2015年3月 安渓貴子・当山昌直『ソテツをみなおす』ボーダーインク


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居酒屋ひさみで佐竹さん一行、右から新城栄徳、佐竹利子さん。佐竹さんの父君・佐竹利彦氏は佐竹製作所を「世界のサタケ」に育成された功績だけでなく、ヤシ・ソテツ類植物の収集・分類においても世界的な権威である。/中国の蘇鉄切手

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世界のソテツ(ソテツ亜科1属9種、シダソテツ亜科1属1種、ザミア亜科8属108種)/戦前の沖縄絵葉書(蘇鉄)    nullnull


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上ー新城栄徳の原風景(粟国島ー至るところにソテツがある) 


写真ー大阪天満宮/大阪知事官舎

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写真ー中之島公園、中之島図書館近く/下ー八尾市

2004年3月、大阪の大丸ミュージアム・心斎橋で「奄美を描いた画家 田中一村」を仲間恵子さんから貰った入場券で見た。前に那覇でも見たことがある。奄美時代の一村は当然ながら奄美ではどこにもある蘇鉄を描いている。もともと天才と謳われた人物だが奄美の自然と出会ってますますその画才を開花させたと云えよう。「不喰芋と蘇鉄」は代表作にもなっている。一村は東京時代にも偶然と云うか「蘇鉄図」「蘇鉄と躑躅」を描いている。


蘇鉄/京都駅構内の蘇鉄(今は無い)


2014年8月29日 沖縄県立博物館・美術館ギャラリー「瀬底正男/津波信久 絵画二人展」


瀬底正男氏と、その作品「砂の道」

津波信久氏と、その作品「囲いの草木」


伊禮芙紗子「ソテツの家族」

『沖縄毎日新報』1917年10月から真境名安興が「酒前茶後」を連載している。それに麦生・末吉安恭が「蘇鉄と琉球」を書いている。□酒前茶後子の蘇鉄は沖縄の原産かと云って伊藤博士の説を疑われた説は面白く拝見いたしました。しかし猶研究する余地がありはせぬかと私は思います。蘇鉄が沖縄から支那に渡ったと云う説は五雑酢爼に出て居ります「相伝此樹従琉球来種之能辟火患、其葉似凰尾蕉而小」として凰尾蕉とは別にされ番蕉と称して居ります又「将枯時以鉄屑糞之、或以鉄丁釘其根則複活」と書いてあります。慶良間の伝説とは反対になっております。

しかしこれは両方矛盾せぬことになりはすまいか、南方支那には素野生の蘇鉄があったにしても支那の土地は広い交通は不便だから、蘇鉄のあることを知らぬので、琉球から輸入して珍しがったかも知れない、又慶良間の人は(沖縄)本島地方にこれあるを知らずして支那から持ってきて植えたかも知れぬ、或いは南支那の野生のそれでなく琉球から行ったものの種を逆輸入したかも知れぬ兎に角双方に蘇鉄渡来の伝説があるから事実もあったであろう、元来この植物は熱帯植物であるから南国に蕃殖するのは当然である。

2012年5月3・4日は沖縄県立博物館・美術館で田中一村も描いた「ソテツ」と遊ぼう!
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時間13時~16時、随時受付、所要時間35分
参加費 100円 当日先着80人、人数に達したら受付終了
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天理教那覇分教会


2014年4月5日 我が家の蘇鉄と萌子さん


末吉安久・画

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儀間比呂志「ソテツ」