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Category: 04-書の森
Posted by: ryubun02

2006年2月 備仲臣道『美は乱調にあり、生は無頼にあり 幻の画家・竹中英太郎の生涯』批評社



1975年2月『話の特集』上原直彦「あなた大和人」/竹中労「続・メモオキナワ④」


1972年7月ー竹中労(装幀・挿絵 竹中英太郎)『琉球共和国ー汝、花を武器とせよ!』三一書房
1975年8月ー竹中労(装幀・挿絵 竹中英太郎)『琉歌幻視行ー島うたの世界』田畑書店

1986年5月 『別冊太陽』「探偵・怪奇のモダニズム/竹中英太郎・松野一夫」平凡社


 私は1992年12月 『新沖縄文学』94号 「来訪者略年表 1969年10月 竹中労(ルポライター)来沖」と書いているから沖縄では何かと話題の人物である。

1995年9月 上原直彦『島うたの小ぶしの中で』編集人・和宇慶文夫、備瀬善勝/表紙絵・與那覇朝大 装幀・和宇慶文夫/発行・丹躑躅山房
〇「追悼 島うたを理解した人ー(略)『多くのヤマトゥンチュが、沖縄を通っていったが、竹中労は、死に際まで沖縄にかかわったことだけは、直サン忘れないでくれ』」と上原氏は遺言として書き留めている。写真説明に1969年10月 第一回沖縄渡航、上原直彦、備瀬善勝、普久原恒勇、與那覇朝大を知る。


2006年2月 知名定男『うたまーい 昭和沖縄歌謡を語る』岩波書店

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1920年12月、新旧あらゆる傾向の社会主義者30人が発起人となって神田の青年会館で「日本社会主義同盟」の創立大会が開かれた。沖縄でもこれに即応、翌年の21年1月に沖縄支部準備委員として宮城不泣、泉正重、東恩納寛敷、浦崎康華が推された。1月3日、泉宅で伊是名朝義、玻名城長好(後の山里)、辺野喜英長、渡久地政憑、長嶺紀成、上与那原朝敏、浦崎康華、宮城不泣、城間康昌、東恩納寛敷、泉正重が集まる。糸満グループの城田徳隆・徳明兄弟、座安盛徳、比嘉栄は連絡不十分で欠席、山田有幹は5月の市制準備で忙しく、比嘉春潮は出張で、比嘉良児は参加できなかった。若い福村安謙、国吉真哲、神山宗勲、山田義文、屋良猛、名護良英らはシンパサイザーとして組織外に置いた

1924年、日本帝国では初めての単行本、アプトン・シンクレア『事実物語ー赤黒白』が神山宗勲の抄訳で刊行。神山は1898年、那覇上之蔵生まれ。1914年8月、『文章世界』に詩「夏の月」を発表。1915年上京し美術学校に学ぶ。1919年帰郷し新聞社につとめる。1921年、沖縄最初の社会主義団体「庶民会」にオブザーバとして参加。1922年に再上京。→琉文21「神山宗勲」

アプトン・シンクレア著の日本語版

東京/1924年8月ー神山宗勲 訳アプトン・シンクレア『赤・黒・白』聚芳閣
 本書に「この地球上に一度戦といふものが勃発するや、新聞記者といふ、新聞業者の手下どもは、輿論の大渦巻のうへに、その目をさらすのである。そしてその昔いくら慎重な態度をもつて、公平無私にその実状をみてきたといふ、アメリカの新聞でも、戦争の大波にのみこまれると、もう以前のやうな真実な態度を、こつそりとすててしまふのである。例えば『ニウヨオク・タイムス』のやうにだ」とある。かなり手厳しい表現である。
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神山宗勲作品ー1927年12月『解放』「闘争」/1928年1月『解放』「先ず把握せよ!」

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写真上ー1923年9月 中央・神山宗勲、右・静江、後列左・弟・宗顕、写真下ー1966年。1928年




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2019年10月6日 那覇市民ギャラリー「桑江良健 絵画展」/2019年9月「おきなわ人形芝居チョンダラー」
 

2019年10月6日 那覇市民ギャラリー「浦添健 絵画展」左が浦添健氏/2019年10月 『浦添健 作品集』

2019年10月『月刊琉球』№70「琉球民族遺骨返還訴訟」琉球館〒903-0801 那覇市首里末吉町1-154-102 ☎098-943-6945/FAX098-943-6947

松島泰勝「提訴後も琉球差別を止めない学知の植民地主義との闘い」/関連☆池田光穂のサイト「金関丈夫と琉球の人骨について Dr. Takeo Kanaseki and Ryukyuan Remains」/前大用裕「八重山で自衛隊について考える」/後田多敦「史窓:十九世紀末の清国・天津と琉球人ー琉球救国運動の拠点の天津・大王廟からー」

平良勝保「戦前・戦後歌謡懐旧雑録①恋に二日酔い・狩俣ぬいさみが・中島安敏・沢村美司子のことなど」/しもじけいこ「宮古島市長が市民を提訴!」/島袋マカト陽子「2019年9月、日本国東京で」/比嘉明子「無責任体制は誰の責任だ!」


関連☆「八月十五夜の茶屋」左から2人目が清川虹子(川上貞奴の最後の弟子、夫のひとりに伴 淳三郎)3人目が沢村美司子。マーロン・ブランドは通訳サキニを演じた。グレン・フォードはフィスビー大尉。→ウイキ
1956年8月 MGM社の「八月十五夜の茶屋」の撮影は大成功、同劇に出演して帰国の途にある大映スター根上淳(妻はペギー葉山)、清川虹子および沢村みち子らの土産話にあったが、芸者(京マチ子)が沖縄舞踊を踊るとき地方になって蛇皮線を弾いた内間ハル子は儀間真福の妹。→比嘉 武信編著『ハワイの沖縄人90年 : 戦後編』


かつての古都 京都と沖縄。その文化大交易を今によみがえらせる「美しき沖縄展 〜京都と琉球500年のむすび〜」
ご存知でしょうか?首里城のふもとにある円覚寺は南禅寺(1494年)の芥隠禅師によって建立されたお寺。三条にある檀王法林寺の開祖 袋中上人は琉球で念仏踊りを伝え、それは後にエイサーとなりました。京都と沖縄はこのように仏教を通して深い繋がりを持ち、同時に人や物が行き交いながら互いに刺激を受け合ってきました。
海上の道で往来を続けてきた大交易時代から500年。今も沖縄で織られた反物の95%は京都へ出荷されるなど、沖縄と京都は一級の工芸品を通して結ばれています。今年は琉球処分から140年。琉球が日本の一部「沖縄」となってから140年の節目であり、そして何と言っても令和元年、世替わりの年です。新しいむすびをはじめるにふさわしい年ですね。かつての古都と古都の文化大交易を再び始めましょう!この展示会のために心を込めて作られた美しいものが沖縄の島々からやって参ります。その他、おいしいものも届きます。ワークショップやトーク・イベント、琉球織物コレクション展や八重山写真展、芸能など様々なお楽しみも満載です!
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会場:安楽寺 日時:10月12日(土)〜14日(月祝) 11時〜17時 安楽寺入山料:500円 住蓮山安楽寺は、京都左京区鹿ヶ谷にあります。法然上人の弟子、住蓮上人と安楽上人が開基。


【和田 信一 三線教室、第一回発表会のお知らせ】2019年10月13日(日) 11時〜13時頃 三線無料相談会&メンテナンス  13時頃〜15時頃 第一回発表会  15時頃〜16時頃 三線講話会
京都檀王法林寺で古典音楽の教室を始めて約2年❓念願の発表会を行う事になりました🙌教室の皆さん、全員琉球舞踊の地謡は未経験だそうですが、熱心に稽古してくれているので楽しみです✨京都で琉球舞踊の教室をされている諸喜田千華研究所の皆さんや、沖縄からも太鼓の横目大通さんと笛の大城建大郎さんが賛助出演してくれるので心強いです😊また今回は、沖縄県三線製作事業協同組合とのコラボということで、三線職人さんによる三線のメンテナンスや、沖縄県外ではなかなか目にすることの出来ない三線七型の展示、三線に対する熱い想いが聞ける講話など、楽しいイベントが盛りだくさんです👍琉球王府時代の三線と現代の三線との聴き比べコーナーで、私もちょろっと演奏します😊京都近郊にお住まいの皆さん、この機会に檀王法林寺へお越しください❗️入場無料ですよ〜👍

 「くろねこの短語」2019年10月10日ー関電の腐れ外道が辞任した。ここまで粘ってきたのが急に辞任って、永田町のどこからか脅されでもしたか・・・って妄想だけど。でもって、第三者委員会とやらを立ち上げて原発マネー・キツクバック事件の検証をするんだとさ。第三者委員会の委員長には元検事総長(但木敬一弁護士)が就任するそうだが、関電と関西検察の癒着は郷原弁護士が早くから指摘していたことで、果してどこまでやれるかねえ。そもそも、社内調査をしていた調査委員会の委員長ってのもヤメ検の弁護士で、これがなんと郵便不正事件で証拠改竄した時の大阪地検検事正で懲戒処分された小林敬だったんだよね。それを考えると、第三者委員会に期待なんておよそできないんじゃないのかねえ。
 そんなんだから、検察も動く気配がないんだろうね。関電の腐れ外道どもの参考人招致を自民党が拒否しているのも、第三者委員会でお茶を濁して、民間企業の不祥事ってことで済まそうって魂胆に違いない。当然、検察とも話がついてるんだろうね。へたに検察に動かれたら、稲田や世耕の献金の裏にある政治家と原発マネーの関係が暴かれかねませんからね。おっと、これも妄想です。最後に、辞任した電事連のドンでもある関電会長の八木誠って、読売テレビ放送の社外監査役でもあったんだってね。メディアともしっかりと結びついてるわけで、「原発やめたら江戸時代」ってのたまったキャスターがいたのも頷けるというものだ。

 「くろねこの短語」2019年10月9日ー(前略)でもって、「あいちトリエンナーレ2019」への補助金交付を中止した張本人である加計学園のポチ公・萩生君は開き直ってこんなこと口走ってます。「私から文化庁に何かを指示したりということはありません」「補助金を不交付にしたのは、申請者に不適当な行為が認められたことによるもので、この度の展覧会の再開の有無とは関係がないと考えている」「不適当な行為」って具体的に説明しやがれ、ってなもんです。文化庁は補助金交付中止決定について議事録はないって言ってるんだよね。補助金交付を決めた有識者委員会の委員のひとりは、こうした不透明なプロセスに抗議して辞任もしている。再開ですべてチャラにはなりませんよ。
 ところで、いまだに検察が動く気配を見せない原発マネー・キックバック事件なんだが、ネトウヨアイドル・稲田君に続いてゲッベルス気取りの世耕君もモンスター助役が関係していた原発工事会社から献金を受けていたってね。現時点では返金は考えていないって開き直っているけど、そのうちなんだかんだ理屈つけて返金することになるんじゃないか。関電・モンスター助役・吉田開発という原発マネー・キックバックの図式は、おそらくすべての原発立地地域にもあてはまるんじゃないのかねえ。そして、最後には政治家に原発マネーが流れ込む、ってのが原子力村の描いた絵図なのだろう・・・妄想だけど。

