大琉球』第五号「組踊・國吉のひや」
1947年8月 月刊雑誌『大琉球』第一号「組踊・手水の縁」『琉球王代記・巻之一』


1948年3月29日
『琉球民謡全集』


□本書は琉球音楽の大家・又吉栄義先生のご好意で舞踊歌詞の傑作を添えた。できるだけ読みやすく朗詠に適するように琉球語韻のカナズケには苦心した。
□踊り天川節、シュドン節、作田節、ナガラタ節、伊野波節、カシカケ節、貫花、イロハ歌、上イ口説、下イ口説、四季口説、十番口説、萬歳口説、萬歳コーシ節、ウフンシャリ節、センスル節、久志若按司口説、波平大主口説、渡嘉敷ペーク口説、坂原口説、サラウティ口説、オモロ、臼太鼓節、国頭サバクイ、子守歌(一)、童謡、徳利小、平良辻茶売、挽物口説、金細工節、検査屋節、越来節、ユシヤ思鶴、主ン妻節、花笠節、川平節、ヒジ小節、ティマト節、カナヨ節、ムンジュル節、浜千鳥節、新浜千鳥節、西武門節、情ドヤ節、初恋の歌、鳩間節、奥山の牡丹、伊江島ハンド小、伊江島ハンド小の最期、愛の雨傘、宮古ネー節、ウヤンマー節、今帰仁アッチャ前小、久米阿嘉節、遊びの歌、居シドカカユル節、子守歌(二)、桃売アン小、布工場節、県道節、汗水節、恨みの歌、無情の歌、布哇節、思案節、情の歌、八重山行、尚巴志口説、収納奉行。
1949年9月10日
『琉球樂典三味線工工四』上巻
1949年9月29日
『組踊集・中城若松、花売の縁、忠孝婦人』
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文化琉球社(大阪市東淀川区十三南之町2丁目25番地)
1954年4月
『大平和新報』第一号(主筆、文化部長・屋良幾久枝/編集、宗教部長・屋良朝陳/子ども部長・卍佐治)□「厚生大臣に訊く」、屋良朝陳「戦争放棄の憲法を護れ」、樋川虔淵「拾われた男」、「普天満教の真髄」
1956年9月1日
『琉球旭新報』第5号
□→1991年1月『沖縄近代文芸作品集』(新沖縄文学別冊)屋良朝陳「夕映えの町」(2010-4-12午後6時50分ー末吉家の仏間にて)              
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琉球王代文献頒布会(那覇聾話学校内ー那覇市牧志町1丁目833番地)《活版》以外はすべて謄写版
1937年7月
『琉球王代文献集ー遺老説伝(一)』(活版)/1937年11月 『琉球王代文献集ー遺老説伝(二)』(活版)
1938年11月
『琉球王代文献集ー遺老説伝(三)』(活版)
1940年3月
『訳注・中山伝信録』(巻之一)

1940年4月16日『沖縄日報』
1942年5月
『琉球中山王代記』(巻一)/1942年8月『琉球中山王代記』(巻之二)
1943年5月
『琉球中山王代記』(巻之三)/1943年12月『琉球中山王代記』(巻之四)
1944年1月
『琉球中山王代記』(巻之五)/1944年6月21日屋良幾久枝『長虹堤異聞』(国民劇場当選脚本)