 「くろねこの短語」2019年10月6日ー(前略)「でもって、ヒョーロク玉・立花君と幸福の科学との関係が取り沙汰されているんだが、なんと信者だったことが判明したってね。幸福の科学は安倍自民党の別働隊なんだから、図式からいけばN国党は幸福の科学の別働隊ってわけか。いやはや、魑魅魍魎が跋扈する永田町は、ますます化け物屋敷の観を呈してきましたねえ。幸福の科学とくれば、文部科学大臣であらせせれるところの加計学園のポチ公・萩生田君だ。その加計学園のポチ公が、一度は頓挫した「幸福の科学大学」の認可に向けて奔走してるってね。加計学園に続く大学利権の始まりってことか。この男は骨の髄まで日本会議だから、前川喜平氏が指摘してきたように今後の文部行政は日本会議の理念が反映されたものになっていく危険は大ですよ。

 「くろねこの短語」2019年10月5日ー(前略)「お前が言うか」とつい突っ込みたくなる綺麗事を並べる厚顔さもいつもの通りなんだが、そんな厚顔さの中でも思わず「殴るぞ」とつぶやいてしまったのが、金子みすゞの詩の一節を引用して「みんなちがって、みんないい。」とのたまった時だ。「2人の力で駆け抜けよう」とプーチンに語りかけた恥ずかしいスピーチと同じ違和感というか背筋を冷汗が流れ落ちたのだった。おそらく、ペテン総理は、この一節が金子みすゞの詩からの引用ということを知らなかったんだと思う。なんの衒いもなく口にしてましたからね。こういう時には、「金子みすゞさんの詩の言葉を借りれば・・・」と礼を尽くすのが教養人というものです。
 こういう浅薄な男だから、憲法についても相も変わらずの無知をさらけ出してこんなことのたまってくれました。「令和の新しい時代、その先の未来を見据えながら、この国の目指す形、その理想をしっかりと掲げるべきときです」「その道しるべは、憲法です。令和の時代に、日本がどのような国を目指すのか。その理想を議論すべき場こそ、憲法審議会ではないでしょうか」ペテン総理の誤った憲法観の集大成みたいな言葉だね。憲法とは何か・・・その原点がそもそも歪曲されてるんだから、こやつの「改憲」がどれほど危険なものか、メディアはそこをしっかりと検証すべきなのに、無批判に垂れ流すだけなんだから、メディアもペテン総理の「改憲」に肩入れしているようものなんだね。
 そう言えば、一昨夜にはメディア各社の幹部と面談しているんだよね。臨時国会を前に、事前の打ち合わせでもしたんじゃないのか。こういうタイミングでメディア幹部がのこのこと政権トップと面談する国がどこにある。そんな中で、森友学園疑惑について、ペテン総理に猛省を促す決議をした大磯町議会の反骨精神は賞賛されるべきだろう。地方紙などの世論調査では内閣支持率が20%にも満たないところもあるそうだから、いまは微震だけどいずれ激震となってペテン総理の足元を襲うことになるかもしれない・・・なんて淡い期待をしてみたくなる今日この頃なのだ。最後に、香港では「覆面禁止法」が発令されたってね。歩行中にマスクをしていても職質されることがあるらしい。ペテン総理の目論む「緊急事態条項」とさも似たりと感じたのは、くろねこだけだろうか。

 「くろねこの短語」2019年10月3日ー関電の腐れ外道とモンスター助役、そして原発関連企業がグルになった原発マネーのキックバック事件に政治家の影がチラつかないのが不思議だと昨日のエントリーで書いたら、絶妙のタイミングで網タイツのネトウヨアイドル・稲田君の名前が浮上した。なんでも、モンスター助役が取締役を務めていた警備会社とその関連会社から150万円の政治献金を受け取っていたとか。さらに、関連会社の社長ってのは、後援会会長でもあったらしい。モンスター助役は「政界にも広い人脈」があるというのが売りだったそうで、ひよっとしたら網タイツのネトウヨアイドルが政権とつなぐ窓口になっていたのかもね・・・って妄想だけど。
 モンスター助役に関しては闇の部分も取り沙汰されているようで、原発マネーのキックバック事件は関電と地元ボスの関係という単純なものではなく、利権に群がる様々な組織が原発を食い物にしようと暗躍した結果なんじゃないのかねえ。原発ってのはエネルギー問題は口実で、実は利権のためだけの政策としてそもそもスタートのしたのかもしれない・・・おっと、これも妄想だけど。
 ところで、総務省事務次官上がりの日本郵政上級副社長が、NHK経営委員会に圧力かけた件を追及されてこんなコメントしやがりました。「まるで暴力団と一緒。殴っておいて、これ以上殴ってほしくないならやめたるわ、俺の言うことを聞けって。バカじゃねぇの」「放送行政に携わり、協会(NHK)のガバナンス強化を目的とする放送法改正案の作成責任者であった立場」と豪語する元高級官僚がこれだもん。そりゃあ、NHK会長が謝罪の文書を届けたりするわけだ。

「AERA dot.」10月3日ー森山氏が筆頭株主とされ、取締役を務めていた警備会社「オーイング」(本社・福井県高浜町)と、その関連会社の「アイビックス」(本社・福井市)が、自民党の稲田朋美▼元防衛相に献金していたこともわかった。アイビックスの吉田敏貢会長は稲田氏の後援会長を務めていた。稲田氏が代表を務める自民党福井県第一選挙区支部の政治資金収支報告書によると、アイビックスは2011、12年にそれぞれ36万円、吉田氏個人として11年に50万円を献金。オーイングも11、12年にそれぞれ12万円を献金していた。また、衆院議員の高木毅氏(福井2区)が代表を務める自民党福井県第二選挙区支部は、16年に警備費用としてオーイングに約19万4千円を支払っていた。
▲稲田朋美2005年(平成17年) 8月18日 - 自由民主党本部で、小泉純一郎首相から郵政民営化法案に反対した松宮勲衆議院議員への「刺客」候補として福井1区から自民党公認で総選挙に立候補することを要請され、受諾(同3日前に安倍晋三幹事長代理から要請受けていた)9月11日 - 第44回衆議院議員総選挙福井1区から立候補し、初当選。次点の民主党元職・笹木竜三とは373票差だった

 

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中山良哲氏の個展。昭和40年代(1965~1974年)の今帰仁古宇利島や国頭村比地、大宜味村塩屋で撮影した祭祀「ウンジャミ」の記録写真50点を展示する。




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南風原町組踊保存会 第3回定期公演 10月13日 9:00~22:00「南風の舞美らさ~伝統芸能の融和~」「最古の三線実演」(南風原中央公民館 黄金ホール等) 問い合わせ 南風原町組踊保存会(090-2718-0527) 協賛:なるみ堂ほか


2019年7月24日 なるみ堂のお客さん=Terry Hill さん(サンブカイ道場/ニュージーランド ワイカトで最も長く生き残っている武道センター 1981年以来 テリーヒルの下に設立)。


2019年4月24日ーなるみ堂のお客さん、京都の森さん、お孫さん、翁長良明氏


2018年8月18日ーなるみ堂のお客さん(空手マン・フランスのローレントさん)翁長良明氏/翁長良明氏、打ち紙を進化させる漢那用哲氏


漢那氏がいつも持ち歩かれている中国紙幣(下)と中国の打ち紙



2018年12月14日 なるみ堂 神谷明孝氏(左)の持ってきた「ターイユ」を前にして翁長良明氏/2019年1月13日 なるみ堂

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 東北関東大震災後の関西に出てみた。(東日本大震災 2011年3月11日午後2時46分、三陸沖で発生したマグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震により引き起こされた大災害。最大震度7の強い揺れと国内観測史上最大の津波を伴い、東北・関東地方を中心とする広い範囲に甚大な被害をもたらした。また、東京電力福島第一原子力発電所が被災し、放射性物質が漏れ出す深刻な事態になった。→知恵蔵)〇2019年(令和元年)7月9日時点で、震災による死者・行方不明者は1万8429人、建築物の全壊・半壊は合わせて40万4890戸が公式に確認されている。震災発生直後のピーク時においては避難者は40万人以上、停電世帯は800万戸以上、断水世帯は180万戸以上等の数値が報告されている。復興庁によると、2019年7月30日時点の避難者等の数は5万271人となっている。→ウィキ

 新城栄徳日記メモー1995年1月1日ー奈良東大寺大仏初詣/1月17日午前5時過ぎに京都で大きな揺れ。東大阪の息子に電話。午後2時23分電車で京阪淀から近鉄経由で布施。/1月24日、尼崎市の兵庫沖縄県人会事務所。沖縄県からのビニールシートが届いていたので配送を手伝う。息子名義で見舞金を贈ったとき宮城幹夫氏も来所し見舞金を贈られた。挨拶をした。1月30日、西宮からバスで三宮。午後8時に帰宅。1月31日、大正区へよって、阪神青木から東灘区へ。その後、息子も神戸へ。

 10・10那覇大空襲の日である。1944年7月のサイパン陥落。10月、アメリカ軍はフィリピンへの進攻作戦を準備。これに先立って、後方の南西諸島から台湾方面に散在する日本軍の拠点を、空母艦載機をもって攻撃した。10日の沖縄の大空襲はこの一環として行われたものとされている。このとき那覇市内の9割が消失して壊滅した。死者は255人以上にのぼった。大阪は翌年45年3月13日から深夜から翌日未明にかけてに最初の大阪空襲が行なわれた。同年3月23日には粟国島空襲、26日には慶良間諸島にアメリカ軍が上陸し沖縄戦が始まった。大阪ではその後、6月から8月にかけて空襲が行なわれた。これらの空襲で一般市民 10,000人以上が死亡したと言われる。それから60数年。未だにアメリカ軍は「トモダチ」としてオキナワ・日本に居座っている。何ら疑問も感じない日米両政府。それを容認する国民の感覚も分からない。今日まで核の傘、原発も容認してきた国民。これからも<しょうがないにゃあ>。


大阪の本・雑誌
 午後から大阪市天王寺区生玉町界隈を見学。法音寺は天王寺区の北部、建物は南面している。新しい本堂だが、古い屋根瓦がよく目立っている。1612年創建。1945年ー大阪大空襲により焼失。戦後再建された。画家上田公長の墓所でソテツもある。浄土宗圓通寺には俳匠の大江丸墓所。ソテツもある。大江は大坂出身。飛脚問屋・嶋屋の主人で、家業上諸国を旅したので、交際がきわめて広く、またたいへん筆まめで、そのうえ長寿でもあったので、残した紀行文や随筆、そして発句などは莫大な数にのぼる。作風としては京都の蕪村派の影響を受けているが、西山宗因や上島鬼貫の模倣をした作品もある。のちに江戸の大島蓼太に私淑し、著書においても蓼太を師として敬っている。
 生魂山齢延寺には幕末に私塾・泊園書院を興して活躍した儒者の藤澤東咳・南岳父子や、画家の鍋井克之、名刀鍛冶師の左行秀の墓がある。また、緒方洪庵、斉藤方策と並ぶなにわの3名医のひとり・原老柳ゆかりの老柳観音がある。やがて「いくたまさん」と呼ばれる難波大社 生國魂神社北門入り口に着く。鳥居をくぐって生玉北門坂をのぼる。神社本殿の脇には11社の境内社がある。一番右側の鳥居は「浄瑠璃神社」で、近松門左衛門や竹本義太夫など人形浄瑠璃(文楽)に成立に功のあった『浄瑠璃七功神』をはじめ文楽および女義太夫の物故者を祭神として祀られている。
 境内社の1つ「鴫野神社」。大坂城外鴫野弁天島にあった「弁天社」は淀君の崇敬が厚く、後に「淀姫神社」として祀られるようになったが、1877年に現在地に移転された。家造祖神社は、家造の祖神を祀り、建築関係者の崇敬が篤い。鞴神社は、鞴(ふいご)の神・鍛治の神を祀り、製鉄などの金物業界の崇敬が篤い。
 境内に井原西鶴像がある。西鶴は1680年、「生玉神社南坊」で一昼夜独吟四千句を興行した。後ろの碑は「南坊」の所在跡を示す石碑、「南坊」は明治初期の神仏分離の折、現在の中央区島之内に移転した法案寺の前身である。「米澤彦八の碑」に京都で露五郎兵衛によって始められた上方落語は、大阪では当社境内を舞台に米澤彦八が広めたとある。「八雲琴の碑」には「二つ緒の八雲の琴に神の世の しらべを移し伝え来にけり」と記され中山琴主(愛媛の人、文政年間出雲大社に参拝し神事を得て完成したと伝えられる、琴は二弦で「八雲琴」)を顕彰。
 1496年、本願寺八世蓮如上人が生國魂神社に接して『石山御坊(後の石山本願寺)』を建立したが、1580年、織田信長に屈し灰燼に帰した。1583年、豊臣秀吉が石山本願寺(現在の大阪城の二の丸周辺にあった)跡に大阪城を築城。そのため、神社に社領を寄進し社殿を造営。1585年に現在の鎮座地に遷されたと伝えられている。明治維新の廃仏毀釈によって境内にあった神宮寺が境外へ分散するなど境内は著しく変化したが、1871年、官幣大社に加列された。社殿は(明治45年)『南の大火』、1945年の戦災による消失、1950年の『ジェ―ン台風』による倒壊など幾度も被災と造営を繰り返し、現在の社殿は1956年(昭和31年)に建立されたものである。10月22日から神社参集殿で「出口王仁三郎耀琓展」が開かれるという。
 近松門左衛門の墓は菩提寺、尼崎・広済寺と、妻側の菩提寺の大阪・法妙寺に建てられ、共に夫婦の戒名が刻まれた比翼墓である。法妙寺は大空襲で焼失し大東市に再建され、後に墓だけが元の場所に戻された。近松の墓を見て、西鶴の墓がある誓願寺を訪ねる。戦災で本堂も繰りも焼けたため、一時途絶えた時期もあったが、毎年9月には「西鶴忌」が行われる。西鶴の墓は1887年を前後する頃、誓願寺境内の無縁墓に押し込められていたのが発見された。境内には、大坂に於ける私立学問所「懐徳堂」を140年余にわたり経営し、江戸時代大坂の文教の発展に貢献した、中井一族の墓がある。→稲垣國三郎にも『中井竹山と草茅危言』(大正洋行1943)の著がある。

大阪の本・雑誌
 誓願寺門前にプロレタリア文学を経て、転向。西鶴の浮世草子の作風に学んだ「市井事もの」を著し、時代の庶民風俗の中に新しいリアリズムを追求する独自の作風を確立した 武田麟太郎文学碑がある。この文学碑は武田の小説『井原西鶴』の一節が刻まれている。大阪市中央区上本町「東平公園」にある薄田泣菫の『金剛山の歌』の碑。詩は、作者が本長寺に仮住まいしていた頃、散歩の途中、朝日に輝く金剛山を見て、詠んだと言う。薄田泣菫(1877~1945)は岡山県生れ、24歳で大阪に出て文芸雑誌、詩集を刊し、象徴派詩人として名声を得た。 午後ー近鉄布施駅から鶴橋。近鉄駅改札のまん前にある「高坂書店」では数多くの在日コリアン関連の書籍が売られている。いわゆる「嫌中本」「嫌韓本」も意外に数多く揃えてあり「マンガ嫌韓流」といった山野某の本もある。私はブックオフで買った山野「在日の地図」で、日本の中のコリアンを見つめなおしている。鶴橋商店街はいつも見慣れているが、面白いのは、ガード下にも広がる市場の存在。闇市の世界をそのままに、という風景で八百屋、魚屋、肉屋、乾物屋、そしてキムチ屋、ありとあらゆる韓国食材が揃う、まさに日本の中の朝鮮。大阪の東の玄関口として戦前から発展してきた下町、鶴橋。大阪府は全国で最も在日韓国・朝鮮人が多く、人口は15万人。その多くが大阪市東部の生野区を中心としたエリアに住んでいる。生野区の人口14万人の4分の1に当たる、3万人程度が住んでいると言われる。
 明治、大正時代の大阪は、日本の急激な工業化に伴い大量の労働者が必要となり受け入れた。大阪は大大阪となる。現在の生野区や東大阪市、八尾市あたりには、朝鮮半島から出稼ぎをした人間が大勢住む事となった。終戦直後には210万人程度居たと言われている。その多くが京阪神に住んでいた。現在も在日韓国・朝鮮人の人口は60万人程度居るが、今では在日二世・三世がほとんどで、中には帰化をして日本人になっているものも多く、その実態を掴むのは不可能だ。
 鶴橋商店街を通っていつもは通らない反対の方向に行く。やがて大阪市生野区弥栄神社に出る。秋祭りの地車(ダンジリ)の手入れの最中であった。傍で子どもらが鐘と太鼓の練習をしていた(→「秋祭り」画像検索)。彌栄神社とはバス道ひとつ隔てて鎮座しているのが御幸森天神宮。仁徳天皇を主祭神とし、昔の東成郡猪飼野村の氏神、天皇崩御の後、この森に社殿を建立し、天皇の御神霊を奉祀して、御幸森と称したという。このバス道がかっては百済川だった。猪飼野は猪甘津と呼ばれ、 百済川には日本最初の橋が架けられたと言う。天神宮に沿って御幸通商店街がある。反対側に韓国式の立派な門、沖縄の守礼門と似かよっている。商店街は東西で3つの区画に分かれており、コリアタウン色が強いのが御幸通中央商店街。ほとんどの店舗がキムチ屋や肉屋、韓国料理店や屋台料理、民族衣装、それに韓国の音楽CDやDVDを売る店舗となっている。この商店街は大阪に永いこと住んでいるが初めて来た。

井原西鶴
西鶴は本名は平山藤五。大阪生まれ。貞門派の俳諧師としてはじめ鶴永と名乗る。『生玉万句』(1673)を契機に談林派に転じ、西鶴と号す。オランダ流と評された前衛精神で1日に2万3500句もの独吟(矢数俳諧)を成功させる一方、浮世草子の処女作『好色一代男』(1682)が評判をよんだこともあり、発展途上の大坂の出版界と並走して二十数編の浮世草子を手掛けた。好色や金銭という装置を通して巧みに世の人心を汲み上げる才能は抜群で、八文字屋本などの後続作に多大な影響を与えた。代表作は『好色五人女』『好色一代女』『本朝二十不孝』『日本永代蔵』『世間胸算用』などがある。
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□西鶴の墓は誓願寺にある。(大阪市中央区上本町西4-1-21)/1979年11月 桝井寿郎『井原西鶴』カラーブックス保育社


□井原西鶴像(大阪市天王寺区・生國魂神社)

 末吉麦門冬の甥・佐渡山安治と文通で親交があった森銑三によると、西鶴作であることが明記されているのは『好色一代男』のみであること、また『一代男』とそれ以外の浮世草子の文体の違いなどから、西鶴自身が執筆したのは『一代男』ただ一作のみであり、他は監修であると唱えた。森説は近世文学研究者の間ではほとんど無視されており(後に中村幸彦らによって再評価されたが)、『新編 西鶴全集』(勉誠出版、2000-2007年)『決定版対訳西鶴全集』(明治書院、1992-2007年)でも採用されていない。(→ウィキ)、また、1910年、沖縄県立沖縄図書館開館にあたって麦門冬は『西鶴全集』『蜀山人全集』などを寄贈した。

□大田 南畝(1749年4月19日~ 1823年5月16日)は、天明期を代表する文人・狂歌師。漢詩文、洒落本、狂詩、狂歌などをよくし、膨大な量の随筆を残した。勘定所幕吏として支配勘定にまで上り詰めたが、一方、余技で狂歌集や洒落本などを著した。唐衣橘洲(からころもきっしゅう)・朱楽菅江(あけらかんこう)と共に狂歌三大家と言われる。南畝を中心にした狂歌師グループを、山手連(四方側)と称した。名は覃(ふかし)。通称、直次郎、七左衛門。別号、蜀山人、玉川漁翁、石楠齋、杏花園。狂名、四方赤良。また狂詩には寝惚先生と称した。1801年(寛政13年)、大坂銅座に赴任し、大坂在住時から「蜀山人」の号を使い始めた。号の由来は、銅の異名を「蜀山居士」と言ったことから。大坂滞在中、物産学者・木村蒹葭堂や国学者・上田秋成らと交流する。(→ウィキ)

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古堅哲氏の書簡/新城栄徳作「才賀藤吉を主にした沖繩電氣株式會社/沖繩電氣軌道株式會社の流れ」

沖縄の電力事業史の本に1981年9月発行の古堅哲『うるまの灯ー沖縄の電力事業史』財団法人・日本電気協会がある。著者の古堅哲氏は1926年7月15日に名護市の屋我地島で生まれた。2013年2月4日に亡くなられた。著に1996年『ゴバン型集落 済井出村の源流』がある。98年に『達姓(大宗家)古堅・世系図』を発行しておられる。
1915年8月1日の『琉球新報』に「沖縄電気株式会社取締役社長・才賀藤吉 病気のところ昨夜死去」記事がある。才賀藤吉の名前は古堅哲さんの『うるまの灯ー沖縄の電力事業史』で知った。今はウィキで才賀藤吉の経歴や沖縄電気は詳しく知ることができる。「才賀 藤吉(さいが とうきち、1870年8月7日(明治3年7月11日) - 1915年(大正4年)7月29日は明治末期から大正初期にかけて活躍した実業家、代議士。各地の電気会社や鉄道会社の経営に参画し、電気王と称された。」

才賀藤吉、その書簡/1913年『日本紳士録』


1915年7月30日『大阪朝日新聞』「才賀藤吉氏逝く」


1983年11月 金城功『近代鉄道沖縄の鉄道と海運』ひるぎ社

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上田正昭さんが沖縄に来られたとき写真に収まってもらった。ご本人の著書は1971年末からの付き合いである。

 京都丸太町の古書店で『立替え立直し』(1971年5月)を買う、梅棹忠夫・上田正昭の対談「出口王仁三郎における変革の思想」が載っていた。上田正昭は何かと大本には縁がある。当時、京都で発行されていた『日本のなかの朝鮮文化』の執筆常連でもあった。沖縄との関わりも深い。私も朝鮮文化社にはよく遊びに行き、編集室奥の部屋で鄭詔文さんのコレクション、李朝の白磁などの陶器を見せてもらったりした。このコレクションが後の高麗美術館とつながる。
 前出の『立替え立直し』の発行は亀岡の大本本部天恩郷で、ちょうどそこには沖縄から金城ひろこさんが奉仕活動に来ていることを京大付属病院保健課の大城敬人さん(現・名護市会議員)の話で知り訪ねた。都沖青の一環で亀岡の渡文や大本亀岡本部はよく訪ねた。本部から離れたところに王仁三郎の生地瑞泉郷がある。大本本部の大本資料室で王仁三郎の沖縄訪問時の資料、王仁三郎扮する七福神や神々の写真パネルを見た。王仁三郎手製の楽焼の茶碗も見た。本部では茶道、八雲琴の演奏なども聴いた。
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『日本のなかの朝鮮文化』朝鮮文化社(鄭 詔文)

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1973年3月ー『琉球の文化』第3号□広告に朝鮮文化社がある。


1974年1月『東アジアの古代文化』創刊号 大和書房 江上波夫+鈴木武樹「辰王朝に倭国王の出自を探る」/国分直一「南島古代文化の系譜」/佐々木高明「南島根栽農耕文化の流れ」〇歴史雑誌。鈴木武樹が創刊を提案し初代編集長をつとめたが、多忙のため4号で降板した。鈴木武樹は1934-1978 昭和時代後期のドイツ文学者,社会運動家。昭和9年8月11日生まれ。38年明大講師,50年教授。小田実(まこと)らと交遊。ベ平連などの平和運動,プロ野球選手のための生活相談所開設,東アジアの古代文化を考える会などの市民運動にかかわる。昭和53年3月27日死去。43歳。静岡県出身。東大卒。訳書に「ジャン=パウル文学全集」(1,2,6巻)など。→コトバンク /1974年、近鉄沿線の駅で鈴木武樹さん、鄭貴文さんと会う。


備仲臣道『蘇る朝鮮文化ー高麗美術館と鄭詔文の人生』明石書店〇著者はあとがきの末尾に「1941年、日本の植民地朝鮮の大田に侵略者・日本人の息子として生まれてしまった私の、本来なさねばならぬ仕事のほんの一部がいま出来たという思いのほかになにもない。」と記している。/1966年3月 鄭貴文『民族の歌』東方社/1987年3月 『日本の中の朝鮮民芸美』朝鮮文化社〇1963年3月、東京で鄭貴文主宰で『朝陽』が創刊された。その第二号には霜多正次が「学生時代の金史良」を執筆。この雑誌は総連の圧力で廃刊となった。

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 猪瀬聖2019-9-29 日本は余剰農産物のはけ口?米国の消費者は、自国産の安価な牛肉にそっぽを向き、安全で健康イメージのある有機牛肉や外国産のグラス・フェッド牛肉を好んで食べる傾向を強めている。その結果、そっぽを向かれ、行き場を失った牛肉が日本に向かう。今回の日米合意は、ややひねくれた見方をすれば、そんなふうに見ることもできる。
 日米両政府は8月末にも、安倍首相とトランプ大統領の首脳会談で、米国産の余剰トウモロコシを日本が緊急輸入することを決めている。この余剰トウモロコシは、やはり米国の多くの消費者が購入を避けている遺伝子組み換えトウモロコシだ。「日本は米国の余剰農産物のはけ口にされている」という指摘は、終戦直後からたびたび耳にしてきたことだが、令和の時代になっても、その図式はあまり変わっていないようだ。

 「くろねこの短語」2019年9月29日ー(前略)そんな余韻を残しながら日曜の朝刊を開けば、なんとNHK経営委員会に圧力かけた日本郵政副社長ってのは総務省出身で、放送行政を所管する部署の責任者だったそうだ。そりゃあ、NHKにプレッシャーかけるのはお手の物なはずだ。道理で、化粧崩れの出戻り総務大臣が早々に「放送法違反ではない」って啖呵を切るわけです。ここでも、み~んなお友だちってことなんだね。しかも、この総務省出身の副社長は、NHK会長に厳重注意した経営委員会宛に感謝の文書まで送ってましたとさ。いかに下衆なことをしているかという後ろめたさなんてのはカケラもないんだね。こういうのを腐れ外道と言います。
 腐れ外道とくれば、原発マネーのキックバックをポッポに入れていた関電幹部だ。「一次保管」だなんて盗人猛々しい言い訳を社長がしていたと思ったら、今度は元電事連会長で現在も関電会長の八木誠が共同通信の取材にこんなコメントしやがりました。「常識を超える物品を持ってこられ、当然お断りしたが、時には激昂されたため返せなかった」ははは、まるでヤクザに脅されましたと言ってるようなもんだ。「激昂された」から物品を受け取ったってことは、何かにつけて頼み事されても断れるはずがない。だからこそ、原発受注した建設会社は5年間で売上が6倍という急成長を実現できたってことだ。関電→建設会社→助役→関電という金の流れがずっと続いてたのは明らかで、政治家ではないから贈収賄は成立しないけど、「取締役等の贈収賄罪」ってのがあるそうだから、検察はいますぐにでも動いてみやがれ、ってなもんです。

 講談社「クーリエ・ジャポン」9月29日ー1986年のチェルノブイリ原発事故に迫った米HBOのドラマ『チェルノブイリ』の日本での放送がスターチャンネルで9月25日から始まった。第71回エミー賞で、エミー賞リミテッド・シリーズとしては今年最多受賞となる10部門で受賞したことからも分かるように、アメリカで絶賛されたドラマだ。しかし、ドラマの人気を受けてチェルノブイリへの観光客が急増。現地の旅行会社もこれに乗じて「放射能アイスクリーム」や「チェルノブイリ空気缶詰」などを売り出し、原発事故跡地が「テーマパーク化」していると、米紙ワシントン・ポストが伝えている。∑ヽ(ヽ´Д゜;) ヒェェェエエ!!!

 『産経』2013-3-13-衆院予算委員会は13日、東日本大震災からの復興に関する集中審議を行った。安倍晋三首相は、野田佳彦前政権が平成23年12月に表明した原発事故の「収束宣言」に関し「地域の話を聞けば政府として収束といえる状況にない。安倍政権として収束という言葉を使わない」と述べ、事実上撤回する考えを示した。茂木敏充経済産業相も「福島第1原発は冷温停止の状態にあるが、廃炉も含めたすべての課題が解決したようにとられかねない」とし、首相と歩調を合わせた。

 『朝日新聞』2011-12-16-野田政権は16日の原子力災害対策本部で、東京電力福島第一原発の事故収束に向けた工程表ステップ2(冷温停止状態の達成)の終了を確認した。野田佳彦首相は記者会見で「発電所の事故そのものは収束に至ったと判断される」と事故収束を宣言した。

 『日刊ゲンダイ』9月27日ー歴史修正と排外主義のおおもとをなす「日本会議」の実態/パソコンやスマホから簡単に情報を得られる便利な世の中になった。多くの大人はネット右翼の発言や書き込みに眉をひそめるだろうが、何度も聞くうちに保守思想に陥る人も出てきてしまう。泡沫だった右派ポピュリズムの政党が国会に議席を得ているのも事実で、それをメディアが扇動することだけはあってはならない。

 『毎日新聞』9月27日ー( N国党)党首が、増加する世界人口への対応に関し「ものすごくおおざっぱに言えば『あほみたいに子供を産む民族はとりあえず虐殺しよう』みたいな」と発言していたことが27日、分かった。動画投稿サイト「ユーチューブ」で公開された対談で語った。直後に「やる気はないけど」とも付け加えた。

 「弁護士ドットコム」9月26日ー元大阪市長で、弁護士の橋下徹氏が、有田芳生参院議員から名誉を傷つけられて、精神的な苦痛を受けたとして、慰謝料500万円を求めていた訴訟で、最高裁は、橋下氏側の上告を棄却する決定を下した。〇知事の任期途中で大阪市政に転じた橋↓市長は2012年度、リバティ(大阪人権博物館)の廃止を検討中と宣言し、年度途中から予算の2割削減に踏み切った。のみならず2013年度、大阪府・市はついに補助金を全廃する。→『現代の理論』


 『しんぶん赤旗』9月27日ー松井大阪市長にノー「原発汚染水放出」 市役所前で抗議(写真)「大阪湾は市長や知事のものではない」と訴える参加者ら=25日、大阪市役所前 大阪市の松井一郎市長(「大阪維新の会」代表)と大阪府の吉村洋文知事(同代表代行)が、東京電力福島第1原発事故による放射能汚染水の大阪湾への放出を受け入れる旨の発言をしたことに、「とんでもない発言にノーを突き付けよう」と「大阪湾に放射能汚染水の放出を許さない会」が25日夕、大阪市役所前で声を上げました。

 『しんぶん赤旗』9月25日ーカジノを中核とする統合型リゾート(IR)の誘致を目指す自治体と日本進出をねらう海外カジノ事業者による利権争奪戦が激化しています。そんな中、カジノの設置を国に認可された都道府県・政令市が、カジノ導入後に撤退を望んでも、事業者側との訴訟リスクなどから後戻りは不可能な仕組みになっていることが明らかになりました。大阪府・市は19日、事業者を対象にした大阪カジノのコンセプト募集に応じたのが(1)米ラスベガスのカジノ業者MGMとオリックスの共同事業体(2)マレーシア資本のゲンティン(3)名称非公表希望の事業者―の3者であったことを公表しました。他方、カジノ誘致を正式表明した横浜市をめぐっては米・ラスベガス・サンズ、香港資本のメルコリゾーツが、大阪からの撤退と横浜進出へのシフト換えを公表しました。

 『琉球新報』9月26日ー宜野湾市議会(上地安之議長)の与党会派は、米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設促進を求める意見書案を27日の本会議に提案する。〇スウェーデンの16歳の少女、グレタ・トゥーンベリさんは「気候行動サミット」で「あなたたちが議論しているのはお金や永遠の経済成長というおとぎ話だけ。許せない!」と世の大人たちを糾弾したが宜野湾市議会は辺野古の美ら海を破壊し、地球温暖化促進に加担するのか!!。明日の新聞は後世に残るように賛成した議員の名前をはっきり刻印すべしだ!

 『朝日新聞』9月25日ー奈良県の荒井正吾知事は25日の定例記者会見で、世界遺産が集中する奈良公園周辺で渋滞が深刻化していることに関連して「(問題の)根本は(東大寺の)大仏殿だけ見て帰る人たち。来なくていい」と発言した。その後、「修正し、取り消します。書かないように」。

  「くろねこの短語」2019年9月25日ー(前略)日本の安倍総理は出席せず、代わりに小泉環境大臣が参加。口だけの進次郎が゛「気候行動サミット」では、スウェーデンの16歳の少女、グレタ・トゥーンベリさんに注目が集まっているが、この男には発言の機会すら与えられてないんだね。だからこそ、ちょっとした記者の質問にも真摯な態度で、なるべく具体的に答えなくてはいけないのに、こんな阿呆な答えが返ってくるんだから、さすがに呆れます。「今のままではいけないと思います。だからこそ、日本は今のままではいけないと思っている」はあ~、ってなもんです。久しぶりに、「クルクルパー」って言葉が頭をかすめちまいました。ところで、グレタ・トゥーンベリさんは「気候行動サミット」で「あなたたちが議論しているのはお金や永遠の経済成長というおとぎ話だけ。許せない!」と世の大人たちを糾弾してくれたんだけど、この言葉はそのまま初老の小学生・ペテン総理とその不愉快な仲間たちにぶつけてやりたいものだ。原発、少子化、年金etc・・・ペテン総理一派を筆頭に世襲政治屋どものやらかすことすべてにあてはまる後世に残る箴言だろう。


〇違う意味で存在感を発揮しましたね。 日本の恥。〇つい妻を思い出して〇セクシーに気候変動問題に取り組みたいなら、まず は辺野古新基地建設を止めること。地球上で最もよくCO2を吸収するのはサンゴ。大浦湾には長さ50m、幅30m、高さ12mの巨大な青サンゴ群落があり、息を飲む美しさだけでなく、地球温暖化を食い止める重要な役割をも果たしている。セクシーにサンゴを守ろう。→親川 志奈子


 『福島民報』2019-9-29-終わりにもう一つ。二十五日、日米貿易協定に両首脳は署名した。安倍首相は両国が「ウィンウィンの関係」で合意したもので、今後の経済の発展に大いに資するだろうというようなことを述べたが、これに対してトランプ大統領は大満足の様子で発言しているのは当然である。日本にとっては牛肉や豚肉の問題では大きく譲歩し、自動車の関税問題は先送りにされた。アメリカには卑屈に、韓国に対しては居丈高にの姿勢は国際的に評価されないだろう。(小島美子、国立歴史民俗博物館名誉教授、福島市出身)

 ●「くろねこの短語」2018年8月14日-(前略)それにしても、このところのオリンピックならなんでもありっていう風潮はほとんど国民総動員みたいなもんですね。それをまた新聞・TVが煽りまくるんだから暑苦しいことこの上ない。それもこれも、メディアがオリンピックのスポンサーになってるからなんだね。そんなんだもの、批判的な記事なんか書けるわけがない。夏の甲子園がどんなに球児にとって過酷であっても、主催している朝日新聞が省みることがないとのと同じです。
 ところで、阿波おどりがなにやら揉めているようで、どうやら徳島新聞が利権を抱え込んでいるのが原因らしいとか。そんな騒動の中、中止命令も意に返さず総踊りが決行されたんだが、「踊る阿呆は政治権力に屈しない」(阿波おどり振興協会理事長)とはお見事!
 最後に、昨日は亡くなった翁長沖縄県知事の告別式が行われ、鳩山ポッポや在日米海兵隊トップのエリック・スミス中将など、敵も味方も関係なく多くの弔問客が訪れた。沖縄が悲しみに包まれている時に、初老の小学生・アベシは何をしていかというと、かき氷を食べながらご満悦。それをツイッターでお披露目するという無神経さだ。こういう時くらいは、故人を偲んで哀悼の意を示すのが、政治家というより人としての謹みだろうに・・・。



‎阿部 浩美‎―いいねうるま市の皆さま、こんばんは✨すっかりご無沙汰しております。今日は鶴見ウチナー祭第四回に行ってきましたーーー😆
まさか地元鶴見で沖縄ぜんざいを食べることができるなんて😆うれしい✨💕沖縄そばにタコライス、じゅーしー、サーターアンダギー、にんにくかまぼこ、パイナップルマンゴー氷、ポークランチョンミート、シークワーサー果汁…ついでにブラジルのコロッケ「コシーニャ」、生麦の「穴子一本揚げ」とお腹いっぱい‼️お天気も良く楽しい休日になりました😆

‎佐竹美也子‎2019-9-23いいねうるま市ー昨日と今日は横浜市鶴見区の入船公園で「ウチナー祭」が行われました😊屋台が出店してステージでは歌が披露されました心配してた雨も降らず楽しい1日でした❗

 水島朝穂エッセイ  直言 安倍政権が史上最長となる「秘訣」――飴と鞭(アベと無知)2019年9月23日ー安倍政権では、災害のたびに、同じことが繰り返されている。くどいようだが、記憶を呼び起こしていただきたい。「平成26年豪雪」(2014年2月)の時は高級料亭で天ぷら、広島の豪雨災害の時はゴルフを中断せず(同8月)、熊本大地震(2016年4月)の時は、酒を飲んだ後の赤ら顔でぶら下がり記者会見、大阪府北部地震(2018年6月)の際は赤坂の料亭で高級しゃぶしゃぶ、西日本豪雨(同7月)の時はご存じ「赤坂自民亭」、台風21号(同9月)の時は、総裁選のための新潟訪問。北海道胆振東部地震(同9月)の時も「やってる感」を懸命に演出していた(直言「大災害と「大災相」」参照)。この首相は大規模災害における対応がまったくなっていない。この点、トランプも似た者同士で、9月1日の大型ハリケーン「ドリアン」の対応を理由に、ポーランドでの第二次世界大戦開戦80周年式典を欠席。ゴルフを楽しんでいるのをCNNがスクープした。


 赤坂自民亭事件(あかさかじみんていじけん)とは、平成30年(2018年)7月5日夜に首相の安倍晋三や自民党議員ら約50名が東京・赤坂の議員宿舎で開いた宴会のことである。豪雨警戒の夜であるにも関わらず宴会を開催し、この初動対応の問題が平成30年7月豪雨における被害の拡大につながった。


RANKO2019-9-19/やく・みつる2019-9-22

 「くろねこの短語」2019年9月20日ーある程度予想していたこととはいえ、ここまで司法が政府の原子力政策を忖度するような判決出すとは・・・。判決の中で、重要なポイントがふたつあって、ひとつは「大津波が予見できたかどうか」なんだが、これについては東電の子会社が「政府の地震調査研究推進本部が公表した地震予測(長期評価)を基に最大15.7メートルの津波が原発に襲来する可能性がある」という試算を提出していたんだね。(略) ああ、それなのに、裁判所は「資産の根拠となった国の『長期評価』に信頼性がなかった」と切り捨てちまった。国の「長期評価」に信頼性がないってんなら、たとえば南海トラフ巨大地震の予測だって無意味なことになっちまう。それこそ、「信頼性がない」という合理的な説明をしてみやがれ、ってなもんです。
 そして、もうひとつのポイントが、「あらゆる可能性を想定し、必要な措置を義務づければ原発の運転はおよそ不可能になる」っていう、原発に求められる高度な安全性を否定するかのような言い様だ。「絶対的安全性の確保まで前提としていなかった」とまで踏み込んでるんだが、ほとんどペラっペラな判決文ですね。「絶対的安全性の確保」を前提としなくていいなら、どんな些細な事故だって責任とらなくていいってことになちまう。これはもう、完全無罪にもっていくための三百代言以外の何ものでもありません。少なくとも、大津波の可能性は認識していたんだから、そのための措置をとるのは最低限の義務だったはずで、そこをねぐっちゃったんだからこれからどんな事故が起きても企業の幹部が有罪になるなんてないに違いない。ところで、判決の日の朝に、初老の小学生・ペテン総理は大谷最高裁長官と面談してるってね。判決とは関係ないって言うんだろうが、怪しいものだ。

 「くろねこの短語」2019年9月18日ー台風15号の被害は千葉だけでなく、神奈川県や伊豆諸島でも大変なことになっている。それなのに、初老の小学生・ペテン総理には、まったく危機感というものがないようだ。そんなんだから、この緊急事態の最中に、自衛隊高級幹部を前にこんな馬鹿な訓示ができるんだろう。「来年、航空自衛隊に『宇宙作戦隊』を創設する。『航空宇宙自衛隊』への進化も、もはや夢物語ではない」これほどの無神経だからこそ、台風15号災害対応に予備費から13億円なんていう涙金を拠出するくらいで威張っていられるんだね。馬鹿言うんじゃないよ。ポンコツステルス戦闘機「F35」は1機147億円もするってのに、いま目の前にある危機にはたった13億円かい。何かが狂ってる。
 何かが狂ってるとくれば、大阪のチンピラ市長・松井君も人語に落ちない。なんとまあ、福島第一原発事故の汚染処理水を「処理水は海の環境や人体に影響ない、ただの水」だから大阪湾に放出しようだとさ。汚染処理水の安全性については、その科学的根拠をめぐって異論続出なんだよね。現状では、チンピラ市長の言うように「ただの水」なんかではないことは事実だ。そもそも、「ただの水」なら大阪湾に放出するまでもないことで、ようするにこやつの親分であるお子ちゃま弁護士・橋↓君が知事時代に「大阪に基地を」ってほざいたのと同じパフォーマンスにしか過ぎないってことだ。大阪府のゴロツキ知事も、チンピラ市長に追随するようにこんなツイートしている。でも、、大阪湾は大阪のものではないんだよ。海は世界に通じてるんだからね。それもわからないんだから、こいつらの口にする「科学的根拠」ってのがいかに薄っぺらいかわかろうというものだ。

 〇橋下市長の実父がヤクザというのが『週刊朝日』で報じられていたが、1990年代の大阪は市民レベルを反映しヤクザ事務所が彼方此方に有った。橋下市長が記者にトヤカク書かれる筋合いは無い。「カジノ資本主義」(金を動かすだけで儲けること。 何の生産性もないためカジノ(ギャンブル)と本質は変わらない。 その投機によって食料や燃料が高騰し世界中の人が苦しんでいる。)と いうのがあったが、なんでも2025年の大阪万博を機に世界最大級の「カジノ」が出来ると謂う。かつて森喜朗元総理が1988年4月、自民党京都府連主催の政経文化懇談会で「大阪人は金儲けばかりに走り、公共心も選挙への関心もなくした。低俗な風俗産業も必ず大阪から生まれるなど、眉をひそめることが多すぎる。大阪人には道を作るにも公共用の土地を提供する気持ちがない。言葉は悪いが痰壺だ」と発言。宜なるかなである。

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1971年8月 沖縄の雑誌『青い海』夏季号 「自衛隊の沖縄配備をめぐって」


”自衛官への道〟を選んだ若ものたち〇そのうちの若もの父は、佐野真一の著作に詳しく紹介されているが、右翼団体の代表・・・・本誌編集部

高校生は発言する

自衛隊・沖縄配備の青写真〇自衛隊の”沖縄上陸〟が成功しても、将来、沖縄を二度と”日本の防衛„に利用すべきでない。・・・鍛治壮一・毎日新聞記者→1956年(昭和31年)東京大学教養学部卒業後、毎日新聞社に入社。東京社会部記者として1965年(昭和40年)から航空担当となる。その後、サンデー毎日編集次長に就任。社会部編集委員などを歴任した。1985年(昭和60年)に同社を退社し、ジャパンタイムズ編集委員を経て独立。航空に関連する記事執筆を専業とするライターとなり、防衛・航空問題を専門とする。ほか、通産省委員など歴任した。ウィキ
沖縄返還と自衛隊・・・久住忠男・軍事評論家→くすみ-ただお1908-1993 昭和時代の軍人,軍事評論家。昭和4年海軍にはいり,20年中佐として南方軍総司令官寺内寿一(ひさいち)のもとで参謀をつとめる。28年から評論活動をはじめ,43年首相の諮問機関沖縄基地問題研究会の座長。本土なみの沖縄返還や核軍縮を主張した。平成5年12月21日死去。85歳。徳島県出身。海軍大学校卒。著作に「海軍自分史」など。コトバンク
沖縄防衛計画と、その意味するもの〇その強大化された日本の軍事力も”核〟を持たねば世界のベスト3には参列できない。・・・小山内宏・軍事評論家→1916-1978 昭和時代後期の評論家。小山内薫の次男。戦前,フィリピンのセント-トマス大に留学。戦後六○年安保を契機に反戦・平和の立場からの軍事研究・評論を展開する。「ヴェトナム戦争」「アメリカはなぜ勝てないか」などをかいた。東京出身。旧制成城高卒。コトバンク
沖縄デー 特設授業の周辺と若者の自衛隊観・・・大城勲・豊見城高校教諭
祖国・国家とはなにか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・桑江良逢

 〇『青い海』夏季号が読者に着いたころ、長髪の関広延さん、津嘉山政栄さんに出会うと「何だ、今度の特集は」と言われた。「僕は編集にはタッチしてませんが、津野編集長に言うときます」と応えた。関さん、津嘉山先生は、どちらも教員だから国の洗脳には敏感だ。関さんはこれを機に『青い海』に注目し始めた。
津嘉山政栄ー大阪で沖縄青年運動にも援助をおしまない人であった。大教組の関広延さんと行動を共にしていた。
1968年10月ー『大阪・沖縄県人屋良さんを励ます会ニュ-ス』第号(発行責任者・津嘉山政栄)/
1971年4月『沖縄差別』第1号□津嘉山政栄「大阪沖縄県人会『沖縄県人は訴える』を考える」、伊差川寛「醜い沖縄県人会」
/1971年8月『沖縄差別』第2号□津嘉山政栄「沖縄返還同盟の声明を考える」、金城良明「沖縄差別とわたし」/
1972年9月『解放教育』№15□津嘉山政栄「在阪・沖縄出身者の子弟の教育を考える」/
1976年2月ー全国解放教育研究会『沖縄の解放と教育』明治図書出版□津嘉山政栄「ウチナーンチュとして生きてきて」「在阪・沖縄出身者の子弟の教育を考える」、本村周広「山口重光君『事件』と沖縄差別」



『MAMOR』106号~108号ー 防衛省が編集協力しているからできる肉薄取材で、その活動内容と、自衛官の素顔に迫る、わが国唯一の自衛隊オフィシャルマガジン。




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2019年9月 俳句同人誌『天荒』64号 編集・発行人 野ざらし延男 〒904-0105 北谷町字吉原726番地の11 電話・FAX098-936-2536
〇編集後記ー地球温暖化による異常気象が続いている。フランスでは過去最高温度の45・9度を記録。アフガニスタン、南アフリカ、モザンビークなどの世界各地(日本も)で、豪雨、洪水、土砂崩れ、サイクロンなどの被災が拡大している。地球温暖化の原因は二酸化炭素の排出。石油や天然ガスに比して多く排出するのが石炭。カナダ・英国・フランス・ドイツなどは廃絶の方向性を打ち出したが、日本は石炭への依存度が強く、建築中の火力発電所が17基もある。日本は世界の地球温暖化対策に逆行している。(延男)




1981年4月 野ざらし延男『沖縄俳句総集』「末吉麦門冬」/「原田紅梯梧」/「山田真山」

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野ざらし延男(同人)の本

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2019年9月19日沖縄県立博物館・美術館 沖縄美ら島財団事務所  /ジェームズ君、大湾ゆかりさん

2019年9月18日琉球芸能研究家・ジェームズ君/2016年7月5日~10日 那覇市民ギャラリー「核も基地もない みどりの沖縄を!沖縄平和美術展」


2016年7月3日 琉球サンロイヤルホテル「沖縄奄美連合会 定期総会/懇親会」/琉球芸能研究家・ジェームス君(James Rhys Edwards, https://ucla.academia.edu/JamesRhysEdwards)、窪田めぐみさん(沖縄県立芸大)


2016年8月3日『沖縄タイムス』ジェームズ・リース・エドワーズ「外来者の見た琉球芸能ー大新城忠勇伝 上」

2012年6月23日「いとまんハーレー」

本日は慰霊の日なので糸満のハーレーを英語塾の仲里正雄氏、ポール氏ファミリー、ジェームス君(James Rhys Edwards, https://ucla.academia.edu/JamesRhysEdwards)と同行し見物。正午には皆で黙祷した。

Koji Cozy Nakada Requio

Aleksey Tsykarev9月14日 ーDuring Q&A session received a lot of questions about the impact of language revitalisation initiatives in Karelia and around the world, what business can do to help indigenous languages, how to make languages borders and how to motivate youth.
Q & aセッションでは, カレリアと世界中の言語revitalisationイニシアチブの影響について多くの質問を受けました. どのビジネスが先住民の言語を助けることができますか, 言語の国境を作る方法と若者のモチベーションを高める方法.


2016年11月3日ー我が家に関西からの来客ー左から喜屋武千恵さん、新城栄徳、Koji Cozy Nakada Requio/左から大城尚子さん、新城栄徳、Koji Cozy Nakada Requio

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2019年9月8日(日)12:00スタート 「第45回エイサーまつり」 場所 大正区千島公園グラウンド
アクセス JR「大正」または大阪メトロ「大正」駅より バス停②番乗り場から乗車大正区役所前 下車スグ ※駐車場はありません。
協力 大阪市大正区役所・株式会社ナンセイ・YAKARAZA ADD STUDIO
後援 沖縄県大阪事務所・沖縄観光コンベンションビューロー・大阪沖縄協会・大阪沖縄県人会連合会・沖縄県人会兵庫県本部
主催 がじまるの会・エイサー祭り実行委員会 お問い合わせ:関西沖縄文庫 大正区小林東3-13-20 TEL/FAX 06-6552-6709


Futoshi Moromizato
大阪市大正区で行われた大正エイサー祭りに玉城デニー沖縄県知事が登場。ステージで弾き語り2曲披露した。玉城デニー知事は全国キャラバンを展開中で「トークキャラバン in 大阪」が大阪沖縄会館で行われる。玉城知事の同志「れいわ新選組」の山本太郎代表も北海道を皮切りに、全国キャラバンに乗り出すようである。知事の弾き語りや、「がじまるの会のエイサー」「京都琉球ゆう遊び会」「名桜エイサー・法政エイサー 」「大阪剛柔館 喜屋式道場 エイサー大雅琉鼓連 」「平敷屋エイサーたもつ会」「東京沖縄県人会青年部エイサー隊」はYouTubeで見られる。

 NHK9月9日ー玉城知事は、沖縄の過重な基地負担の軽減に向けて世論を喚起したいと各地を訪れていて、8日は大阪市内で講演した後、記者団の取材に応じました。この中で玉城知事は、6年前、当時の大阪市の橋下市長がアメリカ軍普天間基地のオスプレイの飛行訓練を大阪の八尾空港で受け入れることを提案したことに触れ、「今まで基地がないところが新たな負担を引き受けるのには必ず住民合意が必要になる。いくら橋下氏のようなカリスマ性のあるリーダーでも、住民合意がなければ難しい」と述べました。


Yusuke Nakamura


Futoshi Moromizato/Nackintosh R



Yusuke Nakamura

Yusuke Nakamura/Koji Cozy Nakada Requio

「第44回 エイサーまつり」中止/今回の台風21号の影響により千島公園内の樹木が倒木や枝折れなど危険な状態にあるので、公園事務所より使用許可取り消しの連絡があり確認し、中止を決定致しました。楽しみにされて居られた方々には大変申し訳御座いませんが、今後とも宜しくお願い致します。 第44回エイサー祭り実行委員会/2018年9月9日12:00-20:00 大阪市大正区千島グラウンド「第44回 エイサーまつり」主催ーがじまるの会・エイサー祭り実行委員会(関西沖縄文庫 TEL・FAX 06-6552-6709)

 
大濱 聡 2019年3月7日 ■4日放送のNHK「クローズアップ現代+ 〝フェイクニュース〟暴走の果てに~ある外交官の死~」。去年9月の台風21号の際、関西空港で約3,000人の旅行客が足止めにされた件をめぐるSNSへのフェイク投稿(中国大使館が専用バスを手配⇒実際は関西空港が手配)によって、批判にさらされた台湾の外交官が死に追いやられた出来事を検証した番組。
■蘇啓誠氏(台北駐大阪経済文化弁事処長)は前那覇分処長で、沖縄勤務は通算2回6年という沖縄が大好きな方だった。気さくな人柄で、私たちの飲み会にも気軽に参加してくれた。地元紙の「論壇」にも度々寄稿し率直な意見を開陳されていた。
■事実を確認せずに批判した台湾メディアや野党議員、そして一般の人々。SNSの情報を鵜呑みにするのは怖い。事実関係を確認せず安易にリツィートするのも要注意である。あれから半年経ってからの企画だが、事実を検証し教訓とした好番組であった。あらためて蘇氏のご冥福をお祈りいたします。

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2019年9月7日14:00~15:30 沖縄県立博物館・美術館 美術館講座室 講師・金城美奈子「金城安太郎展 ギャラリートーク」


入口で名古屋の阪井芳貴さん(左)と出会う。/金城美奈子「金城安太郎展 ギャラリートーク」






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2019年9月6日~ 11月4日 沖縄県立博物館・美術館「台湾 ~黒潮でつながる隣(とぅない)ジマ~」  
 台湾は人口約2300万人、沖縄最西端の島から111㎞の近い距離にあり、本県から最も近い外国です。特にアジアのなかでも沖縄の歴史や文化と深い関係があり、明治政府の「台湾出兵」から第二次世界大戦後まで日本による台湾統治の歴史が深く関係しています。
 本展示会では、まず台湾の歴史と住民について概観し、統治者の度重なる交代によって複雑な変転を遂げてきた台湾の歴史をたどりながら、近年急速な民主化を実現した経緯や背景を紹介します。また沖縄と台湾に関する刻まれた歴史の証跡、双方に見られる新しい文化の萌芽を紹介し、多様な民族と言語を有し、多様な文化を形成しながら発展する「隣のシマ」の歴史と文化を紹介します。→沖縄県立博物館・美術館




テープカットー玉城デニー知事、蕭宗煌・台湾文化部副大臣、王淑芳・台北駐日経済文化代表處台湾文化センター長、范振國・台北駐日経済文化代表處那覇分處長、張本光輝・琉球華僑総会会長、田名真之・沖縄県立博物館美術館長/川平朝清さん、豊見山愛さん

左から青山恵昭氏、陳宝来さん、伊波博茂氏(福爾摩沙・中国語同好会代表)/宮城鷹夫さん、川平朝清さん

「台湾展」で陳列されている敗戦先の印支西貢(サイゴン)から台湾に送られた軍事郵便葉書、表裏。1946年2月15付。日本軍、仏軍、米軍晴海GHQの各検印がある。



□川平 朝清(かびら ちょうせい、1927年8月30日 - )は、台湾台中市生まれ、沖縄県育ちの元琉球放送(RBC)アナウンサー、元沖縄放送協会・日本放送協会(NHK)役員。昭和女子大学監事。 [編集] 人物 愛称は「カビラ・キヨシ」。バプテスト派のクリスチャン(日本バプテスト連盟)。妻は米国人で、3人の息子は、ディスク・ジョッキー・タレントのジョン・カビラ、元日本マクドナルドマーケティング本部長の川平謙慈、俳優・タレントの川平慈英。(ウィキペディア)

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2019年8月30日『沖縄タイムス』文化欄「百名朝敏の人物像判明 北里蝋管収録『茶屋節』演奏」→言語学者の北里闌(たけし)(1870~1960年)が1920(大正9)年に沖縄本島や宮古、八重山で歌謡を中心に採録された「北里録音蝋管(ろうかん)」

『大典記念 沖縄人事興信録』「百名朝敏」(タイトルに県はない)装画・山田真山


那覇市史だより11世 百名朝起/写真 11世百名朝起ー十二世 五男・朝盛=オトの養子に朝敏。六男・朝計

1922年5月6日『沖縄朝日新聞』「家扶 伊是名朝睦、内事課長 伊波興庭は老体の故もって辞職、総監督の尚順男は引退。今後は護得久朝惟、会計課長百名朝敏が尚家家政を掌ることとなる。」

鎌倉方太郎第1回「琉球芸術調査事業」(1924[大正13]年5月~1925[大正14]5月]ー伊東忠太との共同事業で、財団法人啓明会から1か年3000円の補助を受けてのもので、その内の1000円でドイツ製写真機タゴールを入手した。 東京美術学校写真科主任であった森芳太郎教授の特別指導を受け写真技術を習得。 「琉球芸術調査事業」の開始―「鹿児島経由で南航し、三日目の早朝那覇着、早速首里市役所に出頭して、市長高嶺朝教氏に会い、市役所内に写真の暗室を作って貰うことを願い出て許可を受けた」。毎日昼間は写真を撮影して歩き、夜は乾板を現像、首里城の龍樋から水を引いた師範学校の浴場で一晩中水洗いし、翌日乾かした。
尚家(中城御殿)を初めとする首里・那覇の旧家に所蔵される美術・工芸品の調査。中城御殿については「家扶百名朝敏氏に会い、(中略)各種芸術の写真の撮影、文献の調査等についても侯爵家資料の公開が重要なのでこれを願い出て協力を依頼した」(『沖縄文化の遺宝』276頁)。真栄平房敬氏によると「ウグシク(首里城)を救ったということで、仲座ゲンタツ氏―尚侯爵家の侍従役―の先導で野嵩御殿―中城王子妃―と会った」こともあるという(1999年1月29日談)。
この調査の期間中、沖縄県師範学校の「図画科教諭の西銘生楽氏の後任の役を引き受け、特に上級四年生のためには毎週二時間の沖縄美術史を講義。この「組の級長が屋良朝苗氏であった」。(波照間永吉2018-11-15鎌倉方太郎生誕120周年顕彰例会)

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1994年2月22日『琉球新報』「沖縄そば 明治40年ごろ独自の味定着 新城栄徳さん(44)が調査」



『日清食品社史』「めんの系譜図」
台湾出身の安藤百福(あんどう・ももふく、1910-2007)は繊維業に携わり大阪へ進出。第二次大戦後の復興にはまず食事が大事と考え、食品加工・製塩などの事業を経て1948年(昭23)加工食品の輸出入・販売業の中交総社を設立。翌年サンシー殖産に改称、1958年(昭33)瞬間油熱乾燥法の即席袋めん(チキンラーメン)を開発し、「日々清らかに豊かな味をつくる」との願いから日清食品に商号変更する。1971年(昭46)カップめんを発売開始、事業を多角化し海外へも発展する。当該社史は7章の本文と資料からなり、創業前史で安藤の生い立ちと即席めん開発を記述。口絵にめん食の文化史や製品・工場写真を多数掲載。[2008年(平20)持株会社日清食品ホールディングス設立、新たに即席めん事業の日清食品(株)が誕生]

沖縄県立博物館・美術館Facebook2013 
明日10月17日は沖縄そばの日!
沖縄そばはいつごろ誕生したのか。この疑問を解明した人物がいる。「琉文21」を主宰する新城栄徳さんである。今から19年前(平成6年)の新聞紙上で沖縄そばのルーツを見事に解き明かしている。新城さんは、明治31年から大正11年までの新聞・雑誌の広告を丹念に調べあげ、明治35年4月9日付けの琉球新報に「支那そばや」の開店広告を発見する。但し、同そば屋は清国より料理人を招いて「支那そば」を売り出しているので、まだ沖縄そばと呼べる代物ではない。
では、支那そばから沖縄そばに進化するのはいつごろか。新城さんは、明治40年に那覇の前之毛で福州の料理人を雇う「観海楼」と地元の「比嘉店」が客の争奪戦をして、比嘉店が勝利をおさめたという記事に着目する。つまり、この頃には沖縄そばとしての味が一般に定着していたのではないかというのである。さらに、「不勉強屋」の広告でも分かるように、和田那覇署長が「琉球そば」と呼ぶように指示。かくて明治末から大正期にかけて、我が愛すべき県民食は誕生したのだ。
同記事は「(沖縄そばの)由緒を正確にする必要がある」という新城さんの言葉で結んでいる。嗚呼、沖縄そばよ! 汝はかくもナゾ多き食い物であったか・・・。まーさいびたん!(M.K:M.K)

5月8日『琉球新報』「戦後50年きょうから明日へ 沖縄そば」


1879年5月4日         『西京新聞』「那覇に料理店、茶店の向は一ヶ所もなし」
1889年              那覇の料理屋ー海月、東家、吉武、小徳、京亀、常盤など。
1890年              料理屋・飲食店ー那覇39軒、首里6軒
1891年              料理屋・飲食店ー那覇63軒、首里9軒、名護2軒、渡久地1軒
1892年              沖縄県の料理屋・飲食店ー開業48軒、廃業15軒
1893年              寺内某が来県、料理屋「東家」の協力をえて琉球芝居の俳優、囃子方らを雇い関西興行をなす。
1894年3月9日         『国民新聞』「沖縄農民は4食にして唐芋と云う甘藷、豆腐、味噌汁および豚肉らはその常食にして魚                     類、米、粟、豚脂に揚げ たる麦粉らこれに次ぐ。そのほか蘇鉄、椰子あり。料理には大概豚脂を用ゆ」
                   料理屋・飲食店ー那覇144軒、首里47軒、宮古10軒、八重山6軒
1895年              料理屋・飲食店ー那覇171軒、首里62軒、宮古14軒、八重山8軒。
1896年              台湾領有で那覇の主な料理屋、台湾に移る(いろは亭、玉川屋などは残る)
1899年              名護に料理屋5軒、仕出屋2軒。那覇南洋堂「食パン」販売。宮里松、大門前通りで蕎麦屋を開業(日本そば)
1900年              那覇「りん寿司」改良すしを始める。楢原鶴吉「東家」を譲り受け、大阪より料理人を雇いいれる。那覇                     「鶴屋」練羊羹・カステラ・メリケン粉販売。
                   那覇「住吉屋」牛すき焼き8銭、鳥すき焼き12銭、すし7銭。那覇「紅屋」茶碗蒸し、すし、かまぼこ、牛肉、鳥肉販売。
1901年12月          高等女学校及師範学校女子講習科が料理科を新設し和洋の料理法を実習、費用は自弁。
1902年4月9日      福永義一が大阪から清国人を雇いれ那覇警察暑下りに「支那そばや」開業。 
1915年6月           「不勉強屋」支那そばを琉球そばと表示(和田那覇暑長が指示)

1920年10月16日-新里有一郎「井筒屋」(琉球そば)開業
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1922年2月11日ー新城三郎、那覇市三重城近くの借家で生まれる。父・蒲は山原船の船頭。従兄弟の安里蒲の商売(薪)も手伝っていた。出生時は奄美近海に流されていた。母カマと姉(ウト)が世話をした。
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1924年3月-伊佐三郎、粟国尋常高等小学校訓導
1927年4月-新城三郎、粟国尋常高等小学校入学/5月ー伊佐三郎、白金小学校(牧口常三郎校長)に新里朝彦の斡旋で同校訓導
1929年4月ー仲里誠順「万人屋」開業


1974年10月 『歴史読本 日本たべもの百科』新人物往来社


1975年5月 渡口初美『実用琉球料理』月刊沖縄社


 1975年 季刊『創造の世界』№20 藤原邦達「食品汚染の現況と問題点」
藤原 邦達(ふじわら くにさと) プロフィール
1927年長崎県生まれ。旧制大阪高等学校卒、大阪大学工学部卒。京都大学医学部衛生学教室助手、京都市衛生研究所主幹、大阪大学工学部講師を兼務。食生活の安全委員会代表幹事、コープこうべ商品検査センター技術顧問などを歴任。現在、大阪PALコープ、大分、なら生協顧問、生協総合研究所評議員、光華女子短期大学講師、山形大学農学部講師(公衆衛生学)(1997年11月現在)


1988年3月 『唐辛小遍路』ハウス食品工業


1989年9月 外間ゆき・松本嘉代子『食品と料理 おきなわの味』ニライ社



1986年12月ー新島正子さん、新城三郎に厚生大臣表彰


1993年から1994年 お米ギャラリー心斎橋『心斎橋お米塾』


1995年11月『本コミニケート』105号〇ゴミ問題 絶望の中の希望


1998年6月23日『琉球新報』「注目集める『環境ホルモン』」


1999年2月28日『沖縄タイムス』「沖縄ごみ事情<8>有害物質ー投棄で民間地域汚染 沖縄県調査の空白域 基地内」〇沖縄大学の宇井純教授(環境科学)は訴える「消費型ではなく、循環型の社会をつくることが、21世紀に希望をつなぐ」。


2002年1月1日『沖縄タイムス』「ひと目で分かる 世界の環境」

2004年6月10日『沖縄タイムス』亀山統一「基地と放射能」


 2010年7月『自然と人間』「辺野古逆戻りに沖縄県民の怒り沸騰」自然と人間社 ー人間を取り巻く自然と社会状況の総合誌。世界の出来事から環境問題、食文化や子供たちの情報まで、豊富な写真とエッセイやコラムでタイムリーな社会状況をわかりやすく掲載。

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2019年9月『月刊琉球』№69「幻の名著『沖縄の歩み』復刻記念シンポジウム」琉球館〒903-0801 那覇市首里末吉町1-154-102 ☎098-943-6945/FAX098-943-6947

後田多敦「史窓・東恩納寛惇のメッセージ」/しもじけいこ「宮古IN・バブル・オーバーツーリズムって??観光地になるということはどんなこと?水は?

与那嶺功「沖縄振興ー『明治維新150年』を問う 大東亜・植民政策・ナショナリズム⑬」/土岐直彦「安倍官邸『独裁』の不条理ー官僚支配・国会軽視・辺野古・・・」


大濱聡2019-7-15
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1973年4月ー国場幸太郎『沖縄の歩み』牧書店
目次-まえがき/1、けわしい戦争の雲ゆき/2、沖縄戦の悲劇/3、遠い昔の沖縄/4、江戸時代の沖縄/5、明治時代の沖縄/6、大正・昭和前期の沖縄/7、第二次大戦の沖縄/あとがき□主な参考文献・比嘉春潮『親稿 沖縄の歴史』三一書房、新里・田港・金城『沖縄県の歴史』山川出版社、太田昌秀『近代沖縄の政治構造』勁草書房、上地一史『沖縄戦史』時事通信社、沖縄県教職員組合編「これが日本軍だー沖縄における残虐行為」、平凡社刊『沖縄文化論叢』1~4、谷川健一編『叢書わが沖縄』1~6木耳社、中野・新崎『沖縄問題二十年』岩波書店、中野・新崎『沖縄・70年前後』岩波書店

2019年8月『月刊琉球』№68琉球館〒903-0801 那覇市首里末吉町1-154-102 ☎098-943-6945/FAX098-943-6947

しもじけいこ「宮古島・住民は幸せ??」/渡久山ミライ「宮古島への陸自配備について」/楚南有香子「島の未来を思う」

すねしまさく菜「西表IN・『東京西表島郷友会』総会に出席してー32年ぶりの再会」/与那嶺功「沖縄振興ー『明治維新150年』を問う 大東亜・植民政策・ナショナリズム⑫」/豊里友治「米軍による水道水の有機フッ素化合物汚染問題『太平洋のゴミ捨て場』にさせてなるものか」

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   FNN9月11日ー東京電力によると、午後8時の時点でおよそ56万軒が停電していて、君津市でもおよそ3万7,000軒が電気が使えない状態が続いていた。(略)停電に加え、厳しい暑さや一部では断水も続き、市民生活には深刻な影響が。多くの人が厳しい生活を強いられる中、千葉・南房総市和田町では、午後3時すぎ、停電していた住宅で93歳の女性が布団の上で泡を吹いているのが見つかり、病院に搬送されたが、死亡が確認された。市原市のショッピングモールにはスマートフォンの充電コーナーが設けられ、午後9時前になっても多くの人が利用していた。(略)充電に来た男性は、「洗濯もできないし、冷蔵庫も全部止まっちゃっているので、そろそろもう...あしたには復旧していただきたい」と話した。〇韓国叩きや、内閣改造に夢中になってる場合じゃないよ!→りさ
JIJI.COM9月10日ー原田義昭環境相は10日の閣議後記者会見で、東京電力福島第1原発から出る放射性物質トリチウムを含んだ処理水について、「(海に)放出して希釈するしか方法がない」と述べた。処理水の扱いは環境省の所管外であることに触れ、「単なる意見として聞いてほしい」とも付け加えた。

 「くろねこの短語」2019年9月10日ー日産社長、不正報酬で辞任・・・じゃなくて「解任・逮捕」が妥当だろう!!&N国党首、脅迫容疑で事情聴取! そろそろ自爆か!?

 「くろねこの短語」2019年9月8日ー昨日のエントリーで紹介したウラジミールへの愛のポエム演説は、どうやら片思いだったようだ。なんと、プーチンから強烈な返礼が・・・「(北方領土は)スターリンが全てを手に入れた。議論は終わりだ」とさ。つまり、初老の小学生・ペテン総理は袖にされたわけで、とんだ赤っ恥となりましたとさ。
 「外交の素人」と海外メディアから揶揄されるのもむべなるかなってもんです。これまでにロシアに注ぎ込んだ数千億円の経済協力ってのは、すべて無駄金だったというわけで、本当ならペテン総理の責任問題に発展してもおかしくないんだよね。ああ、それなのに、マスメディアはこぞって「外交の安倍」なんてイメージ作りに手を貸してるんだからお話になりません。手を貸していると言えば、嫌韓ムードを煽りまくっているのもそのひとつなんだが、なんと新聞労連が「『嫌韓』あおり報道はやめよう」という声明を出した。声明そのものは評価はするけど、だったらペテン総理とつるんで酒池肉林の新聞社幹部の存在にも異議を唱えて欲しいものだ。

9月7日ー 「八紘一宇」と国会の議場で8回も叫び、「神武天皇は実在した」と発言し、「恥を知れ」と国会の檀上から発言した3年B組の卒業生が、どうやら大臣になるそうです。ファシズム独裁安倍内閣の一員になるためには、大臣として有能であることよりも、総裁と日本会議への絶対服従を誓うことが出来る凡庸な忠誠心が必要なようです。(かわ)

 「くろねこの短語」2019年9月6日ー予想通りに何の成果もあげられず、あげくに「日米安保どうにかしろ」なんて嫌味まで言われて、初老の小学生・ペテン総理とプーチンとの通算27回目の会談は終了。いったい、どれだけの経費がかかっていることやら。そんなことより、ゴーン追い出しのクーデターの首謀者である日産社長の西川君が、株価に連動する役員報酬を不当に上乗せしていたことが発覚。「返せばいいだろう」と本人は居直っているが、これってゴーンの不正とどこが違うんだ。ようするに、同じ穴の狢ってことだろう。
 おそらく、クーデター西川君の不当報酬ってのも、ゴーンの身辺調査をしていた際にわかっていたことなんだろうね。でも、それではクーデターが成功しないので、検察もグルになって隠したんじゃないのかねえ。ゴーンの弁護士の弘中弁護士は「日産も検察も、西川社長の不正を全部見逃した。明らかな外国人差別で、ゴーン前会長を狙い撃ちにしたことを示している」ってコメントしているけど、大筋はそんなところなのだろう。こうなったからには、クーデター西川君の逮捕もあってしかるべきで、検察もやばいことになったと思っているに違いない。ゴーン事件ってのは、結局のところ何でも金、金、金の大企業幹部による、企業の私物化の成れの果てってことだ。
 ところで、特定秘密保護法の強行採決で打ち切り動議提出した元プロ野球選手の自民党議員、石井浩郎君にJPアセット証券が証拠金立て替えの利益提供してたってね。JPアセット証券に行政処分を出すように、証券取引等監視委員会は金融庁に勧告したそうだ。石井君は「金はすべて精算した」って言い訳してるけど、それで済む問題ではないだろう。それにしても、プロ野球上がりの陣笠でもこんな優遇されるんだね。いかに政治家が美味しい商売かわかろうというものだ。最後に、香港決起のヒロイン、周庭さんが「自衛隊に香港を助けてほしいと主張している」って幸福実現党がデマ飛ばしてるってね。周庭さんの抗議に幸福実現党の母体である幸福の科学はどんな対応するか。見物ですね。

BBC.COM9月5日ー米カリフォルニア州・サンフランシスコ市管理委員会(市議会)は3日、銃規制に反対の立場をとる全米ライフル協会(NRA)を、正式に「国内テロ組織」に認定する決議案を、満場一致で可決した。

「くろねこの短語」2019年9月4日ー(略)仏文学者の内田樹氏は、こうツイッターでつぶやいているが、まったくおっしゃる通り。「HANADA」や{Will」はどうよという声もあるが、こちらはそもそもが「国論文壇」を目指している雑誌ですからね。「全国民が立場を超えて対話できるプラットホーム」であるはずの週刊ポストとは立ち位置が違う。
 でもって、週刊ポストの広告を何の疑問も抱かずに掲載した新聞も新聞だ。なんかもう、メディア自体が「想像力」が働かなくなってるんだよね。しかし、週刊ポストもヘタレだよね。炎上したとたん謝罪だとさ。ジャーナリズムのはしくれとしての矜持も誇りもそこにはない。北方領土に続いて竹島も「戦争で取り返すしかない」ってぬかしてくれた戦争小僧・丸山ホダカと同じで、覚悟というものがまったくないところで、単に「ウケ」狙いでやるから、即謝罪なんて腰砕けになっちまう。ちょっと話がずれちまったが、週刊ポストの今回の件は、編集部だけの判断でできることではないだろうから、おそらく小学館幹部連中が絡んでるだろうことは間違いない。幻冬舎や青林堂のように、ネトウヨ出版社の道を転げ落ちていくことになるかもね。

「くろねこの短語」2019年9月1日ー中部大学のネトウヨ教授・武田邦彦と処女淫行のそのまんま東による韓国ヘイトに対する抗議がTBS系『ゴゴスマ』に殺到して、番組打ち切りも噂されているとか。ネトウヨ教授や少女淫行はもとより、皇室ビジネスの竹田某なんてのをコメンテーターに起用し続け、MCのアナウンサーもこのところ調子づいてましたからね。とっとと打ち切りでいいんじゃないの。
 それにしても、『ゴゴスマ』といい『ひるおび』といい、嫌韓煽る番組がどちらもTBS系というのがなんともはやですね。さらに、夕方の『Nスタ』は韓国大統領側近のスキャンダルで大はしゃぎなんだから、『報道特集』の金平君なんかたまには自局に向けて番組冒頭の嫌味を言ってみたらどんなもんでっしゃろ。
 これだけよその国のスキャンダルを煽り報道する暇があるなら、外国人労働者口利き疑惑の上野君とか、「大声出す権利は保障されない」と野次規制に積極的な文科大臣の柴山君なんかを追及するのが日本のジャーナリズムとしては最優先事項なんじゃないのか。
 そのくせ、イギリス首相のジョンソンが議会閉鎖までしてEU離脱を強行しようとしているニュースは、ほとんど報道しないんだよね。議会閉鎖には市民の抗議も起きているんだが、それをマジに報道しちゃうと、初老の小学生・ペテン総理が野党の要求を無視して憲法違反とも思える長期にわたって国会を開かなかったことが蒸し返される恐れがあるから・・・なんて忖度しているからに違いない。
 それはともかく、このところの嫌韓って何が原因なんだ、ってことを冷静に分析する声がポツポツと出始めてきたのはとても良いことだと思う。なかでも、元外交官の浅井基文氏の「韓国に100%の理があり、日本に100%の非があること、日韓関係悪化の責任は100%安倍政権にあることを内外に明らかにしなければならない」という論考は一読に値する。「日韓請求権協定で解決済み」「国と国との約束を守れ」というペテン総理を筆頭に反韓アジテーターたちが喚き散らす言説が、いかに不合理な歴史認識の上に成り立っているか。日本のジャーナリズムも、ちったあこうした良識ある意見を紹介してみやがれ、ってなもんです。

〇2004年3月ー(財)河川情報センター『災害列島2004-2003年の災害を振り返る』「予測できない」を言い訳にしない。来年は阪神・淡路大震災から10年の区切りを迎える。滅災に向けた真摯な取り組みの新たな出発点であるー想定を超える外力に対してどう備えるか機敏な初動対応は可能か情報は手に入る 受け手の行動は災害から命を守れるのか?
災害は弱いところを突いてやってくる。豪雨と地震、それが同時に訪れることもあり、予想は難しい。しかし、自然界が出すサインは必ずあるはずだ。「予測できない」を言い訳にしない。来年は阪神・淡路大震災から10年の区切りを迎える。滅災に向けた真摯な取り組みの新たな出発点である。
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東京都慰霊堂(東京都墨田区横網の横網町公園内)で、島袋和幸氏/2019-9-1『沖縄タイムス』「大弦小弦」

「関東大震災。虐殺事件」2014年4月20日13時~17時 若狭公民館 ℡098-917-3446 どなたでも自由参加
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1923年9月1日ー関東大震災ー東京という<日本の近代>が瓦解


□1992年10月ー毎日グラフ別冊『関東大震災69年』毎日新聞社
□当時の人口1175万人(現在4000万人)
・マグニチュード:7.9(阪神大震災:7.3)
・死者、行方不明:104,619人(阪神大震災:5,502人)
・家屋被害   :296,206戸(阪神大震災:100,282棟)
関東大震災の死者の多くは、火炎流による焼死者で、たった一箇所で死者3万8千人とも、4万4千人とも言われる焼死者を出したのが、当時の本所区横網町(現在の墨田区の一部)にあった本所区被服廠跡。2万430坪の敷地の中で火炎流にのみこまれて死亡したのです。また、上の表を見ると家屋の損害も、地震による倒壊よりも火災による焼失が圧倒的に多いのが分かります。つまり、火災被害が関東大震災の大きな特徴なのです。 (→住まいの水先案内人)

□2009年9月ー島袋和幸「沖縄の軌跡№65ー<検見川事件>秋田県人・藤井金蔵、三重県人・真弓二郎、沖縄・儀間次助3県人の殺害事件の真相」


